ニュースかどうか怪しいソース、というかニュース扱いしてはいけないのだろうと思うが、昨日の毎日新聞の投書欄が面白かった。
5月15日の毎日新聞投書欄「みんなの広場」に、この3つの投書が並んでいた。「医療問題にはみんな関心があるんだなあ」なんて思いながら眺めていたが、この3つには明らかな共通点がある(クリックすると読める大きさになります)。投書に乗っかって、毎日新聞のメッセージを伝えていると読んではいけないのかな。

一つ目の投書は、4月から連載が始まった「どこで死にますか」というシリーズへの反応だ。「どこで死にますか」は、国の療養病床削減計画や入院期間短縮大作戦で病院を追い出された人がどんなに大変な思いをしているか、やっていけなくなった病院がどれだけ潰れたりしているかなどを題材にしたレポートだ。投書では「老人の悲惨な事件が介護から始まっているのは悲しいことです。福祉予算は削られ、老人の切り捨て、若い世代への負担と皆が苦しんでいます。」と締めくくられている。

2つ目の投書は、5月6日の毎日新聞社説「往診する開業医を増やそう」への反論だ。社説に反論した投書を載せるなんて、なんて懐が深いんでしょう毎日新聞。「介護者の負担が軽くなるわけではない。」「少子化で核家族という、今の日本の社会環境では、誰がどう考えたって無理なことである。」「開業医が24時間体制で往診に応じる、ということだって、いくら報酬をはずんでも、応じられる医師はどれだけいるだろうか。」「総合的な診察ができるように、研修制度や養成システムを構築するという。が、一朝一夕で総合診断が可能とはいかないだろう。受診する側にも不安がよぎる。問題山積の医療問題である。」読みが深い。一読者にしておくのはもったいない。

3つ目は、体力が減って物を飲み込む力がなくなった母親に病院は「胃ろう(おなかに管をつけて胃に直接栄養を流し込む方法)にしましょう」と提案、家族が自然死でいいと断ると「病院としてはそのままでは殺してしまうので家にお引き取り下さい」と言われたという内容だ。「『延命処置はしないでください』と書き置きしても『それでは連れ帰ってください』では。」と、自らの死に方について意思表示をしても思い通りに死ねない現状を憂いている。
3つの投書に共通しているのは「医療はなるべく在宅でというが、家に帰るのが最善とは限らない。」ということである。なるべく在宅でというのは、現在国が有無を言わせず強引に推し進めようとしている方針だ。これまでも介護負担で苦しんでいる人がたくさんいるのに、それを解消する手だてが不十分なままさらに在宅を推し進めようとしている。この方針に無理があることは、介護する家族を抱えている人はみんな感じている。
前にも書いたが、同じ内容の医療を受けるのであれば、個別対応が必要で移動の時間もかかる在宅医療より、患者さんも医療従事者も集約化できる病院医療の方が圧倒的に効率が良い。それなのにどうして国は在宅へ在宅へと誘導しようとしているのだろうか。
北欧などの高福祉の国は、それに呼応するだけの高負担の国でもある。国民が稼ぎのかなりの部分を税金に持って行かれることを容認しているのは、歳を取った時や障害を抱えた時に、24時間体制で安心して過ごせる体制が保証されるからである。日本も在宅を中心とした高福祉を目指すのであれば、それに応じた負担を国も国民も負わなければならない。国民負担は現在のような家族が犠牲になる体制ではなく、介護保険などの仕組みをもっと進めて、介護負担が家族に集中しない仕組みが絶対に必要である。
療養病床の削減(数量削減目標と、要介護1区分新設による「入院してもらっているだけで赤字が累積する仕組み」の二重苦)によって、家で看ることが難しい人がどこにもいられなくなって、仕方なく家に引き取る事例が多発している。家で看られない事情があって入院や入所をしていたのに、家で看るために家族は仕事をやめたり、24時間1人で付きっきりの介護をしたりしている。仕事をやめる人が増えてくれば、日本の経済をしぼませる要因になる。
日本には現在、油田のような打ち出の小槌はない。国民一人一人が頑張って働いて、日本の経済が成り立っている。団塊の世代が退職して高齢者の割合が増加し、少子化が進んで労働人口が減少していくというのに、働きたくて働き口もある人が仕事をやめなければならない状況になっている。今後予定通りに削減が進めば、見かけ上の医療費は削減できるかもしれないが、日本の労働力もそれ以上に削減されるだろう。
経済財政諮問会議もまた医療制度に口出ししているが、これも「医療費削減」がお題目である。医療だって経済の一部なのに、なぜここだけ削減・抑制することに経済財政諮問会議が注文をつけ続けるのか、全然理由がわからない。今日(5月16日)の日本経済新聞には「医療の効率化を進めるために公立病院の民営化推進」という記事がでかでかと載っている。ジェネリック医薬品のシェアを30%以上にして5000億円削減、レセプト(医療費の保険への請求)をオンライン化して113億円削減、公立病院の人件費見直しで1400億円削減など、このブログで無理があると書いてきたことばかりを並べてある。この会議の本当の狙いは医療費削減にあるのではなく、削減して国民が悲鳴を上げたところに、助け船のような顔をして黒船を送り込むのが目標なのではないかと、個人的には思っている。
ともあれ、今回の投書は「国民の声」つまり世論が動き始めたという形を取っている。形を取っているのではなくて「本当に動き始めた」のかもしれない。これまで多くの人の頑張りで日本の医療制度は比較的うまくいっていた。医療費や医師数、医療従事者数を絞りすぎたことが今うまくいかなくなっている主な原因なのであるが、その根本原因を棚上げして、さらに絞り込もうとしているのは、国の方針としては明らかにおかしい。経済財政諮問会議の御用新聞から抜け出せない日本経済新聞は諦めるとして、それ以外のマスコミはぜひとも、この国の未来が「日本より医療行政がはるかにうまくいっていない国」のいいなりになることがないように、世論を目覚めさせていってほしい。