がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:カルスト
内田聖仁さま

ご指摘ありがとうございます。
近藤医師の著作の通りに裁判までしたのなら(しかも、最高裁で勝訴したのなら)、そこまで描くべきだと思いました。また、裁判で勝訴したのならその後の乳がん治療に影響を与えたはずなので、その点にも言及すべきではないでしょうか。
その方が現在、そして将来乳がんと向き合わなければならない患者さんの為になるんじゃないかと思いました。
投稿者:hirakata
内田聖仁様 こんにちは。

「近藤誠の女性の医学」買ったんですが今手元になくて。教えていただきありがとうございます。91年当時でも、十分ショッキングな出来事だったというか、身体的にも精神的にも「傷害事件」ですね。医師側の言い分が不明なので決めつけた物言いは避けますが。

「これは放っておいていいもの」「これはすでに手遅れのもの」「これは治療する意味があるもの」を適確に見極められる時代が(しかも安価で簡便に)来てほしいと思います。
投稿者:内田聖仁
平方様。カルスト様。こんにちは。

この、信じがたい全摘行為ですが、「近藤誠の女性の医学」集英社P22から詳しく書いてありますよ。

簡素引用しますと、大学病院でさえ「麻酔をかけて検査しましょう」と言って乳房を切り取っていたり、手術後に「どんな理屈っぽい女でも、乳房を取ってしまえば泣き寝入りする」と患者に言い放つ外科医がいた。
91年に説明不足なまま温存を望んだのに手術後に目が覚めると切り取られ93年に提訴し一審で一部勝訴し二審で前面敗訴。最高裁に上告し4年後逆転勝訴。その後いろんな「被害をなくす会」などが出来たそうです。今のインフォームド・コンセントの先駆けと言えそうです。

いくら20年以上前とはいえ久々読んでみると怒りが収まりません。死神なんて生やさしい奴らではなく私がよく言う強盗殺人鬼そのものですね。
どれだけの人がただの「乳腺症がんもどき」を全摘されているのでしょうか。

投稿者:カルスト
hirakata様

世の中は桜の季節を迎えていますが、同時に人事異動の季節でもあります。そんな忙しいときに変な質問をしてしまってすみません。ですが、どうしても気になってしまったもので。やはり、あのくだりは相当に問題があるのですね(当然ですが)。訴訟になったとして、医師側の反論は「経過に問題はあったかもしれないが、患者の生存率を高めるためには当然の判断」といったところでしょうか。医療訴訟の難しさはいろいろなフィクション、ノンフィクションで取り上げられていますが、その反動か少しでも疑わしい、あるいは通常とは違う経過で患者さんが亡くなると、医療側をバッシングする傾向が強くなったように思います。医療側を擁護する必要はないと思いますが、必要以上にバッシングするのも違うだろうというのが私の感想です。

ところでラジエーションハウスの感想で東京大学物語が出てくるとは思いませんでした。ですが、確かに似たところはあるかもしれません。
最新号では主人公が放射線技師を目指さずに医師免許を取った理由について、「技師の場合は各種資格をそれぞれ取らなくてはならないが、医師免許を取れば全ての業務をやれるから」みたいなことを言ってましたね。門外漢としてはそんなものかなと思うのですが、せっかく医師免許を取ったのなら診察をしつつ積極的に撮影もして患者さんの力になればいいのに、と思いました。
主人公が突出した能力を持っていて、それを活用して患者を救っていくというところは王道の医療マンガですが、あとは主人公が医師免許を持っていることがいつ発覚するかですね。本来は悪いことじゃないんで言い方は変ですが、この作品に関してはこう書いてもいいんじゃないかと思います(^^)。
投稿者:hirakata
カルストさま、こんばんは。

検査と称して麻酔をかけ、目が覚めた時には乳房を失っていたというくだり、実話なのかどうかわかりませんが、あったとすればとんでもないことです。当然訴訟になったのではないかと思いますが、医療訴訟で瑕疵がなくても医療が有罪になっていたより前の時代には、医療側の言い訳を採用して患者さん側が泣き寝入りということもあったかもしれません。最近でも医療訴訟には専門家でない法律家が独自の判断で瑕疵のない医療者、瑕疵のない患者を断罪する判決も見られますが、以前よりは良くなってきているかなと思います。少なくとも最近はこのような事例があったら、医療の中でも大問題になるでしょう。

「ラジエーションハウス」、第1話と第2話はwebで無料で読めるので読んでみました。設定は面白いんですが、医師であるのに幼い時の恋心によって放射線技師であることを選択するあたりが、優秀なのに偏愛によってエロマンガに変貌した「東京大学物語」を思い出してしまい、ちょっとだけ先行きが不安になりました。(エロマンガになってから読まなくなったので、どんなマンガになったのか確認していないんですが) 脚本家がしっかりしていれば大丈夫なのかな。
投稿者:カルスト
hirakata様、こんばんは。

今回の話で私が一番引っかかったのは、検査と称して乳がんの手術をしたというくだりです。
さすがに最近の話ではないだろうと思いますが、昔はこういう事例があった(あるいはあったかもしれない)のでしょうか?本当の話だとしたら、訴訟ものだと思うのですが。
話は変わりますが、放射線医を主人公にした「ラジエーションハウス」というマンガがグランドジャンプで連載中です。毎号掲載ではないようですが、原作者はベテランの脚本家さんのようで、私はこの作品のスタンスには好感を持っています。専門家の目から見ると、また別の感想になるのでしょうけれども。
投稿者:hirakata
カルストさま、おはようございます。

何のために術中迅速病理診断をするのかといえば、何回も開腹するダメージを避けるためのはずで、パラフィン包埋したものに比べても診断が難しいから、人と設備が整えられる状況でなければできないわけです。外科の判断も病理の判断も信用していないスタンスでないと、今回の表現にはなりません。しかし部外者である真道隼人医師の意見には確たる根拠はないはずなので(内部告発者と通じていれば別ですが)、こんなもの同士を戦わせるのが「世紀の対決」っぽく描かれても、何だかなあという感じがします。手術の腕で競うとかじゃないんだなと。

大柴医師の回想シーンでは、最初の42歳の人については1992年と書いてありますが、その後の30歳と72歳の人のところには、いつ頃の出来事とは書いてありません。最近のことなら印象を強めるために書くはずだと思うので、1992年が一番最近のことなのではないかと思いました。勝手な推測ですが。恣意的な描き方であることに対するエクスキューズとして「当時は跋扈していた。」と書いてあるなら、このマンガを作っているチームは、連載開始当初に比べると「現在を見た」バランス感覚を取り戻しつつあるのかなと思います。

だからこそ、どれが過去の話でどれが現在のことなのか、どれが事実でどれがフィクションなのか、はっきり分けて読む人にもわかるように描くべきだと思います。
投稿者:カルスト
hirakata様、こんばんは。

今回の話は、私も首をかしげる描写が多かったですね。
手術シーンとその後の議論について、当然のことながら専門的な見解はできないのですが、真藤医師の言い方だと術中迅速診断は全く信頼できないものだということになります。だったら、現実に行われている迅速診断は何のためにあるのでしょう。今回の描写は病理医の方からも反発を受けそうですね。そもそも近藤氏は放射線医であって外科のエキスパートではないはずなので、ここまで外科を批判するほどの知識的、技術的裏付けがあるのか、甚だ疑問に思っています。
大柴医師の回想シーンですが、乳がん患者に対して「子供が○人もいるのだから(全摘出しても)いいでしょう」などという言葉を投げつけた医師がいたという話は私も聞いたことがあります。多くはかなり昔の事だとも聞いていますが。しかし、検査といわれて麻酔から覚めたら手術が終わっていたというのは本当に実話なのでしょうか。昔の話だとしても、本人の同意もなしに手術ができるものなのか疑問ですし、この話が本当なら訴訟沙汰になってもおかしくないケースではないかと思います。もしかすると、本人の同意はなかったが親の同意は取ったとか、そういう話ではないのかという気がしました。仮にそうだとしても問題である事に違いはないですが、久しぶりに恣意的な描写が出てきたな、と思います。前から疑問だったのですが、大柴医師はなぜ大学病院を辞めないのでしょうか?自らクリニックを開業し、雑誌で乳房温存術を専門にやると宣伝すれば食うには困らないでしょうし、自分を訪ねてきた患者を外科に送られるようなこともないと思うんですが。これは、大柴医師のモデルの一人であろう、近藤医師についても思うことです。
ところで、相変わらず「この作品はフィクションです」という文言は入っていませんね。登場人物はほぼ全て架空の人物ですし、赤門大学の教授の手術についても作者の創造であることは明らかです(監修の近藤医師が他の病院の手術を間近で見る機会があったとは思えません)。同じ雑誌の「そばもん」が、綿密な取材に基づいてまじめに学説の紹介をしているにもかかわらず、「この作品は取材を基にした、フィクションです」と明記しているのとは好対照ですね。
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