「ビッグコミック『医者を見たら死神と思え』第29回」
最近思うこと

月2回刊のビッグコミックに連載されている「医者を見たら死神と思え」。2月10日号は、連載29回目。サブタイトルは「ハルステッド手術」。
まず今回のあらすじ。
新しく赴任した大柴小夜子医師は、真道隼人医師に右胸の「人工乳房」(プロテーゼ)を外して見せる。大柴医師は文学部の学生だった1980年、21歳の時に右乳癌になり、大学病院で乳房全摘術(ハルステッド手術)を受けた。
右胸を失った大柴はつらい思いをした上に、付き合っていたつもりの男性と連絡が取れないと思っていたら他の女性とデートしているのを発見したりと踏んだり蹴ったりで、大学を中退。猛勉強をして1982年今度は医学部に入る。放射線科医を志し米国留学中に、自分が8年前に受けたハルステッド手術が欧米ではすでに時代遅れだと知る。
…というような思い出話を大柴医師が真道医師にする。
(あらすじここまで)
「大柴小夜子は35年前に右乳房全摘術(ハルステッド手術)を受けていた」という設定で、今回は乳がんについて、かなり詳しく解説する回になっている。担当医となった加瀬教授は、当時としては患者さんの気持ちに配慮しながら、丁寧な説明をする医師のように感じる。
しかしどんなに配慮しても、女性が乳房を失うというのは、人によって程度は異なるが、かなりの喪失感を伴う。大柴小夜子も激しい喪失感を味わい、恋心を抱いていた男性に裏切られた(のかな? 小夜子の思い込みだったのかな?)ことも重なり、乳房全摘術は「この手術が私の運命も、価値観すらも変えてしまった…」という出来事になる。
挫折の後に大柴小夜子は「1982年、私は猛勉強の末、一流ではないが都内の医科大学へ入ることができた。」と書いてある。「一流ではないが」とわざわざことわっている理由は、よくわからない。医学部6年(最終学年)になった小夜子は、「ええっ、乳がんを切らずに治す方法がある…!?」と驚き、教授に「私をアメリカに留学させて下さい。乳がんの新しい治療法とやらを学びたいんです!」と言って、放射線治療を学びに米国留学する。
1988年に留学した先のベイリン教授から「ミス小夜子はハルステッド手術を受けていたのかい?」「久しぶりに聞いた、懐かしい手術法だわ。」と言われ、欧米では全摘術から乳房温存療法に時代が移っていたことを知った。82年入学で88年に留学というのは、医学部は編入だったのかな? 医者になる前に留学したのかな?
今回の連載内容は、1980年頃の回想シーンが中心だということを考えれば、おおむね納得できる。当時の日本では、乳がんと診断されたら、全摘手術(ハルステッド手術)をするのが当たり前だった。それが命を救うには最も良い方法だと、私も教わったしそれが正しいと考えていた。
このマンガを監修している近藤誠氏などが、欧米では縮小手術がおこなわれていることを日本に紹介した。マンガ上では、古くは来栖医師が、最近では大柴小夜子医師が、その役割を担っている。さてそれは今号までは良いとして、これからのこのマンガで乳がんをどのように扱っていくのだろう。
近藤誠氏が先頭に立って縮小手術、乳房温存療法を広めたこともあって、今の日本では乳房温存療法を選択できる場合が多くなっている。乳房温存療法というのは、乳房全摘術と比べて切除範囲が小さいというだけが違いではなく、放射線照射や化学療法も併用する「集学的治療」のことを指す。さまざまな治療法を組み合わせることで、総合的な生命の質(QOL)の低下を最小限にしようというのが乳房温存療法である。
このマンガで描かれている「乳房温存療法の紹介」は、現実の医療ではかなり行き渡っていると言っていい。現在でも乳房全摘術はおこなわれるが、その多くは「旧態依然」でやっているのではなくて、その方が治癒の見込みが増えるという理由で選択されていると思う。このマンガの役割は、そのようになっている現状を「知らせる」ことなのだろうか。
このまま進んでしまうと、近藤誠氏の持論「がんもどき理論」を世の中に納得させる作品にはならない気がする。「大柴小夜子の乳房は、切る必要がなかった」という話の流れに持っていくことが、がんもどき理論成立のためには必要なのではないだろうか。でもそれは今となっては無理なような気もする。まあやってもらわなくてもいいんですけど、また回収が見込めない新たな伏線を撒いているように見えて、どこへ行くのか気になる。
ところで1か所、間違いがあった。208ページの一番右上、乳がんについて「ちなみに2013年の女性の乳がん患者数は約7万2500人で、女性のがん患者全体の約20%を占め、5位。(1位は大腸がん、2位・肺がん、3位・胃がん、4位・膵臓がん)」と書いてあるのだが、これは「死亡数」の順位だ。2013年の罹患数は1位・乳がん(72,472)、2位・大腸(結腸+直腸)がん(52,820)、3位・胃がん(41,950)、4位・肺がん(36,425)というのが本当の順位と罹患数。凡ミスすぎる。
(続く第30回は→
こちら)
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