「ビッグコミック『医者を見たら死神と思え』第28回」
最近思うこと

ビッグコミックに連載されている近藤誠氏監修のマンガ『医者を見たら死神と思え』の第28回。サブタイトルは「急変の理由」。
まずは今回のあらすじ。
前回急変した患者は“肺水腫”になっていた。放射線科の大柴小夜子医師が駆けつけ、真道隼人医師と迅速に治療する。続いて大柴医師は真道医師に、今回の治療の意味や具合が悪くなった理由、この治療ができない場合などを説明。
一方、赤門大学の“天皇”御園教授の胃切除術を受けた片桐篤志は、食後の嘔吐などの症状に苦しんでいる。術中迅速診断が誤っていたことを病理医にチクチク言う回想シーンをはさんで、片桐にダンピング症候群の説明をするが、片桐は心の中で「面倒な事ばかりじゃねーか…!!」と不満に思う。
御園教授は、片桐が「あの親子(真道隼人医師と父親の源一郎氏)は爆弾を抱えてやがるんだ」と言った真相を聞き出そうとするが、晩期ダンピング症候群で低血糖で片桐が気を失ったのを見て「ちっ」と舌打ち(心の中で)。
再び大柴医師と真道医師。急変した患者が回復したことを喜ぶ真道医師に、大柴医師は「彼女は、いずれ再発するよ。」と。真道医師が「大柴先生は僕と違って、強い意思を持っていらっしゃいますね。」と言うと大柴医師は「“強い意思”があるとしたら… 訳があるのさ。」と、右乳房の全摘術後であることを真道医師に見せる。
(あらすじここまで)
今回は、医療マンガの体裁になっている印象。医学用語には、欄外に説明が書かれている。大きく分けて、前回放射線治療中に具合が悪くなった患者さんの治療にからめて大柴医師が説明する場面と、赤門大学の御園教授が胃がん術後の片桐篤志に対応する場面に分かれる。
放射線治療中に肺水腫を起こした患者さんに対しては、婚活の夕食の場から飛んで帰ってきた大柴医師が、抗不安薬、利尿剤、ステロイドの投与を速やかにおこなって、それでもチアノーゼ(酸素不足の症状)が出て意識状態も低下してきたので、気管内挿管して人工呼吸管理とし、最大限の治療をする。ちなみに気管内に挿管するのは真道医師。
治療が一段落したところで、大柴医師が今回の放射線治療について、真道医師に説明する。
・1回に照射する放射線量は1グレイと少ないが、それでもCT100回分以上の線量。
・肺がほとんど正常な患者なら、1回1グレイで15グレイまでは可能。
・ほとんど副作用なく、たまに軽い吐き気を訴える人はいる。
・今回のような状態(肺水腫)は、まれなパターン。以前にも同じパターンの人がいたが、やはり癌性リンパ管症で、10グレイかけたら人工呼吸器が必要になった。治療により回復した。
・一人亡くなった人がいた。その人は喫煙歴のある男性だった。
・肺や縦隔に放射線治療歴のある患者は、原則として追加照射はできない。
・放射線治療後に抗がん剤治療は、やってはいけない。
・数年後にがんが再発したら、もう打つ手はない。
1グレイずつ7回の照射にどれくらいの治療成績が期待できるのかは、一般的な治療でないのでわからない。近藤誠氏は現在治療にかかわっておらず、この治療法がおこなえる医療機関があるのかどうかも知らない。患者さんにとって有用な治療であれば、慶応大学にいたのだから世界に広めるチャンスはあったはずだと思うが、私の知る範囲では一般的な治療にはなっていない。このマンガを見て「受けたい」と思った人がいたら、どうすればいいのだろう。
肺は比較的放射線に弱く、多くの線量はかけられない。放射線による肺の副作用には「放射線肺炎」があるが、1グレイずつの照射であれば頻度は少ないだろうと思う。ただし、大柴医師が「治療中、または治療直後に呼吸の状態が悪化しなきゃ、その後に何か起きることはない。」と言っているのは少し引っかかる。放射線肺炎はいくつかのタイプがあると考えられており、数カ月たって生じるものもある。
抗がん剤との併用は禁忌だというのも、私の理解とは異なる。放射線治療と併用すると障害が強く出る薬は多く知られているが、少量のカルボプラチン(CBDCA)と放射線治療の併用などで、放射線単独に比べて良い治療成績を出しているプロトコール(治療法)もある。抗がん剤がすべて駄目だと断言してしまうのは、言いすぎだと思う。
亡くなったのが一人、癌性リンパ管症がある人に照射して人工呼吸器が必要になった人が一人と書いてあるが、その治療を施した総数が「数十人」という曖昧な表現であることは引っかかった。前回「僕が考案した治療法」(近藤誠・談)と書いてあったので近藤誠氏の実体験を描いていると思うが、エビデンス(証拠・根拠)とかにうるさい近藤誠氏が、母数を明らかにしないのはどういう理由なのだろう。
自分の経験から考えると、この患者さんの一番の問題は癌性リンパ管症になっていることであって、まだ癌性リンパ管症を発症していない人とは同じ治療ではいけないのではないかと思う。すでに癌性リンパ管症になってしまっていたら、照射で少し余分にリンパ節が腫れた状態になるだけでも、肺水腫は致命的に悪化する。照射に賭けるにしても、先にステロイドを投与するなどして、癌性リンパ管症を少しでも軽くする努力をしてから照射すべきではないのだろうか。
もう一つ気になったのは、真道医師の臨床医としての力のなさが強調されている点だ。
大柴医師が婚活の夕食の場から大学に戻ってくるまで、酸素投与も薬剤投与も何もしていない。大柴医師は真道医師に「何か異変はなかったか!?」と尋ね、だるさや吐き気の訴えがあったけれど疲れと考えたと真道医師が答えると「それは外科医の目だ! 放射線科医なら、体調が悪化すれば中止して様子を見る…」と。それに対して真道医師は「えっ!?」と驚く。
他にも真道医師が「長谷川さん… すっかりがん細胞も消えて、元の生活に戻れましたね。」と言って、大柴医師が「アンタ、わかってないね… 彼女は、いずれ再発するよ。」というと「え、そんな…」と驚いている。真道医師は「これが放射線科医の眼力…」「大柴先生は放射線の造詣が深い…」「もっと放射線科医の視点で観察眼を磨かなきゃ…」と心の中で思っているが、放射線科医としてというより、臨床医としての基礎力が不足しているように感じる。
これまでもマンガ上の設定とはいえ、説明が上手じゃないなとかコミュニケーション能力が足りないんじゃないかなと思った場面があったが、連載がスタートした当時の「並外れて優秀な医師」とは人物像が変わってきている気がする。
一方の赤門大学。術中迅速診断が通常の病理診断に比べて難しいことなど、おおむね適切な説明がされている。ダンピング症候群について御園教授が片桐篤志に説明する場面でも、説明的なセリフであるのはマンガだからしょうがないとして、適切に説明がされているように思う。目の前で患者さんが気を失っているのに手当てをしないのはどうかと思う。
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医療関係者としては、現実にはない絵柄になっているのがどうしても気になる。リアリティが薄れる。

たとえば左上の点滴、左側は50mlとか100mlの小さいボトルの形、右は500mlの形。なぜか大きさが同じ。その下のモニターの波形は、どれを見ても心電図じゃない。数字も、脈拍と血圧と考えれば合わないではないが、この状況なら酸素飽和度を表示させるでしょう。酸素飽和度は100を超えない。

真道医師が棚から取り出しているのは、抗不安薬にも利尿剤にも見えない。

ここでは点滴棒にぶら下がっているバッグが先ほどと替わっているが、この形は輸血バッグ。点滴バッグで先が3本に分かれているものはない。

この位置から、この形で挿管できるのは超人。ほぼ失敗するやり方だと思う。絶対に失敗できない場面なのに。
普通は頭の真上に立ち、喉頭鏡という明かりのついたガイドになる道具を口から入れて、チューブがしっかりするようにスタイレットという金属棒も入れて、確実に短時間に挿管する。

挿管されたはずなのに、次のコマでは口と鼻を覆って換気するマスクになってしまっている。これはテレビドラマなどでも時々ある間違い。
細かく見れば、他にもおかしいところや適当だなと思うところはたくさんある。ちゃんとした医療マンガとして描くことが目的ではないということなら、それはそれで構わないけれど。
(
第29回につづく)
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同じビッグコミックの1月25日号巻頭では、「江戸の検屍官」というマンガの新シリーズが始まった。江戸時代の検屍については全く知識がないが、リアリティとしてはこちらの方がしっかりしているように思うし、ストーリーも楽しめる。
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