がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
カルストさま、おはようございます。

そうなんです。今回は「普通の医療マンガ」のような作りなんです。ここまでが普通の医療マンガを目指しているような展開なら違和感ないんですが、そうではなかったはずなので大きな違和感を感じました。

来栖医師の回想シーンですが、真道隼人医師が迷走していると思われないように「裏付け」を示すために来栖医師に語らせる形にしたのだろうと思いますが、構成上は無理があります。小児の悪性疾患には抗がん剤はたしかによく効きます。それに比べると大人の固形腫瘍には効きにくいとは言えますが、絶対にやらない方がいいというほどメリットよりもデメリットが上回っている治療は、現在の標準治療にはないと私は受け止めています。メリットが上回る治療がない場合には無治療、ベストサポーティブケアを提示するのも標準的な手順に入っていますし。

「抗がん剤は、大人には効果に疑問のあるものも多いのですが…」というのは、大人に効果があるものもあるという意味に受け取れます。大人の血液のがんに対しては、抗がん剤で治癒する患者さんもいますが、治らない人もいます。つまり絶対的な善ではない。固形腫瘍に関しては治る人はまれですが、明らかに延命効果はあります。近藤誠氏が言う「縮命効果しかない」は何回読んでも詭弁に思え、根拠に納得できません。

「治らなければ意味がない」と思う人は、結構多いのではないかと思います。しかし薬の進歩によって、治らないがんでも明らかに長く普通の生活ができるようになってきています。現在慢性骨髄性白血病で治療を受けている人の多くは、イマチニブなどの開発がなければ以前の治療では発症から数年で命がなくなっていたはずの人です。そのような医学の進歩をすべて認めないというのは、近藤誠氏は何と闘ってどこへ向かおうとしているのだろうと、全く理解に苦しみます。

ウイルムス腫瘍の大きさについては、私も写真でしか見たことがないですが、あれぐらい大きくてもおかしくはないと思います。ただし、それ以外の手術現場のリアリティは、決定的に不足しています。近藤誠氏以外の医師が誰か一人でも制作に参加していれば、必要な資料画像を探してくることぐらいできそうだと思うんですが。
投稿者:カルスト
hirakataさま。

第25回の本作、読みました。
なるほど、構成としては普通の医療マンガでしたね。真道医師と御園教授のゴッドハンドぶりを強調しているとこなど、特にそういう感じです。
胃カメラの持ち方が正しいのかどうかは分かりませんが、100ページのところで真道医師が持っている子供の腎臓は、いくら何でも大きすぎるんじゃないかと思ったのですがどうなのでしょうか。腫瘍に冒されて腫れていたとしても、子供の腎臓が大人の両手で抱えるほどの大きさになるものなんでしょうか?
さて今回の話ですが、終盤に出てきた来栖医師の話はおかしいと思います。正確には、あのシーンの描写ですね。自分自身(真道医師)の回想ならあれでいいと思いますが、他人である来栖医師の回想のような描写になっているのはおかしいですね。作画のはしもと氏はベテランの書き手です。こういう描写がおかしいくらいのことは十分に分かっていると思うのですが・・・。
やはり、監修者、原作者、作画担当者の間で意思の疎通が上手くいっていないのではないかと感じます。とは言うものの、基本的には監修者の見解が基本なのでしょうから、今後の展開も近藤理論が基本になるのでしょう。
気になるのは、真道医師が手術前に「一刻も早く元の生活に戻れるように」と言ったときの表情です。監修者や原作者との意思疎通が取れているのであれば、「余命は短いのだから少しでも長く元通りの生活を送らせたい」という意味にも取れます。意思疎通が取れていないのなら、単純に完治を目指して一刻も早い手術が必要という事になりそうですが。
もう一つ気になるのは来栖医師の回想で抗がん剤について、「大人には効果に疑問があるものが多い」と述べている点です。ということは、近藤医師がこれまで強調してきた抗がん剤悪者論を一部否定しているということになるのではないでしょうか。ただ、近藤氏は血液のがんに対しては抗がん剤は有効とか言っていた気がするので、疑問がない抗がん剤というのは血液のがんに対するものなのかもしれません。
いずれにしても、まだ迷走は続きそうな気がします。今後の展開が気になりますね。
投稿者:hirakata
カルストさま、おはようございます。

制作にかかわっている編集長、編集者、監修者、原作者、作画者それぞれの中で、何を描きたいのかが統一できていないのはまず間違いないと思っています。そしてマンガは「世に対する表現」であるために、自由はあるものの責任もあるというところも、迷走を誘っているのではないかと思います。

言論の自由や表現の自由を「何でも言っていい」と解釈する人もいますが、そんな権利が保障されたら、世の中は諍いだらけになります。特にメディアは、そのような解釈ではなく、発言するからには社会に対する責任も負うのだと常に考えてもらわないと困ります。

監修者にそのような認識があるのかどうかはわかりません。わかっていて、しかし自分が発言していることは間違いがないと確信しているかもしれない。しかしここまで提示された近藤誠氏の「理論」は、科学的には不十分だと私は理解しています。この先で私にも納得できる十分な根拠が示されるとは、今のところは思えないんですが、ちょっとだけ期待はしておきます。

「標準理論」は「標準治療」のことを言っているのだろうというのは、私も思いました。ある程度科学に興味を持っている人なら、「標準理論」といえば宇宙の成り立ちを説明する素粒子物理学の方を思い浮かべると思うので、多分そういう素養にも欠ける編集者なのだろうと。勝手な推測ですけど。
投稿者:カルスト
hirakata先生、こんばんは。

この号はまだ読んでおりませんので、hirakata先生の感想にレスすることにします。

hirakata先生もこの作品の行方に疑問を持っておられるようですが、私もこの作品の原作者がどういう考えに基づいて話を展開しているのかよく分かなくなってきました。
近藤医師とその信奉者である編集長がこの作品の推進者である事は間違いありませんが、実際にこの作品の原作を書いている(はずの)よこみぞ邦彦氏は近藤理論についてどう考えているのかがよく分かりません。深読みするなら、はしもとみつお氏が描く真道医師の表情も時折違和感を感じさせます。
編集者、監修者、原作者、そして実際に作画する作者がいるわけですから、各々の考えが一致しているとは限らないわけですが、それにしてもこれまでの近藤理論に反するような主人公の行動には違和感しか感じません。もしかすると、監修者には物語を作り上げる能力がないため、展開がおかしな事になっているのかもしれません。
 いずれにしても、編集長の発言から考えると近藤理論を否定するような内容になることはないはずですから、これからどう辻褄を合わせていくのかという興味はあります。
 それから、がんの標準理論というのは、がんの標準治療のことなんでしょうね。煽り文句なので近藤氏はタッチしていないのだと思いますが、近藤氏寄りのはずの編集部が、いかにがん治療の現状を知らないかという証明のように感じます。
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