がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
michikoさま、おはようございます。

「平方」でつながるのはもちろん、「鉄道」でも「長野県」でも、いろいろつながって、自分の人生がしっかりするような、楽しい時間でした。

明男さんは「方角」にこだわりを持っておられるようで、「この時期にはこの方角に行くと良い」「この方角は良くない」とかが、行動や判断の一つの基準になっているようでした。

お父様が龍男の弟というのは聞いて、喜多見の方角が真南だというのも聞きましたが、お名前をちゃんと聞くのを忘れました。

田久保忠衛さんは、2012年の1月にマイクロバスの移動で席が近くになり、奥様とも忠衛さんともいろいろ話をさせていただきました。奥様の話題でも、今回盛り上がりました。

鉄道時計は、電車の運転台にある、フェルトみたいなのが張ってあるくぼみにおさまる姿が好きで、昔から欲しかったものです。まさかいただけるとは。竜頭を巻いたら秒針がすーっと動いて、感動しました。

歴史がつながるか途切れるかって、自分の「たしかさ」にも関わってくるし、大事にした方がいいなと。可能な範囲で、いろいろ知る努力もしていきたいなと考えた日でした。
投稿者:michiko
「父の従弟」なんですねぇ。コレクションも、「然るべく」して、望ましいところへ落ち着いたようで、それぞれの人にとっても、コレクションにとっても、幸せそうでおめでとうございます。


明男さんのお父さまは、六郎さんか七郎さん?

田久保忠衛さんは、1981年3月31日の夕方、最後に父を見舞ってくださった方ですね。忠衛さんからだったか、その前日(か前々日)にお見舞いくださった忠衛さんのお母さまからだったか、いただいたフラワーアレンジメントがきれいな黄色の花だったことを覚えています。

忠衛さんのお母さま(「田久保の叔母さま」と呼んでいました)が、アメリカ大統領訪日でめちゃくちゃ忙しかった忠衛さんに「絶対に、すぐにお見舞いに行け!」と言われて、その日に見舞ってくださったのでした。

昨日読んだ梨木香歩さんの本の中にあった「年寄り相手に『そのうちまた』なんて言葉は通用しない」という言葉をしみじみ実感するような思い出です。
(田久保の叔母さまは、「そういうタイミング」に関するセンスに優れた方でした)

愛子伯母さまが、そういう親戚関係の記憶に優れていましたし、母も「平方家の家系図」に関しては、「長子の長男の妻」的人物として(実際には、龍男さんは三男ですが、上は夭折)把握している模様。


話は代わりますが
我が家にも『鉄道時計』があり、トイレで愛用。電池式で、1979年頃、買ってもらいました。私はその頃、「懐中時計が欲しい」と思っていました。ある人から「お嬢さんに」とお金を預かった父から欲しいものを問われて、そう言ったら、鉄道時計を買ってきました。…私が欲しかったのは、『女物の蓋のついたようなエレガントな懐中時計』だったんですが、今は「鉄道時計だから、良かった」と思っています。

鉄道時計には、妙な魅力がありますよね。
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