「ビッグコミック『医者を見たら死神と思え』第21回」
最近思うこと

ビッグコミックに連載されている近藤誠氏監修のマンガ「医者を見たら死神と思え」の第21回は、「貴方は闘いますか」というサブタイトル。
タイトルページは、やや怪しい目つきと髪型で「反撃宣言」をした後、月刊がん治療の緒形記者をチラ見しながら頬を赤らめている真道医師。
まずは今回のあらすじ。
緒形記者の紹介で、週刊文秋の大津記者と会う真道隼人医師。話した内容が「週刊文秋」に載る。「がんの早期発見・早期治療は死亡を減らしていない」というグラフを根拠に、がんもどき理論を記事にしてあるらしい。表紙には「神の手が反論! 赤門の天皇の手術は無用だ!」という文字。
批判された赤門大学の「赤門大学医療棟・医師控え室」では記事を読んで医師たちが激怒し、御園教授が週刊文秋をビリビリに引きちぎる。すごい怪力。真道医師が居座る啓応大学では、医学部長が「啓応からつまみ出せっ!!」と。他にもあちこち波紋が。
真道隼人医師の父源一郎氏は、がんが進行しているらしい隠し子篤志から「赤門大学に紹介しろ」と言われる。
赤門大学から医道審議会に、真道隼人医師の医師免許を剥奪するよう告発が出され、受理される。真道医師は「想定内の出来事だ。」と意に介さない。「更なる反撃の狼煙と行こうか。」「全ては俺が生き残っていくため… やらざるを得ないんだ。」と、次は本を出す。そのタイトルは「患者よ、がんと闘いますか」。
(あらすじここまで)
どのようなメディア戦略で持論を広めていくのか、手の内を明かすというのが今回のメインなのだろうか。
「週刊文秋」の記事に書かれている記事の中で、真道隼人医師は「…一般に、今は転移がない早期がんも、放っておけば転移して治療不能になる。 …そう考えられていますが、この考えを裏付ける証拠やデータは存在しないのです。」と言っている。
証拠やデータはたくさんあるが、このマンガを監修している近藤誠氏はそれを一切認めていない、というだけのことだと思う。
「すべてのがんは、発見された時点で別の臓器への転移(臓器転移)があるかないかのどちらかです。」「論理的に自明の事ですが、問題はその先にあり、データを検討すると臓器転移がないがんは、治療しないで放置しても転移しない、と考えられるのです。」と言う。
ここでは「考えられるのです。」と控えめな表現で、断言はしていない。突っ込まれどころだと認識しているからだろう。実際には、早期がんやリンパ節転移を放っておけば遠隔転移に進展することは膨大なデータがあるし、それを防ぎつつ最少のリンパ節切除で済むようにという工夫が積み重ねられて、日本の胃がん治療は世界の手本になっている。

真道医師はその後、転移しない細胞を「がんもどき」と名付けたと言い、一つのグラフを根拠として示す。
「日本人の胃がん発見数と胃がん死亡数の関係を見たグラフです。胃がん発見数は検診受診者の増加等が原因でしょう、大きく伸びています。」「そこで、もし検診発見胃がんが進行・末期がんの前身であるならば、発見数がこれほど増えれば、死亡数もかなり減るはずです。ところが、図の胃がん死亡数は横ばいです。」「この事から、検診で見つかった胃がん患者の多くは進行・末期胃がんの前身ではなかった(換言すればがんもどきである)事を意味しています。」と言う。
このグラフを見ると、たしかに胃がん発見数が大きく増えているのに、胃がん死亡数はほとんど減っていない。それと近藤誠氏の主張を合わせて、がんもどき理論の裏付けとなると考えている人が多いと思う。
たしかに、胃がんの死亡者数はまだ「減り始めた」段階である。しかもそれは「早期発見・早期治療」だけの成果とはいえず、ピロリ菌の感染率が減ったことも大きく寄与しているのではないかと言われている。
だからといって、このグラフはがんもどき理論が正しいことの証拠にも、胃がん検診が意味がないことの証拠にも、実は全くなっていない。早期胃がんとして治療された中に、放置すれば転移が広がって進行がんになる細胞が「なかった」というのは、どうやって証明するのだろう。「がん死亡数が減っていないことから明らかだ」というのは、間接的すぎて、遠すぎて、証拠にならない。
そして、このグラフの上に書いてある(男女計、全年齢)というのが、大きなポイント。全年齢で死亡数が減少していないことは、早期発見・早期治療に意味がないことにはならない。
たとえば、ある若い人に早期胃がんが見つかって、胃カメラで治療して治ったとする。その人が数十年たって、十分高齢になってから再び胃がんになって、それによって命が終わったとする。この場合「胃がんによる死亡数」は変わらないが、若い時に受けた早期胃がんの治療には大きな意味があると思う。「死亡数」だけで比べてはいけない。
命にかかわるがんによって人生を削られる度合い、マイナスの大きさは、若ければ若いほど大きい。逆に「早くお迎えが来てほしい」と思っている高齢者には、がんはお迎えを連れてくる病気で、本人にはプラスの方が大きい場合もあると感じている。若い人のがん死亡を減らすことは、本人にとってはもちろん、社会にとっても、ものすごく意味があると思う。
ここで「全年齢」のグラフを出しているのは、それ以外のグラフを出すと、治療の意味が大きい「若い人の胃がん」は減っているということが明らかになってしまうからではないか。

「それ以外」のグラフは、探せばたくさん見つかる。たとえばこれは、75歳未満の年齢調整死亡率のグラフ(
東京都福祉保険局のホームページから拝借)。ピンク色が胃がんで、人口あたりの死亡数は、最近20年弱の間でも半分に減少している。このようなグラフがたくさんあるのに、全年齢の死亡数だけを取り出して「早期発見・早期治療には意味がない」とキャンペーンを張るのは、どういう事情があるにせよ看過できない。同調しているメディアも同罪だと思う。
最後の書名を決めるところで、真道隼人医師はああでもないこうでもないと考えた末、以前(連載第2回)同期の御影医師に言われた「“患者よ、がんと闘うな”ってか…!? 全くの暴論だ」という言葉を思い出し、考え出した書名が「患者よ、がんと闘いますか」。近藤誠氏の「患者よ、がんと闘うな」に比べて、インパクト薄い。
169ページには、医道審議会に真道医師を告発するらしいという話が描かれている場面があり、その「医道審議会」のところに「※」が付けられている。こう書いてあると欄外のどこかに医道審議会の説明があるのが普通だが、どこを探してもない。どんどんいい加減になってきているような気がする。

→<9月26日訂正>
欄外に一応説明があると、コメント欄で教えていただきました。下とか横ばかり気にしていましたが、コマとコマの間の細いところに、普通の活字の半分くらいの小さな字で書いてありました。濡れ衣を着せてすみませんでした。これは見つけられなかった。
お付き合いするのに、少々疲れて来た。何か反論に苦労するような、ミステリー小説でもひもとくような、考え抜かれた理論でも出てこないと、反論するのも楽しめない。
(
第22回に続く)
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