がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
カルストさま、こんばんは。

返信が遅くなりました。私も近藤誠氏の理論や言論活動やそれをサポートするメディアの動きを見て、似たようなものがいろいろあるとは思っていました。書店にいくと「家庭の医学」のようなジャンルの本棚をよく見るんですが、そこには「長生きするにはこれをしなさい」みたいな本がたくさん並んでいて、半分以上は「自説を広めるため」の本です。

まともな本と区別しないで売っているので、何か読んでみようと探している人や、病気になった人は迷うだろうなと思います。「科学的に信頼できる本」と「自説を広めるための根拠に欠ける本」で分けてくれればいいんですけど。あ、でもそうなると、私が書いた本もエビデンスは教科書の受け売りと自分の経験ぐらいしかないから、後者に並べられちゃうかな。

近藤誠氏の「自説を広めるための活動」は、それらのうちでも非常に「上手くいっている」部類なのではないかと思います。他の「私こんな理論考えました」の人たちは、一部に熱狂的な支持者がいたり、似たような人と徒党を組んでいたりしても、社会の中では知っている人がほとんどいないのに対して、近藤誠氏は(アスコム社によれば)108万部も本が売れたり、「納得できる」っていう人が多かったりしますから。

実際に病院でがん診療に当たっている医師の中で、近藤誠氏の意見に同調する人が(私の知る限りでは)皆無という状況で、これだけ強気に整合性のない理論を自信たっぷりに広め続けるというのは、何か遠大な作戦があってその一部を見せられているのかなあという気もしましたが、このマンガを見る限り行き当たりばったりな展開の方が多いように思うので、そんな作戦はなくて「本当に正しいと信じている」「世間に広めたい」「そのために邪魔になるものは詭弁を使ってもやっつける」という流れかなと。だとしても私には理解できませんけれど。
投稿者:カルスト
hirakata様、こんばんは。

私は近藤医師の理論を聞くたびに、思い浮かべる人たちがいます。

例えば、地球温暖化否定派の人々(特に武田邦彦氏)、近代医療を否定する人たち、ゲーム脳理論を主張する人々。
いずれも、科学的なエビデンスはないのに一定の支持者がいます。論調も似ている気がします。自分たちの主張が認められないのは業界の利益に反しているからだとか、自分たちの意見に反論しているのは全員業界関係者だとか。彼らの理論が本当に正しいのなら、そこから新しい収入源が生まれる可能性が高いわけですから業界全体で新しい理論に乗り換える動きも出るはずですが、そういう視点はまったくありません。近藤氏も含めて、自分の意見は正しい=自分に反論するものはすべて間違っている、というところから一歩も抜け出せずにいるように思います。もちろん、自説が正しいと思うからこそ色々と主張するわけですが、同時に自説に対する反論に対しても謙虚かつ理性的に対応するのがまともな科学者だと思うのですが。
私などから見ると「トンデモ理論」なのですが、これらの理論が一般の人に受け入れられるのは既存の医療や科学的常識に対する無理解や不信がある事の他に、常識に反する新理論は既存の学会に受け入れられないという思い込みがあるのではないか、という気がします。付け加えるなら、すべてを根底から覆す、新理論を欲しているのかもしれませんね。
投稿者:hirakata
カルストさま、こんばんは。

真道医師の人物設定については、スタート時にあまりよく練らずに始めているんじゃないかという気がします。「神の手を持つ外科医、いいねえ」なんて主人公にしてみたものの、外科医に対する敬意を持たない近藤誠氏が監修なので否定的に描かざるを得ないところが多々あったり、外科医の仕事をご存知ないので挫折のしかたも影響のされ方も、不自然になってしまったのではないかと思います。

外科医はメジャーな存在感があり、放射線科医よりもイメージしやすいこと。しかも「神の手を持つ外科医」にして、その医師に「がんもどき理論」を唱えさせれば、説得力が増しそうなこと。そんなあたりが真道医師を主人公に設定した理由なのかなと思いますが、来栖医師とのリレーでがんもどき理論を完成させるという困難な状況にしたこともあり、かなり無理な展開になっています。でもこれが説得力を持つマンガに読める人も、いなくはないと思います。

文学作品などでは、大きなストーリーの流れと人物像をしっかり決めてから書き始めるのではないかと思いますし、マンガでも読み応えのある作品は、そのあたりがしっかりしているので安心して読み進められます。そのへんがしっかりしていない作品は、読んでいて疲れますし、だんだん読まなくなってしまいます。

近藤誠氏がなぜここまで「がんもどき理論は正しい」と言い続けるのか、なぜ「治療の意味がある固形がんの存在」を認められないのか、理解ができないのです。「がんもどき理論は正しい」「がんは放置するのが正しい」と言い続けることで、治療の機会を逃して命を失う人もいますし、親身になってくれる医師を信用できなくなってしまう人もいます。それをすべて患者さんや家族が「しょうがないよね」と引き受けてくれるわけではありませんし、ましてや近藤誠氏がそこまでのフォローをしてくれるわけでもありません。何のために、何をどのように考えて、このような主張を続けているのか。本当に正しいと思っているなら科学的な態度に疑問を感じますし、自らの存在と影響力を誇示するためにやっているなら下品極まりないと思います。
投稿者:カルスト
hirakata様、こんばんは。

私には近藤氏の考えを紐解くことはできませんが、この連載を読み続けていて感じる事はあります。近藤氏の心理状況については精神医学の専門家の分析を是非とも聞いてみたいとは思いますが。

この作品を読んで私が最初に感じた疑問で、こちらのブログにも書いたと思いますが、なぜ真道医師を外科医に設定したのでしょう。
近藤氏の経歴から考えれば、真道医師は外科以外の医師でよかったはずです。近藤氏のように放射線医でなくともかまいません。内科医でも良かったと思います。しかし、近藤氏は真道医師を外科医、それも神の手と称される天才外科医に設定しました。その真道医師が術後に死亡する患者を数例経験しただけで自信を喪失し、それまでよく知らなかった医師の言うことに浸水してしまうという展開はあまりにも不自然です。神の手と言うほどの医師なら、手術の経験も豊富なはずですから術後に亡くなる患者さんも一定数以上経験したはずなのに。外科医を辞めた後それほど時間が経過していないのに、いつの間にか頑固ながん治療否定派になってしまうというのも、あまりにも説得力がありません。この作品の描写からうかがえるのは、外科医に対する近藤氏の憎悪です。真道医師を自分自身と同じ放射線医にしなかったことや作中に出てくる外科医の描写を見るにつけ、私は近藤氏の外科医に対する敵愾心を感じます。彼なりに患者のことを考えていると思いたいですが、それ以上に学会や外科医に対するうらみつらみが表に出ているように感じます。自分の理論に自信があるのは確かなのでしょうが、同時に自分を認めなかった医学界に対する意趣返しもあるように思います。だからこそ、真道医師を外科医に設定したのかもしれませんね。
投稿者:hirakata
カルストさま、おはようございます。

週刊“ボスト”を前に「案の定…“敵”は次々と仕掛けてきた。」と、真道医師ははっきり言っています(10ページ)。週刊ボストの記事は「御園教授の後輩で准教授だった帝立がんセンターの白髪秀史医師」の記事なので、結託して真道潰しに躍起になっているという意味に、読めなくはありません。

しかし現実の世の中に広く言われている「早期発見・早期治療が大事」というのは、「手遅れの状態でがんが発見されることによる不幸が少なくなるように」という気持ちと、それを裏付ける実績によって言われていることで、近藤誠氏の存在を否定しようなどという動機は全くないと思います。

近藤誠氏の回りにはそういう謀略があったのかもしれませんが、そこから医療全体に「反近藤誠」の動きが広がったはずもなく、近藤誠氏の存在自体を知らない医師も、まだたくさんいます。それぐらいの存在であり、がんもどき理論も「取るに足らない空想」という扱いをしている医師が多いのではないかと思います。

「日本発の論文が載る事が少なかった頃」に、海外のステータスある医学雑誌に「がんもどき理論」を載せてもらっていたなら、評価します。でもそれならそう言うはずですよね。そうではなくて「乳房温存手術の成績は全摘術に劣らない」など、近藤氏がまともなことを言っていた頃のことだろうと思います。その頃の近藤氏の論と現在の近藤氏の主張は矛盾しているのに、それを根拠に正しさを主張されても困ります。

誰か「近藤誠氏の思考様式」を繙いてくれる人がいないでしょうか。普通の人の思考ではないように思うのですが、理解しようと思ってもわからない部分が多すぎます。
投稿者:カルスト
hirakata様、こんばんは。

>真道医師は今回の途中で、週刊誌やテレビのがんに関する報道を、はっきり「敵」と言っています。

真道医師=近藤医師にとって自説を認めない相手はすべて敵なのですね。今週号を読んで一番感じたのは、医学界に対する怨念のようなものです。連載当初こそ素直で真摯な医師だった真道医師が、いつの間にやら怨念まみれのキャラクターになってしまいました。しかも、それほどの怨念を持つに至るエピソードがほとんどないので、物語として説得力がありません。近藤医師の数十年にわたる恨み辛みを1年足らずの話に凝縮してしまったために、こんなに説得力のないストーリーになってしまったのでしょうけれども。
そういえば、今週号の読者投書欄に「近藤氏が論文を書いても学会に無視されたと発言していたが、そもそも論文のレベルが議論の対象となるレベルではなかったのではないか」という投稿がありました。これに対して編集部は、「近藤医師に確認したところ、『海外の医学雑誌に日本発の論文が載ることが少なかった頃に、僭越ながら、結構載せていました。がんの分野で格式が高かった、Cancer誌にも何本も載っていますよ』」と回答しています。しかし、この反論には矛盾とミスリードがあるように思います。まず、海外の医学雑誌に掲載されたのなら、学会から「無視された」という言い分はおかしいのではないかということ。もう一つは、有名な学会誌に論文が掲載されたからといって、その理論が妥当なもの(正しい)と判断されたわけではないということです。これは、STAP細胞の論文を見ても分かることです。さらに言うと、Cancer誌に投稿した論文というのが、何に関する論文なのか分かりません。近藤氏は乳がんの温存療法を(日本では)比較的早くから提唱してようなので、それについての論文かもしれません。しかし、現在近藤氏が批判されているのは「がんもどき理論」についてですから、Cancer誌に「がんもどき理論」の論文が掲載されたかどうかが重要になると思います。
「若い頃」、「日本発の論文が載るのが少なかった頃」という言い方から考えると、おそらく「がんもどき理論」の論文ではなかったと思うのですがどうでしょう?それにしても、今回の近藤氏の回答からは、「自分を認めて欲しい」という欲求を強く感じてしまいます。
投稿者:hirakata
カルストさま、こんばんは。

一番最後のコマなんて「これから反撃開始だ!!」という真道医師の左上には死神、真道医師は何かに取り憑かれたような表情。「真道医師を見たら死神と思え」という意味に読めます。監修者としては、真道隼人医師に感情移入しながら読んでほしいでしょうが、これでは読者は「おかしくなった人?」と思いながら読むでしょう。

“がんもどき”理論を生み出す展開は、なんとな〜く「神の手を持つ外科医が編み出した」と読む素直な読者もいるんじゃないかと思います。理論とは言っても来栖医師の二番煎じですし、外科医として挫折したところで来栖医師に影響されて、新興宗教に引っかかるようになだれ込んでしまうのは、それほどおかしくない流れかもしれません。その人の言動には説得力はなくなりますが。

どんながんでも最初は局所の病気であり、時間が経つと転移して全身病になっていくことを、医師ならみんな知っています。ごく一部の人を除いて。そして局所の病気のうちに取り除けば、全身病にならないことも知っています。

また、“がんもどき”のようながんも、“本物のがん”のようながんもあるけれど、その中間の性質を持つ「普通のがん」が山ほど存在することも、普通のがん診療医なら知っています。

小さながん病変も見逃さないために、診断技法も工夫し、観察・読影技術も磨き、病理診断も一人の判断に頼らない体制になりつつあります。今回の展開では、そのような現場のがん診療医や病理医の仕事内容とは関係なく、非常に低い、ほぼ空想レベルの話しか出てきません。真面目にやっている医師を馬鹿にしすぎです。

“がんもどき”以外のがん細胞は、すべて発生した途端に転移も成立するスーパーがん細胞であるはずだというのが“がんもどき理論”です。どうしてそんなすごい能力をすべての「本物のがん」細胞が身につけられるのかという説明をしなければ、「普通のがん」の存在を否定できず、早期発見・早期治療が無意味だという発言の説得力も失われます。

真道医師は今回の途中で、週刊誌やテレビのがんに関する報道を、はっきり「敵」と言っています。煙たがられても大学に居座り、週刊文秋というメディアを巻き込んで利用し、対決する気は満々です。科学的な正しさを極めていくという「医学に必要な態度」から離れて行っている気がします。
投稿者:カルスト
hirakataさま、こんにちは。

さて、いよいよ真道医師がマスコミを使って「近藤理論」(この作品の場合は真道理論でしょうか?)を流布し始めるようですね。今週号でいくつか気になったことを書きます。

真道医師の表情について。清廉潔白で信じる道を真っ直ぐ進んでいた真道医師にしては、ずいぶんと陰険な表情をしたり、何かに憑かれたような目で描かれることが多くなりました。作画担当のはしもとみつお氏の考えなのか、編集部の考えなのかは分かりませんが、なぜこんな表情にするのか疑問です。もっと素直に怒りの表情をさせるとか、思い詰めた表情をさせた方が説得力があるように思うのですが。
それにしても、真道医師はいつの間にあれほどの理論を構築したのでしょう。つい最近までは神の手と言われる優秀な外科医で、来栖医師と関わったのもせいぜい数ヶ月。しかも来栖医師の主張に半信半疑だった真道医師が、これほどの短時間に(矛盾だらけながら)がんもどき理論を構築したのは不自然に思えます。来栖医師が死亡して数年たっているという設定なら納得できますが。
それにしても、やはり真道医師の急激な宗旨替えは不自然です。神の手と言われるほどの外科医なら手術によってがんを克服した患者さんも山ほど見ているはずですから、来栖医師の主張でここまで極端に意見を変える理由が分かりません。
しかし、目には目を歯には歯を、ですか。新しい理論を唱える人が出れば、反論が出てくるのが健全な科学ではないかと思います。ましてや、定説とは全く違う理論を提唱しているのだから厳しい反論があって当たり前ではないでしょうか。ですが、自説への反論は近藤氏にとって「攻撃」なんでしょうね。その時点で、科学者の取る態度ではないという気がします。
この作品にも「この作品はフィクションです。実際の医学や医療現場とは異なる表現があります」というキャプションが必要なんじゃないかという気がしてきました。
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