「ビッグコミック『医者を見たら死神と思え』第20回」
最近思うこと

ビッグコミックに連載中のマンガ「医者を見たら死神と思え」、連載20回目という理由かどうかわからないが、巻頭カラー(カラーは扉含めて4ページ)。
「人気タレントが胃がん手術を経ての大復活!! 一方の隼人は四面楚歌の状況で……!?」と書いてある扉は、生気のない目をした真道隼人医師が居酒屋で一人でがんもどきをつまんでいる構図。
今回のあらすじ。
前回とのつなぎの後、胃がんを手術された芸人「市川良夫」さんが、とあるテレビ局の『青柳桐子の部屋』に出演。がん検診のCMにも出ているらしい。早めの診断と治療が大切と訴える。
月刊がん治療の緒形記者は、編集部の指示で赤門大学で市川さんを診断した内科の槙原茂樹教授へのインタビューに行かされるが、真道医師の記事を載せた雑誌だけに「真道医師は口が過ぎるのでは」と言われる。
啓応病院では真道隼人医師が、市川さんを題材に「帝立がんセンター」の白髪秀史医師が「早期発見の必要性」を説いている「週刊ボスト」の記事を苦い表情で見ている。
テレビのワイドニュースでは、赤門大学槙原教授が「早期発見、すぐ手術、しかも御園教授の執刀という三つの幸運が市川さんには重なった」と言い、早期発見・早期治療こそベストな選択だと笑顔で話している。
執刀した御園教授はホテルオークマでの講演会で、胃がん治療の進歩について講演。緒形記者も聴いていたが、質問の時間に真道医師の記事が話題に上り、ざわついた聴衆は口々に真道医師を悪く言う。
啓応病院・事務局。生方幸四郎副院長に呼ばれて、秋田行きを受けるよう説得される。しかし、亡くなった来栖医師に生前言われた助言に従い、左遷をきっぱり撥ねつける。
研究室に戻った真道医師は、緒形記者に「市川良夫さんはスキルス胃がんではない」と考える根拠を説明する。緒形記者は説明を聞いて納得し、それを世間に発信しないと誤解されて変人扱いされたままだと心配。それに対して真道医師は来栖医師に言われた「孤高の医師を目指すなら、知略を備えねば…」という言葉を念頭に「『週刊文秋』の記者を紹介して欲しいんだ。」と依頼。「これから反撃開始だ!!」と意気込む。
(あらすじ以上)
今回は、さまざまなメディアで、芸人市川良夫さんの手術をおもな題材に、「がんは早期発見・早期治療が重要」ということを啓発している場面が多い。
「青柳桐子の部屋」の青柳さんは実在の黒柳徹子さんを、芸人の市川良夫さんは雨上がり決死隊の宮迫博之さんを思い起こさせる。もちろん狙っているのだろうけど。だとすると、ピンクの派手な着物を着て、下品な笑い方をしているしわだらけの青柳さんを見たら、黒柳さん本人はあんまりいい気持ちはしないだろうな。
「TVワイドニュース」に出ている赤門大学内科の槙原茂樹医師は、市川さんには3つの幸運が重なったと言っている。1つ目は「まず、定期検診のレントゲン写真で胃がんを早期発見できた事。」2つ目は「すぐに手術を決断された事。」3つ目は「赤門大学の“天皇”と称される御園教授に執刀していただいた事。」 このストーリーは実際の宮迫さんとは違う部分があるが、それは後述。
東京大学を指すと思われる赤門大学の御園敏幸教授は、ホテルオークマ(オークラぐらいステータスのあるホテルという設定かな)で、胃がんは日本人に多いこと、外科手術の飛躍的発展や先進医療の充実などで「今やがんは不治の病ではなくなりました。」「我々の技術向上により早期胃がんの死亡率は約3%となりました。」「これは世界で最も優秀な数字なのです。」と力説。
このような「がんは早期発見・早期治療が大切」という啓発活動は、以前は胃カメラを多い時には年間700人ぐらいにして早期胃がんも何人か見つけて治療につなげ、今は緩和ケアで進行がん以降の人と多数付き合っている私としては、当然の情報提供活動のように思える。しかし近藤誠氏の著作から推測すると、「医療はこうやって患者を作り出している」→「儲けるためにやっている」という流れになるのかな。
雨上がり決死隊の宮迫さんの場合は、マンガに書かれている定期検診ではなくて、「時間が空いたときにたまたま思いついて行った人間ドックで発見された」と、本人が語っている。レントゲン写真で発見されたのではなくて、胃カメラに切り替えたら見つかったというのも、マンガとは違う。
早期胃がんをレントゲンのバリウム検査で見つけるのは、非常に難しい。現在、胃がん検診にはバリウムが用いられているが、そのことはずいぶん前から問題になっていて、内視鏡(胃カメラ)による検診にすべきではないかという意見がずっと出されていた。今年の4月、国立がん研究センターは「市町村でおこなう検診にも内視鏡を推奨する」方針を、初めて示した。(→
こちらの記事など)
バリウムで見つかるのは進行がんが多かったので、近藤誠氏らがいう「検診は無効」という意見にも頷けるところがあった。検診の検査方法を変更するというのは、膨大な検証作業が必要となるので、いつも時間がかかる。現在のがん検診には、その方法が選ばれた根拠が十分でないものもあるかもしれないと思う。しかし「すべてのがん検診には意味がない」というのは言い過ぎで、正しくないと思う。
(先週書いた
「超早期診断」が実用化されれば、がん検診は丸っきり変わるのではないかと考え、これからのがん検診・がん診療のあり方について「こんな風になれば」という記事を書こうとしているんですが、わかりやすい記事にしようと、ちょっと時間がかかっています。近日中に書き上げます)
今号の後半では、真道隼人医師が緒形記者に対して、胃がんの解説をしている。
スキルス胃がんの“スキルス”というのは英語で“硬くなる”という意味であること、未分化がんの一種であること、未分化がんはがんの中でも正常な胃の細胞からかなり離れた性質を持つこと、胃がんの細胞は粘膜の腺窩の細胞ががん化して広がっていくことなど、正しい情報が書かれている。
「1993年に亡くなったTVキャスターの逸見政孝さんが、このがんだった。」と、ここは実名。術後の経過も書かれている。スキルス胃がんは「完治は非常に難しい。顕微鏡で調べるサイズだから、早期発見も困難だ。」と言う。ここまでは大きな問題はないと思う。
続いて真道医師は、芸人の市川良夫さんの例について、独自の見解を述べる。事務所主催の会見で「胃角という部位で、がんの大きさは2cmほど。ステージTa期との診断」と言っていたので、それだとスキルス性胃がんではない、という。私もこれだけなら、スキルスと言うほどには広がっていなくて、未分化な細胞の早期胃がんと表現した方がいいと思う。
しかし真道医師が言うには「それだとスキルス性胃がんではなく、“消化性潰瘍”を繰り返すタイプのがんと考えられる。」「やがて修復されるタイプだ。スキルスとは似ても似つかぬものだよ。」と。スキルス性胃がんに転化しないんですかという質問には「全く異なるタイプの腫瘍だから、多臓器への転移はなく、時間が経ってもスキルス性胃がんには移行しない」と断言する。「数年かけても…仮に10cmの大きさになっても粘膜にとどまるから、がんであってもがんでない。」「つまりそれを“がんもどき”という訳だよ。」という。
ちょっと待て。胃がんの診断をする時には、粘膜の様子や胃壁の様子を丹念に観察して広がりと深さを推定するのとともに、必ず細胞をつまんできて顕微鏡で検査し、細胞のタイプを調べる。がんと診断する際に、未分化な細胞であるか、低分化であるか高分化であるか、顕微鏡で細胞を調べる病理検査なくては成り立たない。細胞の検査をして「未分化がん」と診断されたのであれば、放っておいても転移しない“がんもどき”である可能性はない。
胃粘膜は、自己修復する能力が非常に高い。なので、未分化がんであっても、正常な細胞で修復されて粘膜面が治る可能性は否定しない。しかし粘膜面は修復されても、その奥に未分化がんの細胞が残っていて広がっていけば、やがて浸潤や転移によって進行がん、末期がんになっていく可能性を、今回の真道隼人医師の論では否定できていない。そこを覆い隠すために「全く異なるタイプの腫瘍」だと断言しているのだろうが、全く異なるというのは真道医師の頭の中では成立しているのかもしれないが、がん診療に実際に携わっている私の目から見ると無理がありすぎるように思う。
マンガの市川さんにしても、実在の宮迫さんにしても、未分化ながん細胞が見つかり、それが粘膜下層までにとどまっていて転移が成立していない段階だと判断されたから、手術に踏み切ったのだと考える。ステージTA期では内視鏡による切除が選択されることが多いが、内視鏡ではなく胃切除術を選択したのは、内視鏡ではすべてのがん細胞を取り除けない可能性が残るという判断だろう。それは「未分化がん」の病理診断があったからである。これを“がんもどき”であるという根拠が、私にはどうにも理解できない。
スキルス性胃がんというのは、未分化がんが進行して胃壁が硬くなったものを指すとすれば、たしかに市川さんのがんはスキルス性胃がんではない。でも未分化がんであるという設定ではあったと思っていたが、まさか「“がんもどき”だった」とは。そんなのが許されるなら、何でもありなのでは? マンガでフィクションだとはいっても、世の中の人にとっては「近藤誠氏の著作もフィクションです」という傍証と受け止められかねない、危ない橋を渡っている展開に思える。
最後のページで真道医師は、緒形記者に「週刊文秋」の記者を紹介して欲しいと頼み、「目には目を、歯には歯を… そして… ペンは剣よりも強し…」「これから反撃開始だ!!」と闘志を燃やしている。こんなに根拠薄弱な自説を携えて、週刊文秋というメディアを利用してどのような反撃をしていくのか。
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第21回につづく)
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