がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

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平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
カルストさま、こんばんは。

私も大場大医師の本、仕事の合間に読んでいます。全部読んだら、ブログに感想を書こうかと思っています。外科も抗がん剤もされてきただけに、臨床医としての生の声がいっぱい詰まった、役に立つ本だなあと思いながら読んでいます。

メインタイトルは「がんとの賢い闘い方」で、サブタイトルが「『近藤誠理論』徹底批判」ですから、メインは「がんとの向き合い方を間違わないでほしい」ということだと思います。

Amazonの書評は、近藤誠氏側に立つ人のものは、☆一つなのですぐに見分けられますね。「予約中に週刊文春の対談を読んだ」時点でレビューを書くのは、批判したくてしょうがないだけとしか受け取られないと思わないんでしょうか。

近藤氏の応援団は、この調子で続けてもらっていいと思います。その方が、より多くの人に問題の存在を認識してもらえるだろうと思うので。トータルで世の中が賢くなっていけばいいと思うし、それでも近藤誠氏の説を信じるという人は信じたままで生き抜けばそれなりに幸せかなと思うし。
投稿者:カルスト
hirakataさま

大場医師の本を読了しました。近藤氏への反論が主な本かと思っていましたが、2章に分かれていて1章は近藤氏への反論、2章は現在のがん治療の実際について記述という感じでした。本の内容の半分は近藤理論への反論ですから、副題の「近藤理論徹底批判」という表現も間違いではないですが、この本の印象をかなり偏ったものにしてしまったのではないかと思います。
amazonでは、販売直後に近藤信者とおぼしき人たちがさっそく書評を書いてました。調べて見ると、どうやら皆さん近藤理論の信奉者らしく、近藤氏への批判本が出るとすぐに否定的な書評を書いているようですね。
今はこの本を評価する書評も集まっているようですが、近藤理論信奉者の批判の仕方が、近藤氏の著書のよく似ていて笑ってしまいました。特に、この本の批判をするのに、週刊文春の対談記事を持ち出したのにはあきれるしかありません。本の批判をするなら、本の内容をもってするべきだと思うのですが。
大場医師の本ですが、近藤氏への批判に若干感情的な者を感じましたが、現在のがん治療については概ね公正な紹介になっているのではないかと感じました。
投稿者:hirakata
isakiokaさま、おはようございます。

近藤理論が誤っていることを証明するのが難しいのと同様に、正しいことを証明するのも困難で、正しいことを証明するのは近藤誠氏の責任だと思うんですが、言い張るばかりで証明する気配はありません。なので、論争は不毛です。

Amazonのレビューを見ると、現場で真摯ながん医療を続けている医師が何を言っても、近藤誠氏の言説を信じ切っている人からは近藤氏の言説をひっくり返す力がないと一刀両断です。しかしこのようなレビューは「反論本」を読ませないために少し役立つかもしれませんが、ちゃんと知識を得たいと思う人には「近藤誠氏と同調する人たちは、なんか変だぞ」と思われて逆効果なような気がしてきました。

早期発見、早期治療が無意味であるという「近藤説」は、全部合わせれば日本の社会に著しい損害を与えていると思います。時代は超早期診断に向かおうとしており、それに向けて新しいがん診療体制を整えたい時期です。数年すると近藤理論はさらに時代に合わない言説になると思います。それまでには近藤理論なるもののまずい部分が認識されて、治療を受けたほうがいい人には正しい治療を受けてもらえるようになってほしいです。
投稿者:isakioka
「近藤問題」について明快に書いて下さって、我が意を得たりといった感じです。特に、治療すべき人まで無治療に引っ張り込んでしまうのは、やはりまずいです。できるなら原発巣を早期にコントロールすべきでしょう。近藤理論は反証できない仕組みになっているので、議論してもフェアーじゃないんですよ
投稿者:hirakata
カルストさま、こんばんは。

近藤誠氏は、乳がんの手術方法とか、放射線治療についてとか、抗がん剤はほとんどの固形がんを治せないとか、いいことを言って医療を変えてきたし、医療を受ける人も変えてきました。でもそれは、せいぜい1990年代前半までのことです。

そこまでで「自分の言う事は何でも正しい」という自信が行き過ぎたのか、医師の世界が自分を認めないのはおかしいと思ったのか(もっと個人的な感情かもしれませんが)、思考回路に欠損がある(または生じた)のか、その後も工夫と進歩を続ける現実のがん医療とはどんどん懸け離れて現在に至っていると思います。

がんが放っておいて困らないようなものなら、患者さんだけではなく、がん診療をしている医者にとっても、夢のような話です。でも現実にはそんなわけにはいかなくて、命は急速に奪われるし、痛みや苦しさなどの辛い症状はあるし、困ることは山盛りです。

だから、より治癒率の上がる手術法、より命が伸びて副作用も少ない化学療法、症状の治療法、がんで人生を台無しにしないサポートの方法など、工夫を重ねてきているわけです。がん医療は、私が医者になってからの25年で、別世界と言えるぐらい進歩しています。

もし自分のがん診療が正しいと信じ切れない医師がいたとしても、たとえば20年ほど前の切除不能な大腸がんの生存期間中央値と現在のそれを比べてみれば、抗がん剤には縮命効果しかないとかいうのが間違いだと、すぐに気付くはずです。捏造やデータ操作で4倍にも延ばせるものではありません。

近藤誠氏の説を「信じたい」人がたくさんいるのは、よくわかります。しかし信じるに足るかどうかは、近藤誠氏と、一般的な治療を勧める医師の両方と対面して、どちらがより親身になって自分の病気と人生について考えてくれるかで、命を託す医師を決めてもいいんじゃないかと思います。近藤誠氏の外来は「セカンドオピニオン専門」だから、最初から託されるつもりはないのかもしれませんが。

健康増進法32条の2項が訴訟に使えるかと思ったんですが、条文と通達などを見ると、健康食品に関する虚偽・誇大広告などにより、適切な治療の機会を逃すように誘導してはならないということで、言論だけの近藤誠氏は「言論の自由」に守られるのかなと思います。やはり地道に、どちらの方がより信じて良さそうかを訴え続けるしかないのかもしれません。
投稿者:カルスト
hirakataさま、こんにちは。

前にも書いたかもしれませんが、逸見政孝さんが自身の胃がんを公表して手術を受けた時に近藤氏(当時は放射線医でした)が展開した批判にはなるほどと思える点がありました。それからしばらくして再び近藤医師の名前を見たときには、インフルエンザと風邪は同じとかにわかに信じがたいことを言う人になっており、そのうちにがんもどき理論を展開するようになりました。
近藤氏に何があったのかは知りません。「医者を見たら死に神と思え」の描写は極端だとしても、がんの標準医療に真っ向から異論を唱えたり、インフルエンザに対する異説を展開したりしたわけですから少なからず病院内での立場に影響したであろう事は容易に想像できます。講師のまま定年を迎えたわけですからかなり冷遇されたのは確かだと思いますが、だとしても今の近藤氏の活動はまったく支持できません。
最近は相手にエビデンスを求めているようですが、これは近藤理論に対してエビデンスを求められた反動ではないかと感じます。
文春の記事については、もっと長いのではないかと思っていたので拍子抜けしました。新潮の批判記事に対する反論を文春上で行うという、ある意味変則的な記事ですから、こうなるのも仕方ないのかもしれません。
集団訴訟ですが、仮にそのようなことになった場合、文春側としては「放置を選んだのは患者の自由意志であり、文春が強制したものではない」と主張するでしょう。小学館も「医者を見たら〜」を連載開始するときに「今のがん治療が正しいのか、一石を投じる」のが目的であると主張していました。文春も小学館も治療法を選択するのはあくまでも患者であって、自分たちは選択肢の一つを提供したに過ぎないというスタンスで裁判をするでしょう。本当に裁判になったら、地裁では患者側勝訴、高裁以降は出版社側勝訴になりそうな気がします。
投稿者:hirakata
カルストさま、こんばんは。

手術する人としない人を無作為に振り分けて、どうなるかを観察するという試験は、現在の医学常識では倫理上あり得ません。しかし「がんもどき理論」が真実であるなら、倫理的に「あり」になるはずです。近藤誠氏の主張に従えば、治療をしない方に振り分けられた人に不利益はないことになるわけですから。「がんもどき理論は正しいと確信している」と言いながら、無治療と標準治療の比較試験をやりましょうと言わないのは、何故なんでしょうね。

エビデンスに関しては、誰が相手でも「その治療にエビデンスはありますか?」と尋ねる近藤誠氏ですが、自身の主張は他の人に求めるようなエビデンスレベルを満たしていないというのは、しばしば指摘されることです。「思いつき」としか思えない自説をここまで信じ込めるというのは、ある意味すごい人だなと思います。

この記事に関する大場医師の感想をどこかで見かけましたが、話した内容が大幅に削られているらしいです。3ページだからしょうがないですけど。「平行線」というまとめられ方になっていて、ネット上の感想では「大場は理論武装がたりない」などと書かれていましたが、実際にはもっといろいろやり取りがあったらしいです。

近藤氏の説が正しければ、これまで治療してきた医師たちが、反省しなければなりません。近藤氏の方が間違っているならば、近藤氏だけでなく、近藤氏の主張を積極的に世に広めた文藝春秋社をはじめとしたメディアの人たちも、反省しなければなりません。後者だったとしたら、これまで日本人が受けてきた損害は相当なものになるはずです。集団訴訟とかになったら、文藝春秋社は耐えられるんでしょうか。
投稿者:カルスト
hirakataさま、こんばんは。

週刊文春ですが、本日手に入れて読みました。私の感想を以下に書きます。

まず、近藤医師が問う手術が有功だというエビデンスですが、これはほとんど「悪魔の証明」だろうと思います。良心的な医師なら現在の知見を元に癌治療する場合、放置という選択はないでしょう。コミックの感想でも書きましたが、癌を放置するというのは、ほとんど人体実験です。さらに、同じ胃がんでも人によって進行状況や性質が違うと言うことになると、近藤医師が相手を見下すように言う、「手術する方が手術しないより優位であることを示すエビデンス」などは示しようがないはずです。まあ、分かってて言っているのだと思いますが。
しかも、近藤医師自身が自分の理論を補強するエビデンスを持っていません。彼が持っているのは自説に対する「確信」です。エビデンスがないにも関わらず自分のやっていることの方が正しいと主張することは、近藤氏が批判する大場医師(や、その他大多数の現役医師)と同じであると思います。つまり、近藤氏の言葉は自身への批判でもある訳です。これほどの皮肉があるでしょうか。

本の売り方については・・・。確かに大手出版社ですから、仕掛けは上手いでしょうね。小学館の方も、新潮社と大場医師のタッグを逆手にとって「医者を見れば〜」の宣伝に使っているわけですから。でなければ、「10倍返しで反論を」などという陳腐なあおり文句は使わないでしょう。
ところで、近藤氏が提案する人体実験を行った結果、近藤理論が間違っていると証明されたら、彼はどうする気なんでしょう?まあ、そんなことが証明される頃には自分の寿命が来ていると見極めているのかもしれませんが。
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