がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:北越
早速のお返事ありがとうございます。

そうですね。先生は日々、臨床医としての勤務があるわけですから、近藤氏にのみかかずりあうわけにはいけませんからね。

近藤氏やその支持者ってある種の陰謀論者だと思います。医師(会)・製薬業界・厚生行政に巣くう権益権益保持者を排除すれば、事態はよくなる。歴史的には、ユダヤ人であり、ブルジョアであり、共産主義者であり、そのようなバリエーションには事欠きません。

あと数十年たてば、臨床医学ではなく、社会心理学的な研究から「近藤誠ブーム」とは何だったのかという分析の対象になる気がします。
投稿者:hirakata
北越さま、おはようございます。

このアマゾンレビュー、なかなかの作文能力ですね。全体的にはわら人形論法になっていて、細かく一つ一つを見ていくと、ほとんどが一方的な決めつけを根拠にしています。説得力があるようで、実は根拠に乏しいという構造は、近藤氏の論法にとてもよく似ている気がします。

このレビューを読むと、近藤誠氏の文章を信じる人は、近藤誠氏に似た思考様式に近づいて行くのかもしれないと思います。もともと近い思考様式を持つ人が、シンパシーを感じるだけかもしれませんが。

これを読む限り「私には関係のない話なんだな」と思います。私は論客に含まれないようですから。まあ、世の中に「近藤氏の主張を信じたために残念な気持ちになってしまった人」が少なくなれば、そっちの方がいいなというぐらいの気持ちです。
投稿者:北越
※アマゾンレビューにこういう意見がありました。藁人形理論としか思えません。

22 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。

実名での論争を極度に恐れる反近藤医師達
投稿者 Terminator 4 投稿日 2015/5/14
形式: コミック Amazonで購入

コミックとはいえ本書への反発はその大半が医師だろう。それも近藤理論に自らの存在理由を部分否定された病理医、内科医、外科医、腫瘍内科医、産婦人科医周囲と推定される。

面白いのは反発する彼らは皆匿名だという点である。
ネット上の近藤批判の急先鋒であるワトソン君、Sho氏、NATROM氏その他もどういうわけか匿名である。
実は近藤理論論争はここ20年程の歴史を持つ。正に恨み骨髄に徹す近藤誠氏に敵意むき出しの論戦を挑んできた医師達は過去においては概ね実名だったのである。
その数々の論争の帰着はどうだったのか。
全ての反論者は揚げ足取りから一点突破戦術で近藤氏に挑む戦術を選択した。1点でも綻びを暴き近藤理論全否定に追い込もうという策略である。しかし誰も快刀乱麻を断つことは叶わなかった。ましてやガン標準治療を正当化する重量級の根拠をもって近藤氏を正面から論壇でねじ伏せた医師など一人も存在しないのである。

現在医師達が匿名な理由はここにある。匿名の理屈をどう飾ろうと要は論争敗北の汚名回避がその理由とみるのが自然な解釈である。
近藤氏の文献渉猟量と卓越した文章力はここまで専門医を及び腰にしてしまったわけだ。
専門医達にとってこの総括はおよそ不愉快だろう。しかしここで「いいえ」ボタンを押すだけでは三流四流の有象無象である。実名そして正攻法で近藤理論粉砕を試みる気概と能力を兼ね備えた医療界の未知の論客を切に期待する。
投稿者:hirakata
michikoさま、おはようございます。

東天紅、覚えてます。入口の感じだけ。そうかそういうイベントだったんですね。全然知らなかったけど。

まあ市中病院で働いていて、大学医局にも在籍している医師は多いんじゃないかと思います。いつ医局を離れるかを悩む人もいるけど、医局費払ってもメリットの方が多いと考えるうちは、籍は置いておくんじゃないでしょうか。私は縁がない世界なのでよくわかりませんが。

でも、反骨精神とか「この市中病院のこの先生のもとで働きたい」とか、何か明確な意思を持って大学に残らなかった人の中にも、すごい実績を残している人は明らかにいます。メインストリームの学会とかで重鎮になっていくのは大学の教授が多いですが、それからちょっと外れた、でもいい仕事をしている学会の要諦は、大学とは関係ない人が元気に動き回ったりしています。

私は多分、医学博士には縁がないんだろうな〜。欲しいと思ったこともないし。
投稿者:michiko
『上野の東天紅で、コースで中華料理を食べた記憶』、あります?長崎の祖父母も一緒だった、鯉の丸揚げのあんかけがメインだったような記憶(それ以外は、全く覚えがない)。

あれがどうやら、義信氏の学位取得記念の食事会だったらしいのですが、子どもに伝えられた記憶が全く欠落していて、「祖父母上京につき」にしては豪華だとずっと思っていました。

で、その論文は、大学病院に在籍していて提出されていたかを考えると、「幽霊的に、名前だけは残っていた」かもしれない、と考えます。もう40年も前の話ですけどね。(経済的には、大学医局から全く離れていても、学位論文の申請の目的で年間いくらかを払って、名前を残している例をその後、見聞したことありました)


論文の内容は、いわゆる『脳卒中』ダメージ部位と麻痺部位の関係(剖検による解析)と、聞いたような記憶が。生きていたら、MRIとかCTスキャンとかを欲しがる『欲しがりや老人』になったに違いないですね〜。

7年くらい前から、理系の学位論文が『投稿から』だと難しくなったと聞いたことがあります。友人の旦那さんが働きながら学位を得るために、友人が子育て分野も含めて全面サポートして「できたの〜♡」と笑っていましたヨ。

学位(博士)は、『足の裏のご飯粒』とも言われていて、「取らないと気持ち悪い」けれど「取っても食べられない」。

ちょっと脇道な、『論文』の話でした。

そうそう、甲府のコンサートの話。スケジュールの関係で夜のコンサート後に東京に戻らなくてはならず、アンコールの後、用意の車で駅へ向かった。知らないファンがいつまでも出待ちをしていた、って話。
投稿者:hirakata
カルストさま、こんばんは。

システムを整えれば防げた医療事故や、過酷な労働の末に生じてしまった医療ミスなどは、個人を悪者にしてその人に責任をなすりつけることで解決したつもりになっていたら、いつまでもなくなりません。

広く捉えれば、たとえば当直をはさんで32時間連続勤務などが違法行為として摘発されない問題なども、システムの問題と考えられます。システムを改善することが、医療事故の再発を防いで、より安全な医療にしていくためには、誰かを悪者にすることよりも「その時に何が起きていて、悪い結果が生じたのか」を正確にトレースすることの方が重要だと思います。

10月から「医療事故調査委員会」という制度が走り始めますが、再発防止に役立つ事故調にするためには、個人の責任追及よりも、事実を丹念に拾い出していく作業が優先されるべきだと思っています。でもそれを声高に叫ぶと、「医療は個人の医療ミスを隠蔽しようとそんなことを言っているのだろう」と、反発を感じる人も多いかもしれません。そのあたりを納得できるように説明して理解してもらうのは、途方もなく大変な作業になるのではないかと思います。でもやらないことには、より安全で安心な医療システムを築くことができないので、病院側にも、マスメディアにも、理解と協力をしてもらわないといけません。道は遠いなと思います。

ところで、巻末の読者投稿と編集部の回答、見逃していました。編集部の回答は、近藤氏の主張を鵜呑みにした人のことばの羅列になっていますね。市中病院にいても論文を発表している医師はたくさんいますし、それが医学的・科学的に正しければ、認められています。近藤氏の論文が無視されたのは「こんなことを書かれたら、医者の仕事がなくなる」などという狭量な反発ではなくて、取り上げるに値しないと評価されたのではないかと私も思います。実際の近藤氏の論文を読んで丹念に検証したわけではないので、印象でしかありませんが。

最近は多くの論文を元に検証するメタアナリシスの手法も発達していますから、近藤氏の主張が正しいのであれば、そういう論文も今からでも書けるはずです。それをしないのは、最近の医学の実績をきちんと見てしまうと、持論を裏付けるような事実がないという結果しか出ないからなのではないかと思ったりしますが、どうなんでしょうね。
投稿者:カルスト
hirakata様、こんばんは。
今週号ですが、やっと読みました。それとhirakataさんの書き込みに対する感想を少し。
医療従事者に対する報道については、私も報道を鵜呑みにしている時期がありました。ある新聞社が医療の現場と医療事故についての連載記事を掲載したことがありましたが、その中で取材していた病院の医師が思わず発した、「病院も自分たちを守ってくれないのか」という言葉を否定的に報じていたのを憶えています(病院に対する甘えとか、そういうニュアンスでした)。今にして思えば、正当な医療行為で患者さんが死亡した場合、病院が毅然とした態度で医師を守らなければ、医師もやってられないだろうと思います。公正な報道とは医師を神聖視しないことと同時に、 医師のミスに違いないという偏見も持たないことなんでしょうね。難しいとは思いますが。
さて、今週の「医者を見たら死神と思え」ですが、私は本編よりも巻末の読者の投稿とそれに対する編集部の回答が気になりました。ある読者から、「近藤医師は大学病院の医師であり、講師であるのだから、自説を論文で発表し、他の医師と議論を戦わせるべきなのになぜそうしないのか」という質問が寄せられていましたね。これに対する編集部の回答が、全く納得できませんでした。曰く、近藤医師はすでに定年退職しているため指摘はあたらない。また、近藤医師によると若い頃に自分が正しいと思ったことを論文として提出したがことごとく無視されたので患者に向けて本や雑誌で情報発信することにした、のだそうです。
ツッコミどころだらけで笑ってしまうのですが、医学の学術論文は大学病院の医師でないと発表できないというものなのでしょうか?違うと思うのですが。正しいと思っているなら、今からでもいいから論文を発表すべきだと思います。また、自分が正しいと思っていることが本当に正しいとは限りません。近藤氏のいうとおりだとすると、相当お粗末な論文だったのではないかという疑問が拭いきれません。たとえは悪いかもしれませんが、STAP細胞の論文だってネイチャーに掲載されたのです。近藤理論は、ねつ造と認定された論文以下、ということだったのではないかと思います。
さて、今のところこのマンガにそれほどの影響力はないかもしれませんが、小学館という大手メディアの編集部がこういう姿勢なので安心はできないと思っています。なんとも、悩ましいところですね。
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