がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:まーこ
予定外れの暇な日曜日ふと見ると・・・

みちこさま初めまして。
お姉さまが登場下さったのですね。
平方先生の幼少期のお話(実はこうだったんだよシリーズ)楽しく拝読しました。
ソノシートも懐かしい・・・
ご両親の配慮は我が家でも娘たちにしたよう事と同じように感じます。
長女のピアノとバイオリンは楽しめる程度、次女はバレエからパーカッションへ、三女はピアノから声楽へと無理のない希望に沿った道案内をしたつもりです。何かおけいこ事を始める時に先鞭を付けるのは上のこに、下のこには後からさせて競争心を持たせようと考えたり・・・結局我が家の娘たちは楽しむと言うこと止りで試練の壁には到達しませんでしたしそれを無理やり越えさせようともわたしもしませんでした。
今それなりに自分たちの経験を楽しむことができているのでまあ良いっかと言うところです。

レッスンに着いて行って耳触りの良い音楽を聴きながらウトウトできてホントに幸せでした。
投稿者:ねもと(ひらかた)みちこ
まーこさんとの音楽談義を読んで、『近くの傍観者』の視線で。

「ソノシート」という、ペラペラのレコードのついた音楽の本、今ならディアゴスティーヌ?とかで扱いそうなシリーズが、昭和40年代前半に定期購読で通信販売?されていたんですよ。hirakata氏、当時、小学校に上がる前でしたが、毎日のように聞いていました。音楽を聴くことは好きで、「金曜日の夜10時から」のN饗の時間を「大人の部屋の布団の中で、テレビで鑑賞」していたのは、5歳の時でした。「カラヤンに弟子入りしたかった」のもこの時期です。

器用、「耳コピーも得意」だったので、練習しなくても楽譜を読まなくても、ピアノは『苦労して練習している姉の音を部屋の外で聴くこと』だけで、就学前の二年間の課題期間を過ごしていました(姉が間違うところを、そこまでコピーしていた)。それに気づいた両親が、「同じ楽器じゃ、絶対に努力しないのでは」と判断して、弦楽器への転向を勧めたのでした。姉がピアノをやめたのは、それから一年後のことでした。だって、才能も未練も愛着も無かったもの(最初の先生が恐い人で、いつも恐怖感があったんです、今だから白状しますが)。

最近、縁あってプロのミュージシャンの近くにいる人と話をしていて「プロのミュージシャンって、やはり相当いろんなタラントが必須なんだなぁ」と思いました。

まーこさま
三女さんの人生、この先きっと音楽が励ましたり慰めたりしてくれる時が、あります。
投稿者:まーこ
ここで音楽談義をしていていいのかとも思いますがもう少し。
わたしも実は音感は良くて親には期待されたクチですが我流を越えることはできなかった唯我独尊でした。だから娘たちにはきちんと基礎から学ばせたのですがその基礎からってのがつまらないのですよね。特に聴けてしまうこにはどうして視符が必要なのかさえ理解させるのに時間が掛かりました。幼稚園でいつものお集まりの曲が聴こえて来るから先生が慌ててお部屋に行くとうちの三女が他の子供たちを集めて聴かせていたとか大笑いでした。まだピアノを習ってはいなかったのに。姉や先生の演奏を聴いて勝手に弾いていたようです。英語も2才くらいから姉のレッスンについていったりしていたからか耳だけネイティブになりましたよ。子供ってホントに面白いです。
投稿者:hirakata
私もいわゆる「耳コピー」得意でした。バンドやってるときに、和音が合わなかったら「そこは○じゃない?」とか。自分はドラムなのに。
三女さんさすがですね。プロになったらなったで、食べていくのも、仕事を確保するのも、人間関係も、運を掴むのもいろいろ大変みたいですから、音楽の楽しみ方としては逆にベストかもしれないなと思ったり。
投稿者:まーこ
三女は聴いたら弾けてしまうこで譜面を読むのを嫌がりましたけど習っていた先生には根気よく指導頂きましたがコンペ前にはバッハだとリヒテルの演奏を聴かせてもらって仕上げるという感じでした。今でも音楽は一度聞いたら歌える人です。大学の軽音では歌姫でした。今も合宿などでは数バンドの掛け持ちをしたりするようです。学祭で聴いた時にはうっとりしました。ファンもたくさんいましたよ。
投稿者:hirakata
三女さんの「もっと続けさせといてくれたら良かった」は、なかなか難しいですよねえ。その時は「続けるより辞めた方が人生の幅が広がる」と思った結果の、前向きな選択だったわけですから。

私は、幼稚園がピアノを教える幼稚園で(正確には幼稚園じゃないんですけど。坂本龍一さんが先輩にいます)、和音を当てる時間は好きでしたけど、曲を弾かされるのはいやでした。小学校に入るときに「ピアノは辞める」と言ったら親が珍しく「わかった」と言ったんですが、しばらくしてから「バイオリンとチェロだったら、どっちがやりたい?」と聞かれて、6歳の私にはどちらも選ばないというような選択は思い浮かばず「バイオリンやる」と答えました。その後、バイオリンの練習は大してしませんでしたけど、あまりにも練習しないときとかは「自分がやるって言ったんでしょ」と何回か言われました。大人になってみると「作戦に引っかかっていたのかな?」とは思いますが、今でも楽しめるので感謝しています。
投稿者:まーこ
それ、先生の実感は正解だと思います。三女に無理矢理でももっと音楽を続けさせといてくれたら良かったのに・・・って後から言われましたもん。言語と音楽は特に無理強いも意味があるように思いますね。なんとなくわたしの主義には合わないんだけど。字を覚える前からお習字をさせた三女は達筆ですし身体が覚えるってのは案外あるのでしょうね。
投稿者:hirakata
まあ。バイオリンとピアノとパーカッションと歌。どれも私がかじったことがあるものばかり。「音楽馬鹿」になってはいけないと思いますが(音楽を職業とする人でも、それなりの知性と教養は身につけておくべきだと思う)、大人になった時に楽しめるぐらいには、子供の頃に押しつけや詰め込み気味でも、音楽をやっておいた方がいいんじゃないかなと思います。なくても人生大して損はしないと思う人も多いだろうけど、私は自分の人生に音楽がなかったら、相当つまらないものになっていたんじゃないかと思います。
投稿者:まーこ
我が家の三人娘は長女がバイオリンとピアノ、次女がパーカッション、三女が声楽とピアノをしていました。三女は音大を目指していましたがある日突然音楽しか視野に無い狭い世界に嫌気をなし受験戦線から離脱しました。その道のプロも素敵ですが好きで集まってやっている人たちの方にもとても魅力があると感じています。身近に音楽があるって良いですね・・・
投稿者:hirakata
栞さま、こんにちは。

まあ、演奏家でもない医者や看護婦さんや学生さんたちが、好きこのんで集まってする演奏ですから、ほんとにお時間とご縁と何かのついでがあったら来ていただけると嬉しいな、というぐらいの演奏になる予定です。でもそれなりに感動したりもします。

いろいろ聴けていいですねー。葉加瀬太郎さんはテレビでしか見たことないですが、とても素敵な演奏をしているのと、どうしちゃったのという演奏と、両方見たことがあって、どちらも短い時間だったので実力がどうなのかわからなくて。「どうしちゃったの」はたまたまだろうとは思っていますが。

チケットが活かせるように、体調には十分お気を付け下さい。急に寒くなってきましたし。
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