がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
Tak.SPIKEさま、おはようございます。

いや〜疲れました。昨日(月曜日)に珍しくスタッフに「先生、お疲れですか?」と見抜かれてしまいました。

大きくなって、量も質も高まってきたとは思うんですが、全体を見て回るのがすでに無理な規模になってきました。発表演題は、緩和ケアチーム創生期には「緩和ケアチーム、作ってみました」的な発表が多くて「これは学会と言えるのか?」と思いましたが、今回などは学会らしい発表が多くなったと感じます。

「『緩和ケア』を伝える難しさ」、特に前半の3人のお話は、とても参考になりました。「伝えたいことがどうやったら伝わるか」だけでなく「知りたいことを知ってもらうには」「何が知りたいのかをどうやってつかむか」など、考えなければいけないことがたくさんあるとわかりました。

後半の医療従事者が壇上に並んでの討論は、大江先生の外科の先生らしい発言も、小澤先生の情報提供を最先端で進めている人らしい発言も、それぞれ「らしい」発言でした。このお二人が同じ会場にいて議論を交わしているということ自体が、この学会の素晴らしさかもしれません。また、それが議論の本質なのかもしれません。

つまり、それぞれの人が考えている「緩和ケア」が、細かく見れば100人いたら100通りあって、そのうちのある部分について考えたことがある人にとっては、その部分の議論は多少ことばを省略しても意味が通じるけれど、考えたことがない人は「自分が考えたことがある緩和ケア」で理解しようとするから、文脈が通じなかったり意味が曲がってしまったりする。そのあたりの交通整理を強力にし続けてようやく議論が「曲がりなりに」成り立つテーマと人選だったかなと思います。

大会長の基調講演で「緩和ケアはすべての医療の原点である」と松岡順治大会長が言われていました。私も同じこと(緩和ケアは医療のど真ん中に位置するものだ、という意見)をずっと言い続けていますが、わずか10年ちょっと前には「何言ってるの?」という目で見られたのが、最近では「うん、うん、なるほど」という顔で頷かれるようになったのを見て、時代は変わるものだなと思います。まあでも、悪くない方向で「ひろく、ふかく、たかく」なっているんじゃないかと思います。おかしなことにならないように、全体を見渡しながら必要な舵取りをしていく意識は、これまで以上に求められるとは思いますが。
投稿者:Tak. SPIKE
平方先生、こんばんは。
緩和医療学会を堪能されたようですが、お疲れになりませんでしたか?
確か以前に神戸で開催された時は国際展示場だけでよかったはずですが、今回は国際会議場にポートピアホテルまで使用せざるを得ない状況で、結構移動するのが大変だった気がします。
これ以上大所帯になったらどうなるのでしょうか?隔年で横浜と神戸のみで開催というのも、何となくつまらない感じがして…。

さて、先生も「『緩和ケア』を伝える難しさ」の会場にいらっしゃったんですね。
私は隣の「緩和ケアと栄養管理」に行くつもりで、間違えてこのシンポジウムに参加したのですが、なかなか興味深いテーマだったと思います。(で、つい調子に乗って意見まで言ってしまったのですが…。)
厚労省からの委託事業ですし、班会議などの委員であったりするのでしょうから、座長の内布先生もいろいろ悩まれることはわかりますが、もう少し議論の方向性を絞っていくべきであったのかな?と思います。
小澤竹俊先生がフライング的に発言されたのも止むを得なかったような気がします。

個人的には、Orange Ballon Projectを始めとする一連の「緩和ケア啓発活動」は、バブルでは?と思われるほどの広がりを見せたと感じていますし、自分たちが臨床の最前線でチマチマ頑張っても見向きもしなかった面々がこの領域に顔を出しているのを見ると、やはり政治的な(というか戦略的な)アプローチというのは必要なのだな、と考えさせられます。
でも、これからはその内容を吟味すべき時期ではないか?と思います。せっかくPEACEの研修会を修了しても、「いったい何を聞いていたの?」と思われるような言動を示すドクターは多いですし、シンポジウムでも「別に『緩和ケア』を伝えることは難しくないですよ」と言った討論者もいましたし…。

「いのちの授業」や「生と死を考える会」「死の臨床研究会」といった所と連携や協力を深めながら、日本の医療や福祉、あるいは日本人の在り方まで話し合える場を作っていければ良いのに…。

長々と駄文を書き連ね失礼いたしました。
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