昨日の朝日新聞新潟版に、新潟県内で医学部新設を模索する泉田知事と、医学部新設には絶対反対の立場を取る新潟県医師会の見解が載っている。
記事は次のとおり。
【新潟】 医学部誘致検討、県医師会は反対人口10万人あたりの医師数
http://www.asahi.com/health/news/TKY201201160299.html
2012年1月16日【朝日新聞・新潟】
県内の医師不足を解消するため、県が大学の医学部の誘致や新設を検討している。「新潟大医学部の定員を増やすのは限界」とみているからだ。一方、県医師会は「医学部を新たにつくるのは地域医療の崩壊につながる」と強く反対している。
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厚生労働省の「必要医師数実態調査」によると、2010年6月時点で県内の病院で勤務している医師は2698人。病院の診療機能維持のため必要で、求人しているにもかかわらず足りない医師数は473人に上る。
同年12月時点での人口10万人あたりの県内の医師数は177・2人。都道府県別だと埼玉、茨城、千葉に続いて少ない。最も多かったのは京都で、全国平均は219人だ。
医師不足の背景として泉田裕彦知事は、政府が「1県1医大」政策を進め、医大配置が各県の人口規模に対応していないことが原因だと指摘。県議会などでも新潟県の定員は「北陸3県(の合計)の3分の1程度しかない」と訴えている。
県は05年度から、医学部の学生に修学資金を貸与し、一定期間、県内のへき地などでの勤務を条件に、返還を免除する制度をつくった。今春、制度を利用した医師1人が県内で勤務を始める予定だ。最先端の医療機器を備えた病院の整備など環境づくりにも力を入れ、県外から医師を呼び込もうとしている。
それでも県は「地方の努力のみで医師の不足、地域偏在を解決することは困難」(泉田知事)と、医学部の新設に向け規制緩和を政府に働きかけている。
医学部をつくるには、大学の設置認可基準の変更のような規制緩和が必要なだけでなく、施設整備に数百億円はかかるとみられる。県幹部は「医学部をつくってもすぐに医者が増えるわけではないが、何もしないわけにはいかない」と話す。
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県の動きに対し、「医学部をつくるのは絶対反対」としている県医師会の渡部透会長に聞いた。
医学部をつくるとなると、まず教員となる医師が必要です。学生への教育だけではなく、学生が研修をする付属病院のスタッフも含めれば数百人になる。全国に募集をかければ一部は県外から来てくれるでしょうが、県内の医師も少なからず必要になります。
そうすれば、ただでさえ人数が少なくて困っている医療現場から多くの医師がとられることになり、地域医療の崩壊を招く恐れがあります。それが医学部の誘致や新設に反対する一番の理由なのです。
医師が一人前になるには15年かかります。たくさんの医師を新しい医学部にとられ、今より厳しい環境になる。知事には、地域の医療をどうするのですか、と聞きたい。
地方から東京や大阪へ多くの若者が流出しています。医師をめざす若者や若い医師も同じ。そもそも、そうした流れを変える施策が必要だし、都会の医師を地方に来てもらうようにしないといけない。研修医に地方で研修をさせるようにするのも方法の一つです。
私立大の医学部を呼ぶにしても、県が何らかの支援をしないことには来てくれないでしょう。そうすれば県民にも負担を求めることになる。県は医学部をつくるメリット、デメリットをきちんと示してほしい。そうして県議会をはじめ、県民に議論、判断してもらうべきだと考えます。(藤井裕介)
(記事ここまで)
多くの地域で、同じような議論がされている。地方の医師会だけでなく、医師会の全国組織である
日本医師会も、医学部新設には反対している。
全国医学部長病院長会議も、医学部新設には反対の意見だ。
医学部新設に反対する意見の中では、医師数を増やす必要がないとする意見は見られず、「現状から医学部教育に医師を回すと、医療現場の医師不足に拍車がかかって医療崩壊が加速する」という意見が最も大きく、次いで「医学部定員を増やしたから、医学部新設までしなくてもしばらくしたら医師は足りてきて、その後は余る」という意見が続いている。
日本医師会では、日本の医師数を「中長期的に1.1倍~1.2倍にすることが妥当」と考えている(グランドデザイン2009)らしい。個人的には、この見通しでは今後の医療需要の増加には対応できないと考えている。
その理由は、

1)日本の人口あたり医師数は、OECD平均の約3分の2と少ない。日本より少ないのはポーランド、メキシコ、韓国、トルコ、チリだけである。平均に持ち上げるだけでも、1.5倍に増やす必要があると考える。
2)日本の人口構成は、先進国の中でもダントツに高齢化が進んでおり、この傾向は今後さらに強まる。2050年には国民の2.5人に1人が65歳以上になると推計されている。若年者より高齢者の方が医療を必要とするのは、世界共通の傾向である。
3)医療レベルもOECD平均以上のレベルは保っていると見られ(さまざまな国際機関で、日本の医療は「トータルで見て世界一」と評価されている)、医師一人あたりで見ても、OECD平均以上の仕事はしているはず。
4)日本の医師の労働時間は、日本医労連が2007年に発表した調査結果では週58.9時間、同年に厚生労働省が調査した結果では63.3時間となっており、労働基準法が定める週40時間を大きく逸脱している。また「当直」が労働時間としてカウントされていなかったり、呼ばれたらすぐ働ける当直や待機(労働基準法では労働時間に含まれる)に対して正当な対価が支払われないのが通例になっているなど、日本の医師の労働環境はすでに過酷である。さらにいえば日本の医師は一般に定年がなく、70代や80代で現役の医師も多い。医師が労働基準法を守るようにしただけでも、圧倒的な医師不足になるのが現状である。
5)日本医師会などは「いずれは医師が余る」と言っているが、高齢者数の増加と医学の進歩によって医療需要は増加し、現在よりも人口当たりの医師数が増えたとしても、医療需要がそれを上回って増加すれば医師不足は解消されないどころか、より不足に拍車がかかる。それと、現在働いている医師のうち、団塊の世代が占める割合が高いことを考えると、団塊の世代の人たちが病気になって医療需要が増えたり寿命を迎えたりする頃には、団塊の世代の医師も働けなくなったり寿命を迎えたりして減っていく。医療需要がピークを迎えるのは、外来が平成31年、入院が平成40年と予測されており
(東京大学政策ビジョン研究センター)、年4000人ずつ医師が増えた場合にはピークを越えたら急速に医師が余るように見えるグラフをこの資料では呈示しているが、日本の医師の年齢構成から考えて4000人ずつ増え続けることはあり得ず、今の定員数では十数年後にはリタイヤする医師数が増えて全体でも増加しなくなる。
これらに加えて、「教育のために医師を取られると、医療現場の医師不足に拍車がかかる」という理由付けは、本末転倒だと考える。まるで、今を生きる人のご機嫌取りのために増税をせずに国の借金を増やし、将来世代にツケを回すようなものである。教育にすら人を回せないほど医師数には余裕がないから、今後確実に医療需要が増えるのには目をつぶって対応しないでいたら、20年後にはさらに医師不足がひどいことになる。もうだいぶ手遅れに近いが、増やすなら「今」だと思う。
個人的に考えている強引な意見を述べてみる。
今後10年くらいの間、医師養成数を1.5倍から2倍くらいまで増やして、医師不足に対応する。なるべく早く実践力を持つ医師を育てるために、メディカルスクールのような形式(大卒の人を4年間教育して医師にする)でもいい。30代や40代で医師国家試験の勉強をするのはとても大変だとはわかっているが、医療需要のピークを過ぎた頃には丁度良くリタイヤしてくれる年齢の医師が増えれば、将来の医師余りも心配しなくてよくなる。
いずれは本当に医師が余って閉鎖しなければならない医学部も出てくるかもしれないが、その頃には日本の大学の閉鎖や倒産なんて当たり前になっているだろうから、あらかじめ「この大学はいつかは消える」ぐらいのつもりで作る必要があるかもしれない。医学部を閉鎖して教育に人手がかからなくなれば、その分臨床に力が使えて、師弟互いに手を携えて医療需要のピークに対応できる。
「今から増やしても間に合わない」「いずれは余る」「既存の医学部定員を増やしたり減らしたりはできても、一旦作った医学部を閉鎖するのは大変」などと言っていたら、医療需要のピークの頃には医師の過労死がピークになるか、医療を受けられない人の数がピークになるか、どちらかは必ずやって来ると見ている。どちらもやって来るかもしれない。
医学部定員増の影響と大量留年者が重なって、1学年150人規模になってしまっている大学が出てきて、教育に支障が出ているという話も聞いた。定員増で対応するのは限界がある。新しく医学部を作ったら、教育を維持するのはそれは大変だろう。しかしそれをやらないと、十数年後に迫った更なる医師不足に対応できないのではないかと思っている。
今の状況でも医療を維持している日本のスーパーマンな医師たちだから、対策しなくても何とかしちゃうかもしれないとは思うけれど、それに期待するには予測される数字が悲惨すぎる。
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