昨年10月、米国の外科雑誌「Annals of Surgery」に、大腸に緑膿菌がいる状態のマウスに徐放性(持続的に効く)モルヒネを投与したところ、マウスに対して緑膿菌が致死的な変化を起こしたという記事が載っている。
記事は次のとおり。
緑膿菌感染および非感染マウスのモルヒネ持続曝露、致死の病原性発現の可能性
http://www.m3.com/open/thesis/article/11677/
緑膿菌感染・非感染マウスを対象に、緑膿菌の病原性発現へのモルヒネの関与を検証。モルヒネ徐放性製剤のペレット埋込み群では腸粘液の減少、腸上皮バリア損傷、死亡率上昇が有意に見られた。緑膿菌非感染群とプラセボ群では死亡率に変化なく腸粘液は増加した。緑膿菌のモルヒネ曝露で、粘液抑制、細胞バリア破壊、致死表現型へのシフトが示唆された。
(記事ここまで)
英語の抄録は→こちら
モルヒネは医療用麻薬(オピオイド)を代表する鎮痛薬で、私も常に誰かに処方しているぐらい、ありふれた薬だ。世の中にまだ残っている「モルヒネは悪い薬」というイメージはまったくの誤解で、モルヒネを必要とするような痛みがある人に飲んでもらうと、特定の副作用(便秘や吐き気、眠気など)はあるものの、純粋な痛み止めとして働く。そのため、適量を判断できて副作用をきちんと抑える勉強をした医者が使えば、まことに安全かつ有効に使える薬だと考え、まわりの人にもそのように伝えてきた。
今回の研究はマウスが対象だが、腸内で緑膿菌が持続的にモルヒネと接触した状況では、緑膿菌は腸粘液の分泌を減らし、腸上皮(腸の表面の細胞)のバリアーを破壊し、マウスの死亡率を増加させたという結果が出た。緑膿菌が腸内にいないマウスでは、そのようなことは起こらなかった。
モルヒネと腸の関係ではなく、モルヒネと緑膿菌との関係で腸に起こる変化だと読めるので、人間の腸の中でも同じ変化は起きる可能性が高いとみた。人間で追試をすることは難しいが、緑膿菌は
(Wikipediaによると)健康な人の15%、病院内では30〜60%が保菌しているとされている。
菌の量が少量であっても、持続的にモルヒネを飲んでいて、免疫力が低下していることも多いがん患者さんを診ている私としては、ちょっと気になるニュース。また、今回は腸内の緑膿菌についての研究報告だけれど、モルヒネを定期的に飲んでいる(つまり血液中にある)人で、腸以外のところに緑膿菌がいた場合には大丈夫なのかどうかも気になる。
この報告があったからといって、モルヒネを使わないわけにはいかない患者さんは、それなりにいる。ただしモルヒネ以外にも同じ程度の効力を発揮する鎮痛剤はいくつかあり、危険が高いと思われる場合にはモルヒネを避けて他の鎮痛剤を使うなどの配慮が、必要になるかもしれない。
英語の抄録の「結論」の部分には、緑膿菌がモルヒネと持続的に接触することによって、腸から全身の感染を引き起こして敗血症になる可能性が考えられると(大雑把な意訳)書いてある。
現時点では「覚えておこう」という程度のニュースバリューだが、ヒトではどうなのかという調査や研究報告が出てきてほしいし、またオキシコドンやフェンタニルにはそのような作用がないかどうかの研究も、是非進めてほしい。結果によっては処方もその都度考慮する必要が出てくるかもしれない。
モルヒネを処方する機会がある医師の方は、一応頭のどこかに入れておいて下さい。
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