厚生労働省は、国が重点的に対応するとしてきたがん、脳卒中、心臓病、糖尿病の4つの疾患群に精神疾患を加えて「5大疾病」とすることを決めた。
記事は次のとおり。
4大疾病、精神疾患加え5大疾病に…厚生労働省
2011年7月6日(水)19時22分配信【読売新聞】
厚生労働省は6日、「4大疾病」と位置付けて重点的に対策に取り組んできたがん、脳卒中、心臓病、糖尿病に、新たに精神疾患を加えて「5大疾病」とする方針を決めた。
うつ病や統合失調症などの精神疾患の患者は年々増え、従来の4大疾病をはるかに上回っているのが現状で、重点対策が不可欠と判断した。
同省は同日、国の医療政策の基本指針に精神疾患を加える方針を社会保障審議会医療部会で示し、了承された。この指針を基に都道府県は地域医療の基本方針となる医療計画を作る。
4大疾病は2006年に重点対策が必要な病気として指針に明記。それを受けて都道府県が、診療の中核を担う病院の整備や、患者を減らすための予防策など、具体的な対策を立てた。
医療計画は5年に1度見直され、次回は13年に予定している都道府県が多い。
同省の08年の調査では、糖尿病237万人、がん152万人などに対し、精神疾患は323万人に上る。
(記事ここまで)
精神疾患を取り巻く環境は、私が医者になってからの20年ちょっとでも、だいぶ変わってきたと感じている。かなり精神の具合が悪くても、精神科を受診することは、20年前にはかなりハードルが高かった。精神科のクリニック(開業医)は、名のある先生が開いた有名なところは別にして、ほとんど見かけなかった。
今ではその頃に比べると、かなり精神科にかかりやすくはなっている気がする。しかしまだ精神科に対する世の中の偏見が強く残っていることも、しばしば感じる。緩和ケアをしていて精神科の診察をお勧めする時にも、患者さんのご家族から「精神科の医師だということは言わないで本人と話をしてほしい」などの要望が聞かれたり、「精神科なんてとんでもない」のような態度を示されたりすることもある。
精神科が対象にしているのはとても幅広く、「明らかな精神の病気の人」だけが対象ではない。もちろん、明らかな病気の人だけを対象にする精神科の医師・医療機関もあるが、通常「精神科」と言った場合には、もっと幅広い状態の人を対象にしている。
「明らかな病気の人」への治療を考える場合には、その人が「生きて行きやすい」ことの他に、その人の病気による行動が周囲の人や社会にマイナスの影響を与えないような配慮もおこなう。具体的には「自傷他害のおそれがある、またはしてしまった」人が、そのようなことを続けないために社会から一旦引き離す必要が出てくる場合もある。「措置入院」などがこれにあたる。
気持ちに問題は抱えているけれども、見た目は普通に、あるいはなんとか社会で生活できている人にも、精神科は役立つ。不安を抱えて生活していると抑うつ状態になりやすく、抑うつ状態が続くと中にはうつ病(大うつ病)を発症してしまう人もいる。精神科がかかわることによって、うつ病の発症をどれくらい減らすことができるのかはわからないが、受診している人にとってはありがたい存在であることは間違いない、と思う。実際に患者になってみたことがないので正確にはわからないが。(医師の能力差や医師との相性の問題もあると思うし)
統合失調症(以前は精神分裂病などと呼ばれていた病気)の発症は、発症のかなり前、徴候が現れてから発症する前に精神科が介入することによって、発症が防げたり、発症しても社会生活ができたりする場合が多いことがわかり、諸外国では早期からの介入を進めている。日本はこの点では大きく遅れていて、統合失調を発症する素因のある人が見逃され、しっかり発症してから対応して社会生活には戻れないケースも少なくない。
日本は人口に比べて、自殺する人の数も多い。「自殺するのは弱い人」という見方も社会に根強く、なぜ自殺するような精神状態に入り込んでしまったのか、なぜ自殺が既遂に至ってしまったのかという問題意識が足りない気がする。「誰か近くの人が死にたい気持ちになっていても、それに気付かないのは私の落ち度じゃないし、死んじゃっても私のせいじゃない」と思って平気な人が社会にたくさんいるのだとしたら、そのような社会に問題があり、しかも根が深い。解決するには社会の根本的な考え方や価値観を、教育も報道などのメディアも巻き込みながら、修正していかなければならない。
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話は大きく変わりますが、私が働いている病院には、がんが進行して命の残り時間が限られている人が、たくさん入院してきます。病状もさまざまだし、年齢もさまざま。中には本当に運が悪い、悲惨な境遇の人もいます。そのような人たちとたくさんお付き合いしてきて思うのは、身体の病状が同じでも、気持ちの状態が良いか悪いかで、人生の姿が大きく違ってきてしまうということです。
話をわかりやすくするために、2人のケースを考えてみます。2人とも、病気は次第に進んでいく性質のもので、最善の判断に基づく最善の治療をし続けてきたものの、病気の方が最新の医学よりも一枚上手で徐々に進行し、いよいよ命の終わりが近づいてきているとします。
一人目の人は、自分の人生が全て思い通りに行くような人生の設計図を描いていました。病気が見つかった時は青天の霹靂で、人生が終わってしまったようなショックを受けました。「病気になってからずっと気持ちがふさぎ込んでいて、何をするにも不安で、やる気が起きず、治療をしても全部が裏目裏目に出て、とうとうこんな状態になってしまった」と言っています。
二人目の人も病状は同じなんですが、若い頃に苦労したせいか「今生きているだけでも儲けもの」という考えの持ち主でした。病気の診断を告げられた時も「ついに来るものが来たか」と思い、治療の効果が見られなくなってきたら「ここまで効いていて時間がもらえた」と抗がん剤治療に感謝し、自分から積極的に緩和ケアを受けることを希望し、毎日が良い日であるように工夫しながら過ごしています。「病気になったことで、たくさんの人と出会って、たくさんのことを考えられた。優しくもなれた気がする」と、毎日を感謝して過ごしておられます。
この二人を比べてみると、気持ちの状態をどのように整えるかで、人生の満足度は大きく変わってくるものだと感じます。「医療がどんなに頑張ったって、病気が治らない性質のものだったら、人生の結末は良くなるわけがない」と漠然と考えている人が割と多いのには驚きますが、気持ちの整え方を医療を含めた誰かが手伝うだけで、「病気にはなったけど、生きていて良かった」「自分の人生には意味があった」「残りの人生、前向きに生きていけそうな気がする」という人を増やすことは、できそうな気がします。
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話は戻って、このような緩和ケア分野での「心のケア」は、「精神科」領域には含まれないことが多い。しかし求められているのは明らかに「心の状態を整える医療・ケア」であり、精神科に求められているものと本質的には同じと考えてもいいのではないかと思う。
また、病気によって引き起こされる悪い結果をできるだけ少なくし、良い結果をできるだけ多くしたいと思って仕事をしているという意味では、この医療が目指すところは医療の本質そのものであると考えられる。
身体的な病気を治す医療が頑張るのはもちろんであるが、どれだけ頑張っても「病気による気持ちの落ち込み」や、それによる人生の損失を抱えてしまう人はいる。中には命にかかわらない、うまく受け止めれば人生を豊かにしてくれるかもしれない病気にかかって、それを苦に自殺してしまう人もいる。このような「気持ちがうまくコントロールできないことによるマイナスの結果」を少なくするためには、身体的な病気を診る医療と精神的な問題に対応する医療は、密接な連携を取って、常に「病気を抱えた人の力になれる」準備をすべきだと思う。
そういう方向で進んでいくのであれば、4大疾病を5大疾病にするのには大賛成である。政府や厚生労働省としては「とりあえず自殺が少しずつでも減れば」程度の意識の人も多いかもしれないが、交通死亡事故を減らすのと同じようには行かないだろう。自殺だけの問題に矮小化してしまわず、目に見えない問題点を探り出し、社会の基本的な考え方や構造にまで手を突っ込む意気込みでやるのであれば、その効果は自殺者減少に留まらず、「日本に生まれて良かった」と感じる人が増えるところまで及ぶかもしれない。
「そんなのは絵空事」と思うかもしれないが、緩和ケアの領域は、国や学会や現場の医療従事者やメディアなどが頑張ることで、まだ十分ではないがかなり変化が出てきている。精神科の領域にも同じような変化を期待できるのではないかと考える。
緩和ケアでは、以前の「治癒不可能な状態の人が受ける」という定義が、2002年に「命にかかわるような病気なら、病気の早期から困ったことに対応するのが緩和ケア」という定義に変更された。がん対策基本法ができ、がん対策推進基本計画が策定されて、全てのがん患者さんに関わる医師は緩和ケアの基本的な研修を受けることになり、着々と行き渡りつつある。このような行動によって、多くの医療現場に「緩和ケアの考え方」は浸透しつつある。
精神科の世界の人たちも「身体が健康でも、心が病んでちゃ台無しだ」ぐらいの勢いで、一般の医療現場や、社会に対しても啓発活動をしていってほしいと思う。それを国や行政機関が後押しするような構造ができれば、がんに対する緩和ケアが急速に広がってきたように、気持ちを整えやすい国に変わっていけるような気がする。圧倒的に医療のマンパワーが不足している日本でも、やった方が良さそうなことは、やらなくちゃ。潰れない範囲で。
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