がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
ダガシさま、こんばんは。

 一度コメントを入力したんですが、跡形もなく消えてしまいました。不思議なこともあるものです。私のことを書いたので、これはまずいと見えない力が瞬時に消してくれたのかもしれません。今では助かったと思います。

 人が自ら死に進む状況というのは、さまざまなパターンがあります。生ぬるいから死んだという人もいるでしょうし、勇気があったから死ねたという人もいるでしょう。私としては中原医師の自死を「生ぬるいから死んだ」と言われることにはかなり抵抗を感じます。死ななかった人が生ぬるくなかった場合もあるでしょうが、勇気がなかったとか、自死はいけないという信念が強かったとか、偶然が助けてくれたとか、ただ死ぬことに思いが至らなかったとかで死ななかった人も、たくさんいるだろうと思います。

 死にたくなった人の「死にとらわれた気持ち」を翻らせることは、思いのほか大変なことだと感じています。一度とらわれてしまうと、その人の気持ちの状態がいい状態に戻っても、とらわれた「死」の誘惑から逃れられているとは限らないからです。ほんとに人の心というのは、一筋縄じゃいかないなと思います。私には「死にたい」という人にどう接していったらいいのか、わからないときの方が多いです。
投稿者:ダガシ
その人はドブ掃除をしたことがあっただろうか。
 その人は一日何十件の訪問セールスをしたことがあっただろうか。それで全部断られて自分の人格を自分で破壊して、それでやっと自分の人格を救ったことがあったのだろうか。
 便所掃除で(ゴム手袋をしても)手を便器の中に突っ込んでかき回したことはあっただろうか。お前が自分で舐めてもいいぐらいにキレイにしとけ! と怒鳴られて、うなだれたことはあっただろうか。
 セールスで、一件でも取れなかったら帰ってくるな! と怒鳴られたことはあっただろうか。行くあてもないのに、車で糸魚川の先の富山の県境や長野の県境までうろうろ走って時間つぶしして、会社に帰るに帰れないからどうしよう、と思ったことはあっただろうか。

 その人は、俺と同じく死んだほうがましだと思ったことはあっただろう。いや何べんもあっただろう。

 でも、死んでもダガシは同情しません。
 死ぬのは、その人の勝手なのだから。
 死ななくても済む選択肢があったのだから。
 それを選ばなかっただけのことなのだから。
 死ぬ事情はすべて生ぬるいです。
 もちろんダガシが死んでも同情は無用です。
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