9月25日付の読売新聞に
「がん発症メカニズムで新説『最初にたんぱく質損傷』」という記事があった。がんの発症にはまだ謎が多く、わかっているところからはさまざまな治療法が編み出されているが、決定打となる治療法はまだない。
記事は次の通り。
がん発症メカニズムで新説「最初にたんぱく質損傷」
がんは遺伝子の変異が積み重なって起きるとされるが、それ以前に、たんぱく質が損傷することで、細胞が「がん」特有の性質を持つとする新たな説を、渡辺正己・京都大学原子炉実験所教授らがまとめた。
28日から横浜市で始まる日本癌(がん)学会で発表する。
がん細胞は死なずに無限に増殖する。がんの原因を遺伝子の変異と考えた場合、変異の頻度と、細胞が“不死化”する頻度は比例するはずだ。しかし両者は一致しない場合が多い。渡辺教授らも以前、ハムスターの細胞に放射線を当てたが、不死化する頻度は、遺伝子変異の頻度より500〜1000倍も高かった。
渡辺教授らは、遺伝子以外の、放射線で傷ついた部分に謎を解くかぎがあると考え、放射線照射後の細胞を詳しく調べた。その結果、染色体を安定させる役割を担うたんぱく質や、細胞分裂で染色体の動きを誘導するたんぱく質に多くの異常が見つかった。染色体数も増えており、不死化する頻度は遺伝子変異の頻度の1000倍以上だった。
たんぱく質を傷つけるのは、放射線など様々な要因で細胞内にできる有害物質「ラジカル」とされる。渡辺教授らは、寿命の長いタイプのラジカルを培養細胞から化学的に除去。すると細胞が不死化する頻度が減り、関連が示唆された。
渡辺教授は「がんの大半は、染色体にかかわるたんぱく質が傷つき、染色体が異常化して細胞分裂が正常に行えない細胞から生まれると考えた方が矛盾がない」と話している。
酒井一夫・放射線医学総合研究所放射線防護研究センター長の話「遺伝子の変異ががんの原因というのは確かだが、それだけで説明できない部分もあり興味深い説だ」
(2006年9月25日3時4分 読売新聞)(記事ここまで)
「がんになっても、あわてない」の52ページから55ページまでにも書いたように、がんがどうしてできるのかはわかっている部分もあるが、わからないこともまだたくさんある。
今回の研究結果は、記事を読むと「全く新しいがんの発症メカニズムが発見された」ように受け取れるかもしれないが、実はそうではないかもしれない。というのは、たんぱく質を作る設計図になっているのは遺伝子を含むDNAであり、染色体はそのDNAが束になったものであるから、結局は今まで研究対象になっていなかった「遺伝子ではないDNAの配列」が、がんに大きく関係しているだけかもしれないからだ。
話が難しくなるが、人間のすべての細胞の中にはDNAがあり、遺伝子と呼ばれているのはそのうちのごく一部の、おもにたんぱく質の合成に関係している部分だけのことを指す。しかし最近の研究では、DNAのうちたんぱく質合成に関係していない「ジャンク(がらくた)遺伝子」と呼ばれる部分にもさまざまな働きがあるらしいことがわかってきている。また、ある特定の条件がそろった時だけ働く遺伝子の配列もたくさんあり、解明されていないDNAの謎は山のようにある。
放射線照射によってたんぱく質が損傷したとしても、そのたんぱく質が少ししかなくてすぐに消えてしまったのでは、細胞の不死化は起きないように思う。細胞の不死化を起こすたんぱく質を作るような、何らかの染色体の異常やDNAの異常が起きたことで、不死化を起こすたんぱく質が大量に継続的に作られたと考える方が、さらに矛盾が少ないのではないか。
ただ、ここまでは今までの考え方の続きと考えて良いが、この不死化を起こすたんぱく質が、そのたんぱく質を持つ細胞だけでなく、まわりの細胞まで不死化させるというのであれば、新しい展開が開ける。これまでは、たった一つのがん細胞ができて、それが無限に増殖することによって、目に見える大きさのがんになると考えられてきた。新しい説が「たんぱく質が他の細胞にも作用する」ということならば、がんの一部の細胞に染色体異常があるだけで、細胞のかたまり全体ががんとして振る舞う。文脈からはどうもそうではないような印象ではあるが。
白血病などでは、白血病細胞すべてが染色体異常や遺伝子異常を持っていることが、検査で簡単にわかる。白血病にはたくさんの型があり、それぞれの型に特有な染色体異常が知られている。これまでの研究で、がん細胞が無限に増殖したり、不死化したりするのに必要な特殊なDNAの配列が、DNAのつなぎ間違いで生じることが多数証明されている。そのような特殊な配列が、まだ見つかっていないところにたくさんあって、異常たんぱくが生産されるということでも、今回の研究結果は説明できるような気がする。
とはいえ、がんに対する新しいアプローチの道が示されることには違いないだろう。がんという病気は一筋縄では行かない病気だということは、ここ数十年研究者は身にしみてわかっているはずであるが、地道な研究に加えて発想の転換をすることで研究も治療も大きく進歩することが、これまでも何回もあった。
この研究が実を結び、新しいアプローチのがん治療につながること、それもできたら大きな光明を見いだせるような画期的な治療につながることを期待する。