がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

カレンダー

2020年
← July →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

過去ログ

カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      
RSS
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:hirakata
michikoさま、こんにちは。

そうなんです。研究所、なくなっちゃうんですって。まあ建物としても50年以上使ったはずなので、そういう頃合いなのでしょう。

3月中に見に行こうという目論見は、やっぱり達成できなさそうです。鹿教湯で一番変わったのは、斉藤旅館ですかね。8階建てぐらいのホテル+高齢者用の施設?住宅?になってました。行ったのは7年ぐらい前だと思いますが、基本的にはそんなに変わってなかったような印象でした。

鹿教湯で過ごした日々は、自分の人生の大事な一部分。先日自由学園の同級生数人とも会いましたが、人生の軌跡をたどるようなことも、できるならやっておきたいなと思ったり、まだ先でいいかなとか、全部やってたら大変だろうなとか思ったり。
投稿者:michiko
ああぁぁぁぁ、研究所、なくなってしまうんですね。あのサイズのリハビリ病院は、使いようで「画期的」なことができるような気がするのだけれど。

寄付金附き年賀葉書の寄付金で作られた病院だからと買っていた父のことや、午後8時になると地下のお風呂で付き添いのオバちゃんたちに「韓国の垢すりか?」と思うほど擦られたこと(新陳代謝が盛んだったので、大笑いされるほどの(ちからたろうが作れたかも)垢が〜)、病院上げてのリンゴ狩りやお花見(大型バスと車椅子運搬用トラック)、クリスマス会(おこたで作っていた甘酒)など、思い出山盛りですね。

20年位前に行った時には、売店があってそこには「塩分高そう」なカップラーメンが並んでいて「時代は変わった」と思ったのでした。あの頃は、コカコーラ&ファンタおよび牛乳の自動販売機(瓶)くらいでしたね。

更地になる前に、見たいけれど、GWかなぁ。母にも見せたい気がするけれど、かえってさみしいかしら〜。鹿教湯も変わったでしょうね。

私の中の「温泉」のものさしは鹿教湯が基準、「おそば」は辰巳屋が基準なので、人に言わせると「結構厳しい」です。
投稿者:hirakata
すーさま、おはようございます。

若杉さんは偉大な指揮者でした。音楽以外にもいろんなことを普段から考えておられて、話をしていて本当に楽しかったです。諏訪中央病院に人間ドック的な入院をされることが何回かあり、その時には必ず私が主治医でした。検査が終わった日の夜(仕事を終わらせてからなので夜8時とか)に病室に行って、一通りの結果説明が終わってから、消灯時間過ぎても雑談に花を咲かせるということが、何回かありました。楽しい時間でしたねえ。お酒が好きな方でしたが、病院なのでもちろんお酒なしで。

見えている世界が世界のすべてではないんだろうなと思う経験は、他にも何回かあります。そういう世界の広がりが「ないに決まっている」と思っている人よりは、「あるかもしれないな」と思っていた方が、実際にそういう世界があることを見せられた時には受け入れやすいだろうし、やわらかい頭が保てるんじゃないかなとかも思います。そう思っていて実際にはなかったら「死ねば死にきり」でいいわけですし。

人間の頭は、どんなにやわらかく保っておこうとしても、年とともにどうしても固くなってしまうもののようですから、やわらかさを保つ方向にちょっと力を向けておく方がいいんじゃないかなとも思います。固くなると人に嫌な思いをさせることも増えてくるので、なるべくやわらかいまま、年を取っていきたいです。もしかしたらその努力で、固くならずにすむのかもしれないと思いますし。
投稿者:すー
またまた先生こんばんは。若杉弘さんとお友達だったんですね!偉大な指揮者でしたよね。若杉さんの「奏者は互いの音を聴くように」との言葉が心に残っています。私も昔はピアノとクラリネットをやっていたことがあり、演奏会では自分の音ばかりに意識がいってしまいがちでした。けれど 自分を主張してしまったら良いハーモニーを奏でることは出来ないことを若杉さんの指揮は教えてくれました。ところで オカルト話は私は大好きです。私も実は先生と同じような体験をしています。人に言うとオカシイ人だと思われそうなので普段はそういう話はあまりしませんが。 不思議体験した方にお会いすると異国で日本人を見つけたような気持ちになり嬉しくなります。
投稿者:hirakata
すーさま、こんばんは。

お返事を読んでいて、思い出したことがあります。指揮者の若杉弘さん(故人)が、どこかの音楽雑誌に「宗教の違いというのは、頂上は同じところで、登山口が違うようなものだと思う」と書かれていたのです。

ちょっと探してみたら、うちの本棚にあった「レコード芸術」1998年6月号でした。バッハの「マタイ受難曲」に関する記事なんですが、該当する部分を抜粋してみます。

「ぼくが今考えるのは、宗教の違いというのは、『神』の存在を確信して尊敬の念を持っている人々の『登山口』が違うだけなのではないかということです。自分を超えた存在としての『神』という認識が生まれた人が、どの道から登っていくか。ただ、音楽による信仰表現はやはりどうしてもキリスト教の方が大きい。それを強く感じたのもドレスデン時代だったかもしれません」

 若杉さんも天国へ行ってしまいましたが(2009年7月21日ご逝去)、私は不思議な縁でお友達のような(若杉先生の方がずいぶん年上なのでお友達というのもおこがましいのですが)付き合いをさせていただいていました。でもどうしてこのような世界観、宇宙観、死生観、宗教観を得ることになったのかは、聞きそびれました。

 若杉さんと、諏訪では結構世界観などについて話した時間があったんですが。今「自分の宇宙観は間違ってなかった」と思っておられるでしょうかねぇ。もしその世界観が正しかったのなら、私が死んだ時に次の世界でお会いできるのを、楽しみにしています。

 もし次の世界があるのなら、私を待っていてくれる人はたくさんいそうな気がするので(夢枕とか、死に近づいている人からの伝言とかで、それは確信しているんです。オカルトじみていますが)、死ぬならいつでもいいやという気がしないでもないような気がする、今日この頃の私です。とはいっても、この世でしなければいけない仕事はきちんとしていかないと、次の世界へは行かせてもらえないのかもしれませんが。

 ちょっと変な方向へ話が行っている気もしますが、久しぶりにお酒を飲んで酔っぱらったりしているので、まあご容赦いただければ。ではまた。
投稿者:すー
平方先生こんばんは。何度もすみません。山崎先生のお言葉は私も意外です。かくいう私も「死は無」だと思ってきた一人です。でも 立花隆さんの「宇宙からの帰還」を読んだとき「万物の中に神はいる」と軽い衝撃を受けました。また 自分が悩み苦しんでいたときに偶然とは思えない何かに導かれたとしか思えない出会いに助けられたことがありました。そのときから、何か大いなる力を感じずにはおれませんでした。小林正観さんの著書の中に「自分に起こることは、すべて正しい」と思っていい、という行がありますが 私もそんなふうに色んな出来事を受け入れることが出来たら、と思います。そういえば何年か前、テレビのドキュメンタリー番組で癌と闘う女性がいました。その方はジタバタせずに運命を受け入れながら楽しく生活を続けていました。先生の著書「がんになってもあわてない」を御守りのように傍らに置いていたのが印象に残っています。先生は諏訪中央病院にいなくても色んな方の力になっていることには変わりないと思います。
投稿者:hirakata
すーさま、こんにちは。

無宗教といえば、山崎章郎先生は話の中で「自分はクリスチャンじゃない」と話し、それとは別のところでは「死後の世界があると信じていない」というようなことも言われていました。私としてはちょっと意外でした。何となく「あると信じている人」という気がしていたので。

吉本隆明さんのことばで「僕は『死ねば死にきり』でいいという気がする」という言葉がありました。たしかに、死後の世界の存在に寄りかかって生きるよりも、その方がより良く生きられそうな気もします。

ただ私は、事実として死後の世界や今見えていない世界はあって、それが見えていないから信じない人も多いけど、そのうちみんなが認めざるを得ないようになるかもしれないと思っています。

科学の進歩によって重力があることや光の正体や生命とは何かが次第にわかってきたように、今見えている世界よりも広い世界のことが「解明」されれば、自然にそうなっていくのではないかと。

量子力学の最先端で研究をしている人たちの中には「神はいるとしか思えない」と考える人が多いという記事を、どこかで読んだことがあります。そういうところから、今は見えていない世界のことが見えるようになっていくのかもしれません。普通の人の常識になるまでには、ものすごい時間がかかるかもしれませんが。

というわけで、今見えている世界の枠から外れたところで私を導いたり助けたりしてくれる力は、侮れないと思っています。先月あたりも、悩んでいたら夢枕に「大丈夫。何も準備しなくても、成功は始まる」って言ってくれた人がいたような気がしたし。
投稿者:すー
レスありがとうございます。自分の力ではどうにもならないときは 何もせず風に吹かれているのが一番いいのかも知れないですね。私は無宗教ですが 平方先生が今までされてきたことを思えば人間では計り知れない大きな力が働きそうなそんな気もします。そして 諏訪中央を辞めようとどこにいようと平方先生には変わりないのであり 先生は先生らしくいたら良いと私は思いますよ。なんて 偉そうにすみません。
投稿者:hirakata
すーさま、こんばんは。

情報交換会(という名の夕食会)では、山崎先生の隣に座って中華料理をいただきました。他の参加者の人が来た時にはその人達と話をしていましたが、それ以外の時間はほとんど山崎先生と話をしていました。臨床の豊富な経験を楽しく話しながら、その本質を探ろうとする会話の内容は、さすがだと思いました。

ところで4月からの水曜日ですが、まだ何も決まっていません。自分としては今まで診ていた患者さんのことで手一杯ですし、他からの直接のアプローチは来てないですし。でも、いろいろと運命によって守られていることは感じるので、今は積極的に食い込んでいくよりは様子を見る方が良い時期なのかもしれないと思っています(食い込んでいくとゴタゴタに巻き込まれるおそれもある状況かもしれないと)。思惑で動くよりは、待っている方がいいのかなと。
投稿者:すー
平方先生こんばんは。昨夜はリビングでうたた寝をしてしまいこんな時間に目が覚めてしまいました。山崎先生の本は何冊も持っています。「病院で死ぬこと」も読みました。私も講演聴きたかったです。ところで先生、「運命」に助けられたのでしょうか?4月からの水曜日が気になります。どんな運命にせよ 先生にとって幸であることを祈っています。
AutoPage最新お知らせ