がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
NKさま、こんにちは。

今日は諏訪中央病院で働く水曜日。今日を含めてあと12日しか働かないんだなあと思うと、感慨とか憤慨とかしてる暇はなく、これまで診てきた患者さんの今後をどうするかに頭を悩ませ、病歴のまとめや紹介状の作製であっという間に時間が過ぎていきます。今日の午前中に診た方は、南信の方なんですが長野の愛和病院まで通院する決心をされました。

見知らぬ方に尊敬してもらえることほど、自分の尊厳を支えてくれるものはないと感じます。私は尊厳や矜持など持ってはいけない人間なのではないかと一時はほんとに落ち込みました。「3月で終了」と言われてから4週間経って、ようやく少しずつ気持ちは回復してきている気がします。

4月から体が楽になるかどうかは、まだわかりません。でも今まではほとんど、「どうしようかなあ」と思っていると転機は向こうからやってきて、それが結果的に私の人生を高めてくれたり社会の中で良い働きをすることになったりしてきたので、今回も天の配剤を待ちたいと思います。一時的に水曜日は失業状態になるかもしれません。

家族が茅野で暮らしているので、水曜日も愛和病院や長野の近辺で働くのは、淋しくてたまらなくなってしまいそうなんです。なので、できたら松本から甲府あたりのエリアで水曜日だけ働かせてくれる医療機関がないかなあなんて勝手なことを考えています。諏訪中央病院のすぐ近くに建てた家は、まだローンがたくさん残っています。自分がほとんどいない家のローンを払い続けることになったら、何のためにここに家を建てたのだかわからなくなります。すでに半分わからなくなってますが。最後は世俗的な感想で締めてしまった。
投稿者: NK
平方先生 初めまして。2年前に父の最期を諏訪中央病院で迎えさせていただいた者です。平方先生に直接お会いする機会はありませんでしたが、主治医の先生から緩和ケア病棟でお世話になる時期が来るかも知れないとのお話をいただいていたこともあって先生の著書やこちらのブログは読ませていただいておりました。父の闘病は1年半余に及んだのですが私のように『代わりはいくらでもいる仕事』をしている身からすると、医療関係の仕事に従事するかたには本当に頭が下がる思いばかりで、緩和ケアを一人で担当しておられる平方先生は『代わりがいない先生』の代表であると思っており、一方的に尊敬しておりましたので今回久しぶりにブログを読ませていただいてこの出来事を知り、大変驚いております。中央病院のHPを拝見しても父の主治医であった先生は皆様異動されており、週1回の非常勤であっても平方先生がいらっしゃることは心強く感じておりましたので残念でなりません。ただ、私のような者が申し上げるのは恐縮ではあるのですが、中央病院当時の実質24時間勤務(緩和ケアの先生は平方先生お一人だったので、という意味です)、講演会や研修会、ブログの更新や返信、愛和病院と中央病院の行き来、演奏会への参加・・・と平方先生は何時お休みになるのだろう?とも思っていました。軽率に申し上げるのが失礼であることは重々承知しておりますが、もし今回のことで先生のお体が少しでも楽になるのであれば良いことなのかな?と真っ先に考えてしまいました。しかし、病院の行為は患者さんや平方先生のお気持ちをどこまで考えているのか疑問を持たざるを得ないとも思えました。
私の中でも整理がつかない文章で申し訳ございません。
投稿者:hirakata
sennariさま、こんばんは。

私が看取ってきた人の中には「あんまりいいこともない人生だったけど、最後にこんないい医療に看てもらえて、それだけでも幸せだったな」と思って旅立った人は、結構いるような気がします。

血液内科や一般内科外来の患者さんにとっては、これまでの血液内科診療が台無しになってしまうような出来事になってしまうと思うので、できるだけ傷が少なくなるように、年末年始もサマリーや紹介状書きで潰れてしまうだろうと思います。

ずっと外来が続けられるなら、しなくていい苦労なのに。
投稿者:sennari
最近多忙で、今日になってこの記事とコメントを読みました。

心中、お察し申しあげます。

諏訪中央病院の幹部はいったい何を考えているんだろうと憤慨してしまいました。血液内科の診療がなくなるということにおそらくは経営的な判断しかできていない上層部、平方先生を慕って通院してきている患者さんを平気で切り捨てることになんら痛痒を感じていないこの判断に、この人たちは本当に医療人なんだろうかと疑問に思うほどです。

すみません、話を蒸し返してしまいました。

>ご家族も誰もいない時に、ご本人と私だけでそのための時間を持つことも結構ありますが、その方が亡くなってしまうとそれを評価してくれる人は誰もいない。今回のことも、そういうことなのだろうと、

私も同じことをしていますので、とてもよくわかります。

>それを評価してくれる人が天国でたくさん待っていてくれることを期待しています。

天国にいる人だけでなく、その方々のご家族や、緩和ケア以外の患者さんでもこれまで先生に診ていただいた大勢の方々が、きっと評価し感謝し見守っていてくれていると確信しています。

投稿者:hirakata
すーさま、おはようございます。

「命がぎりぎりのところで、生きる希望とおだやかな気持ちを持っていただく」のが、私の大事な仕事だと思って、いつも緩和ケアをしています。人生が終わる時に「まあ、いい人生だったな」と思って終えられるのと、「悔しい、悲しい、辛い」と思って終えるのでは、天と地ほどの差があると感じます。ご家族も誰もいない時に、ご本人と私だけでそのための時間を持つことも結構ありますが、その方が亡くなってしまうとそれを評価してくれる人は誰もいない。今回のことも、そういうことなのだろうと、自分を慰めています。自分が天国に行った時に、それを評価してくれる人が天国でたくさん待っていてくれることを期待しています。
投稿者:すー
初めて投稿します。いつも楽しみに読んでおります。私は平方先生と以前諏訪中央病院の緩和ケアでお目にかかったことがあります。私の友人の父親が先生にお世話になりました。友人の父親と家族は別の病院での扱いに大変失望し、失意の中 緩和ケアに入院しました。入院後、友人から「平方先生に私たちは救われました。先生は父と私たち家族に生きる希望をくださいました」とメールが来ました。平方先生あってこその緩和ケアだったと私個人的には思っています。友人家族にとっては お父様亡きあとも 平方先生は神様のような存在です。先生の代わりはどこにもいません。ただ こうなってしまった以上は受け止めるしかないのでしょうか・・。終わりは始まりという言葉があります。先生の今後に幸多いことを祈っております。先日100才近いおばあさんが「人のために尽くした人は徳をつむ。いつか 必ず自分に良いことがかえってくる」と仰いました。先生は沢山 徳をつんでいると思います。
投稿者:hirakata
浮き草さま、こんばんはagain。

お酒を飲んで寝ようとするんですけど、寝られない。寝ても3時間ぐらいで起きてしまう。なので、睡眠導入剤の助けを借りたりしています。ある程度の時間寝られると、心の健康度が上がることを実感します。以前本にも書いたことなんですが「無理にでも寝ることで心が健康に戻っていく」のを、自分の体で実感しています。

愛和病院は週4日の契約なので、平日が一日余るんです。そこを諏訪中央病院でバイトしていたわけですが、正直いってその収入がなくなるのも痛いです。たとえば火曜夜の当直バイトとかあれば、家族に「収入が減る」とか言われなくてすむかなあ。子育てもお金がかかる時期なので、収入は欲しいです。私一人だったら、本当に質素な生活で済むと思うんですけどね。

こうやって多くの方にいろいろ言っていただけるだけで、ずいぶん助かっています。何とかなるでしょう。
投稿者:hirakata
浮き草さま、こんばんは。ありがとうございます。

現在主に働いている愛和病院では、複数の医師がいることもあり、歯車の一つになることは割とできているかと思います。

諏訪中央病院での私の仕事は、「私でないと」という意識があったことは確かです。常勤でなくなってそこからは解放されたわけですが、残した水曜日の非常勤の仕事は、その中でも「私でないと」という部分を残していたような気がするんです。というか、それを放棄しないで済むようになったことに、心底ほっとしていました。完全に辞めることになっていたら、本当に大変だっただろうと思います。思いがけない形で今回やってきましたが、昨年度末に両方いっぺんに来なくて助かったといえばそうかもしれません。

これからの私は、入れ替え可能な歯車を育てたり、歯車の組み合わせで回っていくような緩和ケアの仕組み作りを考えたりというあたりに、重心を移していくべき時期なのかもしれないなとは、薄くですが思っていました。気持ちの整理をつける大変さにも気が滅入りますが、実務をどう片付けるかの方が大変な気がしている今日この頃です。でもやれることしかできないんだから、できない部分は勘弁してもらいます。
投稿者:浮き草
別の視点

二足のわらじを履き続けることは、新しい職場でベストの働きをすることの妨げにいずれはなったかも知れない。あるいは、二足のわらじの中で将来的にhirakataさんはもっと追い詰められた局面に立たされたかも知れない。

別の助言

とりあえず自分に取って最悪(に思える)な状況をまずは丸呑みして全部受け入れてしまう。そして「まあいいや、これで。しょうがない!」とあきらめてお酒を飲んで沢山寝る。
残された勤務期間を有意義に過ごすために、少しの間休みを取って遠くに行く。ハワイで日焼けしてくるか北海道でスキーをしてくる。そしてお酒を飲んで沢山寝る。

この年齢になると(特に医者は、なのかな?)冗談ではなくて鬱になってしまいがちです。身近に何人もいます。彼らを見てると、大体睡眠障害から始まっている。お酒を飲んでよく寝てよく寝てよく寝るといいですよ。私も実践してます。
投稿者:浮き草
私は、自分は社会の歯車だと思っています。自分が回ることで世間の人々の生活もスムースに回る。歯車として機能するためには場所や役割を与えてもらってその中でベストなパフォーマンスを目指す。歯車なんだから私がいなくなっても他の歯車と入れ替えが効く。私はそれでいいと思うのです。唯一無二の存在でないからこそ社会の安心や幸せの継続性が担保されている。多少、幸せの量や質が部分部分では増減することはあるでしょうが。

ほとんどの人間は他の誰かと入れ替えが可能であって、そしてそれでその人の価値が下がったりはしないと私は思います。

hirakataさんが「いらない人」なわけないじゃないですか。hirakataさんによって救われ幸せになった人は沢山いるのです。でもhirakataさんでなければ絶対に駄目だという事もないと思うのです。hirakataさんは地域の中でとても重要な役割を果たしていた。でも絶対的にユニークな存在というわけではない。

いささか頑張りがすぎたのですよ、きっと。頑張るための心の支えとして『自分が踏ん張らなくては駄目だ』『他の誰かでは今のこの仕事の質と量はこなせない』『自分に代われる人間はいないんだ』と自身を鼓舞し続けてきたのでしょう。だから周りから『hirakata先生でなくてもやれるよ』と言われて心の支えが潰えてしまった。

でも『自分がやらなければ駄目なんだ』という思い込みは、過酷な仕事の状況を乗り切るための方便だったのですよ。hirakataさんはとてもよく頑張った。外来の患者さんも命を終えられた方も家族の方もそれで幸せになって感謝している。人に幸せを与えるというのは人間の行為の中でも特に尊い行為ですよ。でもhirakataさんは他の誰かと入れ替えができないわけではない(もちろん誰であれまったく同じなんてことはあり得ないのですけど)。そしてhirakataさんが入れ替え可能であることは社会全体の安定や幸せの質・量を担保するためには良いことだと思います。
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