がんになっても、あわてない

 という本(朝日新聞出版)を書いた医者の、なんでもブログ。

 
医療関係者向け資料集「緩和ケア医のらくがき帳」も、よかったらどうぞ。

プロフィール

平方 眞(ひらかたまこと)
 緩和ケア医師
愛和病院(長野市)副院長

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投稿者:hirakata
るなさま、おはようございます。

講演会は平日の夜遅くにもかかわらず、たくさんの人が熱心に聞いてくださったので、話をした方としても大変満足度の高いものでした。

「講演でしかできない話」もたくさんあるんですが、お迎えやお知らせのある人の話、自分が体験した「死後の世界はあるんだろうな」と思った話などは、当日の皆さんの反応の良さや熱心さで、つい話してしまったという感じでした。「この人たちなら、この話をしても大丈夫そうだな」という感触が、あったのだと思います。

実際の人生は、なかなか望み通りに行かないこともありますが、どんなにギリギリでも気持ちの持ち方が崩れなければ、その日一日をちゃんと生きることができる。プラスを多くすることができる。そのへんのところがちゃんとお伝えできていればいいなと思いましたが、伝わっているようでホッとしました。

地道に頑張っていきたいと思います。でも、このようなことを伝えるべき、人生の時期にも入っているのだろうと思います(というのは、愛和病院に移ってから話をしてほしいと頼まれることがかなり増えているので)。頑張れる範囲で頑張ります。
投稿者:るな
平方先生
先日の勉強会に参加させてもらいました保健補導員の中の一人です。
先生のブログを見つけて喜んでコメント書かせていただいております。
保健補導員をしていて、無料でこんな講演会に参加させていただけるなんて、本当に1年間補導員をしていてよかったと思いました。

私はスピリチュアルに興味があり、独学で勉強していますが、先生の死を間近にした人にお迎えに来る人の話、すごくうなずけるものでした。外国の著書の中にはそういった記述がたくさん出てきますが、こんなにも身近な先生から聞くことができて、もっと納得した次第です。

死を目の前にしても、プラス発想で生きていけばいくらでも時間を有効に前向きに生を全う出来るんだという事が、よくわかりました。
お写真で見せていただいた、患者様の笑顔がすばらしく、何よりも真実を訴えている気がしてなりませんでした。

がん、余命というと絶望ばかりが浮かんでいましたが、自分、もしくは家族がそんな状況になっても、平方先生のお話を思い出して、そんな明るい闘病生活をしたいと希望を見出せた思いです。

先生のような方の、地道な努力で、世の中にそういった考え方が普及して、少しずつでも明るい未来になっていくといいですね。
私も、家族にいろいろと話しました。

死よりも怖いのは、恐怖によって絶望してしまうことのような気がしました。

いつかの日のために、本当にためになるお話、どうもありがとうございました。
傍らに先生の著書を大切にしまっておいて、いつでも読み返したいと思います。

 先生の今後のご活躍を楽しみに応援させていただきます。本当にありがとうございました。
投稿者:hirakata
諏訪看8回生さま、おはようございます。

プリントようやく作りました。今週来週いろいろ忙しいですが、テストも作成中です。先週は諸般の事情で茅野と長野を毎日車で往復していたのでちょっと疲れていましたが、昨夜は久しぶりにたくさん寝たので、元気復活で気合い入れてテスト作ります(あんまり気合い入れない方がありがたいかもしれませんが)。
投稿者:hirakata
ダガシさま、おはようございます。

「突然死ぬのも悪くない」と思っている人は、突然死んでもいいと思っています。ただ多くの人は突然にしろゆっくりにしろ、死ぬということを自分の問題として考えていないので、その状況で突然死んでしまうと、本人よりもまわりの人が激変に耐えられず心が壊れてしまったりするかな、と。

ダガシさまがどういう人なのか、一緒に暮らしたことがないのでよくわかりません。「普通」には入らない人なのかもしれませんが、幸せになってほしいなとは思います。でも、この記事のような講演では「多くの人」を対象にして話をしますが、自分がやっている普段の仕事は、目の前の「その人」に対してしています。ダガシさまがその仕事の相手になったら、やっぱりダガシさまにもできたら少しでも幸せになってほしいと思うでしょうね。実際に対面してみないとわかりませんが。
投稿者:諏訪看8回生
先生、こんばんは。お久しぶりです(^^)。
お忙しい中、まとめプリントを作ってくださり、ありがとうございました。本日、手元に届きました。
一言、お礼を申し上げたかったので、コメントさせていただきました。記事の内容とはまったく関係ありませんがすみません…。
だいぶ寒くなりました。体調など崩されないよう、お気をつけください。
テスト勉強がんばります(^^)v
投稿者:ダガシ
その4つのポイントはいいですね。私もそう思います。
 死ぬまでの日にちがあることで、自分という存在が無くなるということや、自分が存在していたという意味を、考えることが出来るだろうと思うから。
 ただ即死もいいなと思ってもいます、ハハ。
 でも、どう死ぬかは誰にも分からないのですから、何がいいのか私には分かりません。

「かかわった人すべて」という言葉ですが、私は「みんながしているから…」とか、「ふつうはこうだ…」という言葉が大嫌いなのですが、それは保育所の頃から、自分は「みんな」の中には入らない人間なのだと思っていましたし、「ふつう」の人間ではないと思っていましたから。
 だから安易に「みんな」とか「ふつうは」という言葉を使う人を嫌いなのです。
「みんな」と言って、自分の本当に言いたいことを誤魔化していますから。

 hirakataさんはいつも、「みんながしあわせになる事が良い」と書いておられます。その「みんな」に、私ダガシは入っていますか?
 たぶん入っていないでしょう。たいがいの人がいう「みんな」は、自分の所属している組織の人間か、自分と利害関係で反しない人間か、自分と同じ価値観の人間かだけを、「みんな」と言っているだけです。「ふつう」という言葉も、そうです。
 だから「みんな」と言う人を信用できないのです。

 そうしてここで「医療費を増やせ」という趣旨のエントリーが続いて、それでまた「みんな…」と書いておられたので、俺も「みんな」の中に入っているのなら幸せになれるだろうに、hirakataさんが言うことを読んだら不幸な気持ちになるじゃないかと思って、だからこないだ、hirakataさんにからんだコメントをしたのです。

 ですがhirakataさんは、ご自分で書かれているように、自分が儲けたいと思ってはいない人だと私も思っていますから、だからコメントさせてもらってますよ。
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