自民党総裁選が告示された。私は自民党員ではないので選挙は関係ないが、次の総理になる人が医療や福祉についてどのような舵取りをしていくつもりなのか、気になったのでチェックしてみた。(政権構想の内容は、NIKKEI NETより)
安倍晋三氏
【健全で安心できる社会の実現】
「日本型社会保障モデル」で安心安全のセーフティーネット
○年金、医療、介護、社会福祉の一体的見直しを行い、持続可能な制度とするとともに、将来の生活がどうなるのかをわかりやすく明示
・社会保障番号の導入や徴収一元化について検討
・年金受給見込み額通知の実施前倒しなど、親切でわかりやすい年金制度の確立
・社会保険庁の徹底的改革
・確定拠出型年金の拡充などにより、選択型セーフティーネットの整備
・被用者年金の一元化
○予防重視のメディカル・フロンティア戦略推進により、技術と提供体制の両面からのイノベーションを通じた健康寿命の延伸
○小児科、産婦人科などの医師不足対策の推進
○障害者の真の自立と参加を可能にする社会の実現
○持続可能な介護制度の確立
○「子育てフレンドリーな社会」の構築
無難な、耳当たりのいい提示のしかたである。具体的に姿が見えるものもあるが、イメージだけしかないものもある。しかし安倍氏はここではこれだけしか語っていないが、別のところでは「社会保障費は削っていかなければならない。それをする前に増税という話にはならない」という意味の発言をしている。これについてはこの記事の後半で述べていく。
谷垣禎一氏
医療については、国民が、全国どこでも必要な医療の提供を受けることができるようにしなければならない。医療費の水準は、高齢化の進展の影響を強く受ける。このため、医療保険制度が国民にとって必要な役割を将来にわたり果たし続けるためには、公的保険でカバーすべき範囲(すなわち、国民の保険料や税金の負担で賄う範囲)をどこまでとするか、自助で対応していただくべき範囲をどうするかなど不断に点検を行うことは避けられない。国民に自助努力をお願いする上では、税制上の支援措置なども充実させていく必要がある。現在、医療の担い手である医師の地域間、診療科間の偏在が大きな問題となっている。医師の偏在を是正するため、地域の精力的な取り組みを促すとともに、国としても、制度、予算、診療報酬等様々な側面から医療提供体制の整備に取り組んでいかなければならない。
介護については、昨年の改革において、介護予防の推進など、制度発足以来、初めてとなる大幅な見直しを行ったところであるが、今後とも、地域や家庭の機能との調和も念頭に置きつつ、真に必要な部分に資源の集中投入を考えていく必要がある。その際、ボランティアの積極的な活用も考える必要がある。
社会保障については、将来世代に持続可能な制度を引き継いでいくことが国民の安心につながる。長期的な視野に立ち、給付と負担のバランスを意識した制度設計を行うことが必要である。
谷垣氏の方が具体的に、問題点を抜き出している。このまま行ったら医療福祉に回すお金で国の財政が立ちゆかなくなることに対して、「ここまでは国が面倒を見ます。これ以上のところはお金がある人だけやって下さい」という、米国型を取り入れた方向に向かうべきと明言している。米国型を部分的に取り入れるのはやむを得ないと思うが、全面的に米国型に移行するのは賛成しない。これについては別の機会に書きたいと思う。それと、偏在もあるが
医師は絶対的に不足している。
麻生太郎氏
麻生氏のネット上で見られる政権構想には、社会保障関係の強い主張は見られない。財源の問題では、次のような記述がある。
まずは徹底的な歳出削減を優先し、その後に、必要な増税を国民の皆さんにお願いします。
日本は、社会保障制度も、ヨーロッパ先進諸国並みになりました。高齢化率は、それらの国より高くなっています。行政サービスが先進諸国並みになっているにもかかわらず、国民負担がそれらの国より遙かに低いという構図は、成り立ちません。現在は、その分を赤字国債で子や孫にツケを回しています。
このような不公平は、いつまでも続けてはなりません。必要な増税は国民にお願いする。それが政治の義務です。
麻生氏は、より明確に増税を打ち出している。打ち出の小槌がどこかから出てこない限り、増税が必要という話にはなって行くだろう。しかし国民から預かっているお金で壮絶な無駄遣いをして、その結果増税になってしまうのを許していいものだろうか。壮絶な無駄遣い構造は、まだ改められていない。そこから手をつけずに、国民が増税に納得すると思っているのだろうか。
また、日本の社会保障費の「国民負担」は先進国平均よりすでに多くなっている。国民は誰も気付いていないとでも思っているのだろうか。「徹底的な歳出削減を優先し、その後に増税」と言っているが、医療を削ったり福祉を削ったりすることを考える前に、削るべきところを削ってほしい。
三氏の主張を見てみると、医療や福祉、年金の今後に対する危機感が不足しているように感じる。危機感はあるがこの場で出すと不利になるので隠しているのかもしれない。「持続可能な制度の構築」は、政権構想全体を見ると三氏に共通している主張である。しかしどのような制度にすれば持続可能であるかは、具体的でない。特に安倍氏の主張が具体性に欠ける。絵に描いた餅にならないかの懸念以前に、餅の絵が描ける人なのかどうかもわからない。
9月4日に共同通信が配信した記事に、次のようなものがあった。
安倍氏、社保費の抑制を先行(共同通信)
安倍晋三官房長官は4日の自民党九州ブロック大会で、今後医療や介護などの社会保障給付費が膨張すると指摘した上で「今の段階でその分税金を取るとなっては、その分野(の見直し)が進まない」と述べ、消費税率引き上げより、社会保障費抑制を先行させるべきだとの認識を示した。さらに「終末期医療は見直していく必要がある。介護(対象)にならないように予防に重点を置く」とした。
[共同通信社:2006年09月04日 21時25分]
安倍官房長官が医療をどのように見ているのか、注視していこうと思った矢先にこの発言である。小泉総理同様、実情はほとんどわかっていないことをさらけ出している。
小泉総理にも期待していたが、総理になって間もなく「医療費が増大するのは、悪徳な医療機関が儲けているからでしょ」という発言をしたのを聞いて「こりゃあダメだ」と思った記憶がある。安倍さんも総理になる前からこんな発言をするようでは、安倍政権になって医療や福祉に明るい見通しを持つのはやめておいた方が良さそうだ。
「介護予防に重点を置き、終末期医療費は削減」と、介護予防と医療費削減を対にして発言している。しかし介護予防(寝たきりにならないための体操とか)をすれば介護費用や医療費が減るということは、科学的に証明されてはいない。介護予防に費用がかかり、介護費用や医療費は減らないとなったらどうなるか。「健康寿命が長くなるような手だては講じたのだから、それでも介護が必要になったり病気になったときの面倒までは見ませんよ」というのだろうか。
また、国の度重なる診療報酬値下げによって、現状ですでに病院の経営状況は瀕死の状況に追い込まれている。その分野に対して、まだ絞れると思っているとしたら、現状認識がお粗末である。医療の強制値下げ=診療報酬引き下げが続けられているために、多くの病院が赤字となっている。赤字が続いては潰れてしまうので、病院が潰れないように地方自治体は苦しい財布から病院に税金を繰り入れている。「医療費」名目の金額を絞っても、結局医療に税金が投入されることになっているのである。景気がうまく行かず、税収が伸びずに地方自治体が持ちこたえられなくなった時「地方の問題だから国は関係ない。切り捨て切り捨て」という作戦なのだろうか。
ここで一般の人は「医者はたくさん給料もらってるんだから、そこを削るべきなんじゃない?」と思うかもしれない。実は私もそう思っていた。しかし普段は封を切らずに家内に渡している給与明細を見てみて驚いた。これでは家計に余裕などない。勤務時間は、時間外勤務の上限時間数が決まっていたり(それ以上働くとサービス残業)、時給の基礎が基本給と関係なく時間2000円だったり、深夜加算がなかったり、月100時間以上の時間外勤務をしていたりと、労働基準法違反のオンパレードである。実働時間の時給で見れば、中堅以上の事務職や看護職より安い。これ以上絞られると我が家は破産する。というのが勤務医の現状である(誇張は全くない)。
「終末期医療も見直し」と言っている。人が亡くなる前の1ヶ月の医療費を総合すると、年間9000億円にもなるという試算が根拠になっているらしい。谷垣氏の政権構想にははっきりそれが書いてある。しかし
9月1日にも書いたように、超高額医療となっている人のほとんどは、無駄遣いしようという意図はなく、病状に抵抗する手段があって国もそれを認めているから使い、結果的に高額医療になっている。これが悪いことであるとするならば、根源をたどれば医学の進歩がいけないということになる。
国が本気で医療費を含む社会保障関係費を抑え込もうと考えているのなら、「日本の医療はこれからは進歩しないものと思って下さい」とはっきり言うべきである。それが言えないなら、持続可能な制度が創設されるまでは社会保障関係費を削ろう削ろうとするべきではない。
社会保障関係費が無制限に増大すれば、経済の首を絞めるという理屈はわかる。しかし日本の社会保障関係費は、高齢化率を考えると国際水準で現在すでに相当低い水準にある。諸外国よりかなり絞り込んでおいて、それでも国の財政がまずいことになっているのなら、財政運営が下手なのであり、削るべきは国民に直接負担が回る社会保障関係費ではなく、他のところにあるはずだ。
国民の安心と健康を守るのは国の重要な役目である。三氏の現状認識で進んでしまうと、誰が首相になったとしても、数年もしないうちに医療・福祉の現場からは悲鳴どころか断末魔の叫びが聞こえるようになるだろう。現在すでに、あまりの苦境に医者が逃げ出して崩壊している病院が多数あることを、厚生労働省はどう見ているのだろう。もしかしたら計画通りなのかもしれないと思ったりもする。しかし頭のいい官僚が集まっているのだから、弱者切り捨てをしなくても持続可能な仕組みは編み出せるはずだとも思う。
医療も経済の一部であるから、医療にも金を回していこうという政策が取られてもいいのではないか。医療でお金が回っていくのを一方的に悪いこととせず、医療をうまく操ることで経済も元気になっていくような方法があるはずではないか。事実、大手製薬会社の中には「史上空前の利益」を上げているところもある。しかし病院は青息吐息である。これは医療の値段や配分の決定権を一手に握っている国が引き起こした事態である。これ以上病院がいじめられれば持ちこたえられなくなるか、患者さんに負担を回すしかなくなる。いずれにしても国民に負担がかかることは避けられない。
「もうちょっと社会保障関係費は増やした方がいいんじゃないか」という政治家がいれば、支持してもいいんだが、今回はどうも期待できないようだし、そうなると医療の崩壊は避けられないように思えてきた。