
11月3日(火・祝)午後4時から、長野市のホテル国際21にて「第6回長野県緩和医療研究会」が開かれました。2時間あまりにわたって、9題の演題が発表されました。休日にもかかわらず約60人が県内全域から集まり、熱心に聞いていました。

今日のプログラムです
(手打ちが面倒だったのでスキャン。画像をクリックすると別窓で拡大、読めない時はもう一度クリック)。
看護師の発表が4題、薬剤師の発表が4題、医師の発表(私)が1題。内容も一般病棟、がん診療病棟、緩和ケアチーム、院外麻薬処方、麻薬処方の入院と在宅の比較、ガバペンチン、進行がん患者・家族への適切なコミュニケーションなどバラエティに富んでいて、誰にでも何かしら役に立つ研究会になっていたと思います。
参加者は、北信地域(長野市とその周辺)が多いものの、佐久地域や飯田(長野まで160kmぐらいある)からも来ていました。
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私の発表は「こんなときどうする」という、研究会らしくないタイトルをつけました。どういう内容かというと、「こんなことを言われて/こんな状況になって困った時、私が絞り出した説明のことば」を集めたものです。
会が終わった後の、立食形式で食べ物をつまみながらの「情報交換会」では、私の発表はずいぶん評判が良く、今回のような話をもっとしてほしいとか、スライドを印刷して配ったプリントを「院内に配ってもいいか?」など、とても反響が多くてびっくり。
そこで、気をよくした私は、今日のスライドを全部ここに乗っけてしまうことにしました。もちろん自己流なので、誰にでもこの表現が適しているわけではありませんし、時には不適切になってしまうこともあるかもしれません。でも、基本的な姿勢や考え方は間違っていないだろうと思います。
こういうノウハウを「売ろう」と考える人の方がお金持ちになれるんだろうけど、最近の自分の価値観が「自分が金を得ることよりも、他の誰かが幸せになることを重視する方が、最終的な人生の満足度は高いだろう」だったりするので、出し惜しみはしません。ご自由にお使い下さい。ただし何かあっても責任は負いません。

タイトルスライドのバックは、愛和病院の「かわいい」庭です。

緩和ケアは急速な広がりを見せていますが、基礎の部分は広がっているものの、応用力や柔軟性、強靱さに欠ける広がり方をしている気がします。特に病状が進行して、患者さんやご家族と医療従事者の間で認識の“ずれ”が生じた時に、難しい問題が多く生じるような気がします。そこをどう切り拓いていくかが、今日の私のテーマです。

今日の話の組み立てです。

医療従事者は経験や知識から、病気の経過を予測することができます。それをできるだけ説明はしているはずですが、医療従事者が「常識としてわかっているはず」と思うレベルのことを患者さんやご家族が知らなければ、時間を掛けて説明しても納得にはつながりません。

(1つ目の段落)昔は「ムンテラ」などとよく言いました。「ムント」は口、「テラピー」は治療で、口で治療するという意味ですが、口先だけで言いくるめるみたいなイメージということで最近はよくない言葉とされています。でも、ことばも大切な治療の一環だという認識が、大切です。
(2つ目の段落)これは患者さんやご家族が理解力がないと上から目線で言っているわけではなくて、医療従事者と患者さんやご家族では、医学的なことに関する理解力に差があるのは当たり前だということです。

理解に時間がかかったり堂々巡りだったりすると、説明する方もイライラしてきます。でもそこで、難解な医学用語で煙に巻いたり、早く切り上げようとすると、医療の満足度はぐんと下がってしまう印象があります。わかってないなと思ったら、同じ説明でいいのでしつこく繰り返して、聞く側がたとえ理解してなくても「よくわかんないけど、これだけ説明してもらったからもういい」と思うところまで、もう一踏ん張りする方が、よい結果につながる気がします。
ただし、理解力が不足していたり、思い込みが強かったり、誤解力が旺盛だったりすると、どれだけ説明しても理解してくれない人がいる。そういう時は、家族全体でまあまあ理解してもらったという状況を作るのがいいでしょう。
また、家族みんなが理解してくれない時は訴訟リスクが高いので、それなりの体制で医療機関も守りに入らざるを得ないこともあります。

(1つ目の段落)後半のスライドは、このような考え方で私が使ってきた言い方の例を、いくつか挙げています。
(2つ目の段落)この「ちょっとだけ先回り」が重要で、予測される事態を早くから何でも説明すると怖くなってしまうし、ことが起きてから説明するとただの言い訳になってしまう。これから数日間に予想されることをうまく説明できると「本当に言われたとおりになるんですね」と、信頼度がぐっと上がります。
(3つ目の段落)がんの場合には、老衰に比べて多くのことがかなりのスピードで進みます。その中で「これは自然な成り行きである」と思ってもらうためには、強力なお膳立てを強力にやったら「大変だ」と思われるし、さりげなくのんびりやっていたら追いつかない。そのさじ加減が「プロの技」かなあ。

これが、予想以上に反響の多かったスライド。
医師は「医学的にどれだけ正しいか」を説明しようとすることが多いが、それは患者さんやご家族にとって、大変残念な情報であることが多い。しかしそれでは対立しているとか、言い訳をしていると受け取られる場合もある。それを避けるためには「期待通りの結果にならなくて、医療側も大変悔しいし残念」と、同じ場所に立って同じ方向を向いて話をする方が理解が得られやすい、ということです。

どんな時でも、肯定的に評価する素材はあります。がんが進んできた時には、嬉しいことよりも嬉しくないことの方が多く起こりがちです。そういう時には、嬉しいことを拡大して取り上げて、嬉しくないことが相対的に小さくなるようにした方が、安定した楽な気持ちで暮らせます。上の段落のことばと下の段落のことばを、同時に同じ人に向かって言うなら矛盾がありますが、それぞれの場面で正しいならOKだと思います。

緩和ケアの現場で「この人に点滴をしても、辛いことが増えるだけなんだけど…」と思っても、点滴をして欲しい人の力に抗しきれずに、患者さんには「ごめんなさい」と思いながら点滴せざるを得ないことがあります。ここから3枚は、そういう時に「今の状況には点滴をしない方がいいんだな」と思ってもらうための説明です。

がんが進行してくると、理不尽なことがいろいろと起こります。特に若い人のがんが進んできた時には、耐えきれないほど理不尽だと感じることが少なくありません。
「がんがあると、歳を取るのが速くなる」というのは、そういう理不尽さと少しでも折り合いを付けて欲しいと思う時に、役に立つかなと思います。「この変化は元に戻せない変化」ということを説明するのにも、歳を取るようなものという説明は応用できます。「若返らせる医学ができれば、何とかなるかもしれないんですけどね」というと、医学の限界なんだとわかってもらえることが多い気がします。

これは割と最近使うようになったフレーズですが、「できていたことができなくなるのは、誰もが通る道。赤ちゃんの時と逆の道をたどるんだ」と思ってもらおうという魂胆です。

思わしくない経過や結果になった時に、医療従事者の力不足が原因だったことにすれば、誰も損をせずにみんなの気持ちが収まることがあります。「ギリギリだということは何度もお伝えしたつもりだったんですが、伝わりませんでしたかね」などと言うと、受け取り手(家族側)の問題だということになってしまって、ややこしくなります。ただしこの方法は、医療者の落ち度をいつもあら探ししているような人に対しては禁忌です。訴えられます。

経過を総括する時にも、できるだけ肯定的に評価することや、頑張ってきたとねぎらうことばを掛けることは、納得と満足を増やします。自分の人生に自信が持てるようになるのは、誰の人生にとってもプラスに働きます。過信は駄目ですが。

私は、命を終わらせてくれと10回以上言われたことがあります。これは非常に難しく重い問題なので、それぞれの人が自分なりの答を出すべきものかもしれませんが、このように話した場合には「そりゃそうだね。無理なこと言って悪かったね」と言ってくれる人が多いです。(発表では言いませんでしたが、それなりに気心知れた患者さんの場合には「そんなに急がなくても、大丈夫。そのうち迎えが来るから」なんて言っちゃったりもします)

まとめは、読んで字のとおり。
時間が足りな目で、発表はできるだけ短くということだったので、プリントを配っておいて発表では結構スライドを飛ばしました。ここでの解説は飛ばしてないので、こちらの方がずいぶんたくさんになりました。当日聞いてくださった方も、こっちの方が理解しやすいかも。
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ところで、研究会に先立って15時から世話人会がおこなわれ、長年世話人代表を務めてくださった小田切徹太郎北信病院院長(前信州大学麻酔蘇生学教室教授)から、新生病院の佐藤院長に代表世話人がバトンタッチされることになりました。
長野県は広い山国という地形の特殊性もあり、県内すみずみまで緩和ケアが行き渡るのには、いろいろな工夫が必要かなと思います。そのために役立つ自由な集まりとして、長野県緩和医療研究会がこれからも地道に力を発揮していければいいなと思います。
毎年今頃の時期(9月〜11月のどこか)で、研究会(学会形式の発表会・勉強会)をおこないます。来年は長野でないどこかでやるのがいいかなという話も出ていました。日程や場所が本決まりになったら、多分塩野義製薬を通してお知らせが回ると思いますので、興味のある医療従事者の方はぜひおいでください。