
毎年8月下旬から9月前半まで、松本で「サイトウ・キネン・フェスティバル」が開かれます。9月1日の夜、長野県松本文化会館大ホールに、4年ぶりにサイトウ・キネン・オーケストラの音を聞きに行ってきました。
今日の指揮はアラン・ギルバート。初めて聞きました。まだ40歳にならない若手ですが、曲の構成をはっきり提示する、まとまりの良い指揮をする人だと感じました。
前半のプログラムは次の2曲。
武満徹 弦楽のためのレクイエム
ヒルボリ Exquisite Corpse
今年は武満徹の没後10年ということで、さまざまなプログラムに武満作品が織り込まれています。「弦楽のためのレクイエム」は、武満が世に認められるきっかけになった作品です。私は現代曲にはあまりなじみがありませんが、年齢を重ねるにつれて楽しめるようにはなってきました。サイトウ・キネン・オーケストラは、武満作品を多く演奏していることもあるのでしょう、複雑で緻密な音の移り変わりを、おそらく武満の意図したとおりに、紡いでいきます。弦楽のためのレクイエムは武満作品の中でも楽しみやすいのかもしれませんが、心が洗われたような聞き心地でした。
ヒルボリというのはスウェーデンの作曲家だそうです。これも複雑で難解といわれる現代曲ですが、打楽器の活躍する場面が多くて、これまで聞いた現代曲に多かった私が不完全燃焼を感じる据わりの悪さがなく、聞き終わったときには気持ちよさが残りました。アラン・ギルバートが世界初演を指揮したそうで、当たり前ですが曲についてはとても良く知っているのでしょう。明快な指揮、明確な演奏でした。
後半はマーラーの交響曲第5番です。
これが聞きたかったんです。前半2曲が期待以上に良かったので、マーラーへの期待も膨らみます。
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聞き終わっての感想は、楽しかった。楽しかったけど、期待しただけのものは得られませんでした。理由は多分オーケストラ側じゃなくて私側にあるんですが、一番の原因は私の買った席が原因なんだろうと思います。

ステージから遠すぎた。県松本文化会館大ホールは非常に大きなホールで、天井が高いため空間の体積としてもかなりあります。席は2,000席もあります。残響秒数も変えられるようになっていますが、私のいる位置はほとんど残響が感じられず、音に包まれる感じがなく、ややさびしい直接音が、聞こえてくる音のほとんどでした。
A席15,000円にもかかわらず、2階の真ん中より1つうしろの席でした。ちなみに、通路を挟んで前の列は、2階でもS席です。このホールの私より前の2階席は反響音が私の場所に比べても多分遠くを抜けてしまうので、音の迫力としてはとてもS席とはいえないはずです。個人的な感覚としては、1階中心の本当に意図したとおりのバランスと音量で聞こえるところだけがS席として売られるもので、A席はそれに準じた聞こえ方をするところ、残りがB席で、天井桟敷のような端っこがC席という配置だと思ってました。今回のホールは半分ぐらいがS席になっており、良いS席と悪いS席の差は相当なものです。悪いS席に18,000円を払った人は、満足して帰られたんでしょうか。
まあそのへんはさておき、演奏はとても出来の良いものでした。座っていた位置では、ホール用につけたメリハリが直接届いて来すぎて、演出臭さに聞こえてしまうようなところもありましたが、響きの良い席ではちょうどいい感じだったんだろうと思います。打楽器は、特にティンパニが素晴らしかった。楽器はADAMSのようにも見えましたが、どこの楽器でしょうか。大太鼓は、多分ステージ上では鳴っているんだろうけど、2階の後ろまでは飛んでこなかった。メインの大太鼓よりサブの大太鼓の方が、今日のチューニングは成功していました。叩き方は素晴らしかっただけに、ちょっと残念でした。
かなり出来の良いマーラー5番だっただけに、この演奏に包み込まれてみたかった。いくらしっかりした音を出すオーケストラでも、遠くで鳴ってるのと包み込まれるのでは、気持ちよさが全然違います。特に4楽章などは、包み込まれると異次元に引きずり込まれるような気持ちよさがありますが、2階席では無理だった。でもS席を買っても2階の可能性があるんだったら、何席を買えばいいんでしょうね。
私事ですが、マーラーの5番は私にとって思い出深い曲の一つです。その昔、医者になりたての頃だから15年以上も前の話ですが、武蔵野赤十字病院という病院で研修医をしていて、すぐ近くにある国際基督教大学の学生を中心とした「Neo Ficta(ネオ・フィクタ)」というオーケストラにひょんなことから加えてもらえることになりました。このオーケストラで演奏した曲の中に、マーラーの5番があったのです。
この頃のネオフィクタは、特に木管が強力で、東京で音大を除いて一番うまいような人たちが集まっていました。音大学生以上の実力の人もいました。本番は新宿の厚生年金だったと思います。マーラーの5番の私の担当は大太鼓でした。当時大太鼓には凝りに凝っていたので、自分で作ったバチを含む5本ぐらいのバチで、その場面場面に合った大太鼓の音を作っていました。基本のチューニングは低い振動数でダーンではなくズーンに近い空気を動かすようなチューニングにしました。厚生年金も大きなホールですが、一番うしろの方で聞いていた私の兄弟の知り合いの人が、「大太鼓ってあんなにお腹に響くものなんですね」という感想を述べていて、心の中で「やった」と思ったものでした。
このネオフィクタには、私が入る直前までハープの吉野直子さんが参加していました。私が参加したときにはすでにプロになっていましたが、新宿には聞きに来てくれた記憶があります。偶然ですが、今日のハープは吉野直子さんでした。吉野さんのハープは素晴らしかった。素晴らしいテクニックでソリストとしての主張を持ちながら、ここまでオーケストラの一員になりきれるハーピストは、とっても貴重な存在のような気がします。
コンサートが終わってカーテンコールが続く中、アラン・ギルバートさんが拍手を止めて日本語で言いました。「今日は、征爾さんの誕生日です。」小澤総監督は1階の真ん中へんにいたらしく、呼んでも呼んでもステージに上がってこないもんだからアランさんが連れにいって、渋々小澤さんはステージに上がってきました。オーケストラは「ハッピーバースデー」を演奏し、会場のお客さんも合唱し、みんなで「おめでとう」の雰囲気に包まれ、演奏会は終了しました。
トータルではやや不完全燃焼。自分が演奏するのと上手な演奏を聞くのを比較すること自体が無理があるのでしょうが、この曲に関しては多少ヘタでもステージに乗っている方が、私は気持ちがいいのかも。