
8月10日(月)午後3時15分から、東京世田谷の国立成育医療センター(写真)講堂で、
3年前とほぼ同じメンバーのオーケストラが集結してコンサートを開きました。もちろん指揮も3年前と同じ大野和士さんです。

国立成育医療センターは、日本全国のこども病院の中心的な存在です。3年前の時は、練習は別の場所でやって当日朝に成育医療センターに集合しましたが、今回は前日練習にも本番と同じ講堂を貸していただきました。おかげさまで、本番につながる良い練習ができました。ありがとうございます。
参加しているのがどういうメンバーなのかは、
3年前にも書いているので省きますが、ほとんどが医師かその家族です。around50の医師ばかりなので、家族の中に子供たちも少しずつ加わってきています。孫の世代はまだいません。

演奏に加わらない子供世代にも、受け付け係や病棟に届くビデオ映像を操作する係などをやってもらいました。最初は少し照れくさそうでしたが、すぐに「プログラムです。どうぞー」と、来られたお客さんに元気よく声をかけていました。

このポスターが、病院のあちこちに貼られています。一番下には
「演奏中、お子様が声を出してしまうのが心配とおっしゃる方、どうぞ気になさらずにおいで下さい。お子様が小さいので演奏会に行けないお母さま、お父さま、どうぞ生の演奏を聞きにいらして下さい」と書いてあります。これこそがこのコンサートの本質を言い当てていると思います。
ポスターの一番上には「大野和士のこころふれあいコンサート2009
with 全日本医科・大野和士キネン・オーケストラ」と書かれています。大野さんは、以前にこのブログでも
ご紹介した月刊ミセスの記事にもあるように、昨年も今年も
“音楽会場に来たくても来られない。けれども本当に音楽を必要としている人たちのもとに届けたい”という思いを実現するために、日本中の病院などを回って音楽を届けています。
今回の私たちのコンサートは会場が小さく、公表してしまうと騒ぎになって成育医療センターにも子供さんたちにもご迷惑をかけてしまう心配があるためか、「大野和士のこころふれあいコンサート2009」の
公式プログラムには含まれていませんが、オーケストラのメンバーみんなが大野さんと同じ気持ちでコンサートに臨みました。
まずは午前中、磯崎陽一先生(新日本フィルハーモニー交響楽団元コンサートマスター、浜松医科大学管弦楽団音楽監督)の指導で、練習をしました。この時間、大野さんとお二人の歌手は、別の病院で「こころふれあいコンサート2009」を開いていたようです。午後1時過ぎから大野さんが戻ってきてゲネプロ(本番前の通し練習)をして、準備は完了。ちょっと不安はありますが、あとは本番の「火事場の馬鹿力」に期待。
☆本番前に、ちょっと打楽器閑話☆
私はこのオーケストラで打楽器を担当しています。今回叩くのは、ティンパニ、小太鼓、シンバルと小物少々、それからこれまで見たことも触ったこともない「タイゴング」という楽器。

これがタイゴングです。プログラム最後の曲「蝶々夫人」で使います。どんな楽器かというと、音程のある「ドラ」ですね。楽譜の音程に合わせて、7種類のゴングがぶら下がっています。もちろんレンタルで、打楽器専門のレンタル会社「プロフェッショナル・パーカッション」からお借りしました。1個1個手作りで、かなり音程のずれているのが2つほどあったりして、気持ちよく叩けなかったのがちょっと残念。
蝶々夫人は日本を舞台にした話ですが、作曲したプッチーニは、日本の鐘は音階が叩けるものだと思っていて、この楽譜を書いたという噂もあります。ちなみに蝶々夫人がどんな話かというと、wikipediaによれば
「基本的には、アメリカ海軍士官ピンカートンに騙されて弄ばれた挙句に捨てられ、自殺する気の毒な大和撫子の話。」だそうです。あらら、身も蓋もない。

ティンパニです。スターウォーズでは、たくさんの音程が次々に出てくるので、叩くのだけでなく音程を変えるのも大忙しです。でも!30インチ、28インチ、25インチ、22.5インチの4つでは叩きにくいことがわかって急遽「22.5をやめて25にしてもらえますか」と頼んだら(末次先生、川瀬先生、直前にお手間を取らせてすみません)OKどころか当日は22.5も持ってきてくれて、計5台に。5台あると音変えがものすごく楽でした。その分、ただでさえ狭いステージがさらに狭くなってしまいましたね。すみません。

もう一つ今回個人的に大変だったのは、ウイリアム・テル序曲のシンバル。曲の終盤、すでに200発以上叩いてだいぶ疲れた頃に、約3秒間で17連発叩くところがあります。軽めのシンバルを選びましたが、それでも両方あわせて4kgという重さ。練習してみたところ、想像以上に腕力を必要とすることがわかり、まず体力作りを頑張ってみました。その後で練習したら、叩いているうちにグラグラして面が合わなくなり「シャシャシャシャ」と鳴るはずが「ガシャガシャ」になってしまったり。なかなか練習場所が確保できないので、週2〜3回人里離れたところに車を止めて、その中でカーステレオをガンガンかけながらそれに合わせて練習。甲斐あって本番までには腕力も持久力もちょっと余裕ができました。
シンバルは中学の頃から叩き続けているので、ちょっとこだわりがあります。たとえば今回のウイリアム・テル序曲でいえば、1分間に140くらいのテンポで叩き続けるところで、楽譜通りに1音1音休符で音を止めています。それだけではなく、音の終わりが無愛想にならないように柔らかく音を止めたり、会場の性質に合わせて床に向けずに空中に向けて音を出したり。ただバシバシ叩いてるように見えるかもしれませんが、工夫すれば工夫するほど音楽が良くなる、やりがいのある楽器です。
☆閑話休題☆

午後3時15分から本番です。会場はお客さんで満員。車椅子の子供やベビーカーの子供、お母さんに抱っこされた子供もたくさん来てくれました。後は出演者の家族とか特別にお声をお掛けした方たちも。
(できたらもっとたくさんの方に聞いていただきたい気もするんですが、会場も狭くあまりオープンにはできなくてすみません)
<今回のプログラム>
J.ウィリアムス作曲 スターウォーズ「メイン・タイトル」
ドボルザーク作曲 交響曲第9番「新世界より」第2楽章
ロッシーニ作曲 「ウイリアムテル」序曲より
「静寂」と「スイス軍隊の行進」
ロジャース&ハマーステイン2世
「サウンド・オブ・ミュージック」組曲
ヴェルディ作曲 「椿姫」より「花より花へ」
ヴェルディ作曲 「リゴレット」より「女心の歌」
プッチーニ作曲 「蝶々夫人」より
「かわいがってくださいね」
前半の4曲がオーケストラの演奏、後半の3曲がオペラの曲です。他の「大野和士のこころふれあいコンサート2009」では、オペラなどの曲に大野さんがピアノ伴奏をしていますが、今回は私たちのオーケストラが一緒に演奏し、大野さんが指揮します。
最初は勢いよく「スターウォーズ」。子供たちが泣いてしまうんじゃないかという大迫力でしたが、誰も泣いてませんでした。曲の出来は良かったような気がするんですが、自分の仕事(ティンパニ)が忙しすぎて、よく聞いてませんでした。

本番の出来がどうだったのかは、DVDができてきたら聞いて確かめようと思います。この人は、舞台の袖のところでDVDの素材を撮影してくれている人です。今回はなんと、固定カメラの他にハンディカメラ2台(多分。もっとかも)、音はマイクを高いところに立てて録音するという、本格的な録り方をしてくれています。早くできてこないかなー。わくわく。

大野さんの「こころふれあいコンサート」では、大野さんの話も楽しみの一つです。今回は今回だけのスペシャルプログラムですが、普通に考えれば脈絡のない「スターウォーズ」→「新世界」→「ウイリアム・テル」→「サウンド・オブ・ミュージック」を、話で見事に一つの流れにまとめてしまいました。ウイリアム・テル序曲では曲の隙間に弓を射る格好をして、チェロ奏者の頭の上のりんご(の形の風船)を割って見せたり、サウンド・オブ・ミュージックの前には、途中に出てくる「ドレミの歌」をみんなで歌って惹き付けたり、細部まで気配りの行き渡ったコンサートです。
後半3曲は、小林沙羅さん(ソプラノ)、与儀巧さん(テノール)が加わって、オペラの有名な曲を聞いていただきました。もうこれが何と表現していいかわからないくらい、素敵な時間でした。
一曲目の「椿姫」の「花から花へ」は、ソプラノの
小林沙羅さんが主に歌います。かなり難しい曲ではないかと思うんですが、難しさを感じさせない、見事な歌いっぷり。高いD♭の音も力まず、細かい音の動きも一つ一つが正確で安定していて、声量も声質もほれぼれしてしまう素敵さ。加えて美しい。こんな素晴らしい人と一緒に音楽を作れるとは、なんて幸せなんでしょう。
アマチュアのオーケストラはたいてい、ソリストと合わせるのは得意ではありません。まして、ピアノなどは合わせる機会がたまにあっても、歌と合わせる機会は非常に少ないので、合わせる前は「うまく合わせられるだろうか」と不安でした。しかしその不安は「大野マジック」ともいわれる、魔法のような大野さんの指揮で、本番までにすっかり解消されました。歌手と大野さんの息がピタッと合っているのにもびっくりしましたが、ツボを大野さんが説明するだけで音楽が見事に流れ始めるのは、本当に魔法を見ているようでした。
2曲目の「リゴレット」の「女心の歌」は、テノールの与儀巧さんが歌います。とっても有名な曲で、テノールの魅力が存分に発揮されます。与儀さんのテノールは、音程が正確なことや声量がしっかりしている上に、テノールらしい声の張りと艶が乗っています。その上かっこいい。小林さんといい与儀さんといい、天は二物を与えるんですね。
3曲目は、「蝶々夫人」の「かわいがってくださいね」です。最初はバイオリンのソロに乗っていたソプラノは、気持ちの移ろいを表すようにさまざまな調性に乗り換えながら、後から加わるテノールと次第に厚くなるオーケストラの音とともに、いくつかの盛り上がりを乗り越えながら、重厚なハーモニーを織りなしていきます。蝶々夫人がこんなに素晴らしい曲だというのは、今回初めて気がつきました。
「いつまでも聴いていたい、いつまでも演奏していたい」という気持ちの中、プログラムは全部やり切ってしまいました。楽しい時間の過ぎるのは早い。
しかしこれでは終わりません。アンコールもちゃんと用意しました。ワイングラスに注がれた紅色の液体が出てきて、歌手の2人がそれを持って、アンコール1曲目は有名な「乾杯の歌」(椿姫)です。(紅色の液体は、ワインじゃなくてブドウジュースだそうです。本当かどうかは知りません)
アンコール2曲目は、3年前のコンサートでもやった「トランペット吹きの休日」です。前回も「速っ!!」と思ったのに、今回はそれに輪をかけて速い! でもすでに慣れてるせいか、覚悟してるせいか、最後まで崩れません。
万雷の拍手に包まれて、コンサートは終了しました。聞いていた人も、演奏する側の人も、みんなが幸せな笑顔でした。指揮者の大野さんにも、歌手の小林沙羅さん、与儀巧さんにも、大きな拍手が送られました。そしてオーケストラが退場する時にも、たくさんの拍手をいただきました。
昨日の朝、合奏を始めた時には、「これで本当に明日の午後、演奏会ができるのだろうか」と感じる部分もあったりしましたが、ここに来るまでにメンバーそれぞれが、漲る気合いで個人練習を重ねて来ていたのだと思います。それに「大野マジック」(+大野さんと、このオーケストラの相性の良さもある?自惚れ?)が加わって、本番では見事な演奏ができたと思います。多分。
<打ち上げ>
今回も成育医療センター最上階の展望レストランを貸していただき、5時半頃から打ち上げです。

少ししたら、大野さんと小林沙羅さんと与儀巧さんも来られて、正式な乾杯(非公式には何回かすでに済ませていたり)です。
与儀さんはお忙しくて早々に帰られましたが、大野さんと小林さんには感想を述べていただきました。

(大野さん)
「皆さんどうもありがとうございました。3年前とは違って昨日と今日2日間だけでしたけれども、それはそれなりにすごーく質の高い時間を皆さんと過ごせたことを、大変心から喜んでおります。そして、これはいつも申し上げたいことなんですけれども、皆さまがお医者さまであられて、毎日の激務の中で、練習の時間を見つけていただいて、非常に立派な形で昨日臨んで下さったことに関して、本当に尊敬の気持ちで一杯です。そして今日はその気持ちの一部分でも表したいと思いまして、客席の方々だけではなくて、皆様方へもできるだけの心を私の方から届けさせていただいた次第です。」「又の機会を楽しみにしておりますので、皆様のご健康をお祈りいたしまして、再会を期したいと思います。」
前回はオーケストラから万年筆をプレゼントしましたが、今回は「いつまでも健康で活躍していただきたい」という気持ちを込めて「人間ドック券」を贈らせていただきました。貴重なお休みを、ゆっくりしながら胃カメラ飲んでいただいたりする(逆に難行苦行?)予定です。

(小林さん)
「今回、本番歌ってまして、最後の方ですごい、幸せな気分になってしまって、『ああ、私幸せ』ってすごく感じた瞬間があって。いつもの本番では『次の歌詞はこうだった』とか『ここでこう動かなきゃ』とか色々考えていると、幸せを感じてる余裕なんてあんまりないんですけど…、今日は多分、皆様が後ろですごい幸せそうな顔で弾いてるんですね。だからちょっと振り向くとすごい幸せな顔が見えて、お客様にも伝染してお客様もものすごい楽しそうに聞いてらしたので、間に挟まれてそのパワーをもらって、すごい幸せな気分で歌わせていただいて、私も新鮮でした。皆さんに『ありがとうございました』とか言っていただくんですけれども、こちらこそ、本当にありがとうございました。」
幸せだったのはオーケストラのメンバーも一緒で、歌と一緒に演奏をしている時に涙がこぼれたという人が、たくさんいました。この幸せが、聞いてくれた方たちとも共有できていたら、これ以上の幸せはありません。

大野さんが帰る時、成育医療センターの加藤総長とばったり一緒になり、記念写真。今回も成育医療センターには全面的にご協力いただき、素晴らしいコンサートができました。本当にありがとうございました。
かかわった人すべてがお互いに「ありがとう」と言えるできごとというのはなかなかないと思いますが、今回はそのなかなかない出来事だったような気がします。そう感じられるのも、大野さんの「本当に音楽を必要としている人に音楽を届けたい」という気持ちを、みんなが共有できたからではないかと思います。
このような貴重な機会を準備して下さった皆様、特に連絡も楽譜集めもコピーも発送も楽器の手配も一手に引き受けて下さった川瀬先生には、いくら感謝しても感謝しきれません。また、大野さん、小林沙羅さん、与儀巧さん、オーケストラの皆さん、一緒に音楽を作る時間を過ごせて、本当に幸せでした。
3年前には「このような場所にいられるなんて、一生に一度でも幸せすぎる」と思った出来事の2度目があるなんて、それなりに頑張ってきた人生のご褒美としても、贅沢すぎるかなと思います。次の機会があった時には、また今回以上に万全な準備をして臨めるように、他の参加者の皆さんも「医者の不養生」には気をつけてお過ごし下さい。
ありがとうございました。しばらくはこの幸せだけでも生きていけそうです。