民間病院の中では「勝ち組」と見られている、千葉県鴨川市の亀田総合病院。そこの院長が、日経ビジネスの編集長インタビューに答えている。勝ち組は負け組に「負けてるお前らが悪い」ということも多いが、今回は違った。
記事は次のとおり。かなり長いです。
日経ビジネス 2009年7月6日号
医療特集「医療崩壊」のウソ マネジメントが危機を救う
http://business.nikkeibp.co.jp/nbs/nbo/base/latest.html
編集長インタビュー
亀田 信介氏[医療法人鉄蕉会 亀田総合病院院長]
官僚支配の医療と決別を
診療報酬の引き下げで自治体立から民間病院までが赤字に。補助金依存の医療になった背景には、官僚支配・天下りの構図がある。
真の医療費総額の透明化が第一歩、と語る。(聞き手は本誌編集長、寺山正一)
問
医療崩壊と言われる現状をどう見ていますか。
答
原因は急速な長寿化です。日本人の平均寿命は戦後しばらくたっても60歳でした。それが今は80歳を超えています。たった50年の間に20年も伸びたわけです。平均寿命が60歳の時に作った社会システムが、90歳になったら機能しないのは当たり前です。年金も税制もそうです。その典型的な例が医療だということです。
1年間に使われる医療費を年代別に見ると、15〜44歳の生産年齢層は平均10万円ですが、75歳以上は82万円です。これには介護費用は含まれていません。高齢者は生産年齢層の10倍の医療資源を食うということです。日本の総人口は減少し始めていますが、高齢者はまだまだ絶対数が増え続けます。10倍の医療資源を食う人口が増え、それを支える人口は減るのですから、もはやこれまでの仕組みでやっていけるはずがないのは、誰の目にも明らかです。
問
医師数や医療費の不足が社会問題になっています。
答
人も圧倒的に足りないし、お金を使っていないのも確かです。しかし、今の制度のままで、ただ人やお金を増やせばやっていけるのかというと、それは無理です。
都立病院は補助金で黒字
問
そうした状況で、国は医療費抑制政策を取り続けてきました。
答
診療報酬と薬価の改定率を合計すると、2002年度以降毎改定ごとに、0.8%から3.1%も下がっています。もうあらゆる形態の病院は経営が成り立たないところまできています。例えば、東京都立の病院は、医業収入から医業費用を引いた純粋な医療機関としての収支は、2008(平成20)年度の予算ベースで426億円の赤字です。医業収入に対する医業費用の割合は145%。つまり45%以上値上げをしない限り、本業で黒字にならないという意味です。ところが最終的な収支は6億円の黒字なのです。東京都の一般会計の負担金や補助金があるからです。
問
補助金で穴埋めしているというわけですね。
答
はい。構造は千葉県立やその他の自治体立の病院も全く同じです。千葉には7つの県立病院がありますが、医業収支は100億円を超える赤字です。県の一般会計や補助金が出ていますが、それでも18億円の赤字が残っている。それはすべて累積赤字としてたまっていきます。
自治体病院など公的病院は、診療報酬以外に一般会計などからの繰り入れをしています。簡単に言えば、医療費抑制政策で診療報酬が減った分、一般会計から繰り入れを増やさざるを得ない。だから財政基盤の弱い自治体の病院閉鎖が相次いでいるのです。病院を守ろうとすれば自治体の財政が破綻する。自治体の財政を守ろうとすれば病院は維持できない。本音では病院経営をやめたいと思っている自治体が多いのです。この一点を見ても、診療報酬制度だけでは、今の医療が成り立っていないことが明白なのです。
問
ところが公的病院の人件費は民間よりも高いとか。
答
住民の税金で支えられている公的病院が、実は民間病院の経営を圧迫しているのです。一例を挙げれば、公的病院の給与は一般的な民間病院よりはるかに高いのです。試算では、自治体病院の看護師の年間給与589万円に対し、民間病院は502万円です。准看護師に至っては682万円対479万円です。自治体病院で看護師と准看護師の給与が逆転していますが、これは労働負荷の低い准看護師の方が勤続年数が長いからです。公務員は勤続年数が長ければ給与は上がっていく。この給与格差のために、民間病院は看護師の採用で不利になっているのです。
問
民間病院の経営も苦しくなっていますか。
答
医業収入の赤字を補助金で埋める構造は、実は民間病院についても共通しているんです。全国公私病院連盟の資料によると、医療法人や個人、公益法人、社会福祉法人などを合わせた「私的病院」の病床100床当たりの収支は、2008年6月時点の集計で赤字になりました。前回の2006年6月までは黒字だったのです。私ども亀田総合病院を含め民間病院は様々な補助金を受け取っています。ついに補助金なしには経営ができないところまで追い詰められました。
さらに民間病院の場合、キャピタルコスト、つまり病院建設に投下した資本のコストも考えなければいけない。病院の用地取得や病棟の建設には、非常に大きな原資がいります。民間病院ではほとんどの場合、自分たちがリスクを負って資金調達しています。
ところが、公的病院のキャピタルコストは多くが公共事業費で賄われています。本来は病院を作るコストも医療費で、診療報酬の中で回収していくのが筋です。それなのに、今の制度では全く計算に入っていない。一般会計からの繰り入れや補助金など税金としての支出、キャピタルコストまで加えた本当の意味の医療費がいったいいくらかかっているのか、今の日本では誰も知らないのです。
官僚の狙いは「天下り」
問
民間が補助金に頼らざるを得ない、というのはおかしいですね。
答
本来、きちんとした運営が行われれば本業の収入で組織の継続が可能であるべきです。医療全体にかかっている真の医療費を把握して、それを補助金ではなく、診療報酬にすべきなんです。
問
なぜそうしないのでしょう。
答
答えは明らかです。官僚支配、天下りです。世の中の多くの問題と同様、すべてはそこに通じます。補助金が増えれば官僚の権限が大きくなり、天下りが増える。様々な第三者機関ができていますが、多くが天下り先になっている。天下りを受け入れない機関はそもそも認可されないのでしょう。天下りほど医療費の無駄遣いはありません。こういうものを削るのがまず第一歩でしょう。
現在のシステムは限界
本業で黒字になる制度を
医療費総額を洗い直せ
問
医療崩壊への処方箋はあるのでしょうか。
答
医療経済システムと病院経営システムと医療提供システムの3つを同時に改革することでしょう。医療経済システムの改革は、現段階で医療にかかるすべてのお金をすべて把握することから始まります。土建国家型の公共事業費として病院建設に使われているものから、自治体の一般会計予算として病院の赤字補填に使われているものもすべて合わせた額です。そして本当に財源が足らないかを検証する。
問
すべてを一元管理して効率的に再配分したら、成り立ちますか。
答
かなりやれるでしょうね。効率性と透明性を確保して、それでも足りないとなったら、消費税を上げるとか、寄付税制を見直すとか、余力のある患者様の負担を増やすとか、新たな財源を考えればいい。
問
病院経営システムについては。
答
公的病院の経営構造が民間と比べて非効率なのは、既にお話しした通りです。非公務員型の組織に移行した方が、働いている人のモチベーションを上げることもできる。それなのに現実は逆になっています。病床が90%埋まっていて、全員が週60時間以上働いているにもかかわらず赤字で、官僚から補助金をもらわなければ自分たちの理想の医療ができない。何でも官僚にお願いしなければ成り立たなくなっているんです。それはどう考えてもおかしい。
自治体病院などを民間組織にスムーズに変えるための制度も早急に作る必要があります。例えば、今のルールでは民間組織に変えるには一回解散しなければならない。そのためには退職金を清算する必要がありますが、退職金を引き当てている自治体病院は少ない。退職金の清算などをする基金を創る必要があります。
問
医師の地域偏在や診療科の偏在が指摘されています。医療提供の仕組みはどう変えていくべきでしょう。
答
医療崩壊、医療崩壊と嘆いていても仕方ありません。最善の抵抗をするしかないのです。米国にはIHN(統合医療ネットワーク)という考え方が広がっています。広域医療圈を作ってマネジメントを効率化する手法です。その日本版をやって、地域医療を守っていくしかありません。医療資源を広い地域で集約するわけです。広域医療圈を作り急性の治療をする病院、外来手術センター、検査センター、介護施設などと機能ごとに集約するのです。
その場合も自治体立の病院は障害になります。例えば市立病院の場合、市の境を超えて隣の市民の医療拠点になるという決断がなかなかできない。市民の税金で赤字を補填しているわけですから、税金を払っていない別の市の住民になぜ税金を使うのか、と市議会で問題になります。
公的病院の民開化で
医療者の意欲引き出す
政治のリーダーシッブ必要
国にはやるべきことがある
問
国は何をすべきでしょう。
答
政策医療と呼ばれる分野は国が支援する必要があります。救急医療や小児科など、国がセーフティーネット(安全網)として必要だと考えるものについては、病院に委託して人件費など一定額を給付すればいい。本来は民間に任せておけばよい部分に口出しをして、国としてやらなければならないことを放棄しているのが現状です。
問
医師や看護師などのモチベーションが上がる仕組みが大事だということですね。
答
競争という言葉を嫌う医療者が多いのですが、適正な競争原理が働く、医権者のモチベーションが働く仕組みを作ることが大事だと考えています。官僚支配から脱却し、無駄を排除して、平均寿命90歳社会に耐えられる医療制度を作らなければいけません。そのためには政党や派閥、縦割り行政にこだわらない強力な政治のリーダーシップが必要です。それには首相公選制などを導入して、強力なリーダーに改革を委ねるしかない。最近はそんなことまで考えています。
亀田信介(かめだ・しんすけ)氏
1956年生まれ。82年岩手医科大学医学部卒業。同年医師国家試験合格。順天堂大学医学部付属病院整形外科、東京大学医学部付属病院整形外科を経て、88年亀田総合病院副院長。91年院長に。亀田家は江戸時代から続く医者の家系で現在11代目。4人の兄弟で病院を支える。品質の高い医療を目指した先進的な病院経営で知られ、各種病院ランキングで常に上位に。千葉県鴨川市にありながら、高層の病棟やヘリポートなどを備え、1日平均の外来患者も3000人に達する。
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傍白
亀田院長の言葉を文字で読むと、理路整然と問題点を指摘しているドライな印象を受けるかもしれません。しかし、現実にお話をうかがっていると、こみ上げる怒りを抑えられない強烈な問題意識がひしひしと伝わってきました。
「民間にできることは民間に」任せたはずの小泉改革が、皮肉なことに「民間にはできないから官がやる」全く逆の結果をもたらしている。
浅田次郎氏の小説『天国までの百マイル』で、中年男の主人公が心臓病の母を救うためにワゴン車で駆けつけた病院は、亀田病院がモデルになっています。その優良病院の温厚な院長の怒りを、真摯に受け止める必要があるのではないでしょうか。
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(記事ここまで)
亀田総合病院は千葉県の太平洋側の鴨川市にある1000床規模の大病院である。都心からは大きく離れており、はっきり言ってそれほど立地条件が良いとはいえない。そこに、人が集まる仕組みを常に考え続け、質の高い医療を提供し続けて、地域の一大産業になっている。民間病院の中でも「勝ち組」病院の一つである。
亀田総合病院が上手くいっている理由には、外来部門を「亀田クリニック」として病院と分けるなどの、公立病院には認められていない手法を用いていることもある。ここにはもちろん、経済界の人がよく叩く「病院よりクリニックの方が同じことをやっていても収入が多い」仕組みが活かされている。公立病院は税金で赤字を穴埋めできる反面、クリニックを併設するなどの民間に認められた手法は禁じられており、亀田のやり方を羨ましく思ったこともあった。また、亀田はそれなりに規模拡大によるコストパフォーマンスを追求できる環境にあり、多品種少量生産を強いられる地域ではコストパフォーマンスの悪さではかなわないなとも感じていた。
そのような勝ち組民間病院のトップが医療について論じると、時として「公立病院は税金の補填があるだろう。うちにはそれがないのにちゃんとやっているんだ。同列に論じるな」とか「民間病院の中で経営が傾いているのは、経営が下手か経営努力が足りないから」などの「勝ち組の理屈」になりがちだ。ところが今回の亀田院長の話はそれと異なり、(タイトルのつけ方はもう少し何とかならないかと思うが)医療全体が危険水準まで来ていて、生き残るために官僚のいいなりにならざるを得ない状況に警鐘を鳴らしている。
たとえば
「もうあらゆる形態の病院は経営が成り立たないところまできています」という表現は、これまで勝ち組病院のトップから聞かれることはほとんどなかった。また
「医業収入の赤字を補助金で埋める構造は、実は民間病院についても共通しているんです」というのも、あまり公言されることはなかった。民間勝ち組病院のトップの何人かに個人的に話を聞いた時、「取れる補助金は片っ端から狙って取っている」と皆言っていた。そのような戦略がなければ負け組に転落するということは、ひっくり返せば記事中にもあるとおり「官僚の言いなりになっている」ということでもある。
病院の建物の減価償却分なども含めて、医療経済にいくら必要なのか
「現段階で医療にかかるすべてのお金をすべて把握」するというのは、1年ちょっと前に慶応大学の権丈先生が
「医療政策には見積書が必要」といわれたのと同じ意味だ。必要なお金を、医療を必要とする人の数、治療に必要な薬剤や機材などの材料費、それを提供するのに必要な人数と人件費、提供するのに必要な建物の減価償却費や運営費などすべてを合計して、どこからどういう費目でいくら出すのかを決めないことには、適正な医療配分などできるはずがない。今は誰もそれをしていないで、経済界は「とにかく抑えろ」、医療側は「とにかく増やして」と言い合っているような状態である。
土建国家の再建を目指すなら、すべてを正しく積算した後の費目配分で、病院建築費用や検査機器購入費用などは全部公共事業にすることにすれば良い。そうすれば(見かけ上の)医療費は抑制されて、(見かけ上の)公共事業費は復活したことになって、喜ぶ人は多いのではないか。今回麻生内閣で決定された経済対策14兆円は、道路や箱ものにおよそ半分がぶっ込まれる「バラまき」である。そのうちちょっとでも「医療の箱もの」に振り向けてくれればずいぶん助かるのに、現実は正反対で、以前は「バラまき」の予定で豪華に作られた建物の借金まで、独立行政法人化や民営化した病院にのしかかってくるひどい仕組みになっている。
需要から算出される見積もり通りに作った病院であれば、閑古鳥が鳴いて廃墟になってしまう心配もないし、不必要に豪華に作って「箱もの」と批判されることもない。見積もりがないままでは、いつまでも議論は噛み合わない。今医療を含む社会保障に関して最も急いですべきなのは、できるだけ正確な見積もりを積み上げることかもしれない。見積もりを取るには現場の協力が欠かせず、現場の私利私欲を排除できるかどうかは問題として残るが。