駱駝みたいまつげに雪が乗っかっているよあなたを伝説にしたい 雪舟えま
「駱駝みたいまつげに雪が乗っかっているよ」は、いわゆる直喩表現だけど、単なる「あるある」による見立てではなく、もっと比喩元の「駱駝」と比喩対象の「まつげに雪が乗っかっている」「あなた」に交歓のあるフレーズといえるだろう。「駱駝みたいまつげに」まで読むと長いまつげが印象づけられるが、「雪が乗っかっているよ」で一瞬混乱する。ラクダは乾燥地帯の動物で、雪とは結びつきにくいからだ。しかし、「まつげに雪が乗っかている」「あなた」のイメージが「駱駝」に逆に照射され、「駱駝」のまつげにも雪が乗っかる。さらに、そのイメージが「あなた」に再び戻ってきて、長いまつげに雪が融けのこっている情景以上に、あなたがどこか居場所を間違えているような存在であることを伝えてくる。そんな「あなたを伝説にしたい」。ただ、「あなた」をそんな特別な存在だと思っているのは案外、主体だけな気がする。わかりやすく孤独然としている人だったら、もっとかっこいい動物で喩えるべきだろう。どこかユーモラスな(もっと言えば間抜けな印象がある)ラクダで喩えられるような人に、「あなたを伝説にしたい」というのは大げさで大雑把で少し笑ってしまう。でも、この蛮勇は、主体の利他性(「伝説の恋人になりたい」とかでは決してない)が、一般的な聖性や母性に回収されることを拒む。笑うのは馬鹿にしているからではない。他ならぬ主体の他ならぬ「あなた」への好意を読者として好ましく思うからだ。
(雪舟えま『たんぽるぽる』短歌研究社、2011年)

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