2009/1/4

忙中閑あり 第2回  投稿ストーリー

「古川、古屋。お前らもう呑まんのか」
後部デッキの方からスルメをくわえ、バーボンか何かの入ったボトルを片手に海軍中尉があらわれた。足もとがおぼつかない様子だ。
「だれかさんほどではありませんが・・・・」
「古屋上級海軍曹長どの。わたしはまだそれほどいただいておりませんが?」
「ダメですよ中尉。足もとがふらついているじゃありませんか」
「古川准尉どのまでそんな事をいうのでありますか?。わたしはきちんと立っております。揺れているのはこの船ですよ」
「このベタ凪によく言うよ」
この日の湖上に風は無く、湖面は一枚の鏡のように春の日差しを反射させていた。
「艦長にとってはこの凪は何よりでしたね」
「ああ。しかし、俺なんかはこう波が穏やか過ぎるといま一つ船に乗ってるって気がしないがね」
吉川中尉が二人の間に割って入りながら言った。
その彼に古川が訪ねた。
「ときに中尉。艦長がこんどの『戸隠』に乗るのを辞退したってのは本当ですか?」
「早耳だなあ。まぁ、俺も詳しい事は聞いちゃいないんだがね。どうやら本当らしいな。それで、デスクワークの方に回されそうになったらしい」
「理由はやっぱりアレですか」
古屋曹長が新しい酒を中尉に注ぎながら尋ねる。
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彼らの前上官は、日本列島防衛海軍始まって以来の士官であった。
なにせ海軍に席を置きながら、まったく船という乗りものが苦手なのである。
CODE1995時、観艦式中にただ一人船酔いで医務室に運ばれたというエピソードも伝わっている。
その際に艦隊司令より皮肉とも叱責ともとれる言葉を賜った時、
「私は海中艦の指揮官です。海の中はあんなに揺れませんから」
と答えたというオチまで付いている。
「その件については一度副長が話をしたことがあるそうだ。船酔いするのに何で海軍に留まるのかって、な」
「宇宙や空じゃ自力で飛べないから落ちたら怖いし、銃やらなんやらを担いで走りまわるにゃ元気がない。おおかたそんなところでしょう」
「だいたいそんな所だ。お前、上官をよ〜く把握してるじゃないか」
2人の冷やかな目線が中尉に注がれる。
「・・・本当ですか」
「あ〜、でも船は沈みますよ」
古川准尉が笑いながら聞く。
「艦長は泳ぎだけは得意なんだそうだ」
「数百メートルの海中でも?」
三人は笑い出してしまった。

<つづく>
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2009/1/3

忙中閑あり 第1回  投稿ストーリー

会員K・Yさん投稿の琵琶湖要塞外伝です。
数回に分けてお届けします。

琵琶湖に確実な春の訪れを告げてくれるのは、東に連なる伊吹山地の残雪たちである。
湖南は瀬戸内型の気候をしめすこの琵琶湖も、その湖北―これら伊吹の山々においては日本の深雪地帯の南西端にあたり、平均積雪が3mにも及ぶ。ゆえに琵琶湖の本当の春は、伊吹山地に春が届いたときだ、といわれるのである。
その今まで白かった頂きが緑に萌える時、昔から人々の心にも命の、生きることへの喜びを運んで来てくれるのである。
琵琶湖の春はそういう春である。
こと、戦いを前にした若者には、その春の訪れは新鮮だった。
「海もいいけど、あの山の上を飛んでみたいなぁ」
真新しい海軍准尉の襟章を付けた若者が独り言のようにつぶやく。
「そうですね。空もたまにはいいんでしょうね」
と、傍らの若者が受ける。
「次の非番がいつになるかわからんが、偵察部隊の知り合いに頼んで飛んでみるか」
「そんときは、わたしにも声をかけてくださいよ」
CODE1997の開戦まで、あと3週間と幾日かに迫ったこの日、列島軍兵士たちは開戦前最後の休暇をとることが許された。
わずか二日間の休暇であったが、覚醒してすぐに睡眠学習と新しい所属部隊においての訓練に追われた隊員たちにとっては、なによりのプレゼントであった。
長浜沖に浮かんだこの連絡用警備艇『ちどり』では、前CODE1995終戦近くに散ったミサイル巡洋艦『戸隠』の主だったメンバーが、言葉巧みに要塞直衛軍からチャーターした艦上で船上パーティーと洒落こんでいた。

<つづく>
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