2016/6/7

1枚の絵☆  

昨日は待てど暮らせど

    ブログの工事中

(今日はようやく写真の貼り付けも出来そうです

昨日ある方からお電話を頂き、かいつまんだ内容は

ルノワール展に行った時に「狆」のような葉書があり・・・

   あれは「狆」でしょうか


  「ルノワール」が「狆」の絵を描いていたなんて

ママも全く知らない未知の世界のお話でした


「ルノワール」と言えば

 1841年〜1919年(日本では天保12年〜大正8年)

 江戸・明治・大正にかけてのまさに激動期


そもそも何でこの絵が世の中に出てきたのでしょうか

アメリカマサチューセッツ州西部のウイリアムズタウン

ニューヨークやボストンから車で約3時間ほどのこの緑豊かな地に

  「クラーク美術館」はありました


ロバート・スターリング・クラークと妻フランシーヌ夫妻の高い「審美眼」によって集められた

 ルネサンス〜19世紀末までの欧米の

絵画・工芸品等500点以上の作品が集められた美術館です


このクラーク氏の祖父は

  かの有名な「シンガーミシン」の創始者

幼い頃から素晴らしい絵画とともに育った「クラーク氏」


33歳の時にアメリカ陸軍将校としてフランスへ

パリの舞台女優であった「フランシーヌ」と出会い

「クラーク&フランシーヌ」は毎日のようにフランスの画廊を回り

世界の傑作絵画の収集をしたのでした。

「人生を美しく生きる幸せ」のための収集


なかなか私的美術館でもあり、海外にその作品が紹介される事も少なかったようですが

日本にも「クラークコレクション」としていくつかの作品がやって来ました。


彼の収集の中には「ルノワール」の作品が30点以上


そしてここからが今日の主役   

    「タマ 日本の犬」という作品

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お電話いただいた「Nママさん」から写真を送っていただきました

(「マネ」も「タマ」と言う白黒の日本犬を描いていますがもう少しお鼻がツンとしています。)

当時ヨーロッパでも人気のあった「狆」の絵だと言う事です。

(名前の由来は「宝石の珠」からきているそうですが)


この絵がもっと早く日本の方々の目に触れていたら

ルノワールの「狆の絵」として脚光を浴びていたかもしれませんね


海外ではこの静かな文化の持ち主である「狆族」が

「生きた日本の文化」として大変人気があったそうですが


   なぜ日本人はこの犬をもっと大切にしないのだろう

そんな声もあったそうです。

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「ミ〜ちゃん」お昼寝ばかりしていないで

  「生きた日本の文化」としての誇りを持ってくださる


ママの一句

     絵の中で 文化を繋ぐ 狆ありて 



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