はい、最終日です。
本当なら、宮城峡を見学する予定で、0830時頃に宿を出発。
それはそれは張り切って出発。
しかし、天気予報は…って感じ。
まぁ仕方ないので、走りました。
13号から108号へ…という簡単な道。
はい、間違えました。
湯沢辺りで、何をどうやれば間違うのか?という感じで。
スタンドのお兄ちゃんに聞くと、「子安峡を目指せば宮城です」とのこと。
「けっこうな山道ですけどね」っと、付け加えてくれました。
山道…楽しそうだぜ。
まだ晴れてたので、そんな事を思いつつ、張り切って出発。
岩手に抜けるルートみたいですが、険しい山道です。
すると…
案の定降られました。
しかも瞬時にザっと来たので、カッパを出す暇なく…ズブ濡れです。
泣きそうになりながら、途中、須川温泉という温泉施設を通りました。
それにしても…
ここまでの峠道、ハンパじゃない。
標高というか、物凄い勾配。
ちょっと左を見ると、断崖絶壁。
それも、物凄い高さ。
本気で怖くなるほどの高さ。
高所恐怖症の人は、絶対走れないと思う。
気持ちいいレベルを超えてた。
そして雨で、デタラメなワインディング。
生きた心地がしない。
息も絶え絶えで、ようやく下山。
その途中の東屋で、カッパを着ました。
もう、カッパも意味ないんじゃないか?という感じでしたが。
その東屋は、ちょっとした公園の中にありました。
見ると、ひしゃげた鉄板が展示されたりしてます。
岩手・宮城内陸地震
2008年の、岩手・宮城内陸地震の被害を訴えているらしいです。
鉄板は、まつるべ大橋という橋の橋脚の一部でした。
地すべりの被害、凄いな…。
でも、晴れてたら最高に気持ちの良い道でしたね。
緑の中を、ひたすら上って下って。
非常に残念です。
怖いだけだった。
で、そのまま「道の駅 厳美渓」で休憩。
雨が止んだので、喜び勇んでカッパを脱いでお昼ご飯。
すると、
「SRX、生き残ってんやな〜!」
と、突然関西弁で話しかけられました in 東北。
キャンピングカーで、犬と一緒に旅行中のおじさん。
奥さんに「はよ帰って来い言われて」帰る途中らしい。
北海道に行ってたらしいですが、なんとも羨ましい。い
「ガス代や飯代で、なんやかんやで50万は飛んだ」
…経済力って、本当に大事だ。
色々とお話をして、お互いに旅の無事を祈ってお別れ。
そしてようやく暖かいご飯を食べている途中…
また雨が強くなったので、うんざりしながらカッパ装備。
もう心が折れて、宮城峡どころではなく、一関から高速に乗ることに。
明るいうちに、少しでも進んでおきたくなったので。
この時点で1500時前くらいかな。
で、そこからずっと地獄です。
ずっと土砂降りでした。
普段、私は雨の日は、バイクに絶対乗りません。
そんな私が遭遇した悲劇。
ライジャケの上にカッパ着てるのに、雨が痛い。
カッパに穴が開いたかと思ったほどに痛い。
そして轍にたまった水でハイドロ起きます。
とにかく視界が悪いので、周りの車がとても怖い。
しかも、飛ばす人が多い…。
前走車が、大型車の巻き上げた水しぶきに驚いて急ブレーキ!
まさかの事態に、追突しそうになってしまいました。
俺はそれ、全部体で受け止めてるっつーの。
初めてクラクションを鳴らしました。
たぶん、雨音で聞こえてないでしょうけど…。
もうドコで停まって給油したとか、一切記憶がありません。
途中、あまりに疲れて、駐輪場で雨の中10分ほど寝たのは覚えてます。
それ以外は、もう本当にしんどいだけで、記憶に無い。
とにかく追突しないでくれ、と祈るばかり。
あれほど怖いと思ったことはありませんでしたね。
お陰で70kmほどしか出せず、まぁ時間の掛かったこと。
結局、圏央道に乗った辺りでようやく雨が止みました。
帰宅は2300時頃。
もう、パンツまでビッショリ。
思い出のパンフとかレシートとか、完璧に水没。
ツーリングマップルグシャグシャ。
…チクショー。
写真、帰りは一枚しか撮れませんでした。
帰りは本当に、いいことが一つも無かったな。
残念すぎる。
でも宮城峡は、是非とも次回にリベンジしたい。
一泊か二泊の余裕を持って、楽しくね。
出来たら飲みたいしね。
でもま、出不精の私が、トータル1,500km近く走ったんです。
奇跡に近いです。
旅と言う旅は、もしかして初めてだったかも。
天気には泣かされましたが、今となってはいい思い出です。
次はもっといい旅にしようと、決意も新た。
上は、自宅から150kmほど走った谷川岳での距離。
トータルで1,468kmほど走りました。
いつもの一年分以上の走行距離かも…。
ほんとによく走ってくれたわ、SRX。
オーバーフローくらい、可愛いもんだ。
ありがとう。
長々と駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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