3日(水)は久々に試写会へ。もっとも、上映開始直前に試写室(既に満員で折りたたみ椅子に座らされた)に慌しく滑り込んだ私は、幕が開くまでに作品の標題を正しく覚えられなかったほどに予備知識ゼロの状態で臨んだ。
『
朱花の月』――もちろん、事前にもらった試写会招待の葉書には作品のタイトルロゴ(毛筆体)がそう書かれていたのだけど、これがまた読めない(苦笑)。というか「朱花」と書いて「はねづ(Hanezu)」と即座に読める人がいったいどれだけいるのだろう?
が、ともあれ上述の通り試写室は満席。公開前の最終試写会だったということもあろうが、何よりもまず、あの
河瀬直美さんの最新作だということで足を運んだ人も多かったようだ。
舞台は河瀬さんの故郷である奈良県。それも、万葉の時代から神々が宿る地とされてきた大和三山(香具山、畝傍山、耳成山)のもと、今も古の世の面影を残す飛鳥地方が選ばれている。主な登場人物は三人。染色家の加夜子(大島葉子)と、その同棲相手である地元PR紙編集者の哲也(明川哲也=ドリアン助川)、そして木工作家の拓未(こみずとうた)。
加夜子はひたすら自宅で、まるで鮮血のように真っ赤な染料である「朱花」を用いた染物の制作に没頭している。パートナーの哲也も、そんな彼女に理解を示しながら連日仕事へと出ているらしく、二人の仲は決して悪くはないようだ。けれども加夜子は、少し離れた民家で木工作業に取り組む拓未とも恋愛関係にある。季節は初夏、村人たちが子孫繁盛を願って鯉のぼりを掲げる頃から、梅雨の驟雨が村里を潤すようになるまでの、おそらく一ヶ月ぐらいのこと。
こうした「一人の女を二人の男が奪い合う」関係は、実は万葉集の頃からこの地を舞台として詠われてきたものだった。ナレーションもなく、登場人物間の会話やBGMも極度に抑制されている劇中において、次の歌がモノローグとして分け入ってくる。
香具山(かぐやま)は 畝傍(うねび)を惜しと
耳梨(みみなし)を 相争ひき
神代(かなよ)より かくにあるらし
古(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ うつせみも
妻を争ふらしき
――――――――――――――――――――
(現代語訳↓)
我はそなたが愛しい
香具山は畝傍山が愛しい
奪われたくないが故に 耳成山と争うのだ
遠い昔もこうだった
そして今の時代も、二人で一人の女を奪い争うのだ
もうひとつ。加夜子の祖母と、拓未の祖父が、第二次世界大戦末期、互いに思いを寄せながら添い遂げることができなかった(加夜子の祖母は別の男のもとに嫁いだ)ということも、やがて明らかになる(拓未の祖父は召集令状を受けて戦地に旅立った)。飛鳥の地で、世代を超えて繰り返される悲しい宿命……。
ともあれ、こうした万葉の神話や先々代からの因縁のはてに、加夜子・拓未・哲也の三角関係はやがて悲劇的な結末を迎えることになる。加夜子はこう言うのだ。拓未には「子供ができた」、哲也には「(他に)好きな人がいる」と。
で、まあここから先は実際に映画を見てくださいということになるのだけれども、試写を見ながらとにかく印象に残ったのは、淡々としつつ悲愴なストーリーの背景として展開される、飛鳥の地の情景だった。河瀬監督が自ら撮影まで務めたというその映像は、溜め息が出るくらいに美しかった。
ただ、監督が当日配布された小冊子の中で
「
近代社会の中にあって、人間が病んでしまうのは、自然の一部だと自分を認識していないことからことから始まると思っています。わたしの映画では、人間はむしろ脇役といっていいでしょう」
と言っているのはわかるにしても
「
日本には万葉集という歌集があります。その中の歌をよんでいると、飛行機も車もない古代人は、いとしい誰かと会いたくてもその誰かが訪れるまで待たなくてはいけない。そして、そのどうすることもできない想いを歌に詠んだ。季節に実る花や果樹に自身の想いを託して表現する。今はどの季節でも旬のものでないものが世の中に出回っている時代。それを(なんでもいつもあることが)豊かだと勘違いして、そのすべてに囲まれた生活を送っている現代人は「待つ」ことを無くしてしまったのかと思うような行為を中心に生きている。誰かから返事がなければ、それを急かせることをする。仕事は早いもの、ことが優先される。けれども、「待つ」感覚の中にいた古代人のほうが、その抱いていたスケール感は今よりも大きかったのではないか。そのような観点から「待つ」感覚を映画に吹き込みました」(2011年5月 海外プレスブックより)
と言っているのには、半分わかるようで、もう半分はわからないような気がした。この映画はそういうことだったんだろうか? と。
ともあれ、この映画、お奨めです。9月3日から渋谷のユーロスペースや、作中の地元・橿原の「TOHOシネマズ橿原」でもロードショーのほか、8月20・21日には東京国立博物館でイベント上映もあるそうです。どんな反響が出てくるのか、私も楽しみです。ではでは。

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