「青春18消化旅行」の続き。といっても、もう一ヶ月半も前の話になってしまったけれども。
千葉駅からの総武本線鈍行を終点・銚子駅で降りた私は、そのまま降りたホームの進行方向に向かって歩き出した。この先に、目指す「
銚子電鉄」の乗り場があるのだ。時刻は2012年9月10日(月)の午後4時半。
ここにやってきたのは10年ぶりくらいだけど、なーんかこの仰々しい改札口のハリボテも色褪せたなあと思う。かつては一応このハリボテの中にJR線との中間改札および切符売り場があったのだけど、今ではどちらも無人化されてスルーパスとなっている。で、その向こう側のホームで待ち構えていたのは、元営団地下鉄(現東京メトロ)銀座線より譲り受けた中古車「1000形」。御丁寧にも最近、銀座線時代の車体色(黄色というのかオレンジ色というのか……まあ、ミカン色)に塗りなおされた出で立ちでお出迎えだ。
銚子電鉄というと、以前にも
ここに書いたが近年では
「ぬれ煎餅」による経営危機脱出作戦が記憶に新しい。当時のオーナー(千葉県内で建設会社を経営)が自分の会社が倒産した以降も銚子電鉄名義で借入金を業務上横領した容疑で逮捕。無論、その結果として銚子電鉄社長からは解任されたが、おかげで銚電への県や市からの補助金、さらには金融機関からの融資も凍結されたため、ただでさえ経営的に苦しいローカル私鉄の現場は運転資金に行き詰まり、車両の法定検査も行なえず、このままでは列車の通常運行もできなくなる――という路線廃止の危機に直面。
そうした中で窮余の一策として出てきたのが、同社が関連事業で売り出している銚子名物商品「ぬれ煎餅」の購入を公式サイトで訴えるという手段だった。本当にもう「藁をも掴む」といった開き直り的手段だったが、これがウェブ上で話題を呼んで広まったことをきっかけに、どうにか路線存続につながった――という“美談”だ。
私が乗るのはそれ以来久々だったわけなんだけど、乗ったのが月曜日の17時頃、なおかつ1両編成(というか鉄道専門用語的には「単行」)で、地元の中・高校生の帰宅時間帯にあたったということもあって、車内は御覧の混雑。
さらには経営再建にかける会社の思いがひしひしと伝わってくる車内広告も。
ちなみに上記の中間改札で切符が買えなかったので、運転台に乗り込んできた運転士に「往復切符を買いたいんですけど」と頼んだら、首から提げた黒カバンから、こんな長いのをくれた。
むろん「鉄」向けのサービスも欠かさない。運転台付近には以下のような掲示も設けられたり残されたりしていたほか、なんと出入り口ドアの上には銀座線時代の路線図も(もちろん、現在の路線図も貼ってあったけど)。たぶん、かつては銀座線時代にこの車両に乗ったこともあるだろう私としては嬉しいけど、そこまでやるのかという気もする。
もうひとつ、この路線はゲームの「
桃太郎電鉄」と提携しているのだ。そんなわけで、座席のクッションにも、こんなイラストが。
いかん、ここまで来ると古い「鉄」おじさんはついていけない。そんなわけで車窓に目を向けると、こちらは相変わらず関東平野東端の、のんびりとした情景が漂っていた。特に先頭車から眺める前方の路線風景は、時に獣道のような様相だ。
というわけで20分ほど乗ったところで終着駅・外川に着いた。もっとも、ここも無人駅。木造の駅舎はあるのだが改札口や出入口には鍵が掛かっていて、駅窓口の営業時間として「平日AM6:00〜PM14:00まで 土休日 AM8:30〜PM16:30まで」と、アルミサッシのドアに貼り紙がしてあった。「帰りの時刻が知りたかったのに……」と思って見上げると、わざわざ黒板に白インク墨で手書きされた昔ながらの発車時刻表(しかも銚子駅からのJR線接続列車の時刻も表記)が掲げてあった。ダイヤ改正のたびにこれを書き換えるのか? 一方では施錠された入口の窓ガラスには「Wi-Fiつかえます」なんてステッカーも。
というわけで
この私鉄、何か開き直ってるとしか思えん(笑)。
いや、もともと大変だったわけだけど「ぬれ煎」騒動を経てますまず図太くなったようだ。苦境を逆手に取り、「鉄」ブームにもしっかり乗っかりながら生き抜いて行こうというサバイバル精神を感じる。
もっとも、終着駅・外川の風情は相変わらず。あと、この駅が個人的に好きなのは、木造の古い駅舎を一歩出た途端、真正面から駅前の集落の間の坂道を下っていく向こうに港が、というか海が見える! ということ(実はこの路線、犬吠埼近くを走っている割には車窓から海が見えないのだ)。
銚電がどうなろうと、ここは外川港を中心に栄えてきた小さな港町。そして、これからもそうなのだろう。御他聞に漏れず、地方都市の苦境は感じさせられるけど、それは時たま気まぐれにこうしてやってくる旅行者の勝手な感想や視点でしかない。だいたい、朝はもっと大盛況なんだろうしね。無責任に「こんなに寂れてました」なんて言える立場ではない。
ともあれ、寸時の来訪を終えて外川駅へ戻る。
帰路の電車は京王電鉄の中古車。それも京王からいったん四国・愛媛の伊予電鉄に売却され、その後に京王から更に新たな中古車が入ったことでトコロテン式に追い出され、ふたたび関東に舞い戻って今度は銚電で働いているという2両編成の車両だ。銚電も意地をこいてか、車体に広告を入れつつも、先の銀座線の中古車と同様、こちらにも往年の京王の車体色を施している(まあ、かなり汚れているけど)。
そんなこんなで、午後6時(18時)には銚子駅まで戻ってきた。9月10日だったからかろうじてまだ空は明るい。午後1時(13時)過ぎに都内・中野の自宅を出てJRの快速と鈍行を乗り継ぎ、日の明るいうちに犬吠崎のほとりの私鉄を往復してきたんだから効率の良い「青春18消化旅行」だったといえるだろう。もっとも、JRホームで待ち構えていた新宿行き特急「しおさい16号」に乗るわけにはいかず、独りお土産の「ぬれ煎餅」を買い求めてから総武本線の鈍行に再び乗り込み、快速とかを乗り継いで中野の自宅に突いたのは10時(22時)頃だったかな。
まあでも、長時間の鈍行旅とはいえ楽しかったでした。っていうか、それより、以上の報告を書くまでに1か月半かかっちゃったよ(苦笑)。

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