デモ話だけだと疲れるので、すごく久々に広告業界話。
大学時代の同僚・バチ氏が教えてくれたのが下記(↓)の記事。筆者は私と同年生まれの博報堂出身者で、現在は「マーケティング/人材育成プランナー」だという。
「
『電博』の終わり。」
(なお、上記記事の中で「電通が思い切ったことをやった。4000億を投じてのM&A」云々と書いている件については
こちらなどを御参照いただければと存じます)
私も広告業界を取材しなくなって久しいので、現在の業界動向についてあれこれ言えるような分際ではない。と言いながら上記の記事を読んで思ったのは「『電博』というフレームは、実質的には既に10年前の段階で決着がついてしまってるんじゃないかな」ということだった。
まさにその10年前にあたる2002年春、電通は以前から資本・業務提携関係にあったアメリカの「Bcom3(ビーコムスリー)」と、フランスの「ピュブリシス」(以上、それぞれ米仏の広告会社グループ)が合併するのと同時に、1000億円以上の金を注ぎ込んでいたのだ。これはその前年に電通が株式上場をした動きとも明らかに関連した動きとして、当時から「電通がM&Aによって海外進出に乗り出したということではないのか」と広告業界では言われていた。
この時期、広告業界は国内どころか全世界的な規模での再編が続いていて、同資本の下に各国の広告会社をM&Aで束ねる、いわば「メガ・エージェンシー」の黒船的な襲来にさらされていた。そんな中にあっての電通の動きは、ようするに海外のメガ・エージェンシーへの「売られた喧嘩は買うてやるわい!」といった動きだろうとも言われていた。
他方、博報堂はどうだったかというと、こちらも当時からアジア各国の広告会社との間で資本提携は進めていたものの、欧米発のメガ・エージェンシーとの提携は「マッキャンエリクソン」を擁する「インターパブリック」との「長期にわたる緩やかな関係」(と、当時博報堂の広報室経由の取材では何度か聞かされた。ただし現状は知らんので独自にみなさんで調べてください)があるくらいだった。
「もはや電通は広告業界における“異業種”のような突出した存在なのです」との声も聞いたし(実際、各広告会社の給与体系を取材で調べたこともあるが、確かにこの会社だけ「大手企業」という感じだった)、実質的には「電通vs博報堂」の争いは10年前の段階で(少なくとも経営面においては)決着がついていた。事実、博報堂はその後、大広(朝日新聞系)および読売広告社(読売新聞系。但し読売新聞とは資本関係はなかった)という国内3〜6位の“中堅”大手広告会社との間での経営統合(つまり「博報堂DY」グループ)を経たうえで、持株会社による株式上場を果たすにいたった。
ようするに、その時点で博報堂は「電vs博」の争いを諦め、日本国内における「偉大なるドメスティック・エージェンシー」として生き残る道を選んだのだ。
とは言うものの、ならば電通が当時から海外へのM&A展開において成功していたのかといえば、全然そんなことはない。
上記した2002年当時の資本提携では「Bcom3」と「ピュブリシス」が合併して生まれた新「ピュブリシス」において、電通は結局総額で1000億円以上を注ぎ込んだものの、総体では結局15%の出資比率および議決権を得たに過ぎなかった。
で、その際に私が取材のうえ書いた記事(一応出典は明確にしておくと『創』2002年5月号)には、以下のようなアナリストや広告業界関係者による歯に衣を着せぬコメントが出てくる。
「結局ドメスティックな田舎モンの広告会社が外資からカモネギにされて二度もカネを巻き上げられたってことですよ。だいたい議決権といったってわずか15%じゃ話にならん。投資家もこれですっかり電通に『×』を付けた」
「電通の海外戦略というのは従来うまくいった試しがない。Bcom3をやったことでヤング&ルビカム(Y&R)との関係がギクシャクしましたし、結局破綻したISLにしてもそう。さらに今度の件でしょう。一方、国内では従来電通とは一蓮托生の関係にあった地上波テレビを中心とするメディア業界がおそらく今後ガタガタになっていく。一体どうする気でしょうか」
――で、そんな記事を書いた私に何かリアクションがあったかといえば、しばらくは目立った反響はなかった。もっとも、翌年(2003年)に同じ『創』の広告会社特集で広報室に取材を申し込んだ際には
「まず事前に確認をさせていただきませんか」
との広報室のKさんからのお返事がありまして(^_^;
で、その時に初めて竣工したばかりの電通汐留新社屋に足を踏み入れたわけですが、通された広報室の応接テーブルには、前年に私が書いた記事のコピーが、随所に赤線入りで置かれておりまして(> <)、
「批判していただくのは構いませんが、こういう書き方をされると『何でそういうところの取材を受けなくてはならないのか?』って……」
「はいはい、わかりました」と私は答えた。「別に私はあらかじめ無闇矢鱈な電通批判ありきで書いたわけではないですし、業界関係者や電通内部のかたからも話を聞いたうえで書いている。そこはご理解ください」
――といったわけで、翌年もきっちり電通批評を書いた。
ただ、何ていうのかな。当時私が書いた『創』にしても週刊誌にしても、電通の社員の不祥事(社員が下着を盗んだとかCM料金水増し請求で3億円を着服した)に接するたびに「マスコミが書けないタブーを書いた。カッコイイ!」とかいう大見得をきりながら書こうとしていたんだけど、はっきり言ってそんなもん電通にとって痛くもかゆくもないよ。
だって、上に書いたCM水増し請求事件だって、あれはスズキを担当していた社員が広告料金をクライアントのスズキに約3億円の水増し請求をしたというほとんど、というかあからさまな「詐欺」事件だったのに、マスコミは電通の当事者社員の奥さんが元女子アナで、なおかつ彼のオヤジがNEC元会長の御曹司(つまり電通がコネ入社で採用した)だったという方向で報じて終わり。
あの時、私もスズキの東京支社まで先輩のライターさんと一緒に取材に行ったけど、スズキの担当者は要するに「電通から水増し請求ぶんを返してもらったのでOK」という返事。詐欺罪で刑事告発できるケースであったにも、ですよ? しかも、後日に私が「日本広告業協会(要するに広告業界の業界団体」の専務理事だったか事務局長に「この事件について業協として何か発言なり対応する意思はないのか」と聞いたところ、彼は「ありません」と奥歯に物が挟まったような調子で即座に言った。
つまり広告業界というのは基本的に「広告主・広告会社・メディア」という三者間の、いわば「B to B」という構図の中で成り立ってきた産業のため、かつて雪印乳業とか日本ハムとか不二家がマスコミに「消費者の信頼を裏切った」と袋叩きにあったような目からは免れている。上記のスズキの件にしたって、広告主としては「ちゃんと仕事をしてくださったらOK」なんだろうし、別に担当する広告会社の社員が個人的に何か問題を起こしたからといって、それで電通との取引を見直すというものでもない。
ええと、そんなわけで何の話だったか忘れてますが(苦笑)思い出した。「『電博』の終わり。」についての話だ。こうした論点、興味深いとは思うけど、実は私が業界取材をやってた10年前を思い起こしても、そんなに目新しくはないような気がする。あの当時でも電通は1000億円、今回はさらに4000億円も払って外資系と提携したし、博報堂は他の大手2社と国内連合を組んだ。少なくとも広告業界における「電博」というフレームというのかアンシャン・レジームについては、あんまり変わりがないままにこの10年間、推移してきたのかなあ……と、広告業界をたまさか過去に十数年ほどレポートしてきた(ただしここしばらくはご無沙汰だった)私としては思ったりするということで、異論・反論、あるいは「お前まったく見当はずれだぞ」といった辛辣なご批判もいただけたと思っております。ただし、本日は以上の話とはまったく関係のない「首都圏反原発連合}主催の集会の現場(首相官邸前とか国会議事堂周辺から)発信するつもりでいますので、関心のあるかたは午後6〜8時に官邸前や国会議事堂正門周辺にまでお集まりをいただければと。例によって私もスマホ生中継をやってみるつもりなので、できたら現場のいろんなかたがたににも改めてお会いできたら幸いです。ではでは。

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