2018/11/9

「アレクサ、何でも言うことをきいて!」〜Amazon Echo Dotを買う  オススメ


 しばらく以前、記事の中でAmazonのキャンペーン「Amazon Music Unlimited、今、入会すれば4カ月間99円!」にまんまと乗せられて入会し、豊かな音楽生活を味わったら元に戻れなくなり、おそらく月額780円を支払っても更新手続きをしてしまうだろう、またその際、スピーカ型音声アシスタント「Echo Dot」も買ってしまうだろうと、そんな記事を書きました(2018/10/19「私の音楽事情」〜Amazonに乗せられる)。
 そして案の定、
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 買ってしまった・・・。

 5980円。ケチな私としては空前のできごとです。

【Amazon Echo Dot(エコードット)】
 Amazon Echo Dotというのは「スマート・スピーカー」とか「AIスピーカー」という範疇で括られる機器のひとつで、しかしそれより「スピーカ型音声アシスタント」と言った方が分かり易い装置です。要するに話しかけて仕事をさせる道具、と考えればいいでしょう。

「Alexa(アレクサ)」という名前がついているのでその名で呼びかけ、続いて指示を出します。
「アレクサ、テレビをつけて」
「アレクサ、居間の灯をつけて。――もう少し暗くして」
「アレクサ、炊飯器を明日の朝7時にセットして」
「アレクサ、NHKテレビが見たい」
「アレクサ、パパは何時に帰るんだっけ?」
「アレクサ、8時までにお風呂を沸かしておいて」
といった具合です。

 しかし実を言えばこれができるためにはEchoDoTに対応するテレビ・電灯・炊飯器・風呂(これらをスマート家電という)を用意し、「パパの帰宅時刻」はネット上のカレンダーに書き込んでおかなくてはなりません。私の家には現在、Bluetoothでつなげるサウンド・バーがあるだけですから、今できるのは音をそちらに切り替えて大音量で流す程度です。(*)

クリックすると元のサイズで表示します*右のようなスマート家電コントローラーを使うと、赤外線リモコンで動くかなりの数の電化製品が操作できるみたいですが、評価はまちまちで迷っています。


 つまりこのままだと今はさほどではないが、おいおいスマート家電を買いそろえて行くにしたがって、やがて便利で快適な家庭生活が送れるようになる、そういう道具だとも言えます。

 もちろん「人間、それでいいのか」という問題はあります。しかし一部屋にあれこれリモコンが六つも七つもあって年じゅう探している私のような人間には、精神衛生上あった方がいいのかもしれません。


【今のアレクサにできること】
 では接続する機器のほとんどない今の段階で何ができるかというと、それでもけっこう面白いことがあります。

 まず、当初の目的である“音楽がかけられる”。
「アレクサ、ビートルズをかけて」「アレクサ、ゲスの極み乙女が聞きたい」
 それでOKです。ビートルズやゲスの極みの曲がシャッフル再生(適当な順番で)流れます。
「アレクサ! 静かなジャズをかけて」
 そう指示しても応えてくれます。

 あるいは、簡単な質問に答えられます。
「アレクサ、トランプ大統領の齢は?」――「ドナルド・トランプ大統領の年齢は72歳です」
「アレクサ、勤労感謝の日って何?」――「勤労感謝の日は国民の休日のひとつで・・・」
「アレクサ、吉野源三郎って誰だっけ」――「こんな説明がありました。吉野源三郎は・・・」
といった具合です。

 天気を予報を聞いたりNHKニュースを呼び出したり、簡単な翻訳もしてくれます。
「アレクサ、英語で“僕は休みます”って言って」
「アレクサ、英語でアメリカ議会の下院はなんて言うの?」
(それぞれ “I’ll take a lest”、 “American Congress House”と、きちんと答えてくれたらしいのですが発音が良すぎて聞き取れない・・・)

 また、かなりつまらないのですが、ダジャレを言ったり謎かけもできたりもします。
「アルバイトは――、ない場合と、ある場合とがある」
「野球とかけてスーパーマーケットのタイムセールと解く。その心は――」「フライめがけてまっしぐら」
(ま、なくていい機能かな)

 その他、「アレクサ、おはよう」とか「アレクサ、ありがとう」と言ったりすると、意外な答えが返ってくることもあり、なかなか楽しめます。

 EchoDotのスピーカーはかなり音質の良いもので耳元で聴こうとするなら十分ですが、最初から音楽が目的だったら物足りないかもしれません。その場合は最初からEchoDotの上位機、Echo(11980円)かEcho Plus(21151円)を購入しておくべきでしょう。しかしやはり室内で大音響で、ということになればステレオタイプのスピーカーが欲しくなります。

クリックすると元のサイズで表示します 私はテレビ用のスピーカーシステム「サウンドバー」を二年前に購入してあったのでそれに接続して楽しんでいますが、うちの装置はメインスピーカーが棒状(サウンドバーだから)で、テレビのリモコンの受信部にかぶさってしまい、寝っ転がった状態でチャンネルを変えようとするとうまく行かない場合があります。

 その点、後継機のPioneer HTP-CS1 コンパクトフロントスピーカーシステムはメインスピーカーがバーではなく、ふたつに分かれているので都合がいいいいかと思います。やはりそれなりの進歩はあるものです。オススメです


【EchoDotで困ること、できないこと】
 しかし何もかもいいというわけではありません。
 使い始めてかなり早い時期から気づいたことですが、問題のひとつはEchoDotの側からの情報がほとんどないということです。

 具体的に言うと、や上位グレードのAmazon Music Unlimitedにどんな曲が入っているか、目に見える形で提示されてこない。したがって私の知っている曲やアルバムしか要求できないのです。

 また、
「アレクサ、モーツァルトのレクイエムをかけて」
というと、
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの『レクイエム―怒りの日』を再生します」
となって、
(オイ!ちょっと待て! 途中から始めるな!)

 うまく全曲を引き出すことができなかったりします。




 その点でコンピュータの「Amazon music」(アプリケーション)やFire TV stick(Amazon primeの映画および音楽の受信機)は、画面を見ながら、「おや、こんなアルバムがあるんだ」とか「これを最初から聞こう」といった具合に目で追っていくらでも調整ができる便利さがあります。

 もちろん「Amazon music」や「Fire TV stick」で覚えてEchoDotに呼びかけてもいいのですが、それなら最初からコンピュータやstickで聞けばいいだけです。

 また、Prime musicの中に“ある”のは分かっているのに音声認識に引っかからないものもあります。
 ビートルズの「アビーロード」は再生してもらえるのに「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」はうまくかけてもらえません。私の発音が悪いからでしょうが、どうやったらできるのかいまだに分かりません。

 購入して三日目、EchoDotが突然反応しなくなってしまいました。動いてはいるようなのですが何度呼び掛けても応えてくれない。
 しかたがないので最後には諦めて再起動をかけ、WiFiにつなげるところから全部やり直してそれでもつながらないので、返品・交換を考え始めたとき、突然気がついたのです。
 私は「アレクサ」を忘れて、「アレックス!」と呼び掛けていたのです。これで答えるわけがない。

 先の「サージェント・ペパーズ〜」同様、こちらがしっかりしていないといけない、工夫していかなければいけない、要するにお互いが育って行く必要もあるということです。

 スマートスピーカーEchoDotできることはいまのところその程度ですが、10年後、20年後を考えるときっと生活のかなりの部分を音声認識にやってもらうことになります。それに向けて、今から慣れておく入門機と思えば、値段も手ごろ、使い勝手もよく、かなり面白い装置だと思いました。

 なお4000万曲から曲が選べるAmazon Music UnlimitedはEchoDotから加入すると月額380円ですむそうです。私はそうしました。




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2018/10/19

「私の音楽事情」〜Amazonに乗せられる  オススメ


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(イーストマン・ジョンソン 「幼い学者」)

 最近は一日中音楽を流していることが多くなっています。


【子どものころの夢と現実】
 子どものころ、自分の将来の家庭生活に描いた夢は、暖かいストーブと座り心地の良い椅子のある部屋で、私は音楽を聴きながら読書をし、若く美しい妻は傍らで編み物をする、テーブルの上には淹れたてコーヒーとわずかな菓子――どこかで見た絵のような風景です。
 しかしこの夢はどの一部分もかないませんでした。

 結婚した当時すでに妻が若くも美しくもなかったということを、ことさら言いたいのではありません。教員同士の夫婦の日常なんてほとんど戦闘状態だという話です。

 家に帰ってから夕食を作ったり食べたり、洗濯物を畳んだり風呂を沸かして入ったり、といった最低限のことは世間と一緒ですが、それらを分業で大急ぎで済ませると二人ともあとは持ち帰りの仕事に邁進するのが普段の生活だったのです。

 読書と言っても資料探し、妻が編み物をしていたら教材研究です。
 コーヒーのがぶ飲みはしますが菓子はなく、音楽は夫婦の趣味が合わないので流れることはなく、もし何らかの曲が流れてくるとしたら音楽会の演奏曲か運動会のダンスの曲と相場が決まっています。
 子どももいないのに「アンパンマンのマーチ」や「忍たま音頭」が流れる家は、まるっきり優雅ではありません。

 しかしそれでいいと思っていたわけではなく、退職したら、若く美しい妻はなくても(しつこい)、子どものころの夢のいくつかはかなえたいといつも思っていました。ところがそれでも忙しい――。

 専業主夫で家庭菜園ティスト(2016/6/1「家庭菜園ティストの話」)ですから家事や農事にけっこうあたふたしてる。
 他はどうかというと、かなりのケチですから今さら薪ストーブも高価な椅子も買い揃えられない、読書はしますが寝っ転がってというだらしなさ、音楽をかけるのも面倒――。
 コーヒーだけはきちんと淹れるようになりましたが、当初の予定とはずいぶん違ったものになっていました。
 ところが今年の7月、Amazonで思わぬキャンペーンをやっていることに気がついて、それから私の音楽生活は革命的に変わったのです。


【Amazon Music Unlimited】
 キャンペーンの正確な文言は忘れましたが、要するに、
「Amazon Music Unlimited、今、入会すれば4カ月間99円!」
といったものでした。

 少し説明すると、Amazonのプライム会員(年額3,900円)に加入すると商品の無料配送以外にさまざまなサービスがあり、そのうちのひとつが100万曲以上を聴くことのできる無料音楽配信Prime Musicなのです。

 私はコンピュータやスマートフォンにアプリをインストールしているほか、「Fire TV Stick」という機器を購入してテレビに差し込み、そこからも聴くことができるようにしてあります。かなりいい感じです。

 ところが100万曲は大した数のはずなのに、曲が頭に閃いてリクエストしようとするとこれがさっぱりうまくいかない。有名な曲、世界的なアーチストの曲はしばしばその中に入っていないのです。
 さらに多くを聞こうとしたら、一段グレードの高いサービスに移行するしかありません。それがAmazon Music Unlimitedです。なんと曲数4000万曲! 

 しかしそのために必要な追加料金は月額780円。ケチな私にはとうてい手の出ない金額です。それで諦めていたのですが、7月のキャンペーンで示されたのは4カ月間わずか99円。
 最初99円/月かと思ったのですが、そうではなくて4か月で99円!! 一か月25円にもなりません。

 また、通常こうしたキャンペーンに乗ってしまうと、4か月後の解約を忘れてそのままずるずると支払わされることになるのですがAmazonは良心的、追加加入の時点で4か月後の解約手続きまで同時にできてしまうのです。そこで早速加入手続きです。

 我が家のテレビには幸いサウンドバー(2016/9/13「この夏のマイ・ブーム」)が接続されていますから音質もそこそこ満足できるレベルです。

 おかげで毎日、朝から音楽を流し続ける毎日です。
 これでアマゾンのスピーカ型音声アシスタント「Echo Dot」でも買えば、あとは呼びかけるだけで好きな音楽を次々と再生できそうです。
「アレクサ! ユーミンをかけてくれ」
「アレクサ! ドボルザークならなんでも!」
というわけです。

 そんなことをウキウキと夢想しながら、そして私は気づくのです。
 私は期限切れの11月13日になったらAmazon Music Unlimitedの延長手続きをして毎月780円を払うことになるだろう、そして近々「Echo Dot」も買うことになるだろう――。
 要するにまんまと、Amazonの術中にはまってしまったのです。

 でもこんな素晴らしい音楽環境、おいそれとは手放せませんよね。


*「Echo Dot」を購入した場合に限り、Amazon Music Unlimitedの月額は380円(Echoプラン)に割引されるようです。





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2018/3/5

「パラリンピックが始まるよ」〜子どもの視点をこちらにも  オススメ

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 今週金曜日(3月9日)より平昌パラリンピックがはじまります。
 特に子どもたちには強く意識さえたいスポーツ・イベントですが、オリンピックに比べるとどうしても注目度が低く、テレビ放送も少なくなるので私たちが意図的に誘導して、注目させるしかありません。
 そこで簡単に、障害者スポーツの歴史や意義をまとめ、子どもたちに話す話題のタネとしたいと思います。


【パラリンピック】
 パラリンピックの起源は1948年7月、ロンドン・オリンピックの開会式と同日にイギリスのストーク・マンデビル病院で行われた「ストーク・マンデビル競技大会」だとされています。
 これは第二次世界大戦で負傷した兵士たちのリハビリテーションとして行われたもので、以後毎年開催され、1952年には「第1回国際ストーク・マンデビル競技大会」という名の国際大会へと発展します(参加国はイギリスとオランダの2カ国のみ)。

 1960年に「国際ストーク・マンデビル大会委員会」が組織されると競技会はさらに充実し、この年のローマ・オリンピックとともに開かれた第9回大会が、現在、第1回のパラリンピックのパラリンピックと考えられています。
 ただしローマ大会の際には「パラリンピック」という呼び名はなく、1964年の東京オリンピックのあとで開かれた「第13回国際ストーク・マンデビル競技大会」の際、愛称として使用されたのが始まりだと言われています(ただし語としては、1953年のイギリスの新聞の見出しに使われたのが最初という説もあります)。
 パラプレジア(raplegia、脊髄損傷等による下半身麻痺者)とオリンピック(Olympic)を継ぎ合わせた合成語で、日本人の発明と言われていますが個人は特定されていません。

 その後パラリンピックはオリンピックとは別の場所で開かれる時期が続き、1976年のトロント大会では国際身体障害者スポーツ機構との初の共催で、広く障害者全体のスポーツ大会として生まれ変わるとともに第1回冬季大会も開かれるなど、オリンピックとは距離を置いたところで拡大・拡充し続けました。、

 どういう経緯か分からないのですが、1988年のソウル大会から国際オリンピック委員会(IOC)が直接かかわるようになり、「パラリンピック」という愛称もこのときから正式名称となります。車椅子以外の選手も参加することから「パラ」をパラレル(Parallel、平行)と解釈し直して“もうひとつのオリンピック”としての立場をはっきりさせます。
 夏季オリンピックとの同一地開催も復活しました(冬季大会が冬季オリンピックと同一都市で開催されるようになるのは1992年のアルベールビル大会から)。

 パラリンピックが発展拡大していく中で、その間も独自の活動を続けていた国際ストーク・マンデビル競技大会は、大会名を「国際ストーク・マンデビル車椅子競技大会」に変え、当初の理念に立ち返って大会を車椅子競技に限定して今日も続いています。


【障害者スポーツ大会の棲み分け】
 オリンピックの直後に同じ都市で同じ会場を使って開催するという今の形がとられるようになってから、パラリンピックは俄然マスコミに取り上げられ、規模も拡大していきました。

 1998年の長野冬季大会ではクロスカントリー・スキーで知的障害者の参加も認められ、障害者スポーツ大会としてのさらなる拡大が期待されましたが、2000年のシドニー大会でバスケットボールのスペインチームが健常者を紛れ込ませて金メダルを取るという不正を行い、知的障害者の参加自体がしばらく見送られるようになりました。
 再び参加が認められるようになったのは2012年のロンドン大会からで、陸上競技と水泳・卓球での3競技での参加という方向はリオデジャネイロ大会にも引き継がれました(ただし冬季に関しては、ソチでも平昌でも見送られています)。

 もっとも知的障害者にはスペシャル・オリンピックスという別の障害者スポーツ大会があり、マスコミに取り上げられる度合いこそ低いものの、国際大会としての名に恥じない隆盛を誇っていますから、選手が行き場を失ったというわけではありません。


【スペシャル・オリンピックス】
 これは1962年6月にジョン・F・ケネディの妹、ユーニス・ケネディ・シュライバーが自宅の庭を開放して35人の知的障害者らを招き、デイキャンプを実施したのに始まるとされています。ケネディ財団の全面的なバックアップによって1968年7月に第1回夏季大会がアメリカのイリノイ州シカゴで開催されると瞬く間に拡大し、現在では夏冬合わせて26競技に170万人の知的障害者と50万人のボランティアが参加する巨大スポーツ・イベントとなっています。参加する国と地域は150を越えます。

 ユーニスの姉でジョン・F・ケネディの妹にあたるローズマリーには知的障害があり、しかもケネディ家によってさらに圧殺された(23歳のときロボトミー手術を強制され、3歳児レベルまで知的低下をきたすとともに性格も変化して狂暴になった)と言われていますから、そんなところからユーニスは熱心な社会福祉家になり、スペシャル・オリンピックスの発展にも尽くしたのかもしれません。現在、スペシャル・オリンピックス国際本部の会長はユーニスの息子、ティモシー・シュライバーが務めています。


【デフリンピック】
 障害者スポーツといえばもう一つ大切な大会を忘れてはいけません。デフリンピックです。

 デフリンピックはデフ(Deaf、ろう)とオリンピック(Olympics)をつなぎ合わせたの造語で、聴覚障害者のために4年に1度行われるスポーツ競技大会です。国際ろう者スポーツ委員会が主催し、夏季大会は1924年にフランスで、冬季大会は1949年にオーストリアにおいて始まりました。
 開催年を見ればわかる通り、ストーク・マンデビル競技大会(パラリンピックの前身)の1952年やスペシャル・オリンピックスの1968年を大きく越える歴史をもつ競技会です。

 聴覚障害の特性としてスタートの合図聞こえないとか審判のホイッスルが聞こえないといったハンディはあるものの、ほとんどの種目で支障なく競技ができるため、早い段階からスポーツは身近なところにありました。力さえあればオリンピックでメダルを狙える可能性さえあります。
 そうした事情や歴史的経緯からオリンピックや他の障害者スポーツ大会とは接点が薄く、マスコミに大きく取り上げられることもないのですが、重要な国際大会として位置づけられています。


【しっかり見ていよう】
 オリンピックやパラリンピックは意図しなくても自然に情報が入ってきます。しかしスペシャル・オリンピックスやデフリンピックはそういうわけにはいきません。私たちが意識的に情報を集め、子どもたちに伝えていかないと見過ごされてしまいます。意図して、耳をそばだてましょう。

 ちなみに、直近の障害者スポーツ大会としてはパラリンピックが今週の平昌冬季大会、次回が東京夏季大会(2020)。
 スペシャル・オリンピックスはアラブ首長国連邦アブダビ夏季大会(2019)、デフリンピックがイタリア・トリノ冬季大会(2019)となっています。
 子どもたちに話して一緒に注目していきましょう。


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2016/8/4

「シン・ゴジラ」〜ネタバレはありません  オススメ


 映画「シン・ゴジラ」を見てきました。

 私は別にゴジラファンでもないのにゴジラ映画は驚くほどの見ていて、1954年の「ゴジラ」、翌年の「ゴジラの逆襲」などは深夜放送で、「三大怪獣 地球最大の決戦」(1964)や「怪獣大戦争」(1965)などはリアルな子どもとして、かなりの大人になって「ゴジラ」(1984年版)、どう見ても恐竜としか思えないアメリカ版「GODZILLA」(1998)や同じハリウッドなのにかなりカッコウ良かった「GODZILLA ゴジラ」(2014)まで、相当に丁寧に見ているのです。
 ただし昭和の一時期、ゴジラが不良に走ったときがあって「ゴジラの息子」(1967)では息子のミニラと「しぇー」をしたり「ゴジラ対メカゴジラ」ではついにロボット化するといった体たらくで、正義の味方、子どものアイドル、ちょっと愛嬌のある怖くないヤツにまで成り下がってしまったのです。その時代は見る本数もぐっと減り、駄作なだけにテレビ放送もありません。したがって見落とした作品もかなりあるようです。
 ゴジラシリーズのすごいところはそうした不良化が極まると必ず揺り戻しがあって第一作の趣旨に戻り、怖く、理解不能な怪獣として再び現れてくることです。東宝は不良ゴジラでしっかり儲けながらある日突然、それまでのことがまったくなかったかのように原点ゴジラを回帰させるのです。
 今回の「シン・ゴジラ」も原点ゴジラのひとつですが、その激しさ、無慈悲で容赦のない様子は全作品の中でもピカイチといった感じでした。1954年(昭和29)の第一回「ゴジラ」に匹敵する冷酷です。

 初代「ゴジラ」は敗戦からわずか7年後に公開された映画です。まだ人々の脳裏に戦争が生々しく残り、核実験・放射能といった言葉が今よりもずっと現実感を持っていた時代です。朝鮮戦争は前年に終わったとはいえ、再び日本が戦争に巻き込まれるかも知れないという恐怖は確実に人々の心にあり、そうした不安が「ゴジラ」大ヒットの下地にありました。
 正確ではないのですが映画の中で一人が、
「やっと平和な時代がきて生活も落ち着き始めたのに、また家族の手を引いて逃げ回らなければいけない」
 と語る場面がありました。1954年の公開時には恐ろしいほどに現実感のある言葉だったのかもしれません。

「シン・ゴジラ」の観客にそうした体験の共通性があるのかというと、おそらくそれは東日本大震災と福島原発事故です。一瞬のうちにすべてが破壊され命が犠牲にされていく――その無慈悲、容赦のなさ、死の公平性は「ゴジラ」に襲われた街と同じです。
 圧倒的な力の前に人間は一度はひれ伏さなければならない、何の抵抗もできず耐えなければならない、しかしそのあとは違う。私たちにはできることがあり、それを果たさなければいけない、それがひとつのメッセージです。

「シン・ゴジラ」のもうひとつの特徴は登場人物がすべて政府の人間だということです。新聞記者や異端の科学者といった外部の人間が主人公だったそれまでのシリーズとは様子が違っています。しかも彼らは非常に誠実に、懸命に問題にあたるのです。
 確かに、何も自分で決められない上司だとか、縦割り行政の弊害だとか、文書主義、法律第一主義(法律がないと何もできない)など日本政府らしい数々の問題はあるのですが、立場や意見は違っても全員が誠実に事に当たっている、国家と国民のために働いていると信じられるのです。
 凡庸な人は凡庸なまま精一杯仕事に尽くそうとする、出世主義者も権力主義者も「日本を救おう」「国民のために働こう」ということを前提にした上での出世主義だったり権力主義だったりする―― 日本人なら当然そうなのだと映画の中の人々も、映画の外で脚本を書いた人も監督もプロデューサーも信じて疑わないのです。

 司馬遼太郎は明治の元勲・官僚たちが基本的に一切汚職をしなかったことを重要視しました。大久保利通も西郷隆盛も、木戸孝允も伊藤博文も、皆もとは下級武士です。それが明治に入って突然権力を手に入れた、それにもかかわらず、彼らは私利私欲に走らなったのです。下級官吏も警察官も教師たちも、上に倣って誰も賄賂を受け取らない、だから国民も信頼してついてきたというのです。
 
 その伝統は今も続いています。
 現在の政治に年じゅう腹を立て、議員や官吏の無能や愚かさに愛想をつかしたり嘲笑ったりしている私ですら、彼らが非常に誠実で国民のために一生懸命働いていることは信じて疑いません。そしてそれがある限り、日本は壊されても何回でも再生できるのです。
「シン・ゴジラ」にはそうした思想があります。

 ところでゴジラ映画は俳優たちにも人気があるらしく、「シン・ゴジラ」には主役・準主役でも出られるような人たちがとんでもない端役で出ています。
 セリフが「ご苦労様です」しかなかった片桐はいり、自衛隊の中隊長の斉藤工もわかりましたが前田敦子と小出恵介、三浦貴大はどこにいたか分かりません。あらかじめ配役を覚えておいて俳優探しをするのも面白いかもしれません。
 なかなかいい映画でした。


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2015/7/22

「ストレス・トマト」  オススメ


 トマトやミニトマトというのは、苗を買ってきて植えてそのままにしておくと、四方八方に枝を伸ばして小さな藪のようになってしまうものです。そのくせ実は小さく数も少ないのが常です。ですから枝が広がらないように脇芽(葉の付け根から出て来る新しい枝の芽)が出るたびに掻きとって、主枝だけを伸ばしていくというのが通常のやり方です。
 ただしそれだとひたすら上へ上へと延びてしまい、支柱の丈を越えると仕方がないので反対側に落とし、それでも足りないとまた持ち上げるといったふうで途中からかなり面倒くさいことになります。
 10年以上前、ある農業雑誌を見ていたら、そうではなく、ある程度上に伸ばしたところで花の下に出て来る一本の脇芽を大切にし、主枝の方は花二房を残して先端を止める(切ってしまう)という方法を知りました。
 伸ばした脇芽も、花が二つ付いたところで先端を止め、花の下から横に伸びた枝(脇芽)を伸ばします。同じことを繰り返すと全体はSの字状にくねくねと進んで行く形になり、枝の主軸は2mあまりになってもつづら折れになった分、支柱の高さを越えることはないのです。これを私は「鼻(花)の下を伸ばす法」と呼んであちこちで吹聴してきました(本ブログ、2008年7月24日「ハナの下を伸ばす」参照)

 ところが今年、テレビを見ていて新しい方法に出会いました。それは言わば「地を這うトマト栽培法」ともいうべきもので、要するに脇芽を掻きとるばかりだと上へ上へと延びる主枝を、ひたすら横へ横へと流していく方法なのです。むろんトマトは上へ伸びたがりますが、それを無理やり横に縛り付けるのです(写真)。
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 テレビで紹介されたのは枝が伸びすぎて困るからというのではなく、トマトにストレスを与えて美味しい実をたくさんつけさせる方法としてです。そしてそれはとても理にかなったことなのです。

 そもそも植物はなぜ美味しい実をつけようとするのか――それは結局、美味しい実をつけることでさまざまな動物に食べてもらい、種子を胃袋や腸に溜め込んで遠くまで運んでもらってそこで肥料(糞)とともに地に蒔いてもらいたいという欲望があるからです。この欲望は個体によって強さが異なり、より生存の危機にある個体ほど意識が高く、できるだけ多くの種子を、より条件の良い土地に運んでもらおうとします。つまり必死の思いで美味しい実(種入)をつくろうとするのです。逆に言えば、植物に生存の危機を自覚させることが美味しい実をたくさんつけさせるコツなのです。

 トマトについて言えば、ひとつは極力、水を与えないことです。もともとがメキシコ高原の岩場で地に這いつくばって水を探していたような植物ですから、少しぐらいのことでは枯れたりしません。葉が黄色くなり、茎から白い産毛のような毛が生えだして空気中からも水分を吸収しようとするまで枯渇させると、トマトは必死になって美味しい実の生産を始めます。家庭菜園でトマトの上にビニールのドーム型テントを張っているのは、保温のためではなく雨除けなのです。意図的な灌水以外の水を避けるためです。
 美味しい実をたくさんつけさせるもうひとつの方法は、トマトに素直な生育をさせないことです。上へ上へ伸びたがる枝を横へ横へと伸ばしていくのは、そのやり方のひとつです。

 さて今回の新しい方法、それだけ美味しい実をつけてくれるのか――来週あたりから本格的な収穫になります。

 適切なストレスを与えないと美味しく育たない――人間だってその通りです。

1

2013/7/3

「佳境」  オススメ


 NHKの大河ドラマ「八重の桜」が前半の山場にさしかかっています。鶴ケ丘城の攻防です。今週はいよいよ幕府軍が城の真下まで入り込み、城の内部に侵入し始めました。男装をした八重は子どもを中心とする鉄砲隊を率い、最前線を駆け回って幕府軍の先鋒と壮絶な撃ち合いをしています。東洋のジャンヌ・ダルクと呼ばれるそうですが、絶望的な戦に自ら乗り込んで銃を構えるという点ではむしろデビー・クロケットです。
*と言ってもこの例、ほとんどの人が分からないでしょう。「オールド・ムービー・ファンならジョン・ウェインの『アラモ』で、そうでない人もNHKの『みんなのうた』で大流行した『デビークロケットの歌』でよく知っているはずです」と言われても、実際に分かるのは私を含めて相当な年輩だけです。

 歴史というのはたいていの場合、勝者の側から書かれます。したがって幕末のペリー来航から戊辰戦争の終了(五稜郭の戦い)までの間で、会津戦争は小さなエピソードでしかありません。すでに趨勢は決まっていて、会津で立ち止まる理由はないからです。
 実は今回、「八重の桜」を見て私は初めて会津藩の立ち位置というものを理解しました。もちろん新撰組の上部組織としての会津藩も、奥羽列藩同盟の中核としての会津藩も知っています。しかしその二つがうまく繋がっていなかったのです。会津がどう動いたかということよりも鳥羽伏見がどう戦われたか、江戸城がどう開城されたか、会津戦争の間江戸では何が行われていたか、そういったことに心が奪われているからです。

 しかしその歴史のひとコマひとコマにも、生きとし生けるものの人生はありました。例えば黒木メイサの演じる中野竹子という女性は薙刀の名手で、会津戦争では娘子隊を組織して最前線に出ます。しかしすでに薙刀で戦う時代ではなく、竹子はあっけなく戦場で銃弾に倒されてしまうのです。
 すごいのはそのあとで、竹子の首級(くび)を取られてはいけないと考えた16歳の妹の優子は、竹子の首を切断して城に持ち帰るのです(伝説によると首は重くて持ちきれなかったため、付き添いの農民に持ってもらって城に戻ったといいます)。16歳の女の子が21歳の姉の首を切る――壮絶としか言いようがありません。

 また、今週の「八重の桜」では戦いに敗れた老武将(津嘉山正種・佐藤B作)が自害する場面が出てきました。
「最期は、朝廷のためでもなく、幕府のためでもなく、会津のために戦うことができた」
「いい人生だったということだな」
 そう言い合い、互いに匕首(あいくち)を突き立てるのです。
 人生の最後の局面で、「自分は大義のために生きて死んだ」、そう思えることはやはり幸せなことです。神様の前に出たとき、「私は最後まで自分のために生きました」では、やはり空しすぎるでしょう。

 歴史ドラマというのは見ているだけで歴史のお勉強のできる便利な道具です。一番派手な会津戦争の場面から、改めてこのお勉強に参加してみるのはいかがでしょう。
 先日の分は土曜日に再放送があります。




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