2022/2/22

「ミュンヒハウゼン男爵の大げさな物語」〜読み聞かせに使えばよかった  知識


 神奈川県の大和市で、
 4人の子どもを次々と殺したのかもしれない陰惨な事件があった。
 ところがそれを調べているうちに、
 不謹慎なほどくだらない話に行きついたのだ。

という話。
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(写真:フォトAC)

【代理ミュンヒハウゼン症候群】
 3年前、神奈川県大和市で当時7歳の息子を窒息死させたとして、42歳の母親が逮捕された事件に関して、ネットニュースに「代理ミュンヒハウゼン症候群」という言葉が散見するようになっています。この用語、しばしば現れるものです。

「症候群」というのですから正式な病名ではなく、「繰り返し現れる」「原因不明の」「いくつかの症状(症候)の」「固まり」ということなのでしょう。「代理」のつかない「ミュンヒハウゼン症候群」は、Wikipediaによれば、
「虚偽性障害に分類される精神疾患の一種 。症例として周囲の関心や同情を引くために病気を装ったり、自らの体を傷付けたりするといった行動が見られる」
ということになります。詐病というよりは実際に体を傷つけたり薬物を使ったりして症状をつくることが多いようです。
 これに「代理」のつく「代理ミュンヒハウゼン症候群」は、幼い子どもや要介護者に薬物を投与したり虐待したりして症状をつくり、「大変なのに頑張っている」「良く家族に尽くしている」といった同情や賞賛を誘おうするものです。

 大和市の事件では4人の子どものうち長女・長男・三男がすでに亡くなっており、3年前に7歳で亡くなった次男も、生後五か月で一度心肺停止になっているところから、強く関与が疑われています。
 私は常々、虐待というものが感情的にも論理的にも理解できないと嘆いていますが、この「代理ミュンヒハウゼン症候群」については理屈としてよくわかるので、少し落ち着いていることができます。
 大和市の事件についても、継続的に見て行きたいと思います。


【実在のほら吹き男爵と彼の物語】
 さて今日、これについて取り上げたのは、事件そのものに対する関心からではなく「ミュンヒハウゼン」というドイツ語っぽい発音の言葉に興味が引かれたからです。アスペルガー症候群やアルツハイマー病のように、最初の報告者の名前に由来するものなのでしょうか――。

 もちろん調べるとすぐに分かりました。これは有名な「ほら吹き男爵の冒険」の主人公の名前なのです。しかも本名をミュンヒハウゼン男爵カール・フリードリヒ・ヒエロニュムスという実在の人物で、18世紀にプロイセン(かつてドイツ北部からポーランド西部にかけて存在した国)の貴族として生きた人です。
 実務では誠実な人だったようですが、機知にとんだ話術にたけた人で、晩年は邸宅に人を集め、創作を交えた経験談を語っては人々を喜ばせたようです。その話があまりにも面白いので、ある人がこっそり話を記録して無断で出版したのが最初の「ほら吹き男爵の冒険(ミュンヒハウゼン男爵のロシアでの素晴らしい旅行と従軍の物語)」です。
 男爵自身は出版に強く抵抗したみたいですが人気は高く、以後200年以上に渡ってさまざまな作家によって書き継がれてきました。

 「ほら吹き男爵の冒険」の特徴のひとつは、出版されるたびに逸話が増え、脚色されて、どんどん本来のものから遠ざかってしまったことです。中には何世紀も前から流布していた民話が元になっているものも相当にあり、ミュンヒハウゼン男爵自身が本当に語ったものがどれくらいあるのかさえ分からなくなっています。そのあたりは日本昔話で読む「一休さんのとんち話」と同じようなところがあります。


【読み聞かせのアイデアにしておけばよかった】
 正直に言うと、私は「ほら吹き男爵の冒険」について、一編の逸話ですら読んだことがないのです。
 調べてあちこちから引用すると、
 十羽ものカモを、猟銃を使わずにベーコンとひもで捕まえた話や、足が恐ろしく早いウサギを捕まえてみたらとんでもないウサギだった話、大きな怪物に船ごと飲み込まれてしまったが知恵をしぼって助かった話、チーズでできた島の話。
 火打ち石がないから自分で自分の目をたたいて火花を散らし代用したとか、放った棒で一気何羽もの鳥を串刺しにしたとか、斧を投げたら月まで飛んでいって取り戻すのに難儀したとか、

 およそくだらない物語ばかりです。しかしそこがいい。

 私は我が子が2歳から10歳くらいになるまで毎日読み聞かせをしてきた人間です(二人の子の年齢差がありますから、合わせておよそ14年間やった)。しかし何を読むかについてはいつも苦労していました。
 また小学校の教員としても読み聞かせをする機会が多く、「韓国の民話」「アラブの民話」みたいな面白くて長続きする良書に出会ってうまく行ったこともあれば、「銀河鉄道の夜」に手を出して授業を4時間も潰してしまった、ということもありました(絵を描かせたかった)。

 しかしなぜあの時期、「ほら吹き男爵の冒険」に気がつかなかったのか――。もちろん読んだら全く使えないということもありそうですが、子どもたちは荒唐無稽な話が大好きなのです。

 今年、孫のひとりが小学校にあがります。こんど会う日のために、一度は「ほら吹き男爵の冒険」、読んでおこうかと思いました。


2

2022/2/10

「安倍晴明も荻野千尋も、本名は明かさない」〜自分の名前を隠しなさいA  知識


 陰陽師・安倍晴明は羅生門の鬼から、
 「千と千尋の神隠し」の荻野千尋は湯婆婆から、
 それぞれ身を守ることができた。
 その秘策は、本名を隠すことだったのだ。

という話。
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(写真:フォトAC) 
 ちょっと厄介な問題にかかわっていて「心ここにあらず」の状態。ものが考えられないので、10年近く以前に中学生の子どもたちに話した内容を転載します。


【安倍晴明の知恵――男性はこうして名を守る】
 
 この人、ご存知ですか? そうです陰陽師安倍清明です。
 岡野玲子さんの『陰陽師』の第一巻に、次のような話があるそうです。
 京都の羅生門に巣くう鬼から琵琶の名器を取り返しに行った安倍晴明と源博雅(ひろまさ)は、鬼に名前をたずねられます。博雅はそれに応じて素直に「私は源博雅だ」と名乗りますが、晴明は「正成(まさしげ)」という偽名で答えます。翌日、今度は本格的に羅生門の鬼退治に赴いた一行に向かって、鬼は「動くな博雅」「動くな正成」と言います。博雅は呪いにかかってそのまま凝固してしまいますが、晴明は呪いにかからず、するすると近づいて鬼を斬り殺します。
「おぬしは不用意に本名をあかしてホイホイ返事をするから呪にかかるのだよ、博雅」
と清明は笑うのです。

 
 お分かりでしょ。名前を取られると丸ごと盗まれるということです。平安時代の女性は人に本名を明かしませんでした。そして結婚式の翌日、夫となる人に本名を告げるのです。それはすなわち「私を丸ごと取ってくださってかまいません。私を差し上げます」という意味なのです。

 男性の方は政治の仕事があって、しょっちゅう人と会わなければなりませんから“名乗らない”ということができません。ですから名前を盗られないために別の方法を用います。それは、一つには名前を繰り返し変えるということです。「今日からお前は平清盛を名乗れ」といった風です。
 そしてもう一つは、相手を常に役職―今でいえば課長とか部長とか言ったものです―で呼び合うことです。
 井伊掃部守(かもんのかみ)だとか大岡越前守(えちぜんのかみ)とかいった言い方です。そんな方法で男女とも名を秘匿したのです。
 
 この「名前を盗られると終わりだ」という考え方は現在も一部に残っています。「千と千尋の神隠し」です。


【荻野千尋のとっさの判断】
 この映画の中で自由な登場人物はほとんどいません。「油屋」の使用人は全部湯婆婆の手下です。千尋のお父さんとお母さんはあっという間に豚にされて、もう自分が誰かもわかっていません。ハクですら湯婆婆に逆らうことはできないのです。しかし千尋は最初から最後まで千尋であって「千」という名前をつけられた後でも自分を見失っていいません。最後まで自分が千尋であることを忘れていませんし、人柄も(映画の中で次第に成長していくということを別にすれば)まったく変わっていません。なぜ千尋は湯婆婆に取り込まれなかったのでしょう。
 実は、それは最初の方の場面にヒントがあるのです。その部分を見てみますしょう。
 (実際にDVD「千と千尋の神隠し」の契約の場面を見せる)

 何があったかわかりますか。

 もう一度丁寧に見てみます。
 千尋はハクに知恵をつけられて湯婆婆のところに直談判に行きます。油屋で働きたいと言うためです。なぜそう言わなければならないかというと、湯婆婆の世界では仕事を持たない者はすべて動物にされてしまうからです。湯婆婆は「働きたい者には必ず仕事を与える」という誓いを立てているので、直接会って仕事をもらうしかなかったのです。
 しかし仕事をもらっても動物にならないだけで、湯婆婆はその人間を丸ごと自分のところに取り込みます。どうやって取り込むかというと、名前を奪って別の名前を与えるというやり方です。画面のこの部分はまさに湯婆婆が千尋の名前を握りつぶす場面です。

 ところがそれでも千尋は奪われなかった、それはなぜか。
 実はこの契約書に秘密があります。
 この契約書の署名、ピンボケになりますが拡大してみてみましょう。千尋の本名は荻野千尋です。漢字で書くとこうなります。見比べてごらんなさい。ホラ、千尋は本名を書いていないのです。
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 荻野の“荻”はクサカンムリにケモノヘン、そして“火”です。ところが千尋は“火”と書くべきところにわざわざ“犬”と入れているのです。こんな漢字は漢和辞典を見てもありません。
 湯婆婆はそれとは知らず、偽の名前を握りつぶしたのです。安倍清明が偽名を使ったのと同じです。そうして千尋は最後まで千尋でいることをやめずに済んだのです。
 
(この稿、続く)
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2022/1/12

「突然死ぬと、救急車とポンプ車が来る」〜十分な用意もなく自宅で死ぬことの厄介と留意  知識


 正月早々 近所で一人暮らしの女性が亡くなった
 救急車も消防車も、警察も駆け付けるというものものしさだったが
 近所では驚くほど単純なことが問題となった
 誰も家族の居場所を知らなかったのだ

という話。
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(写真:フォトAC)

【近所で、ひとり暮らしの女性が亡くなった】
 正月三日午前中、所要があって家を出て、小一時間ほどして戻ったら自宅の50mほど先に消防車が停まっていました。近所の人たち数人が出ていて、顔を寄せて何ごとか話し合っています。消防車は一台だけですから、火事ということはないでしょう。
 そうした場所にあとからのこのこと出かけて行くのは、品がないようで嫌なのですが、ふと考えたら今年度、私は隣組の組長で、何かあったら動かなければならない立場です。そこでいったん玄関に向かった踵を反して、人の輪に入ることにしました。

 近くに行くと角を曲がったところに救急車もいて、それとは別に背中に「POLICE」と書かれたベストを警察官も何人もいます(パトカーは見当たらなかった)。あまりのものものしさに恐る恐る聞くと、角の家のひとり暮らしの奥さんが亡くなっていたのだと言います。74歳ですから、まだまだ若いといっていい年齢です。

 元日よりたびたび電話を入れていた友だちが、あまりにも繋がらないのを不審に思って訪ねてきたところ、テーブルに突っ伏して亡くなっていたのだそうです。日中に亡くなったらしく、カーテンも開いていればベランダ側の窓の鍵もかかっておらず、すんなりと中に入れたみたいです。


【十分な用意もなく自宅で死ぬことの厄介さ】
 人は若いころは、案外と死に直面しないものです。
 祖父母の死に立ち会うと言っても孫たちが慌てて駆けつけることは稀で、たいていは親たちが周辺を整えてからの対面となり、葬儀の準備やこまごまとした相談の輪からは外されています。だから知らないことも多いのですが、大人になってたくさんの葬儀に招かれ、あるいは葬儀の運営責任者になったり喪主になったりするうちに、さまざまなことを知るようになります。そのひとつが、十分な用意もなく自宅で死ぬことの厄介さです。

 自宅にいても、長いこと病んでいて、たびたび主治医の往診を受けていたというような場合は簡単です。その主治医に来ていただき、死亡診断書を書いてもらえばいいだけです。ところがこれといった病気もなく、自宅で突然亡くなったというような場合には、簡単には行きません。火葬してしまったあとで犯罪の証拠がでてきたりしたら、取り返しがつかないからです。
 法律上は検察官が検死をすることになっているそうですが、実際には対応しきれず。警察官が代行する場合が多いようです。テレビドラマの「ハコヅメ」にもそうした場面が出てきました。


【突然死ぬと、救急車とポンプ車が来る】
 私が初めてそうした事例に遭ったのは、実家のお向かいでご主人が亡くなったときです。いわゆるヒートショック(気温の変化によって血圧が上下し、心臓や血管の疾患が起こること)による死亡だったのですが、やはり救急車とともに消防車も駆け付け、あとから警察が入って丸一日検死などの活動を行い、そのために葬儀の手続きがずいぶん遅れました。
 消防車(ポンプ車)までやってくるのは「PA連携」といって、出動先から別の場所へ救急搬送に向かわなければならなくなった場合、消防車の方が残って隊員が対応を続けるためだそうです。「P」は消防ポンプ車(Pumper)、「A」は救急車(Ambulance)のことを言います。消防署員は救急隊員でなくても十分な訓練を受けているので、基本的な処置については問題ないないと考えられています。
 
 またそれとは違って、別の意味で驚いたのは伯母が亡くなったときのことです。
 伯母は朝、新聞を取りに行った玄関で倒れ、なんとか寝室までもどってきたもののそこで意識を失いました。たまたまそれがデイサービスの日で、伯母が出て来ないことを不審に思った担当者が家族に知らせ、それで家族が駆けつけました。
 幸い息があって病院に運ばれると午前中には回復し、それでも一晩は様子をみようと留め置かれた病室で、深夜、亡くなったのです。この場合にも警察が入って現場検証などに時間がかかりました。いったん回復しても、それでも調べるというのは、丁寧といえば丁寧なですが、ちょっと驚きました。


【何も触れてはならぬ】
 もっとも検死が入ること自体の厄介さは、基本的に家族だけの問題です。ところが今回ご近所で起こったことには、別の厄介さがありました。発見した友人も隣組の人々も、誰も家族の連絡先を知らなかったのです。しかも調べることもできない。
 検死作業が始まると、室内の何ひとつ触ることができないのです。住所録だとか携帯だとか、どこかにヒントはあるはずなのに一切調べることができない。それでは何も進みません。
 幸い今回は、以前、近所に住んでいた人で、娘さんの元夫の名前と勤め先を知るという人が見つかり、その伝手を辿って家族に知らせることができました。しかしそれでも最終的に連絡できるまで2時間近くもかかってしまいました。

 同じような独り暮らしは日本中に何百万人もいます。私も日中、母を独り暮らしさせていますが、もし屋外で倒れたり、あるいは火事を出して消防が大量に駆け付けたとしても、誰も私に知らせることはできません。連絡先を知っている人は近所にひとりもいないからです。
 せめてお向かいさんぐらいには、電話番号を渡してお願いしておいた方がいいと思わされた出来事でした。
 
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2021/9/15

「腸内を探検して、タコをやっつけ、クリップでバシバシ留めてきた(?)」〜大腸ポリープを取った話  知識


 大腸ポリープの手術をした。
 私は他の人が経験できないことをやってみるのが好きだ。
 モニター越しだが自分の腹の中、
 そこで起こったできごとがおもしろい。

という話。 
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(写真:フォトAC)

 夏休みが明けたら書こうと思いながら、延ばし延ばしになっていたことを書いています。今日は私が簡単な手術を受けた件についてです。

 ことの始まりは2年前の人間ドッグで便に血が混ざっており、要再検査ということで大腸の内視鏡検査をしたところ、ポリープが3個見つかったことです。ただしその時は“もうしばらく様子を見ましょう”ということで、2年後の検査を指示されて帰ってきたのですが、それを私は「3年後」と日記に認めてしまい、来年のつもりでのんびりと構えていたところ今年3月、本棚からやたらものを取り出して渡したがる1歳9カ月の孫のイーツが、昔の検査記録を持ち出して来て、そこに「2年後」という記載があって慌てたという事件がありました。その顛末については4月に書きました。
2021/4/23 「検査の前にあったこと、原因帰属、やっぱり私は運がいい」〜大腸検査と運の話B


【ガンでも焦らなくていい】
 4月の半ばに再検査を受けて、“やはりこれは切りましょう”ということになったのですが、実施日は7月中旬、それでも一番早い予約なのだそうです。
 4半世紀前、肺ガンを患ったときもそうでしたが、やると決めたら何でもいい、
「さあ、さっさと、スパッと、切ってくんな!」
という感じなのに、そのあとがけっこう長いのです。今回は経験があったので焦りませんでしたが、前回は「手術を待っている間に手遅れになったらどうするんじゃ!」と気が気ではありませんでした。
 今回の大腸ポリープについては事前に「99・99%、ガンではないと思います」といわれていて、その点でも焦りはありませんでした。ガンという病気は案外ゆっくりしたもののようです。もっとも手遅れだったらどっちみち間に合いませんから、慌ててもしょうがないのです。


【手術の準備】
 時間をかけて下剤を飲み、腸を空にしてから手術を受けるというのは内視鏡検査と同じ手順です。ただ今回は前夜の錠剤も含め、当日の午前中に飲む2ℓの下剤もすべて家で行う点が違います。下剤初心者ではないので、管理する必要がないということなのかもしれません。
 午後ゆっくりと病院に行って手続きをし、点滴を付けてから手術室へ――といっても検査と同じ部屋、内視鏡の挿入手順も全く同じです。

 今回、切除することになったのは二種類のポリープ、それぞれ一個でした。
 ひとつは直腸からS状結腸に入ったばかりのところにあるタコの頭みたいなイボ状のポリープ。もうひとつは盲腸の上のあたりにある腸のヒダに沿ったポリープです。洗濯機の排水パイプのヒダヒダの一か所というところです。腸内のひとつのヒダを山脈に例えると、峰のあたりに初冠雪をかぶったような白い部分があり、それもポリープなのです。

 医師の話だと前者のタコはガンになり易く、後者の初冠雪はなりにくいのだそうですが、取っておくにしくはないということで切除することにしました。もちろん内視鏡手術です。手術の様子は目の前のモニターでずっと見ていることができます。


【タコの首を切る、山脈を削る】
 実際は山脈の方を先に取ったのですが、説明の都合上、タコから説明します。
 タコの取り方は実に簡単で、ひとことで言うと内視鏡の先端から出た首吊りロープのようなワイヤーをタコの首に引っ掛け、それをきゅっと絞ってから高周波電流を流し、バシッと切断するだけです。(下図)
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 切除した部分はあとで検査するので回収したはずですが、どうやったのか、残念ながら見落としました。あっという間の作業ですから。

 ところが「山脈初冠雪ポリープ」の方はそういうわけにはいきません。ワイヤーを簡単に引っ掛けることができないからです。

 そこで内視鏡の先端から注射針を出し、山脈の根元に生理食塩水を注入して、全体を浮かせてから“首吊りワイヤー”をかけるのです。(下図)
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 私の場合は範囲が広かったので、三回に分けて切除しました。ところが図で見ても分かるように、タコと違って切り口がずっと長く広くなってしまいます(一番右の図の赤く塗った部分)。
 タコの切り口はそのまま放置でいいらしいのですが、山脈の方はそういうわけにいきません。そこで切り口を貼り合わせるのですが、そのやり方がすごい!
 なんとクリップを何個も並べて留めるのです。


【腸を全部、仮留め】
 私が使ったクリップは二本指の鉄の爪みたいなものです。
 親指と人差し指で摘まんで押さえる図を思い浮かべればいいのですが、内視鏡の先端についた金属二本指の手の、人差し指で向こう側からヒダを引き寄せ、親指で手前のヒダを持ち上げて両方で強く挟む、そうやって固定して、今度はなんと手首ごと切り離して置いてくるのです(下図)。
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 傷が大きいと何個もクリップを使います。私の場合は8個、並べてきました。

 その様子は、気持ち悪いので、他人のものですが画像の直接リンクを貼っておくので、怖いもの見たさに見たい人はクリックしてみてください。
大腸ポリープ 止血クリップ


【予後の話】

 手術はほんの20分ほど。そのあと1時間ほどベッドで経過観察をした上で、普通に、自家用車で帰宅しました。食事の制限もありません。
 ただし万が一を考えて2週間ほど運動は控え、いつでも病院に来られるよう、遠出はしないよう申し付けられました。以後、問題はありません。

 あ、クリップですか?
 これはいつか自然に取れてしまうもののようです。

「それって、見つけて拾うことはできますか?」
と医師に訊くと、
「そうおっしゃる方は何人もいますが、今まで見つけたという人の話を聞いたことがありません。ボールペンの先端ほどの大きさですから」

 それですんなり引き下がったのですが、あとで考えると「ボールペンの先」もボールだけなのか、替え芯の先端部分なのか、ボールペンの先の金属部分全部なのか、いろいろな考えかたがあります。もしかしたら見つかることもあるかもしれないと、少し緊張感をもって見守っていたある日、用便のあとお尻を拭くトイレットペーパー越しに、肛門付近でプチッと触れるものがありました。手術からちょうど二週間目のことです。

 私は現代医学の最先端に触れたのかもしれません。
――とドキドキしながら見ると、なんと、それはスイカの種だったのでした。


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