2018/12/4

「追熟トマトと昭和の野菜」〜今どきの野菜、昔の野菜  言葉


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 暖冬とはいえ12月に入り、やはり霜が心配にな朝もあります。
 家庭菜園ティスト(2016/6/1「家庭菜園ティストの話」)を自任する私の畑も、収穫して葉だけになったブロッコリをウサギのエサ用に残して、あとはすべて撤去・終了となりました。

 隣近所の畑にはこれから収穫を迎える白菜やらネギやらがかなり残っているのですが、わが家の菜園は家屋の北側にあってほとんど陽が当たらないため、作物の生育は悪く、土も凍り勝ちなので早めの片付けということになったのです。収穫できるものはすべて収穫してしまいました。
 ところが困ったのがトマトの類です。かなりたくさん実が、赤くならないまま残ってしまったのです。


【青いトマトの遇し方】
 青いトマトはピクルスにするとさっぱりとおいしいという話も聞きましたが、一方でジャガイモの芽に似た毒性があり心配、という話もあって、毎年逡巡して結局廃棄していたのです。もともとピクルスが好きでないという事情もあります。

 ところが今年、「青いトマトはヘタの方を下にして、陽に当てておくと追熟するよ」という話を聞き、段ボールに入れて数日縁側に出してみたところ、一部がどんどん赤くなって完熟トマトみたいになっていったのです。
 それが上の写真です。陽に当てて一週間ほどのちの様子です。

クリックすると元のサイズで表示します  他にも「リンゴと一緒に紙袋に入れておくと、リンゴから発生するガスのために熟してくる」という話もあって、そこでやってみたのが右の写真。下の一個がほぼ完熟状態で、上に一個、あと少しで真っ赤になりそうなのがあります。

 しかし赤くなるのは赤くなりますが、ならないものはまるでなりません。
 もうこれ以上は進まないのかな? と思ってあとは捨てるつもりでいたのですが、その後も赤くなり始めたトマトが出てきます。この分だと待っていればかなりの数が完熟トマトとして食べられるかもしれません。

 ただし、言うまでもなく旬のトマトほどにはおいしくありません。外はぶよぶよでも中は硬く、甘みもかなり少ないのです。
 ですから喜んで食べるというわけにはいかないのですが、サラダなどに赤みがないとやはり寂しいですから目で楽しむことを目的に、料理に加えてもらっています。もうしばらく続けてみましょう。

 しかしそれにしても私がトマトをこんなに大切にいとおしく育てる日が来るとは、子どものころには全く考えられないことでした。農業をしたことがないという意味でも、トマトが大嫌いだったという意味でも――。


【昭和中期の野菜事情】
 思えば私が育った時代と現代を比べると、食卓に並ぶ食材の数が違います。
 私が畑で作っているものだけを考えても、ブロッコリもオクラもモロッコインゲンも、ズッキーニもミニトマトも、そんなものは昔はまったくありませんでした。

 わずかにカリフラワーという新種の野菜が発売され始め、マヨネーズをたっぷりかけるとすごくおいしかった記憶はありますが、当時野菜と言えばキャベツに白菜、キュウリ・ナス・トマト、長ネギ・玉ネギ、インゲン・エンドウ・大豆、長芋・じゃがいも、ダイコン・ニンジン、小松菜・ホウレンソウ・・・だいたいそれで全部という感じでした。
 それも味が違う。

 昔の方がおいしかったということはありません。
 ニンジンは生臭く硬く、ピーマンはひたすら苦くてホウレンソウは灰汁だらけ。トマトにいたってはメチャクチャすっぱくて、噛り付くとそのすっぱい汁がぶちゅーッと飛び出てくるのです。しかも汁にはドロドロの種がいっぱい入っていて、田舎者の私には小さなカエルの卵を飲んでいるような気分でした。

 栄養があるから食べなさいと親に強要され、仕方がないので一番いやな汁の部分を先にズルズルズルと吸い取って、味の薄い果肉の部分をあとから食べたものでした。
 それに比べると、現代のトマトのなんとおいしいいことか。

 ニンジンもかつての生臭さがなくなり、生のスティックでも食べられます。熱を通したピーマンに甘味を感じるなどということは全く想像できませんでした。ましてや生でサラダに入ってくるなんて――。


【いい時代】
「昔の野菜は今の野菜と比べて味も濃かったし、栄養価も高かった」
という話があって、実際に文科省の資料でもその通りらしいのですが、旬にしか収穫できなかった昭和中期以前と違って、今は一年中いろいろな野菜が食べられますし匂いや味も改良されています。栄養は、その気になればいくらでも全体量として増やせます。

 少なくとも出された料理の食材を見てもため息をつかずに済む時代が来たのは、私にとって幸せなことでした。








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2018/9/18

「お忍び」〜言葉の進化と誤用  言葉


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(アルフォンス・ミュシャ「曙」)

 安室奈美恵さんの引退が大きなニュースとして取り上げられました。私は世代も違いますしファンでもないので関心はありませんが、かと言って一芸能人の引退がこれほど大きく扱われることに抵抗する気持ちもありません。

 何といっても平成の歌姫ですし、その安室さんの引退と平成の終焉が重なるということには、何らかの意味もあるような気もします。
 ただし次のニュースにはイラっとしました。

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【お忍び】
 この記事のどこにイラついたのか、全く理解できない人がいると思うので説明すると、私の国語感覚からして安室奈美恵に「お忍び」はあり得ないのです。この世で「お忍び鑑賞」をしていいのは皇族だけ、海外でもイギリス等の王族だけです。貴族レベルでもだめ、通常の国家元首でもだめ、ましてや芸能人などお話になりません(北朝鮮国内における金正恩委員長ならいいかもしれませんが)。

 ただし私の方が間違っているということもありますからネットの辞書で調べると、
「著名人がメディアなどを通じて自発的に公にすることなく、何らかの活動をするさまを表す語」(実用日本語表現辞典)
とあり、「アレ? 私が間違っていた?」ということになってしまいます。

 納得ができないのでさらに別の辞書で調べると、
1 身分の高い人が、身分を隠して外出すること。微行。 2 「御忍び駕籠(かご)」の略(デジタル大辞泉)
@貴人が身分を隠して、あるいは非公式に外出すること。 「 −の旅行」 A 「御忍び駕籠」の略。(大辞林第三版)

 プログレッシブ和英中辞典(第3版)では“お忍び”の英訳“incognito (▼女性にはincognitaを使うこともある)”の用例として、
国王はお忍びで狩りに出かけた(The king went hunting incognito).
あの買物客はお忍びの王女だ(That shopper is a princess incognito [incognita].)

とありますから、だいたい私の感覚に近くなります。

 さらに我が家にある「広辞苑」、なんと昭和44年発行の古文書に近い第二版ですが、それだと、
@ 貴人の忍び歩きの尊敬語 A御忍駕籠の略
「忍び歩き」は
(身分の高いものなどが)他に知られぬように身をやつし外出すること。微行。


【言葉の進化】
 以上まとめてみると、
 “お忍び”は本来、王侯貴族が身分を隠して外出することで、イメージで言えばディズニー映画「アラジン」で王女ジャスミンが庶民の服装で市場に出たり、マーク・トゥエインの「王子と乞食」でヘンリー8世の嫡子リチャードが貧民窟のトムと入れ替わって街に出たりといったものだった、しかし現代では実用として、「有名人」が「公にすることなく活動する」ことも含まれるようになった、ということのようです。

 考えてみれば私の「貴族レベルでもダメ」は狭すぎて、水戸黄門のような江戸時代の殿様であっても“お忍び”はできるわけです。「私人として一般にまみれることのほとんどできない人が、身分を隠して外出すること」くらいに考えると、安室奈美恵の“お忍び”も妥当なのかもしれません。もちろん貴族でも、自由に動けるような人は“お忍び”にはならないでしょう。

 そう考え直してさらに調べると、
「ベッキー、恋人とお忍び来場明かす」
「稲葉浩志さん、B'zのイベントにお忍びで出かけるも誰にも気付かず」
「W杯日本戦出場のベルギー代表FW、お忍び来日で“清水寺&旅館ショット”公開」

と、今日的概念での使用例は結構あります。
 これにて一件落着です。

――と思ったら、しかしこれは何でしょう?


【お忍び居酒屋、お忍び旅館】
 ネットで“お忍び”を検索するとやたら出てくるのが「お忍び居酒屋」「お忍び旅館」です。まさか芸能人がこれを見て出かけるはずもなく(そんなことをしたらファンが殺到してしまう)、どう考えても庶民が“お忍び”で利用する居酒屋や旅館らしいのです。
 まさに
「貴人もすなるお忍びというもの、庶民もしてみむとてするなり」です。

 では普通の居酒屋や旅館と何が違うのかというと、お忍び居酒屋は全室個室が原則、お忍び旅館はひなびた場所にある和風旅館ということで、どちらも人の目を気にしなくても済むというのが要点のようです。ただし前者が落ち着いて酒を飲みたい小グループも予定しているのに対して、後者は明らかに後ろめたい旅行客が念頭にあります。要するに不倫かそれに準ずる男女です。

 ここに至って私の語にたいする包容力はまた小さくなります。
 
 普通の暮らしのできない王侯貴族や有名芸能人が、庶民・一般人の暮らしを楽しみたくて密かに外出するのと、不道徳な男女関係が同じ“お忍び”でくくられるのはやはり間違っているように思うのです。


【言葉の誤用】
 ところでYahoo知恵袋にはこんな不埒な投稿もありました。
「私もお忍び旅行をしたいと思っていたのですが、辞書で調べたら身分が高いことが必要条件のようでした。しかしこれってどのくらい身分が高ければよさそうですか。
 個人的には、忍んでさえいれば身分なんて関係ないと思うのですけど、やはり定義がある以上、この条件は満たす必要があります。
 『皇族か貴族の家の出である』とか『芸能人である』みたいなのを言われると絶対無理なので、例えば、普通の会社だとどのくらい偉い人までお忍びになるか教えてください。何卒よろしくお願いします」
(大意)

 私だったら思わず「オマエ、バカか?」と書きそうなところですが、ベストアンサーに選ばれたコメントはやはりさすがでした。

『冒頭、お忍びの大前提が抜けてたので驚きました。例え偉くとも一般の35歳の独身が忍ぶ必要はないので、相手女性に当てはめては如何でしょう。握手会を欠席させて2泊3日湯河原の旅です。そして頃合いをみてプリクラや証拠写真を自ら流出、お忍び旅行発覚、卒業の手順で』
 本格的なお忍び旅行がしたいならAKBクラスの超有名芸能人をかどわかして、あとは派手にやりなさいということのようです。

 やはり“お忍び”は「貴人」のものであって「奇人」が真似してはいけないのです。


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2018/4/5

「桜、桜」2 〜サクラ咲く、おとりのサクラ、桜色  言葉


 昨日の続きの「桜」ウンチクです。

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【サクラ サク】
 おそらく一定の年齢以上でないと分からない、すでに死語です。
 今では大学入試の合格発表もネット上で見られるようになりましたが、かつては発表の日に直接大学に赴くか入学書類の到着を待つしか方法がありませんでした。都会の人はそれでもいいでしょうが、田舎の人間にはたまったものではありません。受験のたびに前泊で出かけ、合格発表のたびに出かけるのでは、金もかかりますが体力的にも大変です。かといっていつ着くか分からない書類を待っていたのでは、受けなくて済む大学まで受験しなくてはなりません。そこで自然と合格電報という方法が生まれたのです。

 たいていはその大学の学生によるアルバイトなのですが、試験日に受験者から費用と受験番号、電話番号を受け取り発表の当日に確認して知らせてやる、という仕事なのです。
 電報は(これももはや説明が必要だな)電文の字数で値段が決まりましたから、できるだけ少ない文字で送った方がいい。しかも「オチタ」だけでは切ないですから、合格の場合は「サクラサク」、不合格の場合は「サクラチル」とするのが一般的だったようです(「サクラサク」の方はもらったことがないのでわかりません)。

 しかし今思うと、そんな学生アルバイトをよく信用したものです。金だけ取ってしまうニセ学生だっていたかもしれませんし、見間違いということだってあり得ます。
 それにも関わらず使っていたわけですから、おおらかな時代だったと言えます。


【サクラ(おとり)】
 死語の「サクラ」と言えば、店に雇われる偽物の客を「サクラ」と言いましたが、これも今はいそうにありません。
 イメージで言うとテレビショッピングで「ワー凄い!」「これ絶対欲しい!」と騒いでいる元タレント、というか「今でもタレント」が一般客の中に混じっているといった感じです。もちろん一般人に見せかけて場を盛り上げ、販売を促進しようとします。
「私、それ三つちょうだい! あら、あと二個しか残らないの? 残念ねえ」

 もともとは歌舞伎や芝居小屋で、無料で見せてもらう代わりに見せ場で掛け声をかけたりして座を盛り上げる仕事で、花見は無料、ぱっと派手に咲く、と言ったところから来た隠語だと言います。しかし店頭販売や街頭販売の少なくなった今日、目に見える姿での職業としては成り立たなくなっているようです。ただし口コミサイトやネット通販で販売店に対して異常に有利なコメントを書き込む怪しい人はたくさんいるわけで、概念としてはこの人たちも「サクラ」には違いありありません。
 もしかしたら今でのこの人たちのことを「サクラ」と言ったりするのでしょうか?


【その他のサクラ】

 桜と名のつく植物でも「芝桜」や「秋桜」は桜ではありません。ともに淡いピンクの花をつけますが、大きさは全く違います。また「秋桜」を見てすぐに「コスモス」と読めるのは山口百恵世代だけかもしれません。
 ついでですが「桜桃」をぱっと「サクランボ」と読める人も一般的ではありません。「桜桃」は「おうとう」と読みますが、「さくらもも」→「さくらんも」→「さくらんぼ」となったのでしょうね。

 かつてコニカ株式会社(コニカミノルタの前身)が出していたカラーフィルムは「サクラカラー」の名で愛されました。サクラクレパス株式会社の「サクラクレヨン」は現在も小学生の定番です。入学式の必需品と言えます。桜の花の微妙な色合いが、カラーフィルムやクレヨンのイメージによくあったのでしょう。

 「桜色」と言えば薄いピンクのことですが、赤の食材にその名がつけられることがあります。サクラエビやサクラマスがそれですが、ともにピンクとはいいがたい色の濃さです。さらに馬肉を桜肉と呼ぶのは、色合いあまりにも違いすぎてピンときません。むしろ「蹴飛ばし」と呼ぶ方がピンときます。

 馬肉の話をした後では言いにくいのですが、三歳のサラブレッド系牝馬(ひんば:メス馬)の重賞レース「桜花賞」は今週末の日曜日開催です。

 同じスポーツ繋がりで、今回調べていて初めて知ったのですが、Jリーグ「セレッソ大阪」のセレッソはスペイン語で桜のことだそうです。桜は大阪市の市木なのです。



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2018/1/11

「人材」〜新しい意味を付与される言葉たち  言葉


 先月5日の当ブログで、
 娘のシーナは「直火(じかび)」を「ちょくび」と言って父親(私)を絶望させますし、婿のエージュは最近まで紅白歌合戦が男女別だということを知らなかった(中略)かくいう私も30歳過ぎまで「あさくさ寺(浅草寺)」と「せんそう寺(浅草寺)」が同じものだと知りませんでした(中略)。しかしそうした数々の無知は、圧倒的な“それ以外の知識”によって相殺され、“かわいいミス”くらいの扱いで見過ごされたりします2017/12/5「勉強ができないにもほどがある」〜なぜ勉強しなければならないのか2
 と書きました。

 しかしその“かわいいミス”にも“ほど”があって、会話や文章の冒頭にとんでもないミスがあったりすると話が先に進まなくなります。
 というのは、先日、成人式に関するネット記事を読んでいたら冒頭の一文が、
「私は成人式が嫌いな人材である」
で、それで一行も先に進めなくなったからです。
「人材」をこういうふうに使う文は読んだことがありません。


【正しいのは誰だ?】
 困ったのはこれが素人のブログ記事ではなく、天下のYahooニュースに寄稿した某大学の専任講師の記事だったからです。
 60年以上生きてきた私がまったく知らない表現だから「違うだろう」と思うのですが、同時に私は権威に非常に弱いタイプなので半分腰も引けています。言葉は生き物ですから、知らないところで形態を変えていたのかもしれません。

 そこで辞書を調べてみるとデジタル大辞泉で「才能があり、役に立つ人。有能な人物。人才」、大辞林(第三版)も同じ、Wikipediaでは「才能があり、役に立つ人物。すなわち社会に貢献する個人のこと。人才とも」。
 つまり私の感じ方は正しいわけで、世の中には「人材派遣会社」「シルバー人材センター」もいっぱいあるわけですからそう簡単に意味が変わるわけはないのです。ほっと胸をなで降ろしました。


【「じんざい」の4分類】
 しかしそれにしてもこの堂々たる書きっぷりはどうでしょう。

 しばらくしてまた不安になり、さらに調べるとアッと驚くページに出会います。そこにはこんな表現があったのです。

 初出はよくわかりませんが、人材関連のビジネス書やコラムを見ていると必ずと言っていいほどこの「人材」「人罪」「人在」「人財」の分類が登場してきます。
 仕事に関する姿勢としてその人の価値をうまく表現したものですが、そこから組織内で「人財」と呼ばれるような活躍をするにはどうすればいいかを考えてみます。

「仕事理論」〜人材、人罪、人在、人財の考え方

 その上でこんな図までありました。
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 要するに人材関連のビジネス書やコラムを見ていると必ずと言っていいほど出てくるありふれた表現だったわけです。したがってそちらに明るい人は自然に使える用語ということになります。(世界は広い!)

 しかしもう一度最初に立ち戻って当てはめると、この分類でも「私は成人式が嫌いな人材である」は理解できません。
「自分は今は専任講師の身だが実は将来性豊かな人間だ」ということを、ことさら表現する必要はないからです。
 もしかしたらさらに別の概念もあるのかもしれません。


【「じんざい」の2分類】
 そこでさらに調べていくと、今度はこんな文章にたどり着きました。
「社員は材料ではなく、財産として扱って大事にしているんです。だから部署名を人財開発部にしているんですよ」
とか、
「わが社は社員を財(たから)と思って経営してます」
という話を最近よく聞くようになりました。
 部署名も、人財開発部とか、人財採用チームなど、「財」の字を使う企業が増えているようです。
 こういった名称を使用している企業の多くは、
 人材=使い捨てにする材料
 人財=財産のように大事にする
という理解のようです。

「なべはるの人事徒然」〜「人材」「人財」の本当の意味
 これです。

 最初に引用した「私は成人式が嫌いな人材である」は(「自分は世間の使い捨てになるような人間ですが」と具体的には言っているわけではありませんが)要するにへりくだっているわけで「僕」や「拙者」と似たような使い方なのです。
 ようやく合点がいきました。


【言葉のこだわりは大切にしたい】
 合点は行きましたが「人材」のこうした使い方は、まだまだ一般的とは言えないでしょう(ちょっと自信がないけど)。少なくとも4分類の「人材」(将来性のある人)と2分類の「人材」(使い捨てにする材料)で意味が異なる以上、人材関連のビジネス書やコラムの中で限定的に使うにしても注意が必要です。ましてやYahooニュースです。

 もちろん語に対するこだわりは誰にでもあって、それは尊重されなくてはいけません。
 私だって「重複」を「じゅうふく」と読んだり「独擅場(どくせんじょう)」を「独壇場(どくだんじょう)」と書いたり読んだりするのは嫌です。いまでも「9組」の次のクラスは「10組(じっくみ)」であって「じゅっくみ」ではないと強く思っています。
 それは知識をひけらかしているのではなく、ずっと正しいと思う言い方をしてきたので異なる読みをされると耳障りだからです。気持ちに引っかかるのです。しかし耳障りで気持ちに引っかかりながらも、他人に対して指摘したり直させたりすることはありません。

 へりくだった表現としての「人材」を尊重しなければならない日はいつか来るかもしれませんが、「僕」や「拙者」と同じように使うためには、もう少し機が熟さなくてはならないでしょう。

 ところで図に引用した「じんざい」の4分類。
 60歳を過ぎた私に将来性を問われても困りますし、まさに「犬馬の歯 (けんばのよわい)」(←一昨日書いた)、犬や馬のようにむだに年齢を重ねてきたので「実績」といったものも残していません。そうなると私の居所は「人罪」の枠だけです。

「人であることが罪であるような存在」
 ――遣りきれませんなァ、もう。


*引用した『「仕事理論」〜人材、人罪、人在、人財の考え方』と『「なべはるの人事徒然」〜「人材」「人財」の本当の意味』はどちらもなかなか面白いものですので、時間のある方は是非ご一読ください。



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2016/10/20

「日本語の創造者たち」C〜和製漢語の話  言葉


 私は何もいっさい外国語を使うなと言っているわけではありません。
 戦時中おこなった、野球のセーフを「よし」、アウトを「ひけ」と言うような愚かさはもちろん避けなくてはなりませんし、母国語にこだわるあまり極端に英語を排斥したフランスは、ITの世界でずいぶん遅れを取ったといいますからそれも他山の石としなくてはなりません。

 また、例えば“Central Processing Unit”には「中央演算処理装置」という素晴らしい訳語がつきましたが、これも“CPU”という呼び名が普通になっています。たった三文字で済みますし、何といっても“Central Processing Unit”を日常的に使う人は限られているからです。彼らの中だけで通じ合えばいいのです。こういうものは外国語(あるいは外国の略語)でも構いません。

 しかし外来語をより多くの日本人で共有しようとしたら、日本語で置き換えの利くものはできるだけ日本語にしておかないと情報伝達の手段として衰えます。
「ガバナンス」「サステイナブル」「スプリングボード」「ワーク・ライフ・バランス」「パブリックマネー」「東京ブランディング」「コンセッション」「ナニー」(ここまでは小池知事)
 こうした言葉が頻繁に出てくるようでは会話になりませんし、言語としての発展性もありません。
「アライアンスによるインタラクティブかつウィンウィンなスキームでステークホルダーにコンプライアンスを・・・・・」(某ブログより)

 幕末以降、外国の言葉、物の名前や概念を表すのに、先人たちは発音表記という方法を取りませんでした。それは漢字という極めて表意に強い文字を持っていたからです。
 漢字を使って大和言葉を漢語風にしたり(「火事」「大根」など)、日本独自の、あるいはこれまでなかったまったく新しい概念や制度、物の名前などを表そうとする(「芸者」「介錯」など)試みは古くからおこなわれてきました。それを和製漢語と言います。
 その和製漢語が短期集中的に、そして意図的につくられたのが幕末・明治時代のことです。西洋文明と直接ぶつかり合い、その吸収が急務とされたからです。
 ふたつ以上の漢字を組み合わせて外国語に対応する新しい言葉をつくったり(「恋愛」「人権」など)、もともと中国にあった言葉に新しい意味を付与したり(「経済」「音楽」など)、それは大変な努力でした。しかし新しい日本と日本人を創るためには是非とも必要な作業だったのです。そしてその仕事の妥当性は、その頃つくられた和製漢語の多くが中国・韓国に輸出され、現在も使われていることで証明されています。

 幕末以降、日本でつくられ海を渡った和製漢語は、「圧延」「意匠」「階級」「温度」「概算」など多種多様に及びます(参考:和製漢語
 驚いたことに「共産党」も「人民」も「共和国」も和製漢語ですから、反日運動がどれほど高まっても中国共産党が中華人民共和国から和製漢語を排除しきることはありません。
 それが幕末・明治の先人の偉大な業績です。

 英語を日本の第二公用語にしようとするのは、そうした先人の努力をまったく無に着そうとする試みです。また安易に外国語に頼ることも、日本的思考を守るうえで厳に慎まなければなりません。言葉は思考そのものなのですから。
 私はそのように考えます。

                           (この稿、終了)
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2016/10/19

「日本語の創造者たち」B〜和製漢語の話  言葉


 「レガシー」「ダイバーシティ」「ワイズスペンディング」「ホイッスルブロワー」
 最近、ニュースの中をやたらと飛び回っている言葉ですが、それは最初たった一人の女性の口から発せられたものでした。小池百合子東京都知事です。

 めったにないことですが、私はときどき強烈に、もっと英語を勉強しておけばよかったと思うことがあります。読んだり書いたり会話したりするためではありません。「英語なんてそんなにやってはいけません」「使ってはいけません」と主張するためには、よほど英語ができなくてはならない、そうでないと単に僻んでいるとか、劣等感の裏返しだとか受け取られかねない、そんなふうに思うからです(こういう言い方自体、すでに相当に屈折しているみたいですが)。その点、高校時代はおそらく日本で一番の英語遣いだったと自負する藤原正彦さんの英語批判には説得力があります。

(さて、話を戻して)しかし小池知事の使う英語、あれはもう少し何とかならないものかと、私は思うのです。

 確かに、英語と日本語は一対一の関係ではありませんから、「遺産」と「レガシー」は同じものではありません。「遺産」と言えば古いものが“今、残っている”ことに重心があり、「レガシー」は私の印象だと“残す”ことの方に重きがあるように思います。しかしニュアンスの違いは文章として補えばいいことで、例えば「負の遺産として残したくない」「将来、良き遺産となるように」といったふうに言えばいいだけのことです。

「レガシー」と言えば小池知事は楽でしょう、しかし受け取る側はとりあえず意味を調べ、「遺産」との違いを感じ取ってしっくりくるまで心の中で訓練しなくてはなりません。そしてそれが終わるまで、小池知事との本質的なやり取りはできなくなります。
 こちらが遅れた分、彼女は勝者の気分を味わっているのでしょうか、それともそれが彼女の機先の制し方なのでしょうか。
 もちろん「ダイバーシティ」はそれまで日本になかった概念ですから英語を使いたがる気持ちもわからないではありません。しかし「ワイズスペンディング」は「賢いお金の使い方」だとか「正しい予算執行」だとか、その場にの状況に合わせていくらでも言い替えがきくでしょう(ここでケインズを持ち出すのはさらに嫌味です)。
「ホイッスルブロワー」に至っては、なぜ「内部告発者」ではいけないのか全く理解できません。

 もちろんそれは小池知事に限ったことではなく、このところ長く続いた日本の傾向です。かくいう私だって努めて日本語を使おうと考えるようになったのはここ10年余りのことで、それまでは安易に、あるいはわざと、難しい英語単語を使って煙に巻くことも少なくなかったのです。ただしそれでいいのか。

 あれもこれも何もかも英語、そのおかげで話がさっぱり分からない――
 ルー大柴というのは私の最も嫌いな芸人の一人ですが、もしかしたら現代日本を戯画化して見せる(おっと! カリカチュアなんぞと言いそうになったゼィ!)天才なのかもしれません。
 彼の描く“ルー語の世界”こそが、現在の日本なのかもしれないのです。

 明治時代はそうではありませんでした。
 外国語をそのまま口にしたり文章にしたりすると困るのは昔も今も同じです。「ダイバーシティ」と言われても何の印象も浮かばない(それどころか私みたいに「潜水夫の町」を思い浮かべるバカもいるか)のと同様に、明治の一般民衆は、例えば“Love”と言われても何も思い浮かばなかったのです。日本には“Love”に相当する感情も言葉もなかったからです。
 男女が互いを「恋うる」ことや「惚れる」ことや「懸想する」ことはありましたし、親子兄弟の間で年少者を「愛でる」ことや「愛おしむ」こともありました。しかし男女間と年少者に対する気持ちをいちどきに表す言葉も感情もない、ましてや神の恩寵まで加わると全く理解できないのです。
 しかし明治はだからと言って外国語をそのまま使おうとはしませんでした。日本語化することに情熱を傾けたのです。その際、当時の文化人には漢文に関する深い造詣があり、国民の多くが表意文字である漢字を自由に使えたことが有利に働きました。
“Love”の表現するところは、「愛おしむ」ことであり「恋うる」こと、だから「恋愛」はどうかとか、――そうなると”I love you”は「我は汝に恋愛す」か? ――いやそれは無理だろう、ここは「愛してる」ではどうか? ――そんなやり取りしながら次々と言葉をつくっていったのです。
“Love”に何の印象も持てない明治人も、「恋愛」にはすぐに反応できました。「愛する」という言葉が生まれたおかげで、欧米人に近い愛の形も生まれてきます。そうやって外国語を咀嚼し、消化して、日本語と日本人の感情はさらに豊かになっていったのです。

                                    (この稿、続く)

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