2019/1/11

「コンピュータ周りの整理」〜教師の文具術 partX  文具・道具・器具


 仕事部屋のコンピュータ周りのケーブルを整理しました。
 お金のかかることの大嫌いな私としては極めて勇気のいることでしたが、
 やはりやっただけのことはある、

というお話。


【仕事部屋は大変】

 このブログでは「仕事に役立つ文房具」あるいは「教師の整理術」といったタイトルで仕事に役立つ文具や物品、あるいは方法と言ったものを紹介してきましたが、実は家庭の仕事部屋の方はずいぶんいい加減で、コンピュータ周りの配線・ケーブルなどはかなりぐちゃぐちゃになって、何が何だか分からない場合も少なくありませんでした。

 以前も申し上げましたが、職場の机が汚いのは事務能力のなさを誇示しているようなものですから必死に整えますが、ほんとうは事務能力なんてないのです。家ではしょっちゅう困っています(2007/6/8「机上の空(から)論」)。

 ところが最近、年齢のせいかさまざまな機器のアダプターをとっかえひっかえ付け替えるのがひどく億劫になり、思い切って整理することにしました。それとともタップにタップを重ねるような危険な配線をやめ、もっとシンプルな配線にしたいとも思ったのです。
 そこで購入したのが、「雷ガードタップ 10個口」です。


【テーブルタップを二つつけた】
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 写真の通り、差込口が5個ずつ直角に並ぶので、大きなアダプターが隣の差込口を塞ぐいうことがないのです。タップの裏に強力な磁石がついているのでコンピュータラックに簡単につけられます。また、とにかく雷ガードもついているのでその点でも安心です。
 コンピュータ関係のプラグとアダプターはすべてここに集めました。

クリックすると元のサイズで表示します それ以外に、スマートフォンの関係だとか電気カミソリの充電器のアダプターとかがあって、これは別にしました。
 もともと使っていたテーブルタップですが、購入したものと違って裏が磁石になっていません。それに予備の電源として手元にあるとありがたいので、ラックの足の右手前に結束バンドで貼り付けました。かなり便利です。

 さて、次に問題になるのがケーブルの先端の方です。これも整理しておかないと、いちいちテーブルタップまで手繰っていかなくてはなりません。
 そこで購入したのが「ケーブルクリップ」というものです。


【ケーブルクリップ】
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 7本同時に差し込むことができますが、私の場合は4本で足りています。Amazonの資料写真ではテーブルの側面につけてジャックが上を向くようにしてありましたが(それだとおさまりが良い)、私の場合は首の重いジャックばかりなので垂れてクリップから外れやすくなるのです。しかたなく横置きにしましたが、これだって悪くはありません。

 また、一番手前のアップルのケーブルは特徴的ですから忘れませんが、その右の三つは分からなくなりそうなのでマークバンドをつけてあります。今回買ったものではなく、以前からやっていることです。よく見ると「shaver」とか「Head Massager」とか書いてあります。

 私のコンピュータは一体型で左にしかUSBの差込口のないものです。したがってバックアップ用の外部HDのために左にもクリップが必要ですが、そのために7個口の「ケーブルクリップ」を使うのはもったいないので普通のダブルクリップで代用しました。
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クリックすると元のサイズで表示します  クリップのツマミ部分はケーブルが通らない大きさなので(通るようでは抜け落ちてしまう)、いちいち外してから通し、元に戻します。この「外してから通して元にもどす」というやり方はかなり便利で、いろいろな場所で使えます。
 大きさも色も、かなりの種類があって使い勝手が良いので、ダブルクリップ、私はかなり好きで台所を中心にあちこちで使っています。
 それについては改めて紹介しましょう。

 なお、最初に紹介した「雷ガードタップ 10個口」は結構な値段ですがかなり使い勝手が良く、ケチな私としては珍しくもう一台買い、テレビの後ろにも設置しました。「テレビ」「ブルーレイ・レコーダー」「映像用ハードディスク」「サウンドバー」「Amazon Fire TV Stick」とプラグやアダプターがひしめいていたのがかなりスッキリしました。






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2018/6/5

「私は傷ついている」〜コンピュータ・リテラシーの話  文具・道具・器具


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 私は基本的に悩むということのない人間ですが、ここ十日余りはけっこう苦しんでいます。
 何があったかと言うと、コンピュータが動いてくれないのです。完全に動いてくれなければむしろ簡単なのですが、中途半端に動くから困る。


【私は悩んでいる】
 ことのはじめは2週間余り前の朝のこと、電源を入れた後でしばらく待っても何もおこらず、「あれ?」と思っていたらやがて黒い画面に「Operating System not found…」の文字。
「オペレーション・システム(OS)が見つからないって、つまりwindowsにさえたどり着いていないってこと?」
と怯えながら、あちこちのキーを意味もなく叩いてみたり、電源ボタンを押して強制終了して何度か再起動を繰り返したり、昔懐かしい「F8連打(起動時にF8のキーを連打すると修復画面に入れた)」をやってみたり、大した技術もないのであれこれ同じことを繰り返していたら、あるときスコンと入れた――windowsの最初の画面にたどり着いたのです。ヤレヤレ。

 その日はそれで済んだのですが二日後くらいに、今度は作業中に突然画面が消えてブルースクリーンになり、回復プログラムが始まってしまったのです。それはそれで大変なことですが、前回のような手も足も出ないような状況ではないので諦めて待っていると、70%、80%90%と回復が進み、95%・・・「ああ、あとちょっとだ」と思った瞬間に画面が変わって、
「回復できませんでした」
って・・・そりゃダメだろう!

 仕方ないのでまたあれやこれやってやっと回復できた――そんなことが2、3回あって、その間うまく動いている時もWordなどを使うとやたら重く、「一文字打って2秒待ち」みたいなことが何度か繰り返され、これはもう根本的なところで問題があるんじゃないかとディバイスマネージャを開いたら、なんとハードディスクが100%のまま、全く下がらないのです。重くなるわけです。
 またしばらく、あれやこれややってみたのですが、考えてみれば7年目の機械、日に12時間以上は動かしていますからハードディスクもそろそろ傷んでも不思議はない。
 そこで本格的に諦めて、新しい装置を買うことにしました。

 今後を見通してもそんなに大きな仕事をする予定もありませんから、最低の性能でよく、そこでさっさと決めて格安のコンピュータをネット販売で申し込みました。それが先々週の金曜日です。
 新しい機械が来るまで1週間。その間何もしないわけにも行かないので、その瀕死のコンピュータをなんとかなだめながら使って、その間にもう一度あちこち見なおして――、

「あれ、このプログラムが邪魔してない?」
 どうも常駐して常に働いている妙なプログラムがあるのです。そこで思い切ってそのプログラムを停止したら・・・動いた。
 まるで肛門を塞いでいた握りこぶし大の大便がスポッと抜けたみたいに(なんという表現だ!)、あとはスイスイ流れていくのです。翌日には新しい機械が来るというのに・・・。


【みなさま、どうしておられるのでしょう】
 さてこんなことを延々と書いても面倒なだけですから端折りますが、このあと直ったと思っていたコンピュータが実は直っておらず、「ああ、やはり新しいのを買っておいてよかった」と思って箱を開き、データを移したりソフトをインストールしたりと時間を使って、「ようし動かすぞ!」と思ったたらいくらもしないうちのその新しい機械でも同じような状況(ディスク100%)が起こり、しょうがないのでもう一度元の機械に向かったり、やっぱり新しいのに挑んだりと、毎日2台の機械と悪戦苦闘していたのです。
 そこで私が思ったのはこういうことでした。
 みな様、こういう場合はどうしておられるのでしょう?

 確かに私は教員時代から他の先生方よりはるかに長い時間をコンピュータの前で過ごすような人間でした。ですから普通以上にコンピュータ・トラブルに見舞われる回数は多かった、それはしかたありません。
 しかしごく平均的な使い方をしていたって不都合は起きるでしょう。あるいはWordの使い方だのExcelの関数だの、困ることはいくらでもあるはずです。そんなとき、みな様はどうしておられるのでしょう?
 特に私よりずっと若い世代、二十代、三十代、四十代あたりの先生たちは、その程度のことはチャッチャと解決してしまうのでしょうか?


【爺ちゃん遅れてるよ、こんなことも分からんの?】
 三十数年前、私はコンピュータに関しては教員の世界でほぼトップ集団にいました。最初に赴任した学校は職員数が60に近い大校でしたがコンピュータを持っていたのは私一人でしたから、トップ集団は間違いないところでしょう。
 その後もITには遅れないよう常に注意を払ってきましたから、「教員としては」という前書き付きですが、なかなか頑張っては来たのです。ところがここ10年余りの間に、ITに関しては一気に置いて行かれた――そんな感じがしています。

 SNSで遅れをとってスマホでも遅れた、そしてその間にクラウドだのIoTだので後手に回った、そしてこの始末です。スマホ決済が分からない、仮想通貨が分からない、ネットフリマが分からない――そしてもともとある程度分かっていたはずのコンピュー自体のあつかいも分からなくなって来た。

「爺ちゃん遅れてるよ、こんなことも分からんの?」
 まだ言われたことはありませんが、自分で自分につぶやいて、今のうちから慣らしておきましょう。
 ああ!!

※今朝のニュースで「学校現場の江戸テック」とかわけのわからないことを言っていました。
 学校とコンピュータと教育に関わる話のようです(江戸ってなんだ?)。
 しかたない。また調べに行ってきましょう。江戸の話みたいですから、遅れた年寄りでも分かるかもしれません。


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2017/8/22

「夏休みの一研究」  文具・道具・器具

    〜枕を高くして寝る

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 2〜3年前から肩こりがひどくなっています。
 と言うか、朝起きると激しい肩凝りがしていて胸から上が動かないのです。しばらく体をゆっくりと動かしているとたいていはそのうちに治ってしまうのですが、ひどいときには片方だけ、午後まで痛みが続くこともあります。しかし寝ている最中に力仕事をしているわけでもないし、なぜ朝だけなのか、よほど悪い姿勢で寝ているのかもしれないと思ったりもしていました。

 ところがある日テレビの健康番組で同じ症状が紹介され、やはり寝相に問題があることが分かったのです。悪い姿勢でなているのではなく、良い姿勢のまま(多くは真上を向いたまま)一晩を過ごしているらしいのです。それでは肩も痛くなるわけです。
 普通はそうではありません。夏休みに帰省して昼近くまで眠っているアキュラの様子を見ると明らかなのですが、とにかく若い人は一晩中、と言うか寝ている間中忙しい。
 右を向き、左を向き、うつ伏せになって時には膝を引き込んで団子状態になり、上を向いて本当に「大」の字をつくったり、そうかと思うと右手を高く伸ばして「イェーイ!頑張ろうぜー!」みたいな恰好をしたり、とにかく落ち着きません。そのうち布団からはみ出してしばらくすると戻ってきたりします。
 ところが私と同じように肩こりと腰痛のひどい妻を見ていると、夜中のいつ気づいても容器に納まるツタンカーメンみたいに微動だにしないのです。良くて膝を上げているくらいで上体が全く動いていない。それが齢というものです。

 なぜそうなのかと言うと(テレビの番組によると)要するに寝相のいい人は多少動いてもすぐに戻ってしまう、横向きに寝ようとしても顔が動くだけで肩が行かない。持ち上げる肩は動いてても引き寄せる反対の肩が体の下に入っていかないのです。それだけの力がないということなのかもしれません。おかげで寝ている間じゅう寝返りに失敗し続けて、結局同じ上向きの姿勢に戻って、だから朝起きたときに体が痛くなる――そういう仕組みらしいのです。
ではどうしたらよいのか。

 ひとつ考えられるのは「寝返りのための筋肉」を鍛えること、もうひとつは引き寄せる肩が体の下に入るよう、枕を高くして首と敷布団の間に空間をつくってやることです。
 しかし筋肉をつけるのには時間がかかりますから――正直に言うと筋トレなんかさっぱり好きではありませんから――そこで私は高枕方式を追求することにしました。まず自分の体形に関する検討をします。

クリックすると元のサイズで表示します 私は肩幅が38cmとかなり狭く、頭部の幅は18cmとけっこうあるので、理論上は(38−18)/2で、10cmの高さがあれば枕に乗せた頭を支えに、クルッと肩を回すことができるはずです。しかし枕をしたまま横向きになると当然首が曲がってしまいますからさらに高さが必要になります。

クリックすると元のサイズで表示します そこで頭で抑えた状態で13cmほどの高さの枕にするため、タオルケットを四つ折りにしてその上に枕を載せ、全体をさらにバスタオルで巻いて即席の高枕とします。あれこれやってみた結果、高さを18cmほどにすると5cm沈んで13cmになることが分かりました。これで寝たらどうなるのか。

――驚いたことにこれで本当に肩こりをせずに起きられたのです。
 最初は高さのために首が痛くなるのではと恐る恐るだったのですが、そんなことはありません。まったくどこも痛むことなく、清々しい朝が迎えられます。
 考えてみれば「枕を高くして眠る」というのは「安心して熟睡する」という意味の慣用句です。昔の人は知らず知らずのうちに高い枕こそ熟睡の元と気づいていたのでしょう。すごいですね。

 ただし深酒をして寝た夜や暑くて寝苦しい夜などは知らないうちに枕から落ちてしまい、まったく枕のない状態で目覚めたりします。そうなると肩こりもハンパではありません。
 来年の夏休みの一研究は「それでも落ちない安心枕の開発」ということにいたしましょう。



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2014/11/26

「黒板」A〜自慢!移動式連絡黒板  文具・道具・器具


 30年も前の話です。

クリックすると元のサイズで表示します 当時担任するクラスと教室が決まって最初にやる仕事のひとつが黒板を整えることでした。正面の大黒板の右側に、白い水性塗料で「月」「日」「曜日」「当番」と書いて毎日の記入に備えます。教室の廊下側の黒板には「学習予定」と書いて下に6時間の授業の枠をつくります。「時」「教科」「内容」「持ち物」と書き込み、空いた空間には生徒会連絡の欄などをつくります。
(写真は現代の既成のもの。新品でビニルを張ってあるので見にくいかもしれませんが)

 毎年書き換えるのは水性塗料の劣化が激しいのと、教師によっては後任者のために真っ新にするのが礼儀と考える人がいたためです。さらに私のように汚い字を残すのは以ての外と考える教員もいます。そこで毎年の書き換えとなるのですが、私はこれがほんとうにダメでした。

 まず字が汚い。鉛筆でもペンでもチョークも毛筆もダメなのに、絵筆となるとなおさらです。また枠をつくるのも大変で、絵筆で描く線は曲がったりかすれたり、太ったり痩せたりと、クズみたいな連絡黒板になってそれが1年間も残るのです。ほんとうに嫌な仕事でした。

 もちろんこうしたことにも天才的な教員はいて、たちどころ素晴らしい作品に仕上げるのですが、そうは言っても小一時間はかかる仕事、安易に頼むわけにはいきません。こちらの矜持という問題もあります。

 そんなわけで悲劇的なわが作品を毎年書き直し、そして2年3年と付き合ううちにふと気づいたのです。

 学習の予定黒板はたいてい教室の廊下側、うっかりすると背後という教室もあります。すると生徒は予定を写すたびに横を向いたり、ひどいときは後ろを何度も振り返って書かなければなりません。これはあまりにも不自然です。あの予定黒板を正面にもって来れないものか――。それが私の自慢の作品の始まりでした。
 さっそく画材店に行って大型の木製パネルを買い、黒板塗料(というものがあった、と言うか今もある)も買って表面に塗りました。それに金具をつけて教室の正面と横に吊るせるようにしたのです。予定を書くときには正面の大型黒板に重ね、普段は横に吊るしておくためです。
 ここまでやると字や線を自分で書くことはありません。10年以上も使えるものですから先輩の先生に頭を下げ、ドーナッツの賄賂を用意して書いてもらいました。この予定黒板は、なんどもぶつけてボロボロになるまで、およそ15年も使い続けました。

 今は同じサイズの黒板がいくらでも売っています(値段は高くかなり重いという欠点はありますが)。ホワイト・マーカーという便利な道具もあり、線を引いたり字を書いたりするのも楽になりました。

 私の傑作はすでに灰塵に帰していますが、もし余裕があれば、そんなものも用意するといいのかもしれません。

                           (この稿、続く)




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2014/11/25

「黒板」@  文具・道具・器具


クリックすると元のサイズで表示します 羽衣文具株式会社が会社の廃業を発表しました。チョークで有名なあの羽衣です。その名前は知らなくても、写真のようなチョークの箱はどこの学校へ行ってもありふれたもの見覚えのある方も多いでしょう。
 重さといい硬さといい、もちろん慣れということもあるでしょうが実に使いやすいもので、亡くなるのはほんとうに寂しい気がします。
 もっともチョークのメーカーは他にもありますし、現在すでに羽衣もチョークのナンバーワン企業ではありませんから、黒板文化についてはしばらく心配する必要はありません。学校によっては見慣れない箱が取って代わるだけです。気づかずに終わってしまう人もいるのかもしれないくらいです。

 さてところで、黒板は教員にとってもっとも愛着の深い道具です。とにかくいろいろな意味で扱いやすい。広さ、見た感じ、書いたり消したりの動作――中でも書く際のチョークの引っ掛かりは決定的で、きちんとした文字を書くにはあの程度に引っかかってあの程度に滑らなくてはなりません。

 黒板に代わると期待されたホワイトボードはとにかくよく滑り止まらないのです。漢字のカドは取れないしトメもおさまらない。ハライも2割増しくらいで先に行ってしまうのでほんとうに厄介です。さらに、白い表面は目に苦しいし、私などは水性マジックのキャップをすぐになくしてしまうので、説明しながら探し回ることなどしょっちゅうです。他の人だってきっと同じで、だから黒板は今も学校に残っているのでしょう。

 ただし黒板とチョーク、そして文具業界や鹿児島県のみで「ラーフル」と呼ばれる「黒板消し」の組み合わせは、今や学校以外にはほとんど見られなくなってしまいました。
 チョークの粉は吸い込んでも「塵肺」にはならないと言いますが決して健康的な感じはしません。しかも部屋がかなり汚れる。そうとう注意したつもりなのにかなり離れたところの桟にも粉は降り積もっています。
 教員が指を真っ白にして粉を肩からかぶり、子どもが掃除の時間にパタパタと黒板消しを叩く姿は学校によく似合う風景ですが、21世紀の終わりまでこうであってはいけません。何か黒板に代わるものが出てくるはずです。

 そこでさしずめ期待できるのは電子黒板です。
 もちろん現在の大きさではムリで、今の黒板と同じサイズでしかも映り込みがないこと、さらに強度を高めること、この三つの条件がそろわないと学校には導入できません。なにしろ子どもは何をするか分かりませんから、激高した小学生が傘を突き刺しても使えるくらいでないとだめなのです。

 現在の黒板ですら20万円近くしますが、それに代わるものだと高くてもその2倍以下、黒板なら一度購入すれば20年以上使えますし表面を塗りなおせば50年も100年も使えますから、それに匹敵する耐久性も要求されます。
 そう考えると、やはり学校から黒板をなくすことが、容易ではないことは自ずと分かってきます。

                                      (この稿、続く)


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2014/9/18

「Webサイト利用」B〜記録をサイトに残す  文具・道具・器具


 教員は教職にある間にどれくらいの文書を残すのか。私にはブログの元となった文書がありますのでそれだけで原稿用紙4〜5枚(一日)×10年(2100日)=8400〜10500枚ということになり、相当な数といえます。しかしそれがなくても学年通信・学級だより・PTA会報・職員文集、児童生徒の卒業記念文集・旅行記への寄稿、外部からの依頼原稿などで散文に類する文章は相当に書きます。さらに授業研究の指導案・まとめ、教材研究の成果、自作の道徳資料などを含めると膨大な数になります。そして普通、それらはほとんど散逸してしまいます。

 私の妻は独身時代、毎日発行していた学級通信を1年分まとめて冊子にし、今も保管しています。そういう事をしている教員は少なくなかったのですが、コンピュータ時代になってデータが残せるようになってから冊子で残す人は少なくなったようです。少なくとも近年、そうした話は聞きません。

 しかしマイドキュメントに取り込んだワード文書というもの、あとからどう検索し、どのように見返すのでしょう。実際、私もワープロ専用機の時代の原稿も含め(Windows用に変換した)かなりの数の原稿があるのですが、どれひとつ改めて見る気にならなりません。もちろん若き日の妻のように冊子にまとめればいいのですが、それはそれで大変な作業です。そこでWebサイトなのです。

クリックすると元のサイズで表示します 私はネット上に架空の学校を設立し、そこにほとんどの原稿を載せました。掲示物として作ったものも大部分は入れましたので、何かの機会に参照するのも楽です。
 ブログで同じことをしてもいいのですが、レイアウトや画像処理を考えると物足りない感じがします。Webサイトはその点、そうとうに自由度が高まります。

 毎日学級通信を書く若い先生などは、今から蓄積していけばたいへんな財産になるはずです。ぜひ参考にしてください。

*私的なものですし問題もあるサイトですので一部パスワードがかかっています。現在のIDは「1234」、パスワードも「1234」です。今月いっぱいでID・パスワードは戻しますのでご承知おきください。

*2014年10月1日、パスワードは元に戻しました。





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