2020/7/7

「年寄りに必要な『キョウヨウ』と『キョウイク』」〜母の誕生日に寄せて  親子・家族


 母が93歳になった。大変なことだ。
 ところで、老人にこそ、
 「キョウヨウ」と「キョウイク」は必要だという。
 何のことか分かるだろうか。

というお話。
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(「ひとりぼっちの老後」フォトACより)

【母が93歳になる】
 今日、7月7日は母の誕生日です。昭和2年生まれで93歳になりました。
 この「昭和2年生まれ」というのは絶妙で、昭和の元年は一週間しかありませんでしたから、「1年早く生まれたら『大正生まれ』の仲間にさせられるところだった」と、何回も話してくれたことがあります。(恐ろしいことに?)今も元気な二人の姉がともに「大正生まれ」で、そこに多少の優越感を持っているみたいです。
「昭和生まれ」だの「平成生まれ」だのと言った話は今でもしますよね。

 その流れで言いますと、私の二人の子どもはともに平成の一ケタ生まれですが、娘婿のエージュだけは母や私と同じ「昭和生まれ」になります。34歳なのに93歳と同じ仲間、それだけ「昭和」が長かったということですが、エージュには気の毒なような気もします。今はまだ若いからいいですが、しばらくしたら「昭和のおじさん」扱いです。
 年号は違いますが母と同じ「2年生まれ」の娘は、もしかしたら将来、「平成生まれ」の優越感をもって夫に接するのかもしれません。


【なんとか元気】
 腰は曲がって歩きはゆっくり、立ったり座ったりが大変ですが内臓に問題を抱えたことがないので“あと10年は生きてしまいそうだ”とさかんに嘆きます。「早く死にたい、(天国の)お父さんはなぜ迎えに来てくれないのか」としょっちゅう恨みがましく言っていますが、地震がくると本気で怯え、大雨が降ると大真面目で洪水を心配します。川は家からずっと下の方にしかないのに。

 そんな母を見て弟は、
「そんなに死にたいなら強盗が来た時に、命は取られてもいいけど(遺産になるはずの)金は取られんようにね」
などとからかいますが、根っからの臆病者で、毎晩の戸締りは欠かしません。私がくると分かっているのに鍵をかけてしまうこともあるくらいです。しかしどうやらその背景には、二人の姉よりは先に逝きたくないという対抗心もあるみたいです。

 週2回のデイケアセンターが面倒くさくなって、辞めたい、辞めたいとしょっちゅう言いながら、行って帰ってくるとそれなりに満足そうです。センターの職員が喜んでくれると言ってせっせと布製のマスクを作ったりもしています。


【年寄りに必要な「キョウヨウ」と「キョウイク」】
 9年前の東日本大震災の年に父が亡くなってから、母には実家で一人暮らをしてもらっています。私の家から20分のところです。
 一時は引き取って一緒に暮らすことも考えたのですが、いろいろ助言があって結局はやめました。一番多かったのが「場所を変えるとボケが進むよ」というものだったからです。

 その話は確かみたいで、私の歳になると知り合いのあちこちで「母を引き取った」「父を引き取った」という話を聞くのですが、どこもあまりうまくいっている様子がありません。どうしてもお客さんになってしまい、いろいろとやらせてもらえないのです。やらないとできなくなる。

 私のところでも5〜6年前、一度だけ来てもらったことがあるのですが、一日中テレビを見ているくらいしかやることがありません。勝手がわからないので台所にも立てない、縫物ひとつにしても針や糸の場所がわからない。畑も小さいので草取りをやってもすぐに終わってしまう。そもそもその冬の間、畑は雪の下です。1年じゅうできる仕事ではありません。

 ものの置き場所などをひとつひとつ覚えていけばいいようなものですが、使い慣れたミシンだの、大量の糸や布の在庫といったものは全部実家から運ばなくてはなりません。しかも配置もほぼ依然と同じにしなくてはならない。だとしたらそれよりは母を独り暮らしさせておいた方がいい。
 食事ひとつ、お茶の一杯でも自分でやらなくてはならないとなると、どうしても動かざるを得ません。それが運動にもなります。
 年寄りには「今日、やるべき用事(キョウヨウ)」と「今日、行くべきところ(キョウイク)」がどうしても必要なのです。
 デイケアセンターにも、面倒でも行ってもらいましょう。その代わり週のうち6日は、夜、私が母の家に行って用を足し泊まってくることにしました。残りの一日を、まだ勤めている弟が面倒を見ます。そんな生活が今年で8年目になります。


【それもおもしろいかもしれない】
 迷惑をかけて申し訳ないと母は言いますが、別に迷惑だと思ったこともありません。逆に長生きしてくれとも思いませんし、ただ淡々と、今の生活が永遠に続くといいなあくらいはボンヤリと思っています。

 100歳を過ぎて有名になった双子の金さん銀さんは、
「テレビにもたくさんお出になって、随分お稼ぎになったんじゃないですか? お金はどうするおつもりですか?」
と聞かれて、
「老後のために蓄えておきます」
と答えたとか。

 ギネスにも載った120歳の泉重千代さんは好みの女性を尋ねられて、
「年上の女性」
 また、健康の秘訣を問われると、
「4年前(116歳の時)に禁煙したことかな?」

――母もそんなふうになってくれたら面白いのですが。

 ハハ。
 
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2020/6/26

「何が出ても、すべてアタリの出産ガチャ」〜子どもは生まれたとき、すでにたくさんのものを持っている  親子・家族


 久しぶりに二人の孫にあった。
 特に1歳のなったばかりの下の子は、まるで違った子に育っていた。
 しかも兄とも、顔以外は全く違っている。
 出産ガチャ――子どもは生まれたとき、すでにたくさんのものを持っている。

というお話。
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(「寝転ぶ赤ちゃん」フォトACより)

【子どもは予定通りに生まれない】
 昨日は、東京の娘のシーナところへ行ってきて、あとで心が痛んだ話をしました。しかし孫たちに会えたこと自体は嬉しいことです。

 1歳になったばかりの次男のイーツはよちよち歩きというよりは酔っ払いのようなヨタヨタ歩きで、ハイハイもほとんどしなくなっていました。2月に会ったときはまだズリバイ(匍匐前進みたいなハイハイ)も十分ではなかったので、大切な時間の多くを新型コロナのために見落としたことになります。しかしそれも運命でしょう。

 運命と言えばこの子が生まれたときも予定通りではありませんでした。母親のシーナは長男が難産の上に新生児仮死で生まれてきたこともあって、不安で、2度目は無痛分娩で計画出産するはずだったのです。ところが1カ月も早くに破水してしまい、結局、普通分娩で産まざるをえなくなりました。
(参照:2019/6/17「絶賛、陣痛中!」〜シーナ、レインボーママ(にじの母)になる1以下)。

 そんな出産もあるかと思えば、これも先日お話ししたシーナの友だちのエリカの方は、同じ無痛分娩でしかもほぼ計画通りだったにもかかわらず、出産のスピードが速すぎて産院についてからの麻酔が間に合わず、十分に効き目が出る前に生まれてしまったそうです。シーナに比べれば超短時間だったはずなのに、痛みが半端ではなかったとかで、「もう二度と子どもを産まない」と固く誓ったといいます。
 何ごとも予定通りには行かないものです。そして生まれた子も予定通りには育たない。


【イーツの成長】
 久しぶりに会ったヨタヨタ歩きのイーツは陽気な子でした。いっしょにいたのが短時間でしたのでたまたまその時間だけ機嫌が良かったのかもしれませんが、テレビや玩具から音楽が聞こえてくるとどうしても身体を動かさずにはいられないみたいで、細かく上下にはずんでみせたり両手を左右に振ってみせたり――そしてときどき親の方を振り返ってキャッキャと大声で叫んでみせたりします。
 そうかと思うとお笑い番組で出演者たちが大笑いすると、意味も分からないのに一緒になって笑っています。大勢が笑っていると自分も笑わなくてはいけないと思い込んでいるようです。

 そんな様子を動画に撮りたくてスマホを向けると、はじめのうちはいいのですがやがて私に気づいて、ニコニコヨタヨタ近づいてくると膝にちょこんと乗ってスマホを奪おうとします。久しぶりというよりは未知に近いはずの私に対して、何の警戒心もないのです。
 もちろん可愛いのでそれでいいのですが、驚かされるのは兄のハーヴとの違いです。ハーヴはそれとまるで違った子だったのです。


【二人はこんなにも違う】
 当時はそんなふうに思わなかったのですが、今のイーツと比べると、ハーヴはとても不愛想な子でした。うっすらと笑うことはあってもキャッキャと声を上げて笑うことはあまりありませんでした。

 新生児仮死で生まれたときはものすごく心配させた子です。しかしその後は大きな病気もすることなく、おとなしく、育てやすい子でした。
 持って生まれた臆病者の都会っ子で、ハイハイの時期には畳の部屋から板の間に降りる3cmほどの段差が怖くて、後ろ向きで下がったくらいです。

 歩き始めの一週間は、それこそ顔をクシャクシャにして笑いながら歩いていたのに、しばらくすると修行僧みたいな厳格な表情で、果てしない歩行訓練といった感じになってしまいます。
 砂も水も草もみんな嫌いで、海水浴は泣きっぱなし、公園で靴を脱ぐこともできません。
 私と一緒の時もずっといい子で困ることもないのですが、さりとて私といるのがうれしい様子もありません。先日、久しぶりに会ったときも大げさに喜ぶふうもない。
 あとでシーナから「ハーヴもとても楽しそうでした」とLINEのメッセージが入ったのですが、私からしたら「あれが楽しいっていう顔かい?」てなものです。

 一方、イーツはじっとしていない。乳幼児につけるヘルメットが売ってないとシーナが嘆くほどによく動く、転ぶ、頭を打つ。音楽が鳴れば踊る、笑い声が聞こえれば一緒に笑う。夜泣きは頑固で、根性を見せて泣き続ける――。

 兄弟を見比べて「同じように育てたつもりなのに――」という人がいますが、生まれたときからこれほど違う子どもたちを、“同じように育てた”はずがありません。違うタイプの子が生まれて、違った育て方をしたのです。


【出産ガチャ--子どもは生まれたときにすでに、たくさんのものを持っている】
 昨年、一部で「出産ガチャ」という言葉が流行したみたいです。良い意味ではありません。

 子どもに手間も暇も金もかけて、一生懸命勉強させたのに大した大学には入れなかった。一方、近くに住む貧乏人の子どもは東大だ。やはり出産した段階でカプセルトイのガチャのようにハズレを引いてしまえばしょうがない――とネットのどこかに載った嘆きが始まりだったみたいです。

 親にハズレと言われた子はかわいそうですが、カプセルトイは必ずしも当たりはずれの問題ではないでしょう。
 ガチャを回すとき、「これが出てほしい」「これが出なくてはだめだ」という思いで動かせば、目指したもの以外はすべてハズレです。しかし「何が来てもいい」「どれが来てもおもしろそう」――そう思って回せばすべてがアタリです。

 “子どもは生まれたときにすでに、たくさんのものを持っている”という意味では、確かに出産はガチャみたいなものですが、シーナのように二度回したら二度ともまったく異なるものが出てきて、それがおもしろい、そう考えれば出産ガチャも希望に満ちてくるではありませんか。
 私は歳ですのでこれから先に機会があるわけではありませんが、こんなことなら出産ガチャ、もっとたくさん回しておけばよかったと思っています。


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2020/5/29

「家庭に居場所のない子どもたちと、子育ての複線化」〜自分の居場所がない!B  親子・家族


 普通の家庭なのに子どもの居場所がなくなるのはなぜだろう。
 子どもは親をどうみているのだろう。
 親と子の双方の立場から、
 どうしたら居場所ができるのか、考えてみる。

というお話。
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(「滑り台で遊ぶ家族」フォトACより)


【普通の家庭に子どもの居場所がない】
 世の中には虐待を日常的に行っている家庭もあれば、崩壊家庭もあります。年がら年中、夫婦でいがみ合っている家もあります。これらの家で子どもが「自分の居場所がない」と言っても、それは何となくわかることで、対処の仕方も想像がつきます。

 原因が他にある場合でも、とりあえず目の前の問題を解決しないと先へ進めないのは、いま罹っている風邪を治さなければ頭痛の原因がわからないのと同じです。
 したがってここでは、ある程度の幅で「ごくありふれた家庭」を前提に話をしたいと思います。

 普通の両親、普通の家族、なのに子どもが「家に居場所がない」と言い出すとしたら、それはどういうことなのか、ということです。
 その点で私がいつも考えてきたのは、
「伝わらない真実の愛より、伝わる偽の愛の方が価値がある」
ということです。


【子どもの理解力は思ったより低い】
 例外はあるにしても、口下手の、何を言っているのかわからない男の愛の告白より、結婚詐欺師の流れるような饒舌の方が勝利を得やすいことは容易に想像がつきます。女性はバカだと言っているのではありません。大きなニュースになる結婚詐欺はむしろ女性によって行われていますから男も女も同じです。
 問題はそこにあるのではなく、 “愛”はきちんと伝えておかないと伝わって行かない場合があるということです。

 日本の男性は愛情表現が下手で、妻に「愛している」などとほとんど言わないといわれています。しかし言えばいいものでもないでしょう。欧米の男性たちは年中「I love you」とか言っているみたいですが、欧米の奥様方だって眉に唾をつけて吟味しているに違いありません。
 日本の場合、「愛している」は、私のように妻に叱られているときだけ使えばいいのであって、普段は黙って雰囲気を醸し出していればいいのです。夫婦間であれば。

 また社会生活を送る上で、私たちは友人、同僚や先輩、後輩に対して、いちいち「オレのこと、信頼しているよな」とか「俺たち親友だろう」などと言ったりしません。そうしたことはすべて“読み”の中で行うべきことで、いちいち確認するようだとむしろ胡散臭いと言えます、大人の社会では。

 しかし子どもは違います。
 彼らはとても未熟で、日本独自の高度な“読み”の対話についていけないのです。ひとことで言ってしまうと、子どもたちは私たちよりずっと「言葉通りにとってしまう」傾向があるのです。だから必要なことはきちんと言葉に出して言わなくてはならない。


【子どもに理解できない親の言葉遣い】
 私の友人に会話のキャッチボールをいちいち変化球で行う男がいます。まったく素直でなく、根はいい人なのに妙に悪ぶったりふざけたりするのです。
 そこが面白くて50年以上もつき合っているのですから仲間内ではいいのですが、同じ語法を子どもに対しても使うのは困ったものでした。

 例えばまだ息子が小学生のころ、彼は近所にある県内随一の進学校の前を通るたびに、「お前はいつかこの学校にはいるのだ」と暗示をかけているという話をしてくれたことがあります。飲み会の席でのことです。
 これが教育パパのまじめな話だったらまだいいのです。本気で息子をトップ校に入れたいと考えているなら、暗示をかける以外にもさまざまな支援を行い、その結果を一緒に確認しながら成長していけばいいのですから。
 ところが、私たちの誰もがわかっていたのですが、彼にはそんな気持ちはまったくなかったのです。面白おかしいからやっている、息子がその高校に合格すれば敢えて反対もしないが、基本的にどうでもいいことだと、そんなふうに考える人です。

 私はすでに教員でしたので“これは危険なやり方だ”と思ったのですが、子育ての上では彼は先輩ですし、教員風を吹かせるみたいでそれも嫌だったので敢えて言いませんでした。しかしずっと後になって、彼と一緒に後悔することになりました。


【実は親には余裕がある】
 今の話は極端な例ですが、似たようなことは普通の親もしています。例えば「何が何でも県立高校(都会の場合は私立高校)へ入れ」とか、「野球で○○高校をめざせ」とか言った具合です。
 ただ、これもどこまで本気の話なのか――。

 目指す高校へ入れなかったら高校進学自体をあきらめるのか、一家心中でもするのか、ということになればそうではありません。親にサラサラそんな気はない。子どもが頑張ってそれでもできなければ諦め次善の三善の策へと向かう、そのための覚悟も余裕もあります。ただし最初から余裕を見せたら子どもが頑張らないかもしれないので厳しく言っているだけなのです。
 けれど思い出してください。「子どもたちは私たちよりずっと言葉通りにとってしまう傾向がある」のです。

 受験を例に話を続けると、子どもから見た場合、親が受け入れてくれるのは “目指す高校に進学している自分”です。それ以外ではありません。親がそう言っているからです。「何が何でも県立高校へ入れ」と。
 したがって“県立高校生でない私”“県立高校をめざす努力もできない私”はその家にいなくてもいい子です。その観点から家庭を見れば、明らかに自分の居場所はありません。
 こうして「家庭に居場所のない子ども」は生まれてきます。
“県立高校生でない”を“良い子でない”に置き換えると、子どもたちの立ち位置の大変な状況はさらに見えてきます。

 しかしだからと言って親にとって、「高校はどこでもいいよ」は本心ではありませんし、子どもの悪い部分を放置して「別にいい子でなくてもいいんだよ」と言うことも躊躇われます。
 生活指導の問題に関して、専門家はしばしば、
「“今のままのキミでいいんだよ。そのままのキミで大丈夫なんだ”ということを伝えなさい」
とか言いますが、昨日から引きこもりに入った子、今日、万引きした子、まったく勉強しないで遊び呆けている子に、“今のままのキミでいいんだよ”は、言ってもウソ色満載、伝わるわけがありません。

 一方で厳しい言い方で努力を促しながら、他方でどうしても無理なら受け入れるよという優しさも見せたい二律背反、いったいどうしたらよいのでしょう?


【日常の二律背反】
 この問題はきわめて現代的なものではないかと私は思っています。
 昔の農家や商家ですと一日中家族で暮らしていますから、自然と夫婦の役割分担ができて楽だったのです。お父さんは厳しく、お母さんは優しくといったふうに。
 ところが現代の役割分担は共稼ぎであっても「外で働く人」と「子どもを育てる人」で、どこもかしこも実質ひとり親状態です。そうなると一人の親が厳しい部分と甘い部分を使い分けなくてはならず、それが大変なのです。

 実はこれについて、私は答えらしきものを持っています。それはもうひとりの私の友人が教えてくれたことで、指導の複線化、お隣の国の大統領の大好きな言葉を借りれば、指導のツートラックともいうべき方法です。


【子育ての複線化】
 私は結婚も遅く親になるのも遅かったので、先述の友人を含めて友だちの子育てを参考にすることが少なくなかったのですが、これはいいなあと思って真似したのは、三人の子どもを代わる代わる膝の中に乗せて、体を揺らせながら語り掛ける別の友人の姿です。
 彼はこんなふうに言うのです。
「お父さんの大好きな○○(子どもの名前)。お父さんが世界で一番大切な○○」
 そんなふうに遊んでしばらくすると別の子と取り換えて同じように、
「お父さんの大好きな△△。お父さんが世界で一番大切な△△」
 三番目の子どもも同じです。

 面白いのは子どもたちにとって「世界一」が三人もいることがまったく問題とならないことです。あとで聞くとさすがに「じゃあお姉ちゃんとボクとどっちが大事なの?」と訊ねられたこともあるようなので、それでどうしたと教えを乞うと、
「いや、そんなのは簡単。“今は○○が一番”って言っておけばいいんだよ」

 私もそれを真似して、上の子が三歳のころから、下の子が父親の膝の中に入るのを嫌がるまで、繰り返し同じことをしていました。
 下の男の子はある日、
「でも、お姉ちゃんを抱っこしているときはお姉ちゃんが一番っていうんでしょ」
とか言いましたが、それでも満足そうでした。姉を大切にしてくれる人は、自分も大切にしてくれる人です。

 子どもが問題を起こした、子どもの問題が常態化した、そういった段階で打つ手は限られています。その状態で”今のままのキミでいいよ“と言って通じさせるのは、不可能ではないかもしれませんが、神技に近いものがあるでしょう。
 受容的な言葉、愛を伝える言葉は、順風の時あるいはどうでもいいときに投げかけておくべきものです。子育てをする以上はいつかは厳しい親子対立を経験しなくてはなりません、しかも何回も。だからその日のために、どうでもいい時間には子どもに“お前が一番大切だ”という言葉を浴びせておけ、ということです。

 小学生も高学年や中学・高校になったら、“大好き”は言いにくくなりますからどうでもいい時間に努めて誉めておく、問題のない時期の親子の会話は誉めて愛情を注ぐ時間としておく――指導の複線の一本は常に生かしておくことがいつ用です。。
 日ごろから「大好きだ」「素晴らしい」「いい子だね」と言葉のシャワーを浴びせられている子は、親の期待に反して“県立高校生”になれなくても、家に自分の居場所のあることをきちんと知っています。そんな子は、苦難の時も踏ん張れます。倒れても頼る家庭があるのですから。

 先日、孫のハーヴは母親に叱られて、
「お母さん、怒るけど、(ボクのこと)好きなんだよね」
と訊いたそうです。おそらくシーナも私と同じことをしているのでしょう。

(この稿、終了)

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2020/5/28

「不幸な組み合わせ、幸福な組み合わせ」〜自分の居場所がない!A  親子・家族


 子どもは、初めから異なった性格をもって生まれてくる。
 親にも、親になって初めて知る自分の性格というものがある。
 その組み合わせは千差万別、さらに他の要素も加えて複雑になる。
 だから、
 子どもの「居場所」をつくりやすい組み合わせと、そうでない組み合わせがあるのだ。

というお話。
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(「産まれたての赤ちゃん」フォトACより)

【人はそれぞれ異なるものを持って生まれてくる】
 いつもここではシーナと呼んでいる私の娘が昨年産んだ次男イーツが、つい最近、一歳の誕生日を迎えました。臨月前に破水してしまい苦労して産んだ子です。今は元気で、しかも体が軽くて動きやすこともあって、すでに歩き始めているようです。

 この子の特徴はそうした身軽さとともに感情が豊かなことで、楽しいとよく笑いますし赤ん坊らしいくっつき虫で、いつも母親のシーナか父親のエージュのどちらかにくっついて、そこを基地に遊びに行っては戻り、戻ってはまた遊びに行くということを繰り返しているようです。
 感情豊かですから笑いもしますが夜泣きも激しく、いったん泣き始めると頑として引かないところがありました。私も九州旅行の際は難渋したものです。

 四つ年上で間もなく5歳になる兄のハーヴはそれと全く違う赤ん坊でした。
 こちらは新生児仮死というイーツに増してたいへんな難産でしたが、生まれたころからとてもおとなしい子で、いまでも覚えているのは離乳食のころ、祖母に当たる私の妻が「エーンって二回泣いたらあげるからね」とスプーンを口元まで持って行ってしばらく様子を見ていた光景です。特に意地悪をしたわけではなく、ちょっと試してみた感じです。しかし泣かなかった。
 とても不愛想な赤ん坊で、生後三か月を過ぎたあたりで初めて声を出して笑った瞬間を、皆が覚えているくらいです。

 運動発達に遅れがあって初めての寝返りが生後10カ月、ハイハイを始めたのが1歳1か月、ようやく歩き始めたのが1歳4か月でした。確認ですが、弟のイーツは誕生日前に歩き始めているのです。

 ハーヴは徹底した屋内派で、部屋の中では放っておけばいくらでも一人遊びをしています。ですから今回の新型コロナ自粛でもシーナはまったく困りませんでした。何しろ親が促さないと散歩にすら出ないのですから。


【子の性格で親の育て方は揺れる】
 さて、二人の孫の話をしたのは別に孫自慢ではなく、子どもは生まれたときすでに強い個性を有しているということを確認しておきたかったからです。

 おとなしく、内向的で育てやすいハーヴと、陽気で活動的で泣き止まないイーツ。
 教員時代、多くの保護者から、
「兄弟、同じように育てたつもりなのに・・・」
といった言葉を聞くことがありましたが、そんなことはありません。これだけ違った個性を育てている以上、育て方にも相応の違いがあったはずです。

 例えば次男のイーツはくっつき虫で長男のハーヴは不愛想な赤ん坊だったと書きましたが、そのことが父親の養育態度に影響を与えます。
 イーツはべたべたとくっついてきますから自然に接する機会が増えます。抱き上げるとキャッキャと声を上げて手足をばたつかせて喜びますから、また抱こうという意欲につながります。しかし長男のハーヴは不愛想で体が重く、常に体が母親の方に向かおうとしているので何となく気が引けたりするのです。

 二人について父親のエージュが差別しているとは思いません。いつも同じように、よく子育てに参加してくれています。しかし毎日の小さな違いの積み重ねは、二人の成長に違った影響を与えることでしょう。どちらがいい、どちらが得ということでもありませんが。


【子どもが好きでなくてもよい親になれる】
 母親のシーナについて話しておきます。
 シーナは中学生のころから「一番の目標はお母さんになること」と言っていたくらいですから、四大を出て25歳で結婚し26歳で母親になったのはほぼ目標通りでした。しかし振り返って中学生だった頃のシーナが子ども好きだったかというと、まったくそういう記憶はありません。そこで聞いてみるとすんなり、
「別に好きじゃないよ。早く結婚して子どもを産みたかったのは、女の子どうしの恋愛・結婚・出産レースに巻き込まれるのが嫌で、その前に抜け出したかっただけ――」
 よくわかりませんが女の子の世界には難しいことがあるみたいです。

 さて、それほど子どもが好きでもないのに母親になったシーナはそれからどうだったか――。
 直接の父親である私が言うのも不適切かもしれませんが、よくやっている、非常によくやっていると感じています。普通の母親が期待されることは一通りできているみたいですし、夜泣きに苦労したり、特にハーヴの発達には心傷めることも多かったのですが、なんとかしのいできました。
 私は赤ん坊が大好きですからいつでも羨ましく、思わず「いいなあ」と言ってしまうことがあるのですが、「うん、幸せだと思ってるよ」と答えますから、まずは及第点でしょう。

 一般的な意味で「子どもが好き」でなくても、親は勤まるのです。


【不幸な組み合わせ、幸福な組み合わせ】
 そんな気はさらさらなかったのに、親になったらとんでもなく楽しい、自分に向いている、という人もいれば、まったくやっていける気がしないという人もいます。

 つい先日もテレビで、独身の頃は赤ん坊の泣き声が聞こえるだけでも舌打ちをしていたのに、親になったら面白くて楽しくて、今では保育士さん並みに歌って踊って大騒ぎをしているというタレント(?)さんが出ていました。こういう人は幸せです。

 しかし逆に、赤ちゃんが欲しくてほしくて、ようやく手に入ったと思ったら我が子がまったくかわいいと思えない、好きになれない、そういう人だっているでしょう。もちろんかわいくないからと言って育児放棄するわけでもありませんが――。

 いつまでたっても子どもが可愛いという人もいれば、ある時期からまったく関心を失ってしまったという人もいるでしょう。
 夫婦間の子どもに対する感じ方の不均衡というものもあります。

 私の家のトイレの格言カレンダーで今月の格言は「親の希望は押し付けすぎると子供の負担になる」で、毎日“こういうのも格言というのかな”と首をかしげていますが、親と子の願いの不整合ということもあるでしょう。

 夫婦の組み合わせ、親と子の組み合わせ、子と子の組み合わせ、それぞれの願いの組み合わせ――それらは無数にあり、その中の不幸な組み合わせから「家に居場所のない子ども」が育ってくる――今、私が考えているのはそういうことです。

 回りくどい言い方になりました。言わんとするところは、親にも罪はない、子にも罪はない、要するに組み合わせの問題なのだ、ということです。

(この稿、続く)


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2020/5/21

「階段を上る者、階段を下りる者」〜子どもの成長と年寄りの老い    親子・家族


 新型コロナ事態のために会えずにいるうちに、
 孫のイーツはどんどん成長していってしまう。
 同じ時間を、年寄りの私は静かに老いの階段を下って行く。
 しかしそれだって、案外悪くない。

というお話。
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(「つかまり立ち」フォトACより)

【コロナで会えない間に】

 新型コロナ事態で私も東京に行けないし娘も里帰りできない状況が続くうちに、まもなく1歳の誕生日を迎える孫のイーツが、ハイハイから立ち上がって、今にも歩きそうな勢いだそうです。赤ん坊がハイハイしている期間は驚くほど短く、屋外で他人の赤ん坊を見かけても、たいていは抱っこかベビーカーかよちよち歩きで、ハイハイの赤ちゃんなどめったに見られるものではありません。兄のハーヴのときはそれでもたびたび行き来して見る機会は多かったのですが、イーツの場合は2月に会ったときはまだズリバイ(匍匐前進のようなハイハイ)すらしておらず、そして2カ月半会わないうちに歩き始めてしまうかもしれないのです。
 ときどき母親であり私の娘でもあるシーナが動画を送ってくれるのですが、それで我慢するしかない――。
 ほんとうに残念です。


【懲りない、繰り返す】
 立てるようになったイーツを、ジジの私は残念がっていますが、本人はどうかというとこれがニッコニコ。立ち上がるのがうれしくてしょうがない様子で、自由になった両手でニギニギしたり拍手したりしています。そしてピョンピョン飛び跳ねるような動作を始めてバランスを崩し、ペタリと尻もちをつくと目を真ん丸にして驚いていたりします。
 けれどすぐに気を取り直して再び立ち上がり、同じことを繰り返すのですが、尻もちをついたことで懲りたりめげたりする様子はなく、立つのをやめてしまうこともありません。

 “懲りない”というのはけっこうな赤ん坊の特徴で、息子のアキュラも寝返りの時期、くるっと反転してうつぶせになり、その姿勢が嫌なので必ず泣くということを繰り返しやっていました。階段を上るのも大好きで、けれど降りることはできないので一番上の段で泣いて大人の手を借りる――それもアキュラのお得意でした。
 「嫌ならやめればいいのに」と言いながら助けに行くのですが、もちろん親として、ジジとして、子や孫が懲りて立つのをやめたり階段上りを二度としなくなっても困ります。
 この「懲りない」「反復行動を繰り返す」という二つの特徴を失ったら子どもの成長は望めないわけで、「ああ人間ってうまくできているものだな」とホトホト感心させられるのも、そういう姿を見せられた時です。


【人は二度とハイハイに戻らない】
 イーツは間もなく歩き始めるのですが、一度歩くことを覚えた赤ん坊は二度とハイハイに戻ろうとしません。ハイハイの方が圧倒的に速く安全だとしても、痛い思いをして転びながらヨロヨロと目標に向かって歩く方がいいらしいのです。歩き始めの赤ん坊はこれもたいていはニッコニコ顔です。
 よくできたものです。
 
 赤ん坊に限らず、子どもの成長の階段はのぼりだけで、しかも奥行きのやたら長い踏板を歩いた先には、とんでもなく高い次の段があったりします。しかし上がるときは簡単に上がってしまう。
 自転車は一度走れるようになれば二度と「自転車に乗れない自分」には戻りません。水泳もスキーもスケートも、一度できるようになることが大切で、よほど間に時間をおかない限り最初からやり直しということはありません。

 自分自身が子どものときは理解できませんでしたが、「昨日より今日の自分のほうがいい(優れている、できることが増えた、体も強くなった・・・)から、明日はもっといいだろう」と信じることができるのは、この時代だけです。たいていの子は当たり前すぎて意識さえしないのですが、歳を取るとよく分かるようになります。
 成長の階段をのぼり続けることのできる時期も、そんなに長くないからです。


【階段を下りる】
 年寄りの世界は赤ん坊の逆です。私たちの歩く階段は基本的に下りばかり。踏板の奥行きが長いとしたらそれはそうとう頑張っている証拠で、意識しないと小さな段差をいくつも下っていたりします。できないことが少しずつ増えていく――。

 では歳を取るというのは悲しく切ないことかというと、それが案外そうでもないのです。
 肉体的社会的に行動が制限され始めると、素の自分なら選ばなかった道を歩まざるを得なくなって、しかもそれが新鮮で、案外よかったりもするのです。

 例えば畑仕事。
 職を持っているころは忙しくて深く勉強することができなかった農業も、ちょっと深入りしてみるとなかなか面白かったりします。
 あるいは音楽。
 アマゾンのプライム・ミュージックはお金を払って特別会員になればほとんど無限に近い曲を再生できますが、一般会員だと限りがあります。その有限な世界を散歩する気分で歩いていたら、今、ドップリ浸かっているのがジャズです。ずっと過去を振り返っても、自分がジャズを聴いた時代はなかったように思います。これもきっと今だからいいのでしょう。

 そして何より、美味しく食べられるものが増えたこと、それが一番の収穫です。若い時期はそもそも食事を楽しむということがありませんでしたし、好きなものばかりを食べていましたから食の幅が広がらなかったのです。
 それが外食を控えるようになり、家庭料理ばかりを食べるようになると、自然とひとつひとつに目が行き届き、味わって食べるようになるのです。そうなると昔はおいしいと思わなかったものまで、いちいちおいしくなってきたりします。

 うどんがうまい、モチがうまい、パンがうまい、魚がうまい――これらは昔、あまりおいしいとおもって食べることのなかったものです。
 暇ですから、その気になるといろいろなことが分かってきます。それも老いの楽しみです。

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2020/4/29

「更新しました」〜キース・アウト  親子・家族


いつに再開されるかわからない学校教育を待ってイライラするより、子の技術家庭科能力を高めて、近い将来、自分が楽をできる道を探る方がいい





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