2021/6/22

「学習の雰囲気を崩しても、守るべき願い」〜声は出さなくてはいけないが、声の大きさは現実を反映しないA  教育・学校・教師


「下着の色は肌色やベージュ、モカなどの制服から透けにくい色」
 これがブラック校則である理由がわからない。
 しかしそれ以外の色物・柄物をつけたがる子どもの、切なる願いの実現のため、
 学校は服装や髪型に関する一切の規制を、なくそうとしているのだ。
という話。

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(写真:フォトAC)

【都市伝説としてのブラック校則】
 例えば、私はブラック校則問題というのがよく理解できないのです。
 確かに男性教師が――女性がやったって駄目ですが――スカートをまくったりブラウスの襟を開かせて下着の色を確認する下着検査や、もともと赤毛だったり金髪だったりする生徒を強制的に黒染めさせる頭髪指導がブラックだというのは分かります。否、ブラックどころかそれぞれ強制わいせつ・暴行といった明らかな犯罪でしょう。
 どんどん摘発して裁判にかければいいようなものですが、目撃情報は山ほどあるのに、今日まで逮捕された教諭や名前を挙げて糾弾された学校の例を私は知りません。当該の学校にマスコミが大挙して押し寄せ、ネットでは犯人教諭の私生活まで暴かれたというような話もありません。要するにそんな検査など都市伝説なのです。

 また今年2月の大阪の黒染め訴訟では、「原告が黒かった髪を赤く染め、それを地毛と主張したことから問題が発生した」と裁判所は認定しています。決して元から赤っぽい髪を無理やり黒染めにした話ではないのです。しかしいつのまにかすり替えられてしまいました。

 髪についてはそれどころか、本来は地毛の赤い子を事実誤認から指導してしまわないよう、その子を守るためにつくられた「地毛証明」も、自分の髪や肌の色、性別を証明するような大きな負担をかけるべきではないといった論理でブラック校則の中に含められてしまいました。
 そんなことをしたら生来の赤毛の子もしょっちゅう指導されてしまうじゃないか、同じ学年の子や後輩から不良扱いされてしまうのではないかと思いましたが、それは議論になりません。
 学校は「地毛証明」なんかに頼らずにきちんと指導しろという立場と、そもそも髪の色は個性なのだから学校が規定すべきではないという立場の両方があるみたいです。


【学校の存在理由、教師の願い】
 人権を侵害したり無視したりする状況を「ブラック」と呼ぶのは「ブラック企業」からの連想かと思います。しかし服装を細かく規定したり髪のあれこれをうるさく言うのがブラックなら、世の中はブラック企業だらけになってしまいます。病院だって食品関係の企業だって機械工場だって、自由な服装・自由な髪型で就業していいということにはなっていないでしょう。
 学校が髪型や髪色について制限を加えることが、幾度も裁判になりながら“社会常識に照らし合わせて妥当”という判決しか出ないのは、こうした背景があってのことです。

 「学校は子どもを枠にはめるな」という言い方をする人もいますが、そもそも教育は日本人を「人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民」(教育基本法第一条)という枠にはめようというものです。野放図に遊ばせておくわけにはいきません。

 そのための学習を、教師たちはいまでも努力して成し遂げるものだと思っています。
 「学問に王道なし」だとか「刻苦勉励」「蛍雪之功」あるいは「艱難、汝を玉とする」といったことを、全面的に、あるいは部分的に大真面目で信じているのです。

 もし「大変じゃないよ」という子がいたら、よほどの天才でない限り、能力に対して目標が低すぎるのであってそういう子にはさらなる高い目標を与えなければならないと考えます。「その子のもつ能力を限界まで伸ばしてやりたい」というのは、教育者の根源的な欲望です。

 一方、学問に全く向かない子だっています。誰もが学者になったり医者になったりする必要はありませんから勉強なんてできなくたっていいのですが、それでも“できなさ”に限度があります。
 障害があれば別の道を歩ませるにしても、そうでない場合、誰もが読める漢字が読めないとか簡単な計算ができないとか、あるいは誰でも知っている常識的な事項を知らないとか、それでは社会に出てからつまらない苦労ばかりをすることになる、そんな状況のまま教え子を送り出すのはあまりに忍びない――それも教師の本音です。

 だから勉強させたい、してほしい、体育や人間関係の学びも含めて、学校が伝えようとすることをきちんと身につけてもらいたい――そう考えると持てる力を総動員し、学校の雰囲気を維持しようと考え始めます。
 決して楽ではない学業を、なんとか頑張って続けて行こうという雰囲気――私はそれを学校のアカデミズムと呼んでいます。


【失うものと得るものの対応が悪すぎる】
 ラサールだとか開成とかいった都会の超エリート校には、おそらくアカデミズムがあるはずです。田舎のトップエリート校にもあります。
 偽悪ぶって妙な格好をする子もいますが、全体に広がって学校の雰囲気を壊す心配はありません。みんな学業に忙しくてマネしている暇がないのです。勉強への動機づけの中には、出世欲だったり金儲けだったり、人の上に立ちたいといったロクでもないものもあるかもしれませんが、義務教育を上回るより高い学力を身につけるという本来の仕事を果たしている以上、なかなか文句の言いにくいところです。

 そんなエリート校の足元にも及ぶべくもありませんがが、学校は少しでも勉学の雰囲気を残そうと時の流行に抵抗してきました。
 しかし今回の文科省の指導によって、髪型や色、服装の指導はできなくなりました。先進的な取り組みをしてきた三重県の例を見ると、ブラック校則の撤廃は、
 「ツーブロック禁止」の撤廃、男女交際に関する規定の廃止、「地毛証明」の撤廃、アンダーシャツや下着の色を「肌色やベージュ、モカなどの制服から透けにくい色」または「白やグレー、紺、黒などのモノトーン」とした指定(これまでは制服から柄が透けて見えると、注意されていた)の撤廃といった形でなくなるようです。(2021.06.16 毎日新聞)

 私は今日まで、かなりたくさんの子どもたちが髪型だのといったくだらない校則に支えられて学業を全うしてきたと思っています。学校が今回の「ブラック校則」撤廃で失うものは“苦しい勉強を続けていこう”という雰囲気です。そしてその代わり実現するのが、髪をツーブロックにしたり染めたり、あるいは制服から透けるアンダーシャツや下着をつけ自由に男女交際をしたい子たちの切なる願いだとうこと、その対応の悪さが私を苛立たせるのです。

(この稿、続く)
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2021/6/17

「AIがハラスメント加害を回避させてくれる」〜女子社員を腫れ物扱いせずに済む日が来る  教育・学校・教師


 ある正義をきちんと守ることが、別の不正義を生み出すことがある。
 ハラスメントを回避しようとする誠実な態度が、
 若い部下や女子社員を、仕事の中枢から遠ざけることになっていないか。
 そんな不安が、一気になくなる日が来るかもしれない。

という話。
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(写真:フォトAC)

【分煙のコストとリスク】
 私がまだ喫煙者で、しかも学校の禁煙運動が始まって間もない頃ですからたぶん30年くらい前の話です。

 当時勤務していた学校は校長・教頭・教務主任の三役が全員喫煙者で、別に示し合わせたわけではないのですが、男子更衣室の一角につくられた喫煙場所に、自然と集まることが多くなっていました。学校の日課だと始業前とか2時間目あとの20分休みだとか、喫煙場所に行くことのできる時間が決まっていたからです。
 そこで話し合われる中身は下っ端の私にはたいへん勉強になるもので、楽しみですらありました。県教委の指示だとか市教委の様子だとかは、秘密でなくても耳に入って来ることは稀だったからです。

 ところがある日、同じ学年主任で教務会のメンバーでもある女性教諭と廊下ですれ違ったらえらくご立腹で、こう言うのです。
「この学校、大事なことはみんなタバコ部屋で決まっちゃうじゃない!」
 これにはびっくりしました。
 私たちにはそんなつもりはなかったのですが、雑談まじりに話しているうちに、「ああ、それいいね」みたいな軽さで、校務の駒を一歩も二歩も進めてしまっていたのです。校長も教頭も私たちに話してしまうと大勢に話したような気分になってしまい、たいせつなことが周知されないということもありました。

 結局そのために喫煙室では学校運営の話は控えようということになり、しかし管理職の頭の中はそればかりですから、避けようとすれば避けようとするほど取って付けたような会話になってしまい、とても変な感じでした。
 分煙は大事です。しかしそのためのコストやリスクにも気を配っておかなくてはなりません。


【心に刺さったインタビュー】
 「タバコ部屋会議」は敷地内全面禁煙が徹底され、喫煙者が激減するまでの過渡的なできごとでした。その間に校内の愛煙家は激減し、私自身も重い病気をしてタバコをやめてしまったのですっかり忘れていたのですが、つい一カ月ほど前、テレビのバラエティ番組で考えさせられる場面があって、それで思い出したのです。

 番組ではまず、スーツ姿の若い女性にマイクが向けられ、今年4月の新入社員であることが紹介されます。そこでスタッフが、
「実際、入社されてみてどうですか」
と水を向けると、
「何かすごく、上司の方とかは、『これ言ったら今はパワハラになっちゃうからね』という感じで、(内容は)言いはしないんですけど、『こういうことを言うとセクハラみたいになっちゃうからね』とか、何か、すごく気を使っている感じがします」
 そんなふうに答えていました。

 続いてインタビューに答えたのは焼き肉店の店主です。
「ウチは男社員ばっかりなんですよ。そして(バイトの)女の子が大学生女子ばっかり。で、決まりごとは『しゃべりかけない』『触らない』『誘わない』っていう社内ルールがあります」

 しかしこれだとハラスメントを受けやすい人たち、特に若い女性は、仕事の中枢や人間関係から遠ざけられかねません。

 私のタバコ部屋の例と同じで、基本的には過渡期問題なのですが、これがやがてどういった地点に落ち着いていくのか、どう頭をひねっても想像がつかず、考え込んでしまいました。


【「(仕事に関すること以外で)しゃべりかけない」「触らない」「誘わない」】
 新入社員相手でなくても、新たな人間関係がつくられようとするとき、少し緊張して用心深く接近するのは今も昔も同じです。
 インタビューを受けた女性の上司の、
「これを言ったら今はパワハラになっちゃうからね」
も、おそらくは探りを入れているのであって、どのくらいまで深入りしたら拒否反応を起こすか、ゆっくり確認してから心を許そうということなのでしょう。

 一昔前ならそれでよかったし、時間をかけて双方の妥協点を見つけ、その範囲でコミュニケーションをとればよかったのです。しかし今でもそれが通用するとは限りません。
 上司の方が妥協点だと考えた位置が、実は「上司=部下」関係の中で強制されたものだという可能性も大いに考えられるからです。

 けれどそうなるとあとは焼き肉店のやり方をマネするしかありません。まったくしゃべらないわけにもいかないので、
「仕事に関すること以外でしゃべりかけない「触らない」「誘わない」
 これが徹底されればハラスメント問題は起きませんし、もし起これば社内規定違反として処分すればいいだけのことです。「触らない」は当然ですが「しゃべりかけない」も入っていますから、あとは目つきのハラスメントくらいしか残っていません。まず大丈夫でしょう。

 けれど実際問題として、こんな規定を守らせ切ることができるのでしょうか?


【その正義をみんなが誠実に守ったら、私たちは幸せになるのか】
 おそらくそれは可能です。可能な状況があります。
 例えばリモート会議を中心にするだけで「触らない」はすぐに実現します。「(仕事に関する話以外で)しゃべりかけない」「誘わない」も、画像や音声データをAIに管理させることでできます。いわばAIがイエローカードを出すわけです。

 リモートワークで対応できない部分については、社内に置いたたくさんのカメラやマイクで拾えるデータを、AIに解析させ、本人や上司に通知すればいいだけす。

 永遠に続ける必要はありません。私たちが意識せずとも、パワハラ・セクハラにあたる言動をしなくて済むような話法・行動様式を身につけるまでのことです。
 あれほど難しいと考えられていた敷地内禁煙ですら達成できたのです。10年もあればことたりるでしょう。
 イエローカードを出してくれるから、それに従って自己を管理すればいいのです。

 「(仕事に関すること以外で)しゃべりかけない」「触らない」「誘わない」

 あとは、この正義をみんなが誠実に守ったら、私たちは幸せになるのかという問題だけが残ります。
 
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2021/6/14

「子どもたちがステージを上げる、新たな戦場」〜文科省のブラック校則見直しのあとにくるもの  教育・学校・教師


 ブラック校則については山ほど情報が上がっているが、
 なぜそうなったか、きちんと調査された例はほとんどない。
 ブラウスの胸を開いたりスカートをまくったりしての下着検査など、
 教師を辱める話も繰り返し出てくるが、学校名が明かされたことはない。
 それにもかかわらず服装指導や頭髪指導は間もなくなる。
 子どもたちはステージを上げ、新たな戦場が開かれる。
という話。
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(写真:フォトAC)

【問題の所在】
 土曜日のNHKニュースに「下着の色まで指定 行き過ぎた“校則” 見直しを文科省が通知」というのがありました。
 中を読むと、
生徒の下着の色まで指定するなど、行き過ぎた校則や指導が問題となる中、文部科学省は全国の教育委員会に対し、社会常識や時代に合わせて積極的に校則を見直すよう通知しました。
とのこと。通知の原文が見つからないので正確なことは言えないのですが、NHKによると
学校のルールで変更したい点を生徒が議論する取り組みや生徒会やPTAに意見を聞き取っている例
を参考に、
そのうえで、校則の内容や必要性について、児童や生徒、保護者と共通理解を持つことが重要だと呼びかけています。
とのことです。
 しかし最初に、
生徒の下着の色まで指定するなど、行き過ぎた校則や指導が問題となる中

と言ってしまうと、少なくとも下着の色指定については議論の余地なく「行き過ぎ」で、撤廃しなくてはなりません。また、
学校の校則については、大阪の府立高校の頭髪指導をめぐる裁判をきっかけに、各地で見直しの動きが広がり、(中略)合理的でない校則への指摘が相次いでいます。
となると、頭髪指導も話し合う前から不合理の烙印を押されていることになります。
(ただし大阪高裁の判決は「もともと赤っぽかった髪を強制的に黒染めにされた」という被告側の訴えを退けたもので、「頭髪指導に違法性はない」とまで言っていたはずです)

 さらに同じ内容を扱った読売新聞オンライン(2021.06.11下着の色指定・特定の髪形禁止…「ブラック校則」見直しを通知)では、
下着の色指定については、教員が目視で確認したり、違反したら脱がせたりするなどの指導方法も問題視されている。
とさえ書かれています。
 教師に言われたからといって中高生が唯々諾々と下着を脱ぐとも思いませんが、仮にできたとして、生徒はどうやって帰宅したのでしょう? ズボンが基本の男子はまだしも、スカートの女子も半日学校で過ごさせたうえで、一人で帰宅させたのでしょうか?


【「事実は小説より奇なり」と思わせる調査結果がある】
 実は読売新聞オンラインの記事には、自社が取材したかつての裏付けがあるのです。昨年(2020年)12月23日の『「下着の色は白」校則で指定、市立中の8割…「廊下でシャツ開け確認」「違反して脱がされた』という記事で、福岡県弁護士会が福岡市内69校を調査した結果を載せているのです。

 それによると弁護士会は、生徒や保護者・教職員計十数人に不合理な校則や指導を受けた経験などを聞き取って、
▽違反した下着を学校で脱がせる
▽廊下で一列に並ばされ、シャツの胸を開けて下着をチェックされる
▽体育館で男子がいるのに下着の色をチェックされる
▽眉毛をそったら、集会などで眉を太く書かれる
▽不登校の生徒が登校したのに、服装違反で学校に入れなかった
▽生徒総会で校則に関する議論を教師に止められ、意見すると「内申書に響くぞ」と言われた

等々の証言を得ているのです。天下の弁護士会が責任をもって調査したことだから間違いないだろう、というのが読売新聞の根拠です。

 ただしこれだけの事実をつかみながらも、弁護士会は刑事告発することもなく、
今後、校則見直しに関する提言をまとめ、来年2月に行われるシンポジウムで発表する予定だ。
と言っているのは何とも解せないところです。私たちは告発しないが、告訴したい人があればご相談を・・・ということなのかもしれません。


【ブラック校則の都市伝説】
 ブラック校則の大半は都市伝説だと、私は思っています。
 福岡県弁護士会の言うように、
▽廊下で一列に並ばされ、シャツの胸を開けて下着をチェックされる
▽体育館で男子がいるのに下着の色をチェックされる

という事実があったとしましょう。そのうえで現場の様子をできるだけ具体的に想像してみましょう。そこに誰がいますか?
 被害者の女生徒たちと指導の男性教諭、それだけでしょうか? 他の男性教諭はいてもニヤニヤ笑っていただけなのですか?
 女性教諭たちは何をしていたのでしょう? 同性の生徒がハラスメントを受けているというのに、放置して知らぬ存ぜぬを通したのでしょうか? 実際のそうだったとしたら特に養護教諭の罪は重い、校内セクハラの担当者であることが多いからです。
 
 指導を受けず、ただ見ていただけの生徒も多かったはずです。その生徒や、指導を受けた生徒本人は、家に帰って事件を親に話さなかったのでしょうか? 聞いた親たちの誰ひとり、学校に抗議したり警察に訴えたり、マスコミに持ち込んだりしなかったのはなぜなのでしょう?  私が親だったら自分の娘が被害者でなくても絶対に抗議に行きます。通らなければ警察に行きます。

 教師がつまらないことを言って子どもを傷つけただけでも全国ニュースになる時代に、これほど猟奇的な事件がまったく表に出なかったのはなぜか。
 答えは簡単です。
 ブラウスを引っ張って襟元から覗かれたとかスカートをまくって検査されたとか言った目撃談や経験談は山ほどあるのに、具体的な学校名や教師の名前が出てきた例はひとつもなく、刑事告訴も告発もなく、テレビの情報番組も週刊誌も追わない――それはひとえに、事件そのものがなかったからに他なりません。

 都市伝説の構造はいつの時代も同じです。
 細かな事実は山ほど伝えられて来るのに、肝心な情報がない。

 昭和に一世を風靡した「口裂け女」は、100mを何秒で走るとか、容姿も言葉遣いも年齢も、そればかりか街頭に出没するに至った半生までもがこと細かく知らされていたというのにただ一つ、誰が目撃したのか、実在の人物が実名で、目撃者として語ることは一度もありませんでした。

 平成に至っては「みんなで手をつないで一緒にゴールイン」の話がまことしやかに語られましたが、学校が特定され、取材陣が駆けつけたという話は一度もありません。東京都内の小学校の8割がそうしているという話もありましたが取材に行ったマスメディアはひとつもなく、関西ではタレントのつるの剛士さんやハイヒール・リンゴさんが、テレビや著書の中で小学校時代に自分が体験したこととして語っていたという情報もありますが、この件で二人に取材が殺到したということもありませんでした。さらに言えば、つるのさんもリンゴさんも、ここ数年の現役小学生ではないと、私は思います。


【新たな戦場、子どもたちはステージを上げる】
 ただし下着の色の指定や髪型に関する規定のある学校は今も存在します。それは必要だからです。
 教師は多忙ですから下着の色指定だとか髪型の規定だの、本当はつくりたくないのです。決まりをつくれば“守らせる”という仕事が発生します。実に面倒くさい――。しかしそれにもかかわらずやるのは、やるだけの理由・必要性があるからです。

 私はそれについて何度も書いてきましたから、改めてここで話すつもりはありません。それにもう、文科省から下着指導も頭髪指導もやめるように指示が出てしまっています。いまさら抵抗しても意味がないでしょう。
 性格異常に近い男性教師たちが、女生徒のブラウスの胸を開いたりスカートをまくったりして違反があればその場で脱がせる――、落ち着いて考えれば100%ありえない都市伝説に踊らされて、調査も事情聴取もなく、闇雲に校則改正を計る――あとに残るのは教師のおぞましい心象と新たな時代です。
 しかし大したことはない。

 下着の色や髪の色や形で“個性”を出したがった子どもたちは次のステージに上りますから、指導も一緒に上がればいいだけのことです。服装も髪も自由にさせられてしまった子どもたちが次に外見で自己主張するとしたら、その戦場は角ピアスかタトゥーといったところかもしれません。

 先生方、生徒の耳たぶに大穴が空いたり、全身が模様だらけにならないよう、がんばりましょう。

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2021/6/11

「子どもにコンピュータの何たるかを教える」〜”そもそも論””今さら疑問”への対応  教育・学校・教師


 タブレットコンピュータが子どもたちに行き届いて、
 いよいよ教員も研修を深めなければならなくなった。
 しかし世の中にはそもそも論のような疑問もあるのだ。
 子どものそうした“今さら疑問”に、どう答えていくか。

 という話。
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(写真:フォトAC)

【パソコンが行き届いて気になること】
「小中学生に配布のタブレット 当面使用中止に」 (2021.06.10 東海テレビ)というニュースがありました。名古屋市議会で本人の了承なしに操作履歴が記録されるのは「個人情報保護条例に違反」に当たるのではないのかという指摘があり、急遽、使用を中止したというのです。
 確かに、ウチの子のとんでもない成績と母親の年齢は極秘事項、という家庭だってあるかもしれません。しかし操作記録が残らなければ成績が伸びたかどうかも比較できないわけで、おそらくこの先あらためて同意書を書いてもらうということになるのでしょうが、それにしても面倒なことです。

 さて、すべての子どもたちにタブレット端末が行き届いて、中には面倒くさい質問をしてくる子どもも出てこないとも限りません。アプリの使い方ならこれから山ほどの研修がありますからどうにかなりますが(オイ!教師の働き方改革はどうなった!)、「そもそもコンピュータって何なの?」とか「中身はどうなっているの?」とかいった本質的な質問をされると困ります。こちらだってよく知りませんし、大人相手ではありませんから年齢に応じた答え方というものが必要です。


【電子小人の話――小さな子ども向け】
 もし小学校の1・2年生に、
「コンピュータって、なぜこんなにすごいことができるの?」
と訊かれたらどう答えます?

 まさかそんな小さな子に機械の構造とか動き方とかをきちんと教えようとする人はいないですよね。ここは、
「う〜ん、難しいよね。実は私もよく分からないんだよ。だから君が大人になったら、しっかりと勉強して私にも教えてくださいね」
で十分です。
 しかしもう少し捻った回答もあり得ます。

「実はコンピュータの中にはね、電子小人っていう、とっても小さな小人さんたちがたくさんいてね、みんなで一生懸命、キミ押したキーやキミの書いた字とか絵とかを見て、考えたり、相談したりし、それから答えを返してくるんだ。本当に大変なことをみんなでやっているのだから、しっかり応援してあげようね」

 そんなマヤカシが通るのかというと、たぶん通りません。
 しかし子どもは「そんなのウソだぁ」とか言いながらも、けっこう満足して引き下がってくれるはずです。大人がそう言うときはたいてい“今のあなたには分からないからそれなりに答えておくけど・・・”という言葉にはならない前置きがあることを、子どもながら知っているからです。それに、そもそもそんなに真剣な話でもないのです。

 さらに言えば、コンピュータの中を忙しく駆け回るものがあって、一生懸命情報を集め、計算し、それから出力するというのはあながちウソとも言えません。子どもが基礎とすべき印象としてはなかなか悪くないとも言えます。

 実はこれには下敷きがあって、夏目漱石の「吾輩は猫である」の中に『巨人引力』という名で地球の引力を説明する場面が出てくるのです。
*2013/6/11「巨人引力」

 しかし相手が5・6年生でも中学生でもこれでいいのかというと、そういうわけにもいかないでしょう。その年齢にはそれにふさわしい説明があります。私の知る最も簡単な説明を紹介します。


【中坊(中学生坊主)に厨房で説明する】
『コンピュータにできることっていろいろあるけど、突き詰めれば「記憶し」「計算し」「他の装置を制御(コントロール)する」というたった三つの働きしかしていない。しかも装置としては記憶装置と計算装置があるだけだ。その意味ではとても単純な装置で、だから簡単に説明しよう。

 記憶装置にはUSBやSDカードなどいろいろあるけど、普通のパソコンに組み込まれているのはメモリとハードディスクだ。なぜ二種類あるのかというと、メモリは情報の出し入れがものすごく速くて使い勝手がいいのだけど、容量は小さく、何といっても電源を落とすと中身が消えてしまうのが欠点だ。それに対してハードディスクは容量が大きく、電源を落としても中身が消えない、けれどとにかく遅い。電気がバシバシ走っているだけのメモリに対して、中で円盤がブイブイ回っているようではハードディスクには限界があるというものだ。

 計算装置の方はたった一個、聞いたことがあると思うけどCPU(Central Processing Unit:中央演算処理装置)というやつがあるだけだ。こいつはムチャクチャ不器用で、決められたことを決められた通りにしかできないくせに、やることがメチャクチャ速いという変わり者。料理に例えれば、切った食材をまな板の端においておけばいいものを、いちいち仮置きテーブルにもどす。レシピも一行一行確認しないと気が済まない。そういう律義さはほとんどアホなのだが、それを矢のような速さでやるからすごい。

 いま、料理を例にしたけど、二つの記憶装置とCPUがやっている仕事は厨房になぞらえられることが多い。ハードディスクが屋外倉庫、メモリが厨房の仮置きテーブル、そしてCPUが料理人というわけだ。その流れで言えばデータが食材、アプリ(プログラム)がレシピということになる。ただし普通の料理と違って、コンピュータではレシピも屋外倉庫に置かれている。だから料理を始めようと思ったら屋外倉庫から食材とレシピを持ってきて、仮置きテーブルに置くところから始めなくてはならないのだ。
 昨日つくったエクセルファイルを開こうとすると時間がかかるのは、食材(昨日までのデータ)とレシピ(エクセルプログラム)を屋外倉庫(ハードディスク)から仮置きテーブル(メモリ)に移しているからなんだよ。

 さて、準備が整ったら調理を始める。新たなデータはキーボードやインターネットから次々と仮置きテーブル(メモリ)に送り込まれてくる(正確に言えば材料の受け取りもCPUの仕事なのだけど、見えない速さでやってるので無視できる)。CPUはそこから食材(データ)を取り出すと、同じメモリ上にあるレシピ(プログラム)をちょっと覗いて適切な処理をし、答えを仮置きテーブル(メモリ)に戻す。例えば5と3を取り出してレシピを覗き、たし算をすると知って計算して答えの5を出す。それをメモリにもどす。またレシピを見ると次の仕事はモニタへの表示なので、再び5を取り出して所定の位置に表示する、といった具合だ。
 次はなんだ?
 キーボードからの入力を待つんか?
 ホイ来た、今度は8だ。メモリに置いとこ。
 で次は? ――ああ、また待ちか。
 おお、6が来た。メモリに入れたぞ、で何するんだっけ?
 え? さっきの8と今の6をまた取り出して、
 今度もたし算をやってメモリの戻すんか、ホイ!

とこんなふうだ。

 そうやって調理が終わると料理のコピーをプリンタやネットに送り、仮置きテーブルの上のものを全部屋外倉庫に戻す(メモリ上のデータをハードディスクに移す)。このことを「上書き保存」という。これでいつでも電源を落とすことができるのだ。
 分ったかい?

 ん? 分からん?
 まあ、しゃあないな。だったら分からないなら分からないまま、この話を覚えておくといい。ある日ストンと、「ああ、これだったんだ」と分かる日が来るから』

 「この話を覚えておくとある日ストンとわかる日が来る」というのは、私が実践してきた中で最も有効な支援のひとつでした。世の中にはそんなふうに、切り上げなくては必ずドツボにはまることもたくさんあるのです。


【この話、意外なところで役に立つ】
 さて、厨房の話は大人にとっても意外な時に役立つ場合があります。
 例えば先日、妻のパソコンが異常に遅くなって作業が進まなくなりました。タスク・マネージャで調べるとハードディスクの使用率が100%のまま、メモリも80%前後です。動かしているつもりのないプログラムが背後でいくつも動いているのです。
 厨房でいえば、同時にいくつもの調理をしているので仮置きテーブルがいっぱいになってしまい、仕方ないので食材を倉庫に戻し、できた料理も倉庫において、必要になるとまた倉庫に取りに行き、ということを繰り返しているのです。これではスピードが落ちるわけです。

 こういう時にすべき第一は不要なプログラムを止めてしまうことです。しかし素人ですのでどれを止めていいのかよくわかりません。今は使わない調理器具のメンテナンスマニュアルなら捨ててもいいのですが、調理器具そのものを捨ててしまうと取り返しがつきません。
 もちろんこういうことも勉強すればいいのですが、老い先短い人間は、この先どれだけ生かせるか分からない学習をするのは面倒なのです。
 そこで必殺技を使います。仮置きテーブル(メモリ)を増やして、食材や料理の置き場を広くすればいいのです。

 私は二階の古いコンピュータから4GBのメモリを外し、妻のパソコンに入れました(これ、簡単です)。すると案の定、速度は一気に上がって問題は解消したのです。4GBのメモリは買っても1万円以下です。

 知恵のある者、知恵を出せ。
 知恵のない者、汗流せ。
 両方ない者、金を出せ
というじゃないですか。

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