2021/4/23

「検査の前にあったこと、原因帰属、やっぱり私は運がいい」〜大腸検査と運の話B  生活


 ちょっと自分の人生を振り返る。
 私は運がいいのだ。
 今回の大腸検査に関してもそうだった。

という話。
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(写真:フォトAC)

【原因帰属と私の変遷】
 
 心理学に原因帰属という考え方があります。
 ものごとが成功あるいは失敗した場合、その原因を何に求めるかにはそれぞれ個性があり、原因の帰属のさせ方はその後の意欲や行動に深く関係するというものです。原因の帰属先としては「才能・能力」「努力」「課題の難易度」「運」が代表的なものとして挙げられます。
 例えば柔道の試合で負けたとき、原因を「才能がないからだ」と考えるか「努力が足りなかったからだ」と考えるか、あるいは「相手が強すぎた」と思うか「運が悪かった」と思うかでは、その後の意欲や行動に差が出てくるというのです。
 何となくわかりますよね。

 私は子どものころ、自分はけっこう頭が良くて能力があると信じていました。それを裏付ける事実も会ったのです。小学校6年生のときに受けた算数のテストで100点をとったのは、学年内に私と、のちに東大医学部に現役合格した同級生の二人しかいなくて、先生から特別に誉められたりしたことがあったからです。
 自分は頭がいい、それが当時の私の、原因の帰属の仕方でした。

 ところが中学校に進むと私より頭の良い同級生はいくらでもいて、校内テストや高校入試、さらには大学入試などで揉まれると、次第に限界を感じるようになります。私はやがて「自分はほんとうは頭がいい、けれど努力が足りないから良い成績を残せないのだ」と、そんなふうに考えるようになりました。原因の帰属先を才能・能力から努力に移したのです。まだ頭がいいというところにすがっている面はありました。

 やがて大人になって教職に就き、頭の良い同僚や感心するほど賢い児童生徒を見ているうちに、どうやら自分は思ったほどに頭がいいわけではないのだと理解するようになります。とくに記憶力、その中でも理屈で抑え込めないものはなかなか入ってこない。
 美子なのに美しくない、賢人なのに賢い人ではないといった矛盾だらけの人名、どう見ても「ビューティフル」とは読めない“beautiful”、“do”はやっぱり「ド」だろうと言いたくなる英語などは絶望的でした。
 小学校のとき将来の東大医学生と同じ満点をとったという武勇伝も、あれが100点満点だったから同じだっただけで、1000点満点だったらあちらが980点くらいとって、私がせいぜい120点。それを100点で足切りしたから同じになっただけ――それくらいの差があったと理解したのです。

 もっとも、そう考えると学生時代、この賢くない頭で自分はむしろよく努力したのではないか――そんなふうに思えるようになってきました。同じ成績をとっているとしたら、頭のいいアイツよりは私の方が努力したことは明らかです。


【今の生活の原因を何に帰属させるか】
 ここで新たな課題が生れます。
 結婚して子どもが生まれてこの方、私は一貫して満足できるけっこうな生活を送ってきました。夫婦で教員ですから収入は安定していて老後に不安のないだけの蓄えもできました。二人の子どもに恵まれ、二人とも大過なく大人になって独立しました。現在の夫婦ふたりの生活にも不満はありません。つまり一言でいえば幸せな半生を送ってきたのです。そうなった原因は何なのでしょう?

 前述のように才能や能力が高かったわけではありませんし、努力においてはむしろ劣るくらいです。帰属論で言えば残るうちのひとつは「課題の難易度」。年収1億円を目指すとか、子どもを二人とも東大医学部に入れるとかいった難しい課題を課さなかったのですから、楽だったと言えば楽です。しかし「平穏無事」「平々凡々」だってそんなに低すぎる課題ではないでしょう。そうなると残るは「運」だけです。
 そうです。私は「運」だけで現在の生活を手に入れてきたようなのです。今回の大腸検査もそうでした。


【検査の前にあったこと。私は運がいい】
 2年前の人間ドックで引っ掛かって初めての大腸内視鏡検査を受け、数個のポリープが発見されたことはお話ししました。その際、医師が「ガンになるまでは数年かかるので、とりあえず2年後にもう一度検査をしましょう」と言ったことも記しました。

 私は忘れずに2年目の今年、人間ドックを受けたついでに大腸検査の予約も取るつもりだったのです。ところがちょっとした手違いがあり、その日は予約せずに戻ることになりました。その夜、今度は別の用件で2年前の日記に目を通さなくてはいけないことがあり、パラパラと眺めていたら(本当はエクセルに書いているのでパラパラとは違うのですが)、大腸検査の記述が残っていて、そこに「3年後に再検査することになった」とあったのです。
 人間の記憶なんてアテにならないものです、と一般化するまでもなく、私の記憶はアテになりません。そこでいったん予約するのをやめました。

 先月末、東京の緊急事態宣言が明けて、今から思うとピンポイントで東京の娘と二人の孫を呼び寄せることができました。正確に言えば電車を避け、私たちが車で送り迎えしたのです。会うのは半年ぶりです。
 5歳の孫のハーヴはそれほど変わりませんが、1歳9か月のイーツの方はもうすっかりハイハイをやめ、凄まじい勢いで走るまでになっていました。そのイーツの目下のブームは、引き出しや本棚から次々とものを取り出して大人に渡すことです。
 叱るわけにもいきませんから「ありがとう。元のところに戻しておいてね」と突き返そうとするのですが、まだ戻すことはできません。置いていくだけです。
 こちらも何かと忙しいのでいちいち戻しに行くこともできず、近くの棚の上などに仮置きするのですが、そんな仮置き場があちこちにできてしまいます。

 やがてイーツはぎっしり詰まった本棚から、苦労してひとまとめのクリアファイルを引き出し、私のもとに届けます。二年前の人間ドックの報告書です。中に半切のメモが挟まっていて、見ると内視鏡検査をしてくれた女医のメモでした。
「2年後に再検査」
 びっくりしました。3年ではなくやはり2年なのです。
 記録より記憶の方が正しいこともある。それで慌てて予約をし直し、先日、行ってきたわけです。

 妻の姉、つまり私にとっての義姉は、都合があって人間ドックを1回キャンセルし、2年間あいだを置いて受けた検査で胆管がんが発見され、しかし手遅れで1年7か月後に亡くなりました。
 もちろん極めつけに厄介ながんですからドックを受けても見つからなかったかもしれませんし、発見されたところで助からなかったかもしれません。しかしつまらない理由でキャンセルしたことは、のちのち本人や家族にとって大きな負担となりました。

 私の場合は検査が一年遅れたところで十中八九問題はなさそうですが、万が一、あるいはそうでなくても一年後の検査で無事がわかるまで、つまらない間違いで1年先送りした事実は大きな負担となったはずです。そうならなかったところが、やはり私は運がいいのでしょう。私は運だけで生きてきました。

 それにしても、イーツはなぜ選りによって一番重要な書類を引っ張り出してきたのでしょう?
 感謝しなくてはいけませんね。

 この子です。
   ↓
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(この稿、終わり)

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2021/4/22

「もうひとつの“覚えてもらっていた”話と検査の実際」〜大腸検査と運の話A  生活


 そう言えば以前にも私の顔を覚えていてくれた人がいた、それがひとつ。
 そしてあまり経験をすることのない大腸の内視鏡検査の実際について、
 これから受ける人もいるかもしれないので記しておく。

という話。
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(写真:フォトAC)

【もうひとつの“覚えてもらっていた”話】 
 昨日、女医さんに覚えてもらっていてうれしかったという話をしましたが、ブログにアップした後で、前にも似たような経験があったのを思い出しました。ずっと以前、社会科見学の下見で行った東京警視庁の婦警さんです。
(しかし警視庁の受付の婦警さんって、どうしてあんなに美人ぞろいなのでしょう? もちろん婦人警官を美貌で評価するなんてセクハラのそしりを免れえませんから、絶対に人には言いませんけど)

 入り口で挨拶をして手続きをしようとしたらそのうちの一人が、
「あら先生。前にもいらっしゃいましたよね」
 2年前の私を覚えていてくれた人がいたのです。心の底で野心が動きました。もちろん動いただけで何もしませんでしたが。

 のちにその話を友人にしたら、
「あ、それ、指名手配の犯人を覚えるように覚えられたんだ、きっと」
 確かに私は人相が悪い。もしかしたら先日の女医さんもそれで覚えていただけなのかもしれません。


【大腸内視鏡検査の実際】
 どうでもいいことかもしれませんが、大腸の内視鏡検査というものについて、まだやったことのない方のためにお話ししておきましょう。

 まずこの検査は1日がかり、見方によっては二日がかりだという点は押さえておいてください。胃カメラも同じですが、前日の9時以降の飲食がまるでできないのです。水とお茶はいいみたいです。

 検査当日は9時までに受付を済ませ、一緒に受ける数人とともに応接室風の部屋に招かれ、説明を受けます。
1, 検査は一日がかりであること。
2, 午前中は下剤を飲んでお腹を空っぽにし、検査は午後1時半から始まること。
3, お腹のきれいになる順や医師の都合によって、検査室に入る順番も変わること。
4, お腹がきれいになるというのは(と言って図版を示し)、便の色がこういうの(茶色)から、こういうふう(レモン色)に変わることです。
5, ここまできれいになったと思ったら、水を流さず、看護師を呼んで見せてください。OKかどうかは看護師が判断します。
6, 下剤はOKが出るまで飲み続けます。

 目の前には下剤の水溶液が入った2リットルのウォーター・バッグが置かれています。横に分量を示す印刷がされていて、最初の1リットルを1時間かけて飲むよう書いてあります。
 私を含めると8人が同じ部屋にいましたが、最初の1時間でトイレに駆け込んだ人はいません。そのあと30分かけて500ミリリットルのミネラルウォーターを飲むころから、徐々にトイレに急ぐ人が目立つようになりました。水を飲むのは下剤が吸収されないので、脱水を防ぐためです。
 看護師も一人ひとりに訊ねて回るようになります。
「便は出ましたか?」
「はい」
「水のような?」
「はい、月曜なのに水様便」
「そうおっしゃる方は大勢おられます」
「はい」

 水を飲み終わると残り1リットルの下剤に再び向かい、全部で5〜6回もトイレに行ってレモン色になると看護師に見てもらいます。それでOKが出ると下剤は終了です。そのあとまた500ミリリットルの水を飲んで午前は終了となります。下剤の余る人もいましたが、 私は結局全部飲んでしまいました。
 総計3リットルの液体。ビールなら簡単に入るのになかなか大変でした。

【いよいよ検査】
 名前が呼ばれると更衣室で着替えます。
 上半身は肌着1枚を残して検査着。下半身はパンツも脱いで代わりに不思議なズボンを履きます。ちょうど股の「接(は)ぎ」のところから後ろに大きく切れ目の入ったズボンです。何のための切れ目かはすぐに分かりました。靴も靴下も脱いで使い捨てのスリッパに履き替えます。
 それが終わるといよいよ検査室に入り、検査台に上るのです。

 検査着の裾をたくし上げてあの変なズボンをむき出しにし、医師に背を向ける形で左を下にして、体を「く」の字に折って寝ます。
「それではお願いします」と女医。
「滑りを良くするために肛門に油(と言ったかな?)を塗ります」
「指を入れます」(一瞬にして終了。快感なし)
「カメラを入れます」
――そしてそこから5分、いや実際には2〜3分だったかもしれませんが、昨日お話しした「とても大変な」作業が続きます。私は特に下手くそなのですが、もともと大腸はものを肛門に向けて押し出すのが仕事です。ファイバースコープはそれに逆行するわけですから楽なわけがありません。
 とにかく先へ先へと肛門から直腸、S状結腸、次に下行結腸、横行結腸、上行結腸、そして終点の盲腸へ。いったん一番奥まで行ってから、ゆっくり引きながら観察する手順です。
 終点に届くと私も楽になります。

「それでは膝を曲げたまま、仰向けになりましょう。右足を上げて左足の上に組むことはできますか?」
 両足を同じように立てたのではファイバースコープの扱いが難しいのでしょう。そこで私は足を組みます。その足の先にかなり大きなモニターがあって、少し見ずらいので頭の後ろで両手を組んで、首を持ち上げて画面に目を向けます。
 自分の姿を客観的に見ることはできませんが、ちょうど夏の海辺のビーチパラソルの下で、足を組んでのんびりと海を見ている風情です。呑気な感じです。ただしお尻にはスコープが突き刺さっています。


【終わりはあという間、そしてほっとする】
 検査の終了はあっけないものです。
 ファイバースコープをさっと抜くと軽くお尻を拭いてもらい、台から降りると隣の小部屋でモニターを見ながら医師の簡単な説明。私の場合はやはり取った方がいいポリープが二つほどあること、手術は別の医師が行うので来月早々に面談し、日程等を決めること、等々。
 そして頭を下げて検査室を出ました。

 やはり手術かと、ほっとしました。
 普通なら気の重くなる場面でほっとしたことには理由があります。

(この稿、続く)

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2021/4/21

「やはり頭のいい人は違うと思ったこと」〜大腸検査と運の話@  生活


 大腸の内視鏡検査を受けた。
 その結果、ガンになりそうなポリープがひとつ、ふたつ。
 また改めて打ち合わせの上で手術となるそうだが、
 信頼できる医者のひとつは、こういうことだと思ったことがある。

という話。
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(写真:フォトAC)

【手術することになりました】 
 昨日、「自分の子どもほどの若い人々をあれほど苦しませるなら、(中略)事故にしろ病気にしろ、深刻な事態になって入院することだけは絶対に避けたい、そんなふうに思ったのです」と書いたばかりですが、手術することになりました。

 深刻な話ではありません。大腸のポリープが大きくなったので、2〜3個取ろうという話です。手術は検査と同じ内視鏡でやるもので、
「日帰りでできます。一泊というのもありますが、(コロナ禍の)今のご時世、日帰りでやる方がいいでしょう」
とのことでした。
 2〜3個という曖昧さは、来月手術の担当医と相談するからで、今回の手術では取っても取らなくていいポリープがあるのだそうです。ガンになるにはまだ数年かかるとのこと。何か釈然としません。

 ことの始まりは2年前、人間ドックで便に血の混じっていることが分かり、それで一回目の内視鏡検査を受けたのですが、その際にポリープが3個ほど見つかり、一番大きいものでも6mm程度で「これはしばらく様子を見ましょう」ということになりました。
 その時も「ガンになるとしても5〜6年かかりますから」と言われて何かすっきりしない気分で帰ってきました。いずれガンになるものならさっさと取ってしまえばいいのに、何を躊躇っているのだろうという感じです。
 もちろん説明を受けているときに訊けばよかったのですが、あとで思いついたことなので聞きそびれてしまいました。


【こんな状況です】
 2年経過したらまた検査しましょうということで今回の受診となったわけですが、時間が経てば腸内の様子も変わるものです。前に見つかったのは、肛門からまっすぐ上にあがる直腸から、(人間を正面から見た場合)右に折れてそのまま左足の付け根付近へとうねりながら向かうS状結腸、そのS状結腸の入り口付近に3個まとめてあったポリープが、今回2個に減っていて、そのうちの一個が巨大化して手術相当となったのです。巨大化と言っても1cmに満たない大きさで、まさに首の細いイボの形をしています。残りの2個のうちのひとつは成長しておらず、もうひとつはどうやら消えてしまいました。

クリックすると元のサイズで表示します ところがあに計らんや、1個消えたにも関わらず、大腸の一番奥、盲腸のからまっすぐ上にあがる上行結腸(小腸から出た便が大腸を上に向かって移動していく部分)の途中に、ヒダの一部を白濁させたような、イボとは違う種類のポリープが発見されたのです。これも除去対象となりました。

 つまり2年経てば状況が変わり、あったものが消えたり別のものができたりで、危険なものから取って行かないとやりきれないというのが実情のようです。


【やはり頭のいい人は違うと思ったこと】

 検査をしてくれたのは2年前と同じ女医さんでした。電話での申し込みの際、同じ先生の方がいいですよね」と言われたので希望しましたが、特にこだわりのある点ではありませんでした。
 その女医さん、私が検査室に入るなり、
「こんにちは。お元気でしたか、何か変わった症状はありません?」
といたって気さくです。さらに重ねて、
「2年前はほんとうに大変でしたが、今度はもっとうまくやります。頑張りましょうね」

 2年前に大変だったのは事実です。
 私は食道にヘルニアがあって胃カメラを飲むのも下手くそなのですが、肛門からカメラを入れる大腸検査の方も下手みたいで、施術医も力仕事になってしまって大変なら、私も苦しくて大変でした。
 説明によると、どうやら普通の人ならファイバースコープの誘導壁になるはずの腸壁が、私の場合は柔らかすぎてカメラの先端が突き刺さり、そのまま伸びてしまうらしいのです。そのため内視鏡はカーブできちんと曲がれない、私は苦しむ、「肩の力を抜いて〜」とか言われても力が入り、強い力が加わると痛みに思わず「ウッ」とか声が漏れる・・・。

「ああ、あのときは本当に大変だった」と振り返り、それから思ったのです。
 私にとっては初めての大腸検査で、しかも苦しい思いをしたので覚えているのは当たりまえですが(それでも半分くらいは忘れていましたが)、女医にとって私はこの2年間に診た何十人だか何百人だかのひとりに過ぎません。しかも一緒にいた時間は20分弱といった短さです。それでもきちんと覚えている。
 検査の際中も、
「ああ、これですね、2年前より大きくなっている」
「前回はここで(スコープに)捻りを入れてうまくいきませんでしたから、今日はまっすぐ入れてみます」
「ああ、ここですね。ここが難しい・・・」

と、まるで昨日のことの話すのです。
 これには呆れました。私など一カ月前に会った人ですらおぼつかない。2週間前に何をどんなふうにやったのかなど、絶対に説明できない。

 やはり医者になるような人の記憶力はたいしたものだと、ホトホト感心しました。
 きちんと覚えていてくれるというのは信頼に関わることです。単純に「この人、記憶力が高いから覚えているだけだ」と差っ引いても、覚えていてもらえればうれしいし、この人に任せようという気にもなります。そうなれば治療もうまくいき、回復も早くなる。やはり記憶力は医師の技術力の一部です。

 私が教師として二流に終わった原因のひとつも、そこにあるのかもしれません。

(この稿、続く)



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2021/1/26

「突然、ポスト・コロナについて不安になった」〜人間ドックに行って気づいたこと  生活


 人間ドックへ行ってきた。このご時世、人の多いところ、
 特に医療関係に長居をするのはいやだなと思っていたら、
 あっという間に終わってしまった。
 やればできるじゃんと思いながら、
 しかしこれがコロナ後の、標準規格になるのも嫌だと思った

という話。
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(写真:フォトAC)


【人間ドックに行ってきた】
 人間ドックに行ってきました。しかし行くまでに多少の葛藤がありました。
 現職時代は50歳を過ぎると県から補助が出て、それに個人加入の生命保険からの補助券を剥組み合わせるとほとんど無料だったのですが、退職し、個人保険も満期になって健康保険が国保に切り替わると、もらえる補助は市町村からの微々たる額のみ。自腹の支払いが3万円近くなるので年金生活者としてはかなり痛いのです。

 しかも若いころと違って褒められることがありません。せいぜいが、
「問題はありますが、心配はないでしょう」
です。喜んで行くというわけにはいかないのです。

 さらに今年は申し込んであったドックセンターの母体病院(センターに隣接)がつい先日、新型コロナの集団感染を起こしたばかりで、家族からも心配する声がありました。しかしこの歳になるとドックに行ってコロナに感染して死ぬも、キャンセルしたために病気の発見が遅れて死ぬも、可能性としては同じです。私の義理の姉(妻の実の姉)も数年前、キャンセルした翌年のドックでがんが発見され、手遅れで亡くなっています。

 胆管がんで、このがんは一昔前までは切ってみるまで分からない――切って何もなかったら「がんでなくて良かったね」、がんだったら「見つかってよかったね」と思うしかないと言われるほど厄介なものでした。ですから予定通り検査を受けていたところで見つかっていたかどうかは分かりませんが、家族にしてみればあのときキャンセルなどさせずに、もっと強く勧めておけばよかったと後悔が残りました。

――とさんざん迷って、行くも行かぬも同じものならこれまでしてきたことを続けましょう、それにもし私のように集団感染が気になってキャンセルする人が多ければ、いつもよりずっと早く終わるはずです。というわけで、いつもの通り行くことにして少し早めに家を出ました。


【異常な速さ】
 行ってみると受検者は心持ち少ないような気もしました。実際にキャンセルが出て数が減っていたかどうかわかりませんが、「早く終わるかもしれない」という密かな願いは、予想以上の形で実現しました。
 申し込んだ「一日ドック」は一日と言っても実際には半日なのですが、それでも例年は病院のレストランでいただく昼食を含めて1時半か遅くとも2時まではかかるのです。ところが今回は食事を終えて会計を済ませて時計を見たら、なんとまだ11時15分だったのです。いつもより2時間以上早く終わってしまったのです。

 コロナのせいで飛沫が飛びやすい「肺機能検査(努力性肺活量・1秒率・1秒量)」が中止になったこともあります。あるいはどの検査室も受検者と一緒にいる時間を減らすことで感染リスクを少しでも下げようと、急ぐ傾向があったのかもしれません。しかしそれにしても早すぎます。次から次へと呼び出されるので、せっかく持っていた文庫本を読む暇もないのです。
 
 胃内視鏡検査(胃カメラ)では、カメラが喉を通りやすくするためにいつもは盛大に行う「麻酔うがい」が、
「感染予防のために、静かに、控えめにお願いします」
 自然とうがいの時間も短くなりますが、それとて数分の節約。とてもではありませんが2時間短縮には寄与しているようには思えません。

 そして最後の内科検診。
 廊下の椅子に座って呼ばれるのを待っていると、ドアに張り紙が――。
「感染予防のために、内容を濃く、短時間で行うようにしていますのでご了承ください」
 “ああ、これだ”と私は思いました。

 「内科検診」は担当医が受検者の検査結果をすべて確認・検討し、それから本人を中に入れて胸の音を聞き、甲状腺の様子を調べたり手足の機能をチェックしたりして、最終的に向かい合い、ことこまかに説明・指導してくれる時間です。廊下に私を待たせたままデータを確認する時間も含めると20分以上もかかる部分で、今まではこれがいわば「フン詰まり」を起こしていたのです。
 内科検診が空かないから他も早めるわけにはいかない――そんな状況が新型コロナ対策で内科検診を大幅に短縮すると、一気に流れがよくなった、そういうことのようです。
 実際に、私の場合はそれでも10分そこそこはかかったと思うのですが、私の前に隣の部屋に入った女性などは(若かったからかもしれませんが)あっという間に出てきてしまいました。

 私のようにさっさと済ませて早く帰りたい人にとっては利益です。しかし十分に話を聞いてもらい、十分な説明を受けて堪能して帰りたい人にとっては、コロナ禍でなければ我慢できない話でしょう。ただ、同じ現象を経営者の側に立って見ると、大幅な時間短縮は受検者をさらに増やす道が開けたことにもなります。これまで定員のために断っていた分も、ある程度受け入れられるようになるわけです。

 新型コロナ状況が終わったあとで、10分以下に短縮された内科検診は元の20分以上に戻されるのでしょうか?
 私には何となくそうは思えないのです。


【ポスト・コロナについて不安になった】
 先日、私は別ブログで、
「コロナ禍が終わっても、一度始まった学校教育の効率化、学校行事の削減や新しい教科の詰込みは止まらないだろう。そしてそれは子どもたちにとっては決して良いことではない」
というお話をしました。
「新型コロナウイルスは、子どもたちの学校生活に深刻な影を落としているというが、それってコロナ以前から私たちがやろうとしていたことじゃなかった?」

 しかしコロナ禍で否応なしに進められてきたことが、コロナが終わっても続く可能性はあちこちにあります。
 例えばリモートワークはコロナ以前に比べると、終息後も格段に進んでいくことでしょう。それは高い家賃や通勤ラッシュに苦しむ労働者の願いにかなうからです。
 企業にとっても、都心の一等地に大きなオフィスビルを持たずに済み、通勤手当や住宅手当も節約できる上に、地方の優秀な人材を活用できるという願ったり叶ったりの夢の勤務形態です。

 しかしよく考えてみなくてはなりません。このWIN=WINの関係は、エリートと大企業の間だけでしか成り立たないのかもしれないのです。凡人や中小企業にとってはあまり面白味のある話ではないかもしれない――。

 コロナ禍のもとで一気に進んでいることのいくつかは、合理化に関わるものです。
 飲食も観光も潰されるのは中小零細がほとんどです。そしてかれらが手放したものを落ち穂拾いのようにかき集めている人々がいます。大手はそうやってさらに大きくなっていくのです。
 何だか私は気が重くなりました。
 私たちの子どもや教え子のほとんどは、エリートでも大企業経営者でもないのです。新型コロナに揺さぶられ叩かれて、状況が終わって気づくと社会の底辺からさらに底辺へと追いやられている――そんなことがあるかもしれないからです。

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