2021/10/8

「レジ袋有料化反対派はどこに隠れていたのか」〜世論がどこにあるのか分からなくなった  メディア


 白鵬は不人気な悪い横綱だったのか、
 眞子内親王の結婚に国民は反対していたのか、
 レジ袋有料化に反対者はいなかったのか、
 若者の間に反ワクチンはどれほど広がっていたのか、
 情報に多く接すれば接するほどわからなくなる現代の不思議。

という話。 
クリックすると元のサイズで表示します
(写真:フォトAC)

【白鵬は一夜にして人格者となる】
 あれほど嫌われていた白鵬に関するメディアの扱いがこのところずいぶん和らいでいます。

 横綱在位84場所17年、幕内最高優勝45回、1187勝という圧倒的な強さもそうですが、3月11日生まれという因縁もあって東日本大震災の被災地支援に熱心に取り組んだことや、赤十字社に血液運搬車を寄贈したり台風の被災地に懸賞金の全額を送ったり、コロナ禍に際しては両国の医療従事者にマスク2万5000枚を送ったりといった社会貢献事業についても、今さらながら紹介されたりしています。
 私にとっては野球賭博問題や八百長問題で不祥事続きだった角界を、一人横綱として支えた恩義ある力士です。

 横綱としての晩年は取り口や土俵上の態度が何かと批判される人で、人気の貴乃花親方や横綱稀勢の里との対比ですこぶる悪く言われた力士でもありました。だから引退に際しても、横綱審議会は業績を讃えたり惜しんだりする代わりに厳しく責める声明を発表し、親方を襲名するにあたってもわざわざ念書をとることまでしています。
 そしてそのことがネット市民の不興を買い、猛烈な協会批判の声が上がるとともにマスメディアの扱いも急変したのです。メディアは一夜にして変わります。

 同じことは眞子内親王の結婚問題についても言えます。


【国民は最初から眞子内親王の結婚に同情的だった(?)】
 私は子ども相手の仕事をしてきましたから思うのですが、この問題は結局、結婚させるしか終わりようがありませんでした。若者とはそういうものです。現代のロミオとジュリエットですから後には引けませんし、引かないのです。

 仮に小室某君がもっと根性なしで婚約会見まで開いたこの結婚をさっさと投げ出したら、国民は喜んだのでしょうか? 眞子内親王はきっぱりと諦めて、2〜3年かけて心を冷やしたあとで、新しい恋に向き合うことができるでしょうか? とりあえず誰と出会えます?

――結局いっしょにさせるしかないとなれば、二人が何年経っても世間に迷惑をかけず、うまくやっていく道を考えるしかなかったのです。しかし結婚の日程が決まり複合的PTSDという話が出てくるまで、メディアはずっと冷ややかにネット情報を引用し続けました。
 ところが日程の正式発表以降、メディアは一変します。例えば読売新聞だと、こうなるのです。
 読売新聞社が4〜5日に実施した緊急全国世論調査で、秋篠宮家の長女眞子さま(29)と小室圭さん(30)が結婚されることについて、よかったと思うかを聞くと、「思う」との回答は53%と半数を超え、「思わない」は33%だった。
(2021.10.05「眞子さま結婚、よかったと「思う」53%…読売調査」

 借金問題発覚以降、国民の半数以上がこの結婚に同情的だなどという話は、一度もマスメディアに載ったことはなかったと思います。少し質問のしかたを変えるだけで、「不満はあるものの、多くの国民は結婚に反対しているわけではない」という実態は見えていたはずなのに――。


【レジ袋有料化反対派はどこに隠れていたのか】
 もうひとつ例を挙げておきましょう。

 自民党の総裁選で小泉進次郎氏が久しぶりに活動を激しくし、連日、菅総理(当時)を訪ねて引導を渡したかと思ったら、石破氏とともに河野太郎氏を担ぎ上げ、そして惨敗しました。小泉・石破両氏とも岸田新内閣の名簿に名前がありません。
 するとネット上では猛烈な小泉たたきが始まり、そこでやり玉に挙げられたのが環境大臣として小泉氏が行った「レジ袋の有料化」です。要するに再び無料にしろという話です。

 私はレジ袋の有料化に最初から反対で、その論点は要するに、
「タダでもらえるゴミ袋がなければ、食べ終わったコンビニ弁当など、屋外で出たゴミを持ち帰れないじゃないか」
とその程度のものでした()が、今回ネット市民から出てきたのは、
「場所の広いスーパーならいいかもしれないが、コンビニだと会計の済んだ品物をひとつひとつマイバッグに詰め替えるお客がいるため、レジ待ちの列が常に長いまま、イライラする」
とか、
「どう見てもSサイズでは間に合わないのに、客とSだのMだのやりあう不毛」
「マイバッグをもたない客が手に持てる分の買い物しかしなくなり、売り上げが減った」
「マイバッグを店内で持ち歩く客が増え、万引きが増えた」
「結局、レジ袋を自分で買うから我が家では削減になっていない」
「有料にしたことで、店はどんだけ儲かっているんだ?」

等々・・・。
 これだけ不満があるというのに、反対派はこれまでどこに隠れていたのか――つい3か月前、ある場所で「やはりレジ袋は無料に戻せ」と書いてひどい目にあった私としては、大いに疑問です。

 引用したネット市民の声は、Yahooニュースにあった5日付の東スポWebの記事「小泉進次郎氏肝いり「有料レジ袋」廃止か」に対する反応です。
 記事の糸口は元東京五輪・パラリンピック担当大臣、桜田義孝衆院議員のツイートですが、失言が多すぎて人望のない国会議員の、しかも単なるつぶやきを記事として取り上げた東スポWebは、手ぐすねを引いて待っていたのでしょう。誰かが「有料レジ袋反対」と言い出してそれに乗っかる瞬間を。そんなものかもしれません。
2018/10/25「日本みたいにやれや!」〜私のレジスタンス(レジ袋に関するスタンス)1

【世論がどこにあるのか、何を見ればいいのか分からなくなった】
 東京都が若者を対象に予約なしでワクチン接種を受けられる企画をしたところ、とんでもない人数が集まって混乱したということもありました。都の失策には違いありませんが、私も十代・二十代には反ワクチン・非ワクチンがまん延していると思い込んでいました。テレビや新聞、ネットのニュースをしょっちゅう見ているからです。

 情報に接すれば接するほど間違った方向に引きずられる、それよりも己の感性や己の常識にしたがった方がいい・・・と、それでは困るでしょ? みんなが自分だけを頼りにし始めたら世の中はメチャクチャです。

 メディアは何をみて世界を判断し、どう考えて情報を整理し発信しているのか、とくと考えてみたいところです。

にほんブログ村
人気ブログランキング
5

2021/9/1

「壺中の天での自己判断」〜情報を閉じ込めておいて、その中での判断を迫る  メディア


 モデルナ・ワクチンの異物混入問題が深刻だ。
 しかしそれを訴えながら、メディアは接種を思い留まるようには言わない。
 非常に危険だがあとは自己判断で――。
 いったい何のための警鐘なのか。 

という話。 
クリックすると元のサイズで表示します
(写真:フォトAC)

【やはりワクチンを打ったのは間違いだったのか?】
 テレビのワイドショーではこのところ、モデルナ・ワクチンの異物混入問題が繰り返し報じられています。同じロッド番号のワクチンを接種した30歳代の男性が二人亡くなったとか、女性のひとりは体調不良で入院せざるを得なかったといった話です。
 私は新型コロナ感染終息の決め手はワクチンだと思っていますし、自分自身がもう2回も打ってしまっているので“やはりワクチンは危険だ”という話は気分がよくないのです。しかしチャンネルをどう変えても、この話はかなりしつこく扱われている――。

 しかもそれでいて「ワクチン接種はやはり見合わせるべきでしょう」という話はマスメディアからは出て来ません。品質管理を徹底するためにも接種のスピードを落とすべきだという話もない。新型コロナワクチンは世界でもう何十億回も打たれているというのに、海外での異物混入がどうなっているのか、その点について調べたという報告もなければ、うがった見方をすれば保管庫の電源を抜くように呼びかけた反ワクチン派のひとたちが意図的に入れたものかもしれないのに、そうした危惧への言及もない。
 そのうえで「危険はこの通りものすごくある、しかしそれにもかかわらず打つなら、自己判断で打ちましょう」というのは、人々の不安を煽って視聴率を上げようとする不安商法かと疑いたくもなろうというものです(「ないところに人の悪意を探すな」と言ったのは私自身ですが)。

 いずれにしろ、こんな気持ちの悪い話を繰り返しされたあとで接種に行く人は気の毒ですし、接種はしばらく見合わせようという人が増えるのは致し方ないでしょう。そうなる社会を望んでいる人たちもいます。

 一昨日からお話している、
「助かる見込みのない高齢者よりも、“助かるはず”の若い重症者・中等症者を優先的に入院させるべきだ」
という話も同じです。メディアはそうした雰囲気を漂わせるだけで決して確定的に主張するわけではありません。方向を強く示しながら、「あとは自己判断」と投げ出すのです。別な言い方をすれば、「示唆したわけではない、事実を示しただけだ」ということですが、この「自己判断」というもの実は、かなり曲者なのです。


【壺中の天での自己判断】
 学校ではよく「子ども自身が決めることが大事だ」という言い方をします。「他人から強制されたものではなく、自分で決めた」ということが強い動機付けになるからです。
 しかし何の準備もせず、すべての決定権を年端も行かない子どもたちに渡すとたいへんなことになります。例えばいじめ問題を下準備なしに話し合いに任せれば、あっという間に被害者をみんなで叩く人民裁判になりかねないのです。「校則について話し合い、決めなさい」と突き放せば、強い者の意見だけで学校が決められてしまいます。

 そのために教師は「子どもたちが自主的に正しい道を選んだ」という擬制をつくろうと、たくさんの仕掛けや工夫を施します。それが授業です。授業の終わりは予見不能であってはいけませんし、どう転んでもいいというものでもありません。

 同じ方法を、メディアは大人相手にしばしば使います。そしてしばしば私たちは、簡単に乗ってしまいます。
 例えばゆとり教育の始まりの時、「円周率が3になる」といった学習塾の中吊り広告にまんまと乗せられたような例です。塾は「だから学習塾に子どもを入れましょう」と言ったわけでもありません。だから「ゆとり教育はダメだ」と結論したわけでもないのですが、人々は子どもの学習を本気で考え始め、一部の人々は「反ゆとり」大きく舵を切りました。
 子どもを塾に行かせる決心をしたのも、ゆとり教育に不信感を持ったのも、すべて広告を見た人の自己判断・自己決定ですから、信念は揺るがないのです。


【そして何も決まらないまま、すべてが過ぎ去る】
 さて、それでは今後、「異物混入による接種控え」や「高齢者を後回しにしての重症患者の治療」という問題は今後どうなっていくのでしょう?
 
 予測は簡単です。1億2600万人もの人口を乗せた日本という大船は簡単には舵が切れないのです。あれこれマスコミをにぎわせ、ネットで侃々諤々の議論と喧々囂々たる非難の応酬をしているうちにワクチン接種が進み、第5波が終焉して、何のためにあんな大騒ぎをしたのか分からないまま次の局面へ進むのです。
 昨年当初の「マスクに予防効果はない、いやある」論も「もっとPCR検査をすべきだ、いや必要ない」論も、秋に大量に出ていた「ワクチンは危険だ、しかし打った方がいい、すべては自己責任だ」論も、みな時間切れで終わった話です。

 その結果、誰か儲かった人がいたかというと、やはりいたのだと私は思っています。

にほんブログ村
人気ブログランキング
3

2021/8/30

「新型コロナ:『高齢者を犠牲にすれば助かるはずの命』を救え」〜テレビはあっさりとそう言う  メディア


 新型コロナ感染第5波は天井知らずに増えていく。
 医療はひっ迫し、危機的な状況にあると私たちは信じてきた。
 しかし実態はそうでもないと、ある報道番組は語った。
 見込みのない高齢患者を犠牲にすれば、何とでもなる話だと。

という話。 
クリックすると元のサイズで表示します
(写真:フォトAC)

【8・8万倍の影響力にふさわしい責務】
 私がこのブログを書き始めて15年半になります。その1年半ほど前からブログの元となる記事は書いていて、のちにここに追加しましたから記録上は2005年から17年も書いてきたことになります。記事の総数は3800本ほどです。
 アクセスは一番多い時期で1日220ほど。それが、特に退職してからはジリ貧で、現在は100前後、最近は100を切る日もかなり多くなっています。
 もちろん趣味でやっていることですからそれで十分なのですが、別のことを考えると心が揺らぎます。

 インターネットに押され、テレビや新聞・雑誌の地位は下がっているといいます。しかしNHK「ニュース7」やテレビ朝日「報道ステーション」といった高視聴率番組を除いても、ニュース番組の視聴率は大体7%前後で、これを人数で考えると880万人あまりということになります。

 私が毎日一生懸命書いても100人弱、テレビは880万人に影響を与えることができる、そう考えるとテレビ報道は私の8・8万倍はきちんとした仕事をしてくれなくては困る、そんな考えに囚われるのです。ところがそれが、しばしばあまりにもひどい。


【こんな報道があり得るのか】
 私がいま頭に思い浮かべているのは、先々週の土曜日の報道番組です。
 
 内容は新型コロナの在宅医療に関するもので、担当の医師が苦労を重ねて訪問診療を続けているさまが紹介されます。患者の中にはすでに重症化が進んでいるにも関わらず、なかなか病院に受け入れられずに苦しんでいる人もいます。
 医師は酸素吸入器を使いまわし、2台重ねで使用したり、ぎりぎりの医療に奔走したりせざるを得なくなっていると、そこまではいい。
 問題は最後にひとりの放送記者がまとめる部分で起こります。

 在宅医療もそろそろ限界になろうとしている、酸素装置が不足するためにどの患者に酸素を与えるのか、どの患者を入院させるのか、現場の医師が命の選択をせざるを得なくなっている。しかし重症者用ベッドは空かず、空いても若者より高齢者が優先される傾向がある。
 これについて訪問診療の医師は「かえって高齢で非常に予後が限られた方であれば、『最後かもしれないけど受け入れるよ』という現象が見られる」と話すのですが、それを放送記者は次のように解釈し紹介するのです。

 もう手の施しようのない高齢の患者を引き受けることで、病院は難しい治療から手を引くことができ、病床も増やすことができる。こうして若い重症者は十分な治療を受けられないまま、「助かるはずの命」が失われていく――。

 
【「助かるはずの命」のもうひとつの意味】

「助かるはずの命」がこういう使われ方をする可能性に、私はまったく気づきませんでした。
 私にとってそれは「日本の病院の受け入れ能力がもっと高ければ助かるはずの命」であって、「高齢で助かる見込みのない命を犠牲にすれば代わりに助かるはずの命」ではなかったのです。
 それを番組はいとも簡単に後者として語ります。

 この一年半あまりの医療従事者の艱難辛苦について、メディアは何度も繰り返し報告してきたはずです。コロナ治療の最前線は今も昔も地獄で、医師や看護師は献身的に治療・看護を続けている――私たちはそのように伝えられ、そう信じてきました。ところが必ずしもそうではないと番組は語ります。

 病院は政府の要請に従ってコロナ患者用ベッドを増やし、重症者向け1床あたり1500万円、それ以外の病床は1床あたり450万円の補助を受けておきながら、実際には手のかからない高齢者を積極的に受け入れてベッドを埋め、そのために助かるはずの若い命が在宅で失われている――この番組がシレっと語っているのはそういう重大な問題です。

 しかしそんなこと、あると思いますか?
 在宅医療の担当者たちは命がけの仕事をしている間に、コロナ患者受け入れ病院の医師たちはけっこううまくやっている、それがこのニュースを手掛けた人々の総意で一番訴えたかったことなのでしょうか?

(この稿、続く)


にほんブログ村
人気ブログランキング
3

2021/8/9

「更新しました」〜キース・アウト  メディア


閉会式のバッハ会長の長ったらしい話を、しっかり聞いている日本人アスリートの姿は揶揄すべきものであり、いつの日か他人の話を聞かない世界標準に近づくべきだとマスコミは思っているらしい

kieth-out.hatenablog.jp



にほんブログ村
人気ブログランキング
2



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ