2020/9/30

「小柳ルミ子のダモクレスの剣」〜それぞれのコロナ@  人生


 新型コロナ自粛の中で、歌手・小柳ルミ子はいったん引退を決意したという。
 その期間中、誰も小柳ルミ子を思い出さず、誰も仕事をくれなかったらからである。
 しかし芸能人の大半は同じ状況にいたはずではないか。
 小柳ルミ子はなぜそんなふうに思いつめて行ったのか。

という話。
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(フェリックス・オーヴレイ「ダモクレスの剣」)

【大スター、涙ながらに語る】
 我が家は夫婦の趣味がことごとく合わず、したがって一緒にテレビを見るということがありません。私が見ているときは妻が別の仕事をし、妻が見るときはたいて私はコンピュータに向かって別の仕事をしています。音声がうるさいのでほとんどの場合はヘッドフォンで音楽を聴きながらの仕事です。

 一昨日の夜は妻が「徹子の部屋」のVTRをつけていて、「ああ小柳ルミ子が出ているな」と思いながら特に興味も沸かないでいつもの通りにしていたところ、曲の切れ目に聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、おもわずヘッドフォンをはずして振り返りました。
 こんなことを言っていたのです。
「徹子さんにはわかってもらえるかもしれませんけど、私たち芸能人と言うのは人気商売で、必要とされてお仕事いただけるわけです。で仕事がないって言うことは・・・もちろんコロナのことは分かっています。でも、コロナであっても必要だったら、オファーがいただけると、思うじゃないですか。
 それがもうないということは、ああもう自分に力がないんだな、もう皆さんに楽しんでいただける歌も踊りも芝居も、必要とされてないんだなって思って、もう本当に7月は引退しようと決心して、そしたら――」
 この話の続きは、自分のブログのコメント欄に“サザン・オールスターズの桑田佳祐さんが雑誌で小柳ルミ子さんのことを絶賛していましたよ”という書き込みがあって、さっそく取り寄せて見ると「最高のエリート歌手」だとか「歌がうまい」とかあって、それで再び歌手の道を歩もうと思ったというところに繋がっていきます。

 それもまったくの涙ながらで、何回も声を詰まらせ、何枚ものティッシュ・ペーパーを無駄にしながらの話です。私の心には、幾重もの違和感が降り下りてきます。


【私には理解できない】
 ひとつには「それはそこまで深刻な問題なのか?」ということです。
 この4月・5月・6月を、それこそ身を削り命を懸けて過ごした何百万人もの人たちがこの国にはいるはずです。
 今日の糧が手に入らない、明日の目星がつかない、月末までの資金が用意できなければ社員が路頭に迷う、店を手放さなくてはならない、自宅を失うかもしれない――そんな思いで過ごしてきた人たちです。
 しかし小柳ルミ子さんが失うかもしれないと恐れているものはオファーなのです。

 まさか生きていくだけの蓄えがないということもないでしょう。事務所からの固定給だってあれば、CDや音楽配信の印税だってあるはずです。ファンクラブからの収益だってまだまだ見込めます。いざとなれば借金をしたってコロナ明けにディナーショーを何回か開けば簡単に返せる人です。
 前夫から受け取った1億円の慰謝料はどうなったのでしょう? 小柳ルミ子の前夫という以外に何の取りえもないダンサーが、わずか数年で1億円を返せるのが芸能界です。小柳ルミ子だったら何とでもなるでしょう。

 そもそも仕事が来ないのは芸能界が彼女を必要としなくなったからではありません。もちろん最前線の流行歌手としての需要ならとっくに失っていますが、その代わり今は中堅の、安定した歌唱のできる歌手として地方公演やディナーショーなどでは引っ張りだこのはずです。それがライバルというなら同じような人はいくらでもいますが、このコロナ禍のもとで、ほとんど全員が休んでいたはずです。ジャニーズやAKBのような最前線の人気タレントですら仕事がないのに、中堅歌手の出番などどこにもありません。

 芸能なんて主要不急の職業であって、自粛期間中は「だるまさんが転んだ」で鬼に振り向かれたときと同じように、ほぼ全員が一斉に止まっていたのです。コロナが明けたら、鬼が再び「だるまさんが・・・」と言い出すのに合わせて、みんなで一斉に動き出せばいいだけのこと、それまでのあいだに歩みを進めている仲間などいるはずがありません。
 それを、
 もう自分に力がないんだな、もう皆さんに楽しんでいただける歌も踊りも芝居も、必要とされてないんだな
だなんて、ほんとうにコロナに苦しんでいる人たちが聞けば、怒り出しそうです、と悪態をついておいて――しかし「それが人間なのだ」という思いも、私にはあるのです。


【小柳ルミ子のダモクレスの剣】
 「徹子の部屋」の録画を最初から見直する、この自粛期間中、小柳ルミ子さんは毎日19にも及ぶコロナ関連の番組を見続け、自らを「除菌オバさん」と呼ぶほどに防疫の腕を上げていたのです。おそらく独り暮らしですが、朝から晩まで独りぼっちで新型コロナの情報にたっぷり汚染されていれば、そのくらいにはなります。たった一人で、何日も何日もコロナと戦っていたわけですから。

 18歳でデビューしていきなりスターダムにのし上がり、以後ずっとその地位を維持してきました。家庭を持たず、芸能以外の仕事に手を出すこともなく、常に健康と体力に気を遣って体形や運動能力の維持のために最大の努力をしてきた。二六時中誰かに見られ、いつも気を張って緩めることもない――そういった人間が、数カ月に渡って部屋に居ずっぱりで、朝から晩までコロナ関連のニュースにかかりっきりなのです。その目に映る社会や世界の様相が、歪んでくるのも致し方ないのかもしれません。

 思えばスターダムというのはシラクサの王・ディオニュシオス一世の玉座と同じです。逸話によると、廷臣ダモクレスが王を讃えて羨むと、王は黙ってダモクレスを玉座に座らせ、上を見るように指示します。するとそこには天井から毛髪一本で吊るされた抜身の剣が下がっていたのです。
 ダモクレスの剣――玉座のいかに危ういかを示す逸話です。

 芸能人というのは因果な商売です。評価の基準は「人気」という徹底的に他力本願のところにしかありません。努力や実力が単純に反映しにくいのです。そしてそれにもかかわらず、定年のない世界ですから果てしない競争にさらされ続けます。

 一方で20歳も年上の黒柳徹子さんが最前線で活躍しながら、80歳の老優・藤木孝さんが「役者として続けていく自信がない」と遺書に書いて自殺する世界です。「徹子の部屋」からオファーが来て「やったー!」と両の拳を振り上げたという68歳小柳ルミ子の狂いは、芸能界全体のものなのかもしれません。

 そしてそれは、三浦春馬さんや芦名星さんの生きた世界の狂いでもあります。


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2020/9/28

「死に逝く者の責務を果たせる者だけが死んでいい」〜女優、竹内結子も逝ってしまった  人生


 女優の竹内結子さんが亡くなった。自殺の可能性が高いという。
 打ち続く芸能人の自殺、
 あるいはそこに共通点があるのかもしれないが、竹内さんは少し違う。
 人には死んではいけないときがある、死ぬことが許されない場合もあるのだ。

という話。
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(ダフィット・テニールス「聖アントニウスの誘惑」《部分》)

【竹内結子さんの死】
 女優の竹内結子さんが亡くなりました。自殺の可能性が高いとのことです。享年40歳。
 昨年の2月に再婚し、今年1月の末に第二子を出産したばかりでした。長子は歌舞伎役者の中村獅童の子で、今年14歳になるはずです。

 私は竹内さんのファンでも何でもないのですが、4年前のNHK大河ドラマ「真田丸」で演じた狂気の淀君が忘れられません。
 4歳の時に落ちる小谷城に父を残して母や兄妹とともに脱出し、14歳で北の庄城に母を残して二人の妹とともに秀吉の軍門に下り、その側室となってからは最初の子の鶴松を死なせ――と、わずか20年余りの半生の間に、家族の大部分を次々と亡くすような体験をした女性は、きっとこうなるだろうと強く思わされる演技でした。

 結局、最後には豊臣家を亡ぼして両親の復讐を果たした――そう考える見方も多くありますが、竹内結子さんの演じた淀君にとっては豊臣家も浅井家も、天下統一も復讐も何もかもどうでもいいことで、常にその場その場を生きていた――ただそれだけのことだったのかもしれない、それこそがほんとうの淀君の姿かもしれない、そう思わせるだけの素晴らしい演技でした。

 芸能人の自殺については三浦春馬さんや芦名星さんを例につい先日書いたばかりです。
2020/9/18「働いていないことの消耗」〜三浦春馬さんの死とコロナ禍 

 そこで考えたのは、人気俳優としてほとんど休みもなく突っ走ってきたこの人たちが、今回のコロナ自粛で完全に止められてしまった、その働いていないことの消耗についてでした。
 さらに竹内さんの場合は生まれたばかりの赤ん坊を抱えての自粛ですから、育児ノイローゼ的なものも重なっていたのかもしれません。竹内さんに限ったことではありませんが(コロナ感染を恐れて)両親等の助けを一切うけられない養育というのは、これまでほとんどなかったことです。
 いずれにしろ尋常ではない状況下にあったわけで、私には淀君の狂気の演技が記憶に焼き付いていますので、その最後の姿が目に浮かぶようでほんとうにやりきれません。

 ただしそんなふうに思い遣りながらも、三浦さんや芦名さんとは違った思いで竹内さんの死を考える私もいます。それは何と言っても彼女が14歳とゼロ歳の子の母親であり、結婚一年半の、年下の配偶者の妻であることから来ています。


【死に逝く者の責務】
 二十数年前、私が肺ガンの宣告を受けて死を覚悟したとき、娘は小学校2年生、息子はまだ4歳でした。発見の段階でレントゲン撮影の病巣が2×3cmもあって(最終的には8×6×6cm)医者からもVA期かVB期と言われたので、“これはもうダメだな”と諦めるのも早かったのです。それほど悲壮感のあるものでもありませんでした。

 ただ7歳と4歳の子を残して逝くのは忍びない気がしましたし、特に下の子は年齢的に記憶にすら残らないかもしれないと思ってそこには気を遣いました。たくさんの映像とたくさんの文章を残しておこうと、自分のWebサイトをつくったりあれこれ始めたのもこの時です。

 それとは別に、妻や親兄弟のために心がけたこともあります。それはこの人たちが私の元に持ってくる治療や治療もどきのことは、資金の許す限り試してみようということです。困ったことにこの病気になると、頼んでもいないのにあちこちから特別な治療やら栄養食品やらの話がやたらと舞い込んできます。
 私はすっかり諦めつくしていましたからそんな無駄なこと、面倒なことはしたくない気持ちもあったのですが、家族の勧めを断り続けた挙句に結局死んでしまったら、それで切ない思いをするのはその人たちです。
 もっと強く勧めていたら、もっと強引に引っ張って行っていたらと、そうした悔いは人の死にはつきものです。だから私たちは葬儀の席で「お悔やみ申し上げます」と言い合うわけですが、それでもその“悔い”を最小限にとどめるのは死に逝く者の使命だと思ったのです。もちろん何百万円もする治療などお断りですが――。

 しかし私は生き残ってしまいました。どの治療・治療もどきに効果があったのかは分かりません。もしかしたら生きる可能性をさっさと諦めて気楽に病気と付き合ったのがかえって良かったのかもしれません。


【残された人々への哀悼】
 もちろん同じく死を目前にしていると言っても自殺と病気とでは全く違います。自死する人の最後の瞬間はおそらく正気ではありませんから、その人たちに「残される者の気持ちを考えろ」とか「死ぬより大切なことはあるだろう」とか言っても無意味でしょう。しかしそれでも私は思わずにはいられないのです。

 最初にクローゼットの中の遺体を発見した若き夫は、これから長く続く人生をどう生きて行ったらいいのでしょう。最も近くにいて、最も救える可能性のあったのはこの人なのです。 
 14歳の、とてつもなく多感な時期の真っ最中にいる長男は、事態をどう受け止めるのでしょう。彼女は自分自身が演じた茶々(淀君)が母を奪われたのと同い年の息子から、自ら母親を奪ってしまったのです。
 この子に語ってやれる言葉はそう多くはありません。

 ゼロ歳の次男は、もちろん今は何も分かりません。しかしこの自死の原因に育児ノイローゼがあるとして、将来おとなになったとき、その事情をどう消化したらよいのか。
 普通の家の子ではないのです。インターネットで検索をかければ、10年後であっても20年後であっても、母親に関する情報はいくらでも出て来ます。
 ――そう考えただけでも、とてもではありませんが死んで行ける状況ではないのです。

 もちろん、繰り返しになりますが、自死する人の最後の瞬間は正気を失っているはずです。ですから私の想いをもって竹内結子を非難することには、何の意味もないことは百も承知です。
 百も承知の上で、この女性の失われた才能を心から惜しむとともに、たいへんな重荷を家族に残していった恨みを抑えきることもできないのです。

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2020/9/18

「働いていないことの消耗」〜三浦春馬さんの死とコロナ禍  人生


 テレビで、三浦春馬さんの最後のドラマを見た。
 これほどの人がなぜ死を選ばなくてはならなかったのか、
 若い人にはそもそも生きる力が備わっているはずなのに――。
 そこで想われるのが新型コロナ事態である。
という話。
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(写真:フォトAC

【三浦春馬さんがテレビドラマに出ている】
 今週火曜日夜10時からTBSでドラマ「おカネの切れ目が恋の始まり」がスタートしました。主演の三浦春馬さんの急逝のため、4話完結だそうです。

 番組のことは知っていたのですが、ドラマを見ながら“陽気で明るい役柄を演じながら、この時期、この人は何を考えていたのだろう”、そんなことを考えるのも気が重いので、火曜日は別番組にチャンネルを合わせていたのですが、翌日の夕食後、妻が何のためらいもなく自動録画してあった「おカネの切れ目が〜」のボタンを押してしまい、あえてやめてもらうほどのこともないので、仕事をしながら見るともなく最後まで見てしまいました。
 一生懸命やってはいましたが、この人に破天荒に生きる明るい役は、やはり似合わないと思いました。

 家族関係にうまくいかない面もあったようですが、容姿に恵まれ、機会にも恵まれ、いろいろな人々(芸能やファッションばかりでなく、あらゆる世界で一流の仕事をしている人々)にも会える豊かな生活を棄てて、なぜ死んでしまったのか――。

 私のように齢も60歳を過ぎると、あらゆることが大したことでなくなって、昨日のブログではありませんが、思いつめる能力も衰えてつまらぬことばかり考えているうちに日は過ぎてしまいますが、若い人はもっと生臭い世界にいるはずです。

 人間には本来、芯に強い動物性があって強烈な生存欲求で鎖につけられていますから、「死」にそれを上回るほどの力がないと、なかなか死ねないはずです。
 もちろん老人にも自殺する人はいますが、あれは死に吸引力があるというよりは生に執着力がなさ過ぎて、ひょいっと隣の線路に横跳びに外れて、黄泉の世界へ歩いて行ってしまうようなものです。若い人とは違います。

 三浦さんも、そしてつい最近亡くなった芦名星さんという女優さんも、どうやって本来の生きる力を乗り越えてしまったのか――。


【働け、働け、働け】
 悩みを抱える人への最終的な私のアドバイスは、ビスマルクの言った「働け、働け、働け」です。最初からそう言うと抵抗があるのでさまざまな言い方で遠くから攻めますが、行きつくところはそこです。

 この言葉、調べると正しくは「青年にすすめたいことは、ただ三語につきる。すなわち働け、もっと働け、あくまで働け」だそうで、それがどんな文脈で語られたのか知らないので誤解しているかもしれませんが、私にとって「働け、働け、働け」は「原始人のように狩りに行け! 木の実を拾え、食え」です。

「朝、起きて日の出の太陽を浴びよ! 山を下る風に体を晒せ!」
「雨の日は雨に打たれ 雪の日は頬を氷に切らせよ!」
 そんな感じでもあります。
 要するに問題本体を解決するのではなく、身体の中に眠る動物性を自然の力で呼び覚まそうというのです。

 死ぬほど思いつめた問題は解決できない問題です。なぜなら、逆説的ですが、限界まで追い詰めたのにまだ解決していないからです。それ以上考えても答えは絶対に出て来ません。だとしたら当分のあいだ、棚上げにするしかない、忘れたふりをして、ほんとうに忘れてしまうまで時を過ごすしかありません。
 ところがそんなふうに言うと、かならず返ってくるのが、
 棚上げにできるくらいなら、最初から苦しむこともない
という答えです。それも道理です。
 そこで提唱するのが
「働け、働け、働け、太陽の光を浴びよ」
です。


【働いていないことの消耗】
 太陽の光や風や雨や雪、そして働くことは、人間の本来の生命力を呼び覚ますことです。ライオンやシマウマやマンドリルがひたすら”生きるために生きている“ように、人間も本来はそのようにして生きてきました。原始人に限らず、現代人だって多くは生きる意味とか生きる目的とかをまったく考えず、日々を過ごしています。
 ではなぜ三浦さんや芦名さんは生きる力を失ってしまったのでしょう。

 警察庁によると先月(8月)の全国の自殺者は1849人で昨年同期より15・3%も増えてしまったそうです(2020.09.10NHK「8月の自殺者 大幅増加で1800人超 コロナ影響か分析へ」)。ところが遡って4月・5月は例年よりそれぞれ19・8%、19・0%も少なかったのです(2020.07.06 47NEWS「コロナ禍で自殺者が約2割減った理由 『絶望死』を増やさないために社会は何をすべきか」)。

 8月になって失業者がさらに増えその影響が出てきたとみるのが一般的ですが、生活苦だけが理由ということもないでしょう。金銭問題だけなら、失業保険等、解決の道はいくらでもあります。

 問題は「働いていない」というそのこと自体なのかもしれません。
 4月・5月はまだほとんどの人が戦っていた時期です。会社や店を潰さないように戦っていた、新たな仕事を探そうと戦っていた、新たな意味を探そうと戦っていた、働いていた、それがひと段落しての8月です。

 しかし思うのですが、三浦さんや芦名さんは4月・5月の時点でもう戦っていなかったのかもしれません。もっと売れない俳優だったらアルバイトに必死だったその時期を、売れっ子の俳優さんたちはただ無為に過ごすしかなかった。それが生きる力を弱める。さらに言えばSNSで誹謗中傷されて追い込まれたプロレスラーの木村花さんも、新型コロナ事態がなければ別のことに気を奪われていたのかもしれません。
 そう考えると、人の運命のやるせなさを改めて思わされます。


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2020/9/8

「新型コロナの、事態後を想う」〜失うもの、残るもの、残さなくてはならないもの  人生


 ふと気づくと、
 新型コロナ禍の中で一過性だと思っていたもののうち、
 いくつかはこのまま残ってしまうのではないかと思い始めた。
 失うもの、残るもの、残さなくてはならないもの、
 今こそそれを、考えておこう。
という話。
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(「大勢の仲間と飲み会でビールジョッキで乾杯する」フォトACより)

【書くことに困っている=孫に会えない】
 最近、このブログに、書くことに困っています。
 ネタがない。

 普通の学校の登校日に合わせて夏休み・冬休み・春休み、そして土・日・祝祭日を休み、それ以外はほぼ毎日の年200日、これだけ書いていればネタ切れになることがあっても不思議ありませんが、これだけ続けて困るようになるのはあまりなかったことです。

 原因は分かっています。加齢もあればもう勤労者でもないという立場のせいでもありますが、それよりも大きいのは新型コロナのためです。極端に社会関係・家族関係・友人関係を絞っているから話題の作りようがない。

 例えば東京に住む娘の家族とは、3月末に会ったきり、6月の緊急事態宣言・県境を越えた交流解除の直後に一回顔を見ただけで、もう3か月も会っていません。
 お盆前にテレビは、
「孫たちと会うのも今年一回くらいは我慢しましょう」
と言っていて、それは道理なのですが15歳〜16歳の孫ならまだしも、1歳になったばかりイーツ(2番目の孫)など、1年会わなかったらもう別人です。孫育ての一番面白い時期を外して何の愛着か、という気もしないでもありません。


【友だちを失う】
 かれこれ半世紀近くも一カ月おきに飲み会を開いていた友人との付き合いが、この8カ月余りの間に1回開かれただけです。私にとってはとても大切な関係で、40数年間、学校以外の人間関係はここにしかなかったのです。彼らを通じて一般社会の考え方に接し、彼らを通して社会と繋がってきました。

 ただしこの仲間は生産性はゼロ、昔話を延々と繰り返しているだけの関係ですから、不要かどうかはそれぞれであるにしても、不急であることは間違いありません。どうでもいいのに惰性で続いてきた間柄ですから、惰力を失えば持続できないということも大いにありえます。

 私は今、友だちを失う瀬戸際に立っているとも言えます。母親世代に比べればずっと若い世代ですが、それでもいついなくなっても不思議のない年齢です。会える間は会っておく方がのちのち後悔せずに済むようにも思っているのですが――。


【死ぬまで親と会えない】
 さらに深刻なのは高齢の親の問題です。
 幸い私の母はすぐ近くに住んでいて私も半分はそこで生活しているのですが、高齢者の中にはそうでない人もいます。
 母の友人で施設に入っているひとりは糖尿病のために失明しておられ、ラジオと、ときどき訪れてくる家族だけが楽しみな生活をしていました。ところが新型コロナのために施設自体が面会禁止となってしまい、それからすでに8カ月。余命いくばくもないという状況でないものの、いつまでも生きる人でもありません。

 またこれはテレビで見た例ですが、一人暮らしをさせている親の元に東京に住む娘が様子を見に行ったところ、それから2週間、一切の在宅介護サービスが受けられなくなってしまったのです。2〜3日のつもりで来た娘も、職場に頼み込んでまるまる2週間、親の面倒を見ることになったといいます。
 かたちだけで言えば、心配して親のところに来たことがいけなかったのです。

 誰が悪いという話ではありません。サービスの事業所にすれば介護士が感染してそのまま各家庭を回るなど、あってはならないことなのです。しかしこうした事態が続けば、子は親の面倒を(親が)死ぬまで観られないことになります。
 何とかならないものか――。


【変わるものと変わらないもの】

 よく言われることですが新型コロナ事態が終わっても、完全に元の世界に戻るわけではありません。一段と加速されたキャッシュレスの流れはそのまま進むでしょうし、リモート・ワークでやっていける企業や部署は、改めて通勤手当を出してまで会社に来てもらおうとは思わないでしょう。
 グローバル化で外国に任せきりにしていたもののうちいくつかは、どんなにコストが高くても国内に戻すでしょう。不織布マスク、高性能マスク、防護服、フェイスシールド、全自動PCR検査機等々。

 もちろん新型コロナ以前に戻って、何ごともなかったように続く世界もあります。学校はその代表です。
 緊急事態宣言明けにリモート・ワークを残した企業はあっても、リモート学習を残した学校はないからです。しかし、それでも何かが確実に変わってしまう。

 何が残って何がなくなるのか、なくなるに任せていいものは何か、なくならないように頑張らなくてはいけないものは何なのか、日々の生活に関して、私はもう少し慎重でありたいと思いました。


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2020/8/21

「時間はどこに消えたのか?」〜私の近くに「モモ」の灰色の男たちがいるらしい  人生


 2学期最初の一週間、ご苦労様。
 新型コロナで教師の仕事はさらに増えた様子、たいへんなことだ。
 それに比べたら私の生活の、なんとゆとりある、豊かなものなのだろう。
 ――と言いたいのだが実は時間がない。
 職場に行かなくなって浮いたはずの私の時間は、どこへ消えてしまったのだろう?

というお話。
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(「英数字の時計」 フォトACより)

【最初の一週間、ご苦労様でした】
 今週から2学期の始まった先生方、いかがでしたか? 
 例年だとまだまだ夏休みの学校が大半でしょうし、寒冷地など夏休みの短い地域でも、これほど暑い中での2学期は今まであまりなかったことでしょう。今年は梅雨明けが8月にずれ込んだ分、暑さのピークが今ごろになってしまいました。
 いかに冷房のある教室が多くなったとはいえ、肉体疲労もことのほかと思います。

 先日のNHKニュースで紹介された中学校の先生は、これまで80時間程度だった月の残業時間が100時間にもなっていると言っていました。
 以前と違うのは、まず放課後の消毒作業。生徒一人ひとりの机をアルコール消毒するほか、人の手に触れそうなところはすべて拭き取っていきます。本来は生徒がやるはずのトイレ掃除も、感染のリスクが高いとかで先生たちの仕事になってしまいました。

 少なくなった授業時間を補うため、宿題もいつもよりずっと丁寧に作らなくてはなりません、出した宿題は翌日チェックしなくてはならない。そうした今までにない取り組みの積み重ねが、月100時間の残業なのです。

「より丁寧な宿題を出せば、生徒もそれに応じて頑張ってくれる。だから力を入れざるを得ない」
 そういった発言がありましたが、いつの時代も教師の考え方は変わらないですね。
 ただし今は特別な時です。ご自身の過労が免疫力の低下となって、あれほど注意しているはずの防疫の壁を、自ら崩してしまわないよう、どうぞご自愛のうえ、がんばって乗り切ってください。


【マイ・ルーチン】
 さて、私はと言えば、これも忙しかった。
 定年退職後の第二の職業も振り捨てて、完全な在宅生活を始めて2年半。
 忙しいと言えば退職後もバリバリと働いている弟などは、「何が忙しいんだ」と冷やかしますが、やはり忙しい。なぜか忙しい、何が忙しいか分からないがとにかく忙しい――。

 母のところで朝4時半に起きてコーヒーを飲みながらメールやサイトのチェックをし、自宅に戻って畑でひと働き。
 日によってはゴミ出しに行ったりジョギングに出たりで午前6時から朝食。現職の妻はすでに出勤。
 食べ終わると台所のシンクを掃除しながら食洗器に皿や茶碗を入れ、スイッチ・オン! 続いてペットの世話をする。

 そのあとコンピュータの前に座り、一晩たつと違った目で見られる自身のブログをもう一度校正。ミラーブログにコピー。ツイッターに更新記録を送る。
 そしてまた畑。

 私は朝風呂派なので昨夜の残り湯に加熱することもなく入り、汗と汚れを流し落とします。
 出てから洗濯、風呂掃除をする。
 前日、室内に取り込んだままになっていた洗濯物をハンガーから外して、丁寧にたたんでからタンスの中へ。そして新たな洗濯物を掛けて屋外に干す。

 新聞に目を通し再びコンピュータの前に座る――その時点で時計を見ると、もう10時を過ぎていたりすることもあります。
 そしてほどなく昼食。

 昼の食器は水に浸して食洗器から朝と前の晩の食器を出し、食器棚に整理して入れる。気が向けばそれから室内清掃。ふと時計を見ると2時。
 そこから翌日のブログ記事を書いたり本を読んだり、ネット記事を確認したりして4時。ヤレヤレまだ暑いがもう一度、畑に行ってがんばろうと勇気を出して しばらく作業をしているとやがて妻が帰宅。
 食事をつくるのは妻の仕事なので手を出しませんが、そのあと6時か7時に夕食。また台所の片づけ。ブログの仕上げと更新。
 母の家に向かう。

 それが私のルーティーンですが、その間にしょっちゅう母や妻から臨時の仕事が入る。
 特に妻からは夕食の終わったくらいの時刻に、「明日までにお願い!」と思いつき仕事を託され、そんな仕事はたいていがコンピュータに関わるもの(例えば音楽CD を一枚編集してくれとか)で、明日までと言ったって母の家に行くのにあと1時間ほど。ネット環境はこちらにしかありませんから、ここでやるしかなく、必死の作業になります。
 イソガシイ、イソガシイ、イソガシイ・・・


【床屋のフージーさんと私】
 昨日お話しした「100分 de 名著」の「モモ」では、第二回で床屋のフージーさんが取り上げられます。店の評判も良く、お金持ちではないものの幸せに暮らしていたフージーさんは、ある日ふと、こんなふうに考えるのです。
「俺の人生はこうして過ぎていくのか。はさみと、おしゃべりと、せっけんのあわの人生だ。死んでしまえば、まるでオレなんぞもともといなかったみたいに人に忘れられてしまうんだ」
 そこに時間貯蓄銀行の外交員を名乗る灰色の男(実は時間泥棒)がやってきて、
“あなたは膨大な時間をムダにしてきた。これからはおしゃべりをやめて、30分でやっていた仕事を15分で済ませ、節約した時間を私の銀行に預けなさい。余裕が増えれば全く違った人生が開けてきます”
 そういった話をするのです。

 生活に不満を感じ始めていたフージーさんはさっそく口座を開き、そこからどんどん時間を節約し始めるのですが、お金も十分に稼ぎ、使うのも十分で、よい服装も着始めるのに、一方で不機嫌な、くたびれた、怒りっぽい顔をしたトゲトゲしい感じの人間になってしまうのです。
 実際にフージーさんには時間的余裕がまったくありませんでした。なぜなら節約して貯蓄銀行に預けた“時間”は、灰色の男たちによって盗まれてしまっていたからなのです。

 ところで、私は現職の時代には朝6時に家を出て、夕方も6時前に帰ることはまずありませんでした。それがもっとも短いサイクルで、長いサイクルの時代は朝の4時半から夜の9時まで学校で働いていました。
 ですから退職後は毎日最低12時間は自分のために使えるはずで、その余った時間で、買ったきり書棚に入っている本や、若いころ感動してまたいつか読もうと思っていた本を読み、週に2回は映画館に行き、保育園以来やったことのない「お昼寝」を日課としよう、そんなふうに考えていたのです。
 ところが、時間は、まったく、ない。

 1日12時間、週(月〜金)に60時間、年間約3120時間。その時間はどこへ消えてしまったのでしょう?


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2020/6/17

「記憶力と地頭(じあたま)、落ちてくる啓示」〜天才の脳と人生A  人生


 天才の脳には形状や大きさに特徴でもあるのだろうか?
 そもそも天才というのは何なのだろう?
 私たちは天才とどうかかわっていくのか?
 天才たちは幸せなのだろうか?
 といったもろもろが浮かぶ――。

というお話。
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(「AI スピード」フォトACより)


【脳の重さと天才】
 フランスのノーベル文学賞受賞者アナトール・フランス(1844-1924)について、私が知っていることはひとつしかありません。
 死後、計ったら脳の重さが1017gしかなかったというのです。このことから頭の良さと脳の大きさ(容積・重さ)は関係がないと言われています。平均的な男性の脳が1350〜1500gですから確かに軽いと言えば軽い。しかし80歳で亡くなった人の脳が軽かったからといって、若いころからそうであったかどうかは不明です。

 同様にアインシュタインの脳も1230gでかなり軽い方ですが、右脳と左脳の形に大きな隔たりがあり、しかも普通の人は三つの隆起からできている前頭葉が、彼の場合は四つあったと言いますからかなり特殊な脳だったのでしょう。
 ちなみにアインシュタインの業績のほとんどは20代半ばでなされていますから、76歳で亡くなったときの脳が軽めだったとしても、どこまで意味のあることなのかは分かりません。

 逆に“やはり頭の良い人は脳も重い”と思わせる情報もあって、ナポレオン三世が1500g、カントが1650g、ビスマルク1807g、ツルゲーネフ2012gなどが有名なところです。日本では夏目漱石が1425g、内村鑑三が1470g、桂太郎1600g。今の水準だと大したことはないみたいですが、それぞれの時代の平均よりはかなり重かったようです。

 ただし重ければいいというものではないのはゾウの4700g、マッコウクジラの9000gを考えてみれば分かります。あれだけ大きな体を動かすとなると、脳の基幹部分だけでもかなりの量になってしまうのでしょう。
 とりあえず、脳の重さや容積、形状から頭の良し悪しを割り出すのはかなり難しそうです。


【記憶力と地頭(じあたま)、落ちてくる啓示】
 では頭の良い悪いは何によって決まるのかというと、そもそも「頭がいい」ということ自体が定義しきれないので厄介です。

 記憶力は「頭の良さ」の一部ではありますが、それだけでは足りないことは誰しも知るところ。しかしコンピュータに匹敵するような記憶力を持つ人がいたとしたら、それはやはり頭がいいということに違いありません。

 初期コンピュータの開発者のひとりフォン・ノイマンは生涯に読んだ本をすべて全文暗記していたと言いますし、日本では俳優の児玉清(博多華丸が「パネルクイズ アタック25」の物まねで逆に有名にした)が、渡された台本をその場で頭にコピーすることができたと言われています。
 私の教え子でものちに医学部に進んだ女生徒のひとりは、数学がいまひとつで、結局、浪人してからは膨大な過去問を暗記することで受験を凌いだみたいです。

 医学部の話が出たところでついでに申し上げますが、医学部や東京大学に受かることは誰にでもできることではありません。
(もちろん医学部・東大は象徴的に言っていることで、他にも努力だけでは受からない大学・学部はかなりあります)

 息子のアキュラが3歳になったばかりのころ、当時通っていた大学院で私の師匠に当たる人が、息子を自分に預けろと言い出したことがあります。オレに任せれば必ず東大に入れてやるというのです。私は眉に唾をつけて聞いていたのですが、滔々と独自の学習法について話を始め、最後に突然、言葉を止めて、
「あ、だけど知能指数が130以上なければダメだぜ」
――そうでしょう、そうでしょうと、私は半分笑いながら頷きます。
 地頭(じあたま)が良くなければどんなに努力しても入れる大学ではないのです。知能指数130以上というのは印象で言えば小学校4年生(10歳)の時に平均的な中学1年生(13歳)と対等の学習ができる能力です。

 努力だけでは100mを9秒台で走るわけにはいかないように、努力だけでは医学部や東京大学に入ることはできないのです。天才や天才的な人たちの頭の中では、特別なことが起こっているからです。

 アインシュタインの頭の中には数式がドカッと一気に降って来たようです。それを後から解析するのが彼の仕事でした。
 エジソンの頭にも発明のアイデアがドサッと落ちてきたようです。あまりにも多くのアイデアが落ちてくるのでさすがのエジソンも不審に思い、自分は神の啓示を受ける受信機のような存在ではないかと疑い始めます。彼はそれをインスピレーション(inspiration)とかスピリット(spirit)と呼んでいます。
 有名なエジソンの言葉、
「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」
は、要するに「努力をするなんて当たり前、『神の啓示』がなければ話にならない」という意味です。


【天才でもなく、天才の近くにもいなかった人生】
 天才と呼ばれる人々は、この世に一握りしかいません。
 医学部や東大に入れる人たちは「天才的」であるかもしれませんが必ずしも「天才」であるわけではありません。地方の進学校の、さらに上澄み数%の“とんでもなく頭のいいヤツ”も東大に入ってしまえばほとんどは「普通の東大生」です。

 私たちはめったに「天才」と会うことはありませんし、よほどの悪運でもない限り「天才」と同じステージで競うことはありません。映画「アマデウス」の一方の主人公、アントニオ・サリエリは天才モーツァルトと同じ場所で競うことになった不幸な人物として描かれていましたが、普通はそういうことはないのです。

 また、天才であることは必ずしも幸福を保証しません。
 モーツァルトは少なくとも金銭的には人格破綻者でしたし、二十歳で「ガロアの定理」を完成させて翌日つまらぬ決闘で殺されたエヴァリスト・ガロアの業績は、正しく評価されるのに50年もかかってしまいました。
 ヴァン・ゴッホが生前に売ることのできた作品は1枚だけ(数枚という説もある)で、生涯、貧乏と精神の問題に悩まされました。
 ムンクも草間彌生も、脳内で渦巻いているその特殊な精神世界を絵画に落とせる人です。彼らの作品には激しく憧れますが、ただし同じ人生を歩みたいとは思いません。

 若いころは自分も天才の端くれではないかと疑っていた私も、さすがに60年以上も発現しない天才はないと思いきるほかありません。凡才に生まれ、凡才のまま終わる人生です。

 けれど私にはよき仕事をしたという自負があり、わずかとはいえ老後の資金は残り、息子と娘と孫がいます。そして平穏な日々――。
 いつ死んでも“ああ、いい一生だった”と振り返ることのできる人生、それがあるならそれでいいと、今はそんなふうに感じています。

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