2020/4/2

「細く扇型に広がった運命の道」〜新社会人の皆様へ  人生


 大変な求人難の中で就職し、世の中で大切されて始まるはずだった社会人生活、
 それがこんなに暗く不安なものになるなんて!
 しかし新社会人の諸君、
 人生は結局、運命とどう折り合っていくかだ。
 冬の時代をうまく切り抜けて行こう

という応援のお話。
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(ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン「捕虜の休息所」パブリック・ドメインQより)

【社会人としての二日目に入ったキミに】
 ほんとうは昨日のうちに言うべきでしたが、自分自身の憂鬱にかまけていて、そこまで気が回りませんでした。一日遅れで申し訳ありませんが、一言お祝いを申し上げておきます。

 新入社員、新入職員、新入店員、その他昨日から社会人になられたすべての皆さま、おめでとうございます。
 昨日の勤務初日はどうでしたか?

 私は最初の就職がバイトからずるずる入ったものだったので、社会人一日目といってもこれといったこともなく、そもそもいつが一日目だったのかも覚えていないありさまです。ただし転職して教員となった初日の夜は、その後の人生を規定する重要な出来事があったので細部までよく覚えています。
 その顛末は何回も書きましたが、中でも教員を定年退職する前の晩に書いた
2014/3/31「最終回」
が一番まとまりが良いので、機会があったら読んでみてください。
(2014年3月31日は二つの記事を書いています。その下の方の記事です)

 また学校の一日目の忙しさ、訳の分からなさについては、ちょうど一年前、
2019/4/3「新年度の4種の教師たち」〜新年度・新学期が始まります 
にまとめたものが分りやすいかもしれません。教職以外の人を念頭に書いたものですから、これも参考にしていただけるとありがたいです。

 もっともそれは学校の、そして私個人の一日目の話であって、社会人としての始まり方はそれぞれ職種や属する組織の大きさによって、ずいぶん異なるようです。入社式の翌日から長い長い研修期間に入り、中には1年もかけて最適の部署に配属されるような場合もあれば、入ったその日から店頭に立たなければならないような場合もあります。

 私も二度の就職では、“実力では戦力外”なの立場としては「即戦力」でした。大変でしたが選んでしまった以上、逃げようがありません。
「置かれた場所で咲きなさい」はずいぶん批判も多い言葉ですが、とりあえず今いる場所をしっかり耕してみましょう。しばらく一生懸命耕してみて、何もなければ、また鍬を担いで別の畑に行けばいいのです。


【細く扇型に広がった運命の道】
 私は運命論者ですので、その時点その時点で人間の進むべき方向は決まっていると思っています。ただそれは細い一本道ではなく、荒野をまっすぐに伸びながら、角度で言えば20度くらいで広がる扇形の道です。
 先の先までは見通すことができず、いつも数十m先で切れています。
 
 私たちはその20度の狭間から外れて歩くことはできません。しかし道の中央を歩くのも、左端を歩くのも、あるいは右端を歩き続けるのも自由です。さらにどの時点であっても、岐路を感じて顔を上げればそこに別の20度が見えています。
 運命の右端を歩いていた人が新しい道も右端を歩くなら、それは実際には進路を10度右に変えたことになります。まっすぐ進むのは最初の選択を変えないこと、左の縁に沿って歩こうとするのは、最初の選択の正面にあった方向に戻るのと同じ、そういう感じです。
 運命は、大枠では受け入れるしかありませんが、その中でかなり自立的な選択ができるということです。

 私がこんな話を始めたのは、実は今年の新社会人の皆さんがいま立つ場所が、ほんの2ヵ月前にはまったく想像もできなかった茨の道になっているかもしれないからです。
「リーマン・ショック以上の経済困難」と言われてもリーマン・ショックを知らない世代には実感が湧かないかもしれませんが、要するに株価が暴落し、仕事が失われ、非正規雇用は契約を更新されない「雇い止め」にあい、派遣社員には契約を打ち切る「派遣切り」が行われ、棲家を失った人のために東京の日比谷公園に「年越し派遣村」がつくられた、そういう状況が再び来るのかもしれないということです。あのとき内定取り消しを受けた新卒学生は2000人を越えたと言われています。


【「得意淡然 失意泰然」、苦しいが頑張ってほしい】
 さて、私は中学校で最後に卒業させた教え子たちが、いわゆるロスジェネ世代(就職氷河期世代)だったということについて、つい最近まで気づかなかったことを心の傷としています。
 普通の教師は目の前の子どもに精一杯で、卒業させた生徒の追跡支援などしていないのです。人格者であれば、生徒の方がずっと慕って後追いしてくれるのですが、私はそうではありませんでした。
 あの子たちが卒業後の人生をどれほど苦労して過ごしてきたか、それを考えると心が痛みます。彼らが困難の時、私は何もしないどころか、困難の中にあることさえ知りませんでした。
 だから同じように、昨日、社会人としての第一歩を印した新社会人たちが、もしかしたら大変な人生を送ることになるかもしれないと考えると、心がかなりざわつくのです。

 本来なら歓迎会に招かれ、「先輩」はまだしも「上司」「同期」といった今までにない呼び名の人々と交わって新しい人生を始める――そうした輝かしい時間も持てず、希望に燃えて入った職場がいつまでもつかわからない不安を抱えながら仕事を始める、なかなか厳しいことです。

 しかしありきたりですが「人生はあざなえる縄のごとし」、「明けない夜はない」のです。
 中国の古典に「得意淡然 失意泰然」という言葉があるそうで、松下幸之助は少し噛み砕いて「得意に奢らず、失意に落胆せず」と訳しました。良い時も悪い時も、いちいち心を揺さぶられることなく淡々と生きよう、運命を受け入れようという意味です。

 大変な困難から始まる社会人としての生活ですが、どうか 気持ちを強くして、前向きに頑張ってほしいものです。そして小さな岐路に立つたびに、扇型に開いた運命の道をどの方向に向けて歩くか、ひとつひとつ丁寧に決断し、強く進んでもらいたいと願います。


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2020/3/13

「死ぬのはいいけど、面倒なことはイヤだ」〜人間ドックの結果が出る  人生


 人間ドックの結果が来た。可もなく不可もなく、順調に下り坂。
 年寄りはそういうものだ。死ぬのも怖くない。
 しかしちっとも芳しくない結果を見ながら、ふと、
 やはり健康でいようと思った。

という話。
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(「診断書とボールペンと聴診器」フォトACより)

【子どもは自分たちの最大の幸せを知らない】
 私が小中学生に繰り返し語った話のひとつは次のようなものです。
「1年前のキミと今日のキミ、背が高いのはどっちかな?
 半年前のキミと今日のキミ、より速く走れるのはどっち?
 一週間前のキミと今日のキミ、よりたくさん、ものを知っているのはどちらかな?
 全部今日のキミだよね。

 キミたちは今、昨日の自分より今日の自分の方がずっと良くて、だから明日の自分も今日よりはずっといいに違いないって、当たり前に思っているよね。でもそれって、今だけのことかもしれないんだよ。
 私くらいの歳になるとね、去年より今年の方がいいなんてことはほとんどない。
 たしかに去年知らなかったことで今年初めて知ったということもたくさんあるけど、忘れていくこともたくさんあるから差し引きゼロだ。いや、新しく手に入れたものと忘れたものが同じならむしろいいくらいかもしれない。

 体力や運動能力についていえば、去年より今年の方がいいなんていうことはまずない。去年と同じくらいだったら「御」の字。
 走れなくなる、登れなくなる、力も出せなくなる。バレーボールでこちらに向かってくるボールを受けようとしても手の出るのが遅いので顔で受けてしまう、サッカーはボールが通り過ぎたあとで足を振り回す。
 そう考えると何の疑いもなく、
「昨日の自分より今日の自分の方がずっと良くて、だから明日の自分も今日よりはずっといいに違いない」
って平気で思っていられる今は、長い人生の中でたった一度かもしれないほんとうに素晴らしい時期なのだ。
 覚えておくといいよ。キミたちはいつか、身に染みて私の言葉の分かるときが来るから。



【ドックの結果=まあ、こんなもの】
 先月の中頃、例年の通り人間ドックに行ってきました。
 2020/2/25「ドックに行ってきた」〜毎年行っているのにいつも新鮮! 

 その結果が、つい先ごろ郵送されてきたのですが、昨年とだいたい同じでした。

@ 空腹時血糖高値→「要数か月観察後(または随時)再検査」
 昨年は3カ月後に再検査したところ、「ま、こんなもんでしょ」。
A 右眼に網膜変性→「要半年観察後再検査」
 これも昨年、再検査しましたが、「ものがゆがんで見えたり、穴が開いたような見えない部分が出てきたらまた来てください」ということでした。

 昨年はさらに緊急性の高い「要精密検査」として「便潜血反応が認めれられますので精密検査を受けてください」というのがあって大腸内視鏡をやったのですが、「癌から遠いポリープ3個」ということで事なきをえました。
2019/3/4「こんなことにも、才能がない」〜大腸の内視鏡検査を受けてきた 

 2年後(つまり来年)、もう一度検査をやると言っていたので今年も引っかかると思っていたら、ひとこともありません。ポリープがなくなったような気もしませんから、出血しなかっただけなのでしょう。こんなふうに悪性の腫瘍も見過ごされてしまうのかもしれません。

 さて、今回少し気になっていたのは、ブログでも書いた通り心電図で引っ掛かっており、検査の際、担当者が器具を改めて(おそらく)数値を取り直したり、出口で「Tさん、今、胸が締め付けられるような感じとか痛いとかいうこと、ありません?」とか尋ねたり、さらには総合評価の医師から「改めて心臓の専門医に見てもらいますが、再検査になるかもしれませんね」と宣告されたりで、“こりゃあ、相当に悪いな”と死に方の予定変更などを考えていたのですが、それが大したことはなかった――「要1年観察後再検査」だったのです。
 1年後と言えばやはりドックに来ています。

 “検査の担当者や専門外の医師が見て明らかに異常でも、専門医が見ると大したことはない”
 そんなことがあるのでしょうか?
 しかし、微妙すぎて見落としたという話にはなりそうにありませんから、心配せず、受け入れましょう。
 心臓病ではなく、私にはやはり癌が似合う。


【死ぬのはいいけど、面倒なことはイヤだ】
 仮に重い病気が発見されて“死ぬかもしれない”ということになっても、怯えたりウロタエたりということはないと思います。一度経験していますが、むしろ覚悟が早すぎて、本格的な検査の結果“生き残れるかもしれない”ということになって初めてビビったくらいです。
 しかしだからと言ってどうでもいいというわけではなく、病気で死ぬというのも、それはそれでけっこう面倒そうです。
 
 すい臓癌だとか胆管癌だとか、悪性度が極めて高い癌なら分かり易くて即決で「積極的治療はしません。緩和治療でけっこうです」ということになるのですが、比較的治りやすい直腸癌だとか膀胱癌だったりした場合、人工肛門や尿路変更の手術を受けてまでも生きたいのかというと、どうもそこまでの意欲がない。
 今が人生の絶頂期だと思っていますので、頂点を下り始めたらもうやめてもいいという気持ちもあったりするのです。

 ただし、そうは言っても人間の生き死には自分だけで決められるものではありませんから、「そんなことなら死んだ方がマシだ」と我を張るのもおとな気ありませし、人生の終末期としてみっともない。
 心臓ペースメーカーだったら受け入れよう、糖尿病で足を切断するのはどうだ、失明は受け入れられるか・・・そう思うと、もう考えているだけでも面倒です。いざ通院となればさらに面倒。身辺整理も面倒。

 人間ドックの報告書。
 もう慣れたとは言え、良くて現状維持、悪ければ病気。子ども違って検査のたびに良くなるなどということはありません。そんなことは分かっているのにそれでも気になるのは、やはり面倒なことになるのが嫌だからです。

 死ぬのはいいけど面倒なことはイヤだ――そうなったらもう、健康でいるしかないですよね。
 やはり、それなりに節制しましょう。

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2019/9/17

「祭りの準備に船頭が多すぎた話」〜敬老の日に重ねて  人生


 地区の祭りの準備に行ってきた
 参加者は老人がほとんど しかし口は多い
 船頭多くして何とやら
 なかなか面倒くさいが 年寄にはそれが必要なのだ

というお話。
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(写真ACより)


【祭りの準備に行ってきた】
 地区の神社が秋の大祭で、その準備に行ってきました。4年に一回、私の町内班は幟(のぼり)立てが仕事です。
 高さ十数mの大幟で、前回までは旗をつけた後で木の柱を立てるという危険かつ重労働だったのですが、今年行ってみると金属のポールが立っていて、天辺の滑車から下げられたロープに横棒を括りつけ、そこから幟を吊るして引き上げればいいだけのものに替わっていました。
 とは言ってもただ吊るせばいいというのではなく、旗の一辺はポールに針金の輪で括り付けなくてはいけません。つまり多少の工夫は必要みたいなのですが、初めてのことで、そのあたりのあんばいがよく分かりません。

 そこでみんなで思案しながら始めたのですが、午前6時から始まった田舎の作業は御多分に洩れず年寄ばかり。ごくわずかの若者(と言っても40〜50代)に作業は任せて、口ばっかりの旗奉行が何人も出てきます。


【船頭ばかりの幟立て】
「そこのロープはそんなに長く取ってもいいもんかい?」
「ほら、ほら、ほら、まず最初にそっちのネジを外すってもんじゃあねえかい?」
「誰か、そこに乗っかって、上から見てみろや」
 そうしたアドバイスのいちいちが間違っていたりトンチンカンだったりで、そのうち、
「いや、やっぱその紐は長すぎる」
とか言ってせっかく縛った旗の先の紐をほどこうとしたり、針金の輪のために垂直にしか引けないロープを苦労して引き下ろしていると、「そんなモンは斜めに引っ張るのが楽なんじゃ」とか言って、手を出して人の邪魔をしたり、次から次へと変なアドバイスや余計な手が出てくるのです。
 私はもう呆れるとか怒るとかを通り越して、ほとんど可笑しくてしょうがなくなりました。
 みなさん、分かってなくてもこんなに堂々と意見が言えるんだ――。

 考えてみるとそこに集う老人たちは皆、“昔はひとかどの人物”ばかりです。
 企業の経営者もいれば部長さんもいる、工場長もいれば支所長もいる。個人経営者も町会長も――。これといった社会的な肩書はなくても、大部分は“お父さん”として家庭で幅を利かせていた人たちです。
 しかし今は誰からも顧みられない。

 意見も求められないし、さして尊重もされない。もちろん尊敬などされるはずもない。邪険に扱われるわけではないが頼りにもされない――年寄りとはそういうものです。

 だから何か言えそうなときには言いたくてしょうがない。少しでも考えがあれば我慢できずについ口を挟んでしまう。それでもすごくいいことが言えればいいのですが、自分の土俵でないからしばしばトンチンカン。それでなおさら煙たがられる。悪循環。

 鬱陶しいと言えば鬱陶しい。受け入れてあげたいけれども間違っている。誰も聞いていないのにしゃべる姿が痛々しい。
 しかしこんな機会でもなければ人間的な会話すら乏しい人たちかもしれません。微笑んでみてあげましょう――そんな気持ちで小一時間の作業を終えました。


【家に帰って】
 家に帰って、妻にその話をすると、「分かる、分かる、その感じ」と同調したあとで、
「で、あなたはその“多すぎる船頭さん”の外で、静かにしていられたわけ?」

 私はちょっと考えます。しかし――、
 そんなことあるわけねぇだろ。こちとらは元教員だ、黙っていられるはずがない。
 少し離れたところでちょっとした講習会が始まるのを目ざとく見つけると、走って行って説明を聞き、取って返して「ここはこう」「あそこはこう」といちいち指図し、ほとんどは正しかったがいくつかの点で間違いを犯して迷惑をかけ、小さく尖った視線を何回か浴びたのは実はこの私だ!

 次はもっとうまくやる、きっとうまくできるはず。ただし次も4年後だから、それまで覚えていられるかどうかが問題だ――と、私ももう立派な、口うるさい、見捨てられた老人です。





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2019/6/25

「『腐女子、うっかりゲイに告る』が残したもの」〜ネタバレだらけ  人生


 4月スタートのドラマが ここにきて続々と最終回を迎えた
 今回は特に心打たれる物語があり
 私は人生をもう一度考え直した

というお話。
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【4月スタートのドラマが終わる】
 4月スタートの連続ドラマのいくつかが最終回を迎えました。
 私は特にこの二か月間、さまざまに忙しかったためにテレビもきちんと見られなかったのですが、NHKのドラマ10『ミストレス〜女たちの秘密〜』と夜ドラ「腐女子、うっかりゲイに告る」、そしてフジテレビの「ラジエーションハウス〜放射線科の診断レポート〜」の三つだけはしっかり見ようと、VTRまで撮って最後まで見続けることができました。

 「ミストレス〜」はイギリスでつくられ、その後アメリカ・ロシア・スロバキア・韓国でリメイクされたという鳴り物入りのドラマで、「ラジエーションハウス」は放射線技師が主人公という医療物としては今までない視点からのドラマ、そして「腐女子〜」は主演の藤野涼子さんが女優としてかなり期待している人なのでと、それぞれ違った理由からの選択です。

 終わってみるとどれもなかなか良かったのですが、「ミストレス」は最後があっけなさ過ぎて、「ラジエーションハウス」は細部で脚本に納得できない部分があり、結局、中で一番良かったのは「腐女子、うっかりゲイに告る」だったかな、と感じています。


【腐女子、うっかりゲイに告る】
 これは浅原ナオトという人の『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』を原作とした物語で、ゲイをひた隠しに生きる18歳の高校生安藤純(金子大地)と同級生で腐女子(ボーイズラブ《BL》と呼ばれる男性同士の恋愛を扱った小説やマンガを好む女性)の三浦紗枝(藤野涼子)を中心に、ある時はコメディ風に、ある時はシリアスに、高校生の性と恋愛と同性愛者の世界を描いた青春ドラマです。

 タイトルの通り、腐女子の紗枝は純が同性愛者だとは知らずに恋をして、“うっかり”告白してしまいます。本来なら断るべきなのに、純は「自分はいつでも普通になれる、みんなと同じように生きることができると自分に証明したい」という欲望に駆られてこれを受け入れてしまうのです。

 しかし純が同性愛者であることは紗枝の知るところとなり、さらにひょんなことから全校に知れ渡って、純は校内で孤立することになります。

 6月1日の第7回の放送は、終業式の表彰の場を借りて、紗枝が純の苦悩を全校に知らせる場面が中心となりました。そこで紗枝はこんなことを語るのです。


【壁の向こう側で】
 彼はいつも自分の目の前に透明な壁をつくっています。壁の向こう側から私たちのことを見ている。
 でもそれは自分を守っているんじゃなくて、私たちを守っているのです。

“ぼくがここから出たら、君たちはきっと困ってしまう。(物理の授業で)摩擦をゼロにするように、空気抵抗を無視するように、ぼくをなかったことにしないと、世界を簡単にして解いている問題を解けなくなってしまう。だからぼくはこっち側でおとなしくしているよ”
 そう言ってるんです。

 彼は自分が嫌いで、私たちが好きなんです。
 でも私は、彼のことが本当に好きです。

 “ああ、その通りだ”と私は思います。
 それは私の良く知っている世界でしたが、言葉にされて初めて、しっかりと摑まえることのできたことです。

 人が障害や問題を隠そうとするのは、もちろん幼いころは恥ずかしいということもあるかもしれませんが、ある程度の年齢になると違う。その秘密が暴露されると相手の心が乱れてしまい、どう対応したらよいのか困ってしまう。それが誠実な人間であればあるほど悩みは深くなる、それを避けたいのだ。大切な人たちをそっとしておきたいのだ、だから壁のこちら側にいる。孤独でいる。

 私はそういう生き方があることを知っていましたし、ある時期までは私自身がそうでしたからよくわかるのです。しかし紗枝の言葉を聞いて初めて、その「分かること」は、意識の中にしっかり定着します。

 だからそうした人間のそばには誰かがいてやらなければならない。無理に壁から引き出すことはないが、彼の孤独に寄り添って、いつでも声をかけてやれるようにしなければならない――それが今の私に言えることです。
 私はそういう人間になりたい。


【もう一つの大切なこと】
 第7回の「腐女子〜」にはもうひとつ重要なセリフがありました。
 それは言うべきことをすべて語った紗枝が、ステージ上で涙を流しながら立ち尽くしている姿を見て、純が心の中で叫ぶ言葉です。

 世界を簡単にする。
 たったひとつ、大事なことを残す。
 大好きな女の子が泣いているのだ。


 そうして純はステージに向かって走り出します。

 そうです。世の中は複雑で人の心は判断が難しい。しかしそれを簡単に解く方法がある。それは純が言う通り、「最も大事なことを残し、あとを捨てること」です。

 私の残りの人生は、自分自身がそれを生かすほどは長くはありませんが、人に伝えるには十分だと思います。
 世の中には自分で壁をつくって、みんなのためにひとり孤独に沈んでいくような人がいる、だから誰かが彼の傍らにいなくてはならない。
 世界は複雑かもしれないが、それを解くカギはある。それは大切なものを残し、あとは捨てることだ。

 その二つを。





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2019/6/11

「わが家の五月危機」〜孫のハーヴに見る4歳児の成長2  人生


 人生は不思議なもので なぜか忙しいときに新たな仕事が入り
 長いことなかった冠婚葬祭がまとめて一気に押し寄せ
 電化製品はしばしば同時に壊れる
 2019年5月 なぜかわが家に看過できない事件が続いた

というお話。
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(ピーテル・ブリューゲル《父》 「聖マルティヌスの日の葡萄酒」)

【世間知の学習・第二章】
 事件のひとつは、息子のアキュラの突然の転勤です。その顛末については以前書きました。
2019/5/22「世間知の学習2」〜引っ越し編
2019/5/23「世間知の学習3」〜最も大切な人生の知恵について考える編

 とにもかくにも最低限の持ち物を宅配便で送りこんで、アキュラはいったん九州に赴任し、2週間後、あらためて本引っ越し・アパートの引き払いということになりました。しかし書いた通りのバカ息子ですから、やはりただではすみません。

 引っ越し業者から三日前に最終確認の電話があって、そこで当日、朝一で積み込みに来ることが知らされます。朝一で来られるとアキュラの乗る予定の飛行機では間に合いません。慌てて前日の飛行機を探したのですが花の金曜日でチケットが取れない。

 危機管理の「さしすせそ」の最初の「さ」は、「最悪の事態を考えて」です。しかし業者が朝一で来るなどは最悪というほどのことでもありません。当然織り込んでおくべきです。
2007/5/16危機管理の『さしすせそ』

 アキュラは私に対していちおうの誠意を見せようとしたらしく、当日の第一便を予約し直すのですがそれでは新居から空港までの足がなく、仕方がなく前夜出て、空港の近くの温泉施設で一夜を明かしたようです。何たる弥縫策。
 だったら前の晩の新幹線の乗り継ぎだとか夜行バスだとか、他に考えられることはあったはずだと思うのですが――。

 いずれにしろ結局父親頼みになってしまい、引っ越し業者との対応や荷物の送り出しは私が行うことになりました。甘い父親ですが昨日も申し上げた通り、男の子は“バカなのでいつまでたっても可愛い”のです。

 この“アキュラが引越しに間に合わず、私が対応しなくてはならない”という事態は、実はあとから考えると、かなり――というより相当に――危険な状況だったのです。


【婿殿、入院する】
 話をいったん5月の月初めに戻します。我が家の五月危機の始まりがゴールデンウィークにあったからです。

 超大型と言われた今年のゴールデンウィーク。私たち夫婦は何の計画もなく畑仕事などして過ごしましたが、アキュラは引っ越しのことも考えずに瀬戸内に釣り旅行、娘のシーナも家族と箱根に出かけていました。

 シーナは臨月直前であと一カ月もすれば出産。そうなると最低一年は遠出できません。そこで無理をして宿泊料最大の時期の箱根旅行となったわけです。
 ところがそんな贅沢の罰が当たったのか、行ったその夜のうちに婿のエージュに猛烈な腹痛。翌朝は朝食も取らずに出発して主治医のいる東京の病院へ。着くなりそのまま入院してしまいました。
 エージュには厄介な持病があって、死に至るようなものではありませんが無理をすると強烈な腹痛に襲われ、その後は数日の絶食治療になるのです。もちろんその間も栄養は摂取しなくてはなりませんから点滴入院です。

 私が孫のハーヴを連れて「プラレール博」に行ったのは、父親が入院で母親が身重、それなのに保育園も長期休業ですっかり煮詰まったハーヴを救援するためでした。
2019/5/20「良い子・悪い子・普通の子」〜黄金週間、池袋のプラレール博に行ってきた


【シーナの危機=アキュラよ、これが人生だ】
 書きませんでしたが池袋の翌日は別の場所でやっていた“一緒に遊べるプラレール大会(公民館行事)”にも行き、三日ほど遊んでやってエージュの退院を見届けてから、今度は自分へのご褒美で上野の「クリムト展 ウィーンと日本 1900」を鑑賞。
2019/5/15「東京都美術館のクリムト」〜二つのクリムト展を観てきた 1
 いったん田舎に帰って週末にアキュラの仮引っ越しのため再び上京。ブログに書いたような一連の騒動のあと、今度は新美術館で「日本・オーストリア外交樹立150周年記念ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」を鑑賞。
2019/5/16「国立新美術館のクリムト」〜二つのクリムト展を観てきた 2
 さらに一週休んでその間に母が骨折し(2019/5/21「世間知の学習1」〜病院編 )、やれやれあとはアキュラの本引っ越しだと思っていたら、そこにとんでもない報せが入ってくるのです。

 引越し3日前の水曜日の夜、9時過ぎ、まず普通は考えられないことですが家の固定電話にシーナから連絡が入って、
「破水したかもしれない。尿漏れかもしれないけど」
とのこと。一瞬、凍りつきました。

 その後は深夜までLINEで五月雨式の連絡。
 息子のハーヴも乗せて婿のエージュの運転でかかりつけの産院へいったものの、医者からは完全破水で一両日の自然分娩になるはずだが月齢が満ちていないのでここ(かかりつけの産院)では対応できない、大病院を探す、と言われてそのまま家族全員と当直医とで救急車に乗車。
 いくつかの病院に断られた挙句、自宅からは20kmも離れた大学病院でようやく引き受けてもらったのが12時過ぎ。シーナを残してエージュとハーブが自宅に戻ったのは午前1時半過ぎだったようです。

 連絡を受けると妻は「すぐに出かけましょう」というのですが、自家用車で3時間以上かけて東京に行っても何かができるわけでもなく、翌朝一番で私が行くこといなり、その晩は落ち着かないまま眠りにつきました。
 そこで思い出したのがアキュラが引越しする土曜日は、エージュの勤務する学校の運動会だということです。つまり明日は前々日準備、明後日は前日準備、とてもではありませんが休んではいられない。とりあえず明日のハーヴの送り迎えは誰がするんだ?
 やはり妻が言ったように、その夜のうちに出かけるべきだったのかもしれない、そんなふうに思い悩みながら、しかし案外簡単に寝つくことはできました。

 週末には本引っ越しとなるアキュラよ、これが人生だ。
 だから今日すべきことを明日に回してはいかんのだ。


                   (この稿、続く)

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2019/5/23

「世間知の学習 3」〜最も大切な人生の知恵について考える編  人生


 どうしようもないバカ息子にキレて・・・
 しかしそれでも私の人生はうまく回る
 それとは別に
 この慌ただしい一週間の経験を通して
 一番大切な人生の知恵は こういうことだったと
 改めて思うことがあった

というお話。
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【トボケた息子に父親がキレる】
 粗大ごみは直接持って行けば無料で処分してくれる。しかも処分場はアキュラのアパートのすぐ目の前だ。

 その素晴らしい情報を急いで報せ、
「今夜中に申し込んでください」
といった私の依頼を、アキュラは5日に渡って放置しました。その間二回ほど催促したのですが、
「今、歓迎会に出ているので帰ったら対応します」
「申し込んだら携帯からのWeb申し込みはできないそうです」
「仕事中で電話をかけることができませんでした」等々はかばかしくない。

 その結果5日目に申し込んだところ、
「土日ともすでに予約でいっぱいで別のところを紹介された。そちらは土日にやっていない。父に行ってもらってもいいんだけど、区民でないとだめだしなァ」

 私の中で何かがプチンと切れる音がしました。
 脳の血管かと思って一瞬心配しましたが切れたのは堪忍袋の緒で、以降15分に渡って電話口に向かってガンガン怒りの言葉を投げつけ、引っ越しが決まって以来、腹にため込んだ数十トンの怒りのマグマを吐き出したのです。
 アキュラをそんなふうに怒ったのは10年ぶりでした。

 オマエがしないからオレがやっているオマエの仕事に、
 オマエが不熱心で、不熱心のためにしでかしたオマエの不始末を
 尻拭いしているオレの仕事をオマエがあざ笑うとは何事だ
ということです。

 しかし怒りに任せて怒鳴り散らして電話は切ったものの、粗大ごみ問題は宙に浮いたままです。もう息子にやらせる分を残していたら何も進みません。幸い怒りのエネルギーは十分残っていましたからその勢いで処理センターに電話して、なんとか頼み込んで引き取ってもらうしかない、たとえベッド1台だけにしても・・・


【閉じた道の脇に道が見える】
 そう決心して電話した処理センターの女性は、事情を話してもケンモホロロで付け入る隙がありません。そんな申し入れは、これまでもいくらでもあったからでしょう。

「処分券を購入して家の前に出すという方法がありますが、回収日をお調べしましょうか」
 もちろんそのやり方は知っていますが、どうせ日にちが合うはずはありません。アキュラの不作為のためにタダで済む粗大ごみ処理を、数万円かけて業者に頼む不合理に茫然としながら、電話を切るのも失礼なので聞くともなく聞いていました。すると女性が小さく叫びます。
「Tさん(私のこと)、息子さんの地域の回収日、日曜日になっていますよ!」
 え?
 
 私はどこまでも運のいい人間です。家族が何回足を引っ張っても、そのつど道が見えてくる。日曜日の自宅前回収ならほとんど問題ない――。


【私は息子の育て方を間違ったのか】
 そのことを妻に話して愚痴ると、
「仕方ないじゃない、そういう子に私たちが育てたのだから」
と言います。
 そうだろうか?

 仕上がりを見れば確かに不出来で、作品の不出来は制作者の責任ということになるのが通例ですが、しかし私は責任をとりたくない。そんな子どもに育てるつもりはなかったからです。
 つもりはなかったのにそんなふうに育ってしまった――なぜか。

 野菜だったらそれは生産者の腕前だけでなく、天候や苗の問題もあります。
 料理を、レシピ通りグラム単位で測ってストップウォッチまで持ち出してつくって、それで味が悪かったら素材を疑うべきです。

 物の出来不出来は、制作者の腕だけで決まるわけではありません。特に子育てには絡む要素が多すぎて、制作者(親)の意図が十分に果たされることは稀なのです。
 思った通りに子は育たない――それが普通の姿で、そうである以上私が全責任を取ることはない!――と、妙に建設的な言い訳を考えながら、最後にたどり着いた答えは
「欠陥は多々あるものの、全体として自分はいい子育てをしたな」
と、自分自身とアキュラを受け入れなければならないということです

 私が過保護だからアキュラの自立性が不十分なのか、もともと自立性の乏しい因子を持って生まれてきたから親が過保護にならざるを得なかったのか、それは分からないことです。しかし過保護でなければ育たなかった“良き性格”だってきっとあるはずです。
 お坊ちゃま育ちですら人を妬んだり羨んだり、騙したり傷つけたり、追い詰めたりしません。それだけでも私の子として、十分、満足いく出来だとも言えます。

 足らぬところは、それを補ってくれる配偶者を見つけることで補ってもらいましょう。


【もっとも大切な人生の知恵】
 母に話を戻します。
 骨折をしたその晩に大病院の救急救命センターに行ったわけですが、そこにはさまざまな患者がいました。
 乳幼児にありがちな急な発熱のために来た人から、救急車で運ばれてきた瀕死の重病かもしれない人まで――対応で言えば小児科も外科も、消化器内科も脳外科も、ありとあらゆる病人が次から次へとやってきます。
 そこまですさまじい多様性は、救急救命センター以外に考えられません。

 そこでまず私の目を引いたのは、車椅子で受付に来た30歳前後と思われる女性です。体を前に折り曲げて今にも車椅子から堕ちてしまいそうです。もちろん手続きをしているのは本人ではなく、私と年恰好の似た初老の男性です。父親なのでしょう。
 手続きが終わると女性は車椅子も辛いようで、結局待合室のシートに横たわってしまうのですがそれを介助する父親の様子があまりにも落ち着いています。きっと初めてのことではないのでしょう。

 しばらくすると、驚いたことにまったく同じ年頃の女性が再び車椅子でやってきます。背後に立つのは、今度は夫婦です。

 私の娘のシーナも30歳が目前に見えてきましたが、手元を離れて10年、結婚して5年です。過保護の私が背後にいるとはいえ、一義的にシーナを保護すべきは夫のエージュです。
 しかしシーナが私の元にもどりエージュもなくて、しかも今、車椅子で私がここに運びこんでいるとしたら、
「それはかなり辛いな」
と思いました。

 他人の困難を見てわが身の幸福を確認するというのは後ろめたい行為ですが、救急の父娘が私たちとほぼ同じ年齢であることを考えると、思わず重ね合わさざるをえなくなるのです。

 良いも悪いも、優れるも劣れるも、すべて等身大の自分や家族を受け入れ、手に入らなかったものを数えるのではなく、今、手の中にあるものを数えて大事に握り閉めて生きる――。

 この一週間の慌ただしい経験を通して、一番大切な人生の知恵はそういうことだと改めて確認しました。

                                                            (この稿、終了)


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