2020/10/28

「70年代――オイルショック後の世界の、宇宙とオカルトと古代文明」〜私のアリアナ体験B  芸術・音楽


 私が青春を送った1970年代、
 高度成長の終わった73年以降は曖昧で不安で先の見えない暗黒の時代だった。
 そんな中で私たちは宇宙やオカルトや古代文明に逃げていたのかもしれない、特に私は。
 それを思い出させたのが、アリアナ・グランデの「God is a Woman」だった。

という話。
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(写真:フォトAC)

【私がそこそこ心病んでいたころ】
 タイムマシンで半世紀前に戻ったら私がまず最初にやるのは、高校生の自分を探してぶん殴ることです。
「なにをオマエやってるんだ! 世の中けっこう甘いぞ! ウジウジしていないで、自分のやりたいようにやれ!」
ということです。さように私は臆病で、ウジウジした少年でした。

 そのころ私が好きだったものは、「My favorite things」風に言えば、
 キリコとダリの不安な絵画
 タンジェリン・ドリームやヴァンゲリスのシンセサイザー音楽
 誰もいない夕暮れ時の体育館の、つめたく冷えた空気
 足の折れた木製の椅子
 天井で揺れる裸電球


――いやはや本当に心病んでいたものです。

 化学の時間に原子の雲の話なんかを聞いていると、
「ああオレって雲の集積なのか?」
とボンヤリ考え、地学の時間に宇宙の話になって、
「宇宙は閉じているとしたら馬の鞍の形をしていて、開かれているとしたら球の形をとる」
などと言われると、
「アレ? オレって外側からも固められないのか?」
と絶望的な気持ちになってボーっと生きていました。
 絶望「的」というのは「絶望していたわけでない」という意味で、チコちゃんに叱られる程度だったとも言えます。


【70年代――オイルショック後の世界の、宇宙とオカルトと古代文明】
 私が青春を生きた1970年代は始まりこそ高度成長の爛熟期で未来は光り輝いていましたが、大学に入学した73年にオイルショックが起こり、あとはバブル経済の始まる1986年まで、ほぼ10年以上続く暗黒時代でした。

「良い高校から良い大学、そして良い企業へ」と言えば今では嘲笑されますが、高度成長期は親と同等かそれ以上の生活をしようとしたら親より高い学歴は必須で、しかも良い高校や良い大学に進めば必ず高収入に結び付く保証があった――少なくともそう信じられた時代でした。
 それがオイルショックとともに完全に消えてしまい、その後どういう生き方をしたらよいのかという生涯モデルも作れない、不安な時代でもあります。

 1999年の7の月に人類が滅びるとする「ノストラダムスの大予言」や日本だけが海の藻屑と消えるSF小説「日本沈没」が大ヒットしたのが73年というのは、もちろん偶然ではありません。

 この時期は第一次オカルトブームとも言われる時代で、ホラー映画「エクソシスト」(1973)がヒットするとともにネッシーだのツチノコなどが本気で追いかけられ、ユリ・ゲラーがスプーンを曲げたり甲府で小学生が宇宙人と遭遇したり、街を口裂け女が疾走し、人間とチンパンジーの間に生まれた(らしい)オリバー君がVIP扱いで来日し――。
 そんな中でジョージ・ルーカスは映画「スターウォーズ」(1977)の第一作で、宇宙とバトルシップと古代ギリシャ風の服装を融合させ、富田勲はアルバム「バミューダ・トライアングル」(1978)で“バミューダの海底に沈む巨大なピラミッドの古代人たち”と宇宙人の交信といったテーマを扱いました。
 宇宙やオカルトや古代文明が結びつきやすかったのです。

 そして1980年、日本のイラストレーター生頼範義が「スターウォーズ」の第2弾「帝国の逆襲」の国際版ポスターを手掛けるのです。


【生頼範義とアリアナ・グランデ】
 「スターウォーズ/帝国の逆襲」が上演された1980年、私はすでに20代の後半に差し掛かっていましたが、相変わらず生活は曖昧なままでした。
 自分の足元や現実を見て生きるのは辛く、どこか遠いところばかり見ていたように思います。そんな私に、宇宙だとか古代ギリシャだとか、あるいはバトルシップだとかいった荒唐無稽は、むしろしっくりくるのです。
「スターウォーズ」は物語が子どもじみていて好きになれませんでしたが、そこに描かれる風景は好きでした。そして生頼範義のイラストは、そんな私の気持ちにさらにぴったり合うものだったのです。

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 生頼範義については2年前に詳しく書いた(*)のでこれ以上触れませんが、例えば上のイラスト「へロディア」では、実の娘のサロメが舞踏のほうびとして所望した預言者ヨハネ(イエス・キリストの出現を預言した)の生首が、銀盆に乗せられてロボットアームで運ばれてきます。
 一片の現実性もありませんが、それでいて違和感のない、完結した世界が描かれています。
 私はこういう世界が好きでした。そしておそらく、今も好きなのです。
2018/1/23「生頼範義という生き方」〜展覧会場で思い出したこと

 30代になって結婚して二人の子どもが生まれ、仕事の方も軌道に乗って面白くなって以後、現実の世界で足元ばかりを見て生きてきました。
 しかし今もなお、気を許せばふっと現実感を失い、あらぬ方向を見ながらさまよい出しかねない部分があるのかもしれません。
 アリアナ・グランデの「God is a Woman」のライブ映像を見て、思い出したのはそういうことでした。



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2020/10/27

「歌詞も世界も全く違っている」〜私のアリアナ体験A  芸術・音楽


 何という気もなしに聞き始めたアリアナ・グランデの「7rings」
 見始めたライブ映像。
 しかしじっくり向き合ったら、
 とてつもなく深い才能が、複雑に絡み合っていることが分かった。
 アメリカ恐るべし。

という話。
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(写真:フォトAC)

【7rings(七つの指輪)とMy favorite things(私の好きなもの)】
 アリアナ・グランデの「7rings」は、聞けばすぐにわかりますが、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の挿入歌「私の好きなもの(My favorite things)」のアレンジ曲です。「My favorite things」はおそらく世界で最も多くアレンジされカヴァーされた曲のひとつで、ダイアナロスとシュープリームスの版もすてきですが、私は若いころからジョン・コルトレーンの「My favorite things」が好きで、機会があるたびに聞いていました。
 その名曲を、現在世界最高の歌姫、アリアナ・グランデが歌うのですから悪かろうはずがありません。



【アリアナ・グランデ】
 アリアナ・グランデを知ったのは、しかし彼女の歌からではなく、三年前にイギリスのマンチェスター・アリーナでのコンサートで起こった自爆テロのためです。
 犯人は会場内でテロを決行しようとしたらしいのですが中に入れず、コンサート終了後にロビーで手製爆弾を爆発させ、本人を含む死者23名、負傷者59名という大惨事を起こしたのです。翌日IS(イスラム・ステート)が犯行声明を出しましたが、詳細はいまだに分かっていません。

 次にアリアナの名前を聞いたのは昨年、「7rings」を含むアルバム「thank u, next」を発売したとき、「七つの指輪」にちなんで手のひらに「七輪」とタトゥーを入れて日本人ファンの失笑をかったときです。もちろん心ある失笑です。
 アリアナは日本びいきを公言しており、右腕に「千と千尋の神隠し」の千尋のイラストを、左肘の内側に「うたいましょう」とひらがなで、そしてさらにその上にポケモンのイーブイのイラストを彫っているといいます。
 ちなみに「7rings」のプロモーション・ビデオの最初の場面は品川ナンバーの中古車でした。

「アメリカの超人気歌手が日本びいきなんて、悪くないな」
とも思ったのですが、それでもこの時期、アリアナの曲を聴いてみようという気にはまったくなっていません。
 しかし他人が良いというものには何かしら良いところがあるものです。極端にマニアックなものだと好き嫌いが生れますが、特に人気の高く、広範なものにはたいていどこかに接点が見出せるはずです。
 時間があるならいちおう顔出ししておくべきでしょう。
 私はしませんでしたが。


【歌詞も世界も全く違っている】
 さて「7rings」の原曲が私の好きな「My favorite things」だと知ってからは、AmazonMusicのプレイ・リスト「R&B」のその部分に来るとちょっと耳をそばだてる気分で聴くようになったのですが、そのうち妙なことに気づいたのです。

 私は高校生のころ「My favorite things」を英語で歌えるようになりたくて練習したことがあります。結局、早口言葉のような歌の速さについて行けず泣く泣くあきらめたのですが、そのとき覚えた歌詞がまったく出てこないのです。
 一生懸命聞いても聞き取れたのは「My favorite things」の3語だけ。いかに英語が苦手とはいえ、覚えている歌詞と一か所しか符合しないなどということはありえません。
 そこで調べてみると、「7rings」は原曲と全くことなる歌詞だったのです。

 原曲の方は、
 バラを伝う雨だれ
 子猫のひげ
 輝く銅のやかんや
 温かいウールのミトン(ふたまたの手袋)
 紐で結ばれた茶色い小包

といったふうに子どもらしい他愛のないものを延々と並べ、最後のところで、
 犬に噛まれたとき
 蜂に刺されたとき
 悲しい気分のとき
 私の好きなものを浮かべるだけで、
 それほど悪い気分じゃなくなる。

と落とす子どもの歌です。

 ところがアリアナの「私の好きなもの」は、
 ティファニーでの朝食、シャンパン
 問題を起こすことが大好きなタトゥーを入れた女の子たち
 つけまつ毛にダイヤモンド そしてATMマシーン

です。
 お金だけでなくATMマシーン丸ごと欲しいとなると穏やかではありません。
 しかもそれらを、
 全部自分で買う
と言うのです。

「7rings」の主人公はかつて不幸な時期があったようで、警察のお世話になったり手首を傷つけることもあったらしいのですが、今は強くなり、とんでもなく豊かな生活ができるようになったみたいです。
 クローゼットにするために家を購入したりジェット機を買ったり――。

 歌の途中に入るラップ調の部分は、
 欲しいと思って、それを手に入れた
 欲しいと思って、手に入れた

の繰り返しです。


【生意気で、傲慢で、我儘な、寂しい娘】
 ネット上の感想を読むと、「7rings」は“ついに成功を勝ち取ったアリアナ・グランデの誇らしい雄叫びだ”といった読み解きをする人が多いようです。イタリア系アメリカ人の感性としは、その方が可能性が高いのかもしれません。

 しかし最後までこの調子でやられると、私としては、
「この娘、嘘ついているんじゃないか?」
という気がしてきます。
 ほんとうはそんな豊かな生活をしているわけではない。爆発的に豊かな生活を夢見て、けれど全然そんなふうにはなっておらず、表面的にはそれっぽく見せているけれど実はあまりにもかけ離れた生活をしている。それでいながら見栄を張るのもやめられない――そんな女の子の虚しい虚言の歌のような気もしてくるのです。

 あるいは、ほんとうに大金持ちになって欲しいものはすべて手に入れ、友だちすらも金で買って(6人の友だちにダイヤモンドの指輪を買って、自分の分と合わせて7個の指輪で結ばれた親友グループをつくった)なに不自由ない。しかし全く幸せではない、満たされない、虚しさが延々と続く、そんな女の子の歌にも思えるのです。
 深読みに過ぎるでしょうか?


【アメリカ恐るべし】
「7rings」の歌詞はそんなふうに様々なことを考えさせる複雑なものです。
 巧みな曲づくり、ライブ映像から見て取れるステージバックの面白さ、洗練された振り付け、ダンサーたちの実力、そういうものも全部含めて、アメリカ音楽界の懐の深さに改めて驚かされた体験でした。
 アメリカ恐るべし。

 そしてアリアナ・グランデをさらに聴いていくと、私が子どものころからずっとこだわってきたあるものの存在に気づかされるのです。

(この稿、続く)

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2020/10/26

「学問と芸術は暇でないとできない」〜私のアリアナ体験@  芸術・音楽


 学問も芸術も暇でないとできない。
 40年あまりも仕事と家庭に夢中になって、
 新しい音楽や芸術に出会うこともなく過ごしてきた私は、
 ある日、とんでもなく意にかなう音楽と出会ったのだ。

という話。
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(写真:フォトAC)

【学問と芸術は暇でないとできない】
 フランスの哲学者ルネ・デカルトは1649年10月、スウェーデン女王クリスティーナの求めに応じてストックホルムに移ります。高齢を理由に何度も断ったのですが、最後は女王が差し向けた軍艦に乗せられての、ほとんど拉致だったようです。
 翌1950年の1月から女王のための講義が始まるのですが、当時23歳のうら若き女王は大変な勉強家であるとともに優秀な政治家で、多忙のために進講は午前5時から始めるという無謀さでした。北欧の真冬の午前5時です。

 デカルトは暇に任せて学問をするタイプで朝も遅いのが普通でしたが、寝坊をしていると女王が寝室にやってきて、“大好きなルネ”のベッドに飛び込んで叩き起こしたというから大変です。おかげで2月になると風邪をひいて肺炎を起こし、そのまま亡くなってしまったのです。享年53歳でした。

 学問や芸術は基本的に暇に任せてやるものだと私は思っています。
 作曲家にも小説家にも有名な人であれば締め切りはありますが、たいていは緩やかなもので、ホテルに缶詰めにされてといった話は聞きますが、“納期が遅れたので別の人にお願いします”という話にはならないのが普通です。
 デカルトも興が乗れば深夜いくらでも研究を続け、おかげで朝寝坊ということもあったのでしょう。それをいかに相手が女王であっても、たたき起こされたのではたまりません。


【多忙で時代に取り残される】
 大げさな前置きをしましたが、私も学校の仕事が最もおもしろく家庭では子育てが一番忙しかった30代から40代くらいのころは、音楽にも美術にも文学にもほとんど触れることなく過ごしていました。もともとかなりの読書家だったのですが、文学以外に読んでおくべき本が山ほどあって詩だの小説だのといったわけにはいかなかったのです。

 特に流行の音楽などは、中高生くらいまでだと放っておいても友だちを通して情報が入ってきますが、大人になると面倒くさがらずコンサートに行くとか絶えずラジオを流しておくといった努力をしないと、あっという間に時代に遅れてしまいます。
 私について言えばボンジョビだのマドンナだの、あるいはマライア・キャリーだのといったあたりから遅れ始め、ビヨンセやレディ・ガガ、テイラー・スウィフトやジャスティン・ビーバーといった歌手は、名前は聞くもののどんな人なのかどんな曲を歌うのか、まったくわかりません。日本国内で言えば浜崎・安室、ミスチル・ドリカムあたりからです。もちろん知らなくても困りませんから、努力する気にもなれないのです。

 しかし良くしたもので定年退職をして第二の仕事も辞めてしまうと、音楽も自然と向こうから近づいてきます。


【Amazon Music】
 きっかけはアマゾン・プライムでした。
 ネット通販のアマゾン・プライムには最初、商品の送料がタダになるということで入会しました。利用回数の多い我が家では圧倒的に有利なのです。当時は年会費3800円だったと思いますが、現在は4900円です。

 会員になると多くの特典があります。映画がタダで見られるとか雑誌や本が読めるとか、あるいは写真を無制限にアップロードできるとか――。そしてそのひとつがAmazonMusicで、内外の200万曲を無料で聞くことができます。ただしそうは言っても新しいアルバムはすぐには入ってきませんし、“この曲を聴きたい”と思うとないことも多く、その場合は有料版(7000万曲)へ移行することになります。私は特にこだわりがないので、無料版のままです。

 AmazonPrimeでは音楽や映画をマホやコンピュータでの視聴するのは簡単ですが、テレビの大画面で同じことしようとすると特別な装置が必要になります。いくつか種類がありますが、私は“FireTVstick4K”というのを購入して、これで映画を観たり音楽を流したりしています。サウンド・スピーカーをテレビに外付けしているので、けっこう音がいいのです。

 そんなふうに機器を取りそろえ、曲のリストを選んでボタンを押せば、あとはエンドレスでBGMのように流しておくことができます。
 私は「映画音楽」だとか「70年代・80年代ロック」だとか、あるいは「ジャズ」「ジャズ・ボーカル」「ボサノバ」「フュージョン」等々、気分によっては「ケルト」なんてものを流すこともあります。

 ところがさすがに飽きてきて、そこで2カ月ほど前、気まぐれから「R&B(リズム・アンド・ブルース)」というリストを押してしまったのです。さして意味のある行為ではありませんでした。


【R&B(リズム・アンド・ブルース)】
 正直に言うと、リズム・アンド・ブルースの「リズム」はまだしも、「ブルース」の方はまったくわかっていません。たぶん理由のひとつは私たちの親の世代に「淡谷のり子」という様々な意味で怪物みたいな歌手がいて、彼女が「ブルースの女王」と呼ばれていたからです。独特のゆったりとした物憂い音楽で、英語圏には絶対にない音楽です。少なくとも私の知っている「リズム・アンド・ブルース」には欠片すらありません。

 高校時代に少しだけ聞きかじった「R&B」は、スティービー・ワンダーとかジェームス・ブラウンだとか、あるいはスタイリスティックスだとかアース・ウインド&ファイアーだとか、黒人が主体で、リズムでガンガン押してくる激しい音楽で、一部はソウル・ミュージックと呼ばれ、一部はダンス音楽として使われた――そんなジャンルです。
 マイケル・ジャクソンは「キング・オブ・ポップス(ポップスの王)」でしたが、子どものころお兄ちゃんたちとやっていたジャクソン5(ファイブ)は明らかにR&Bです。

 いずれにしろ当時は他方にサイモン&ガーファンクルとかレターメンといったコーラスの美しいポップスの歌い手がいて、ビートルズですら一部はロックではありませんでしたから、R&Bファンにはかなりマニアックな人々、泥臭い連中といった印象があって、私は容易に近づけなかったのです。

 しかし今回、AmazonMusicの「R&B」を聞いて根本的に考え方を改めさせられました。
 その契機となったのが、アリアナ・グランデの「7rings」でした。

(この稿、続く)


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2020/9/15

「アンという名の少女に、子どものころに会っておきたかった」〜幼い時期に読書することの意味  芸術・音楽


 「赤毛のアン」を原作とする海外ドラマが始まった。
 これまで知らなかったが、ほんとうに魅力のある主人公だ。
 もっと子どものころに、本の中でこの子に出会っておきたかった。
 今からでは遅い面がある。

という話。
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(写真:フォトAC

【「赤毛のアン」が始まる】
クリックすると元のサイズで表示します NHKで海外ドラマ「アンという名の少女」が始まりました。原作はモンゴメリの「赤毛のアン」です。第一回は今週の日曜日の、夜11時からでした。
*見逃した方はコチラから→NHK+(プラス)見逃し配信「アンという名の少女」(2020.09.20 PM11:47まで)

 放送されること自体を知らなかったのですがブルーレイ・プレーヤーに自動録画が残っていて、昨日、見るともなく見始めたのです。
 この時間枠では3月に「レ・ミゼラブル」をやっていて、あんなクソ長い小説をよくもまあ8回にまとめたものだと感心しましたが、今回の「アンという名の少女」も全8回、このくらいだととりあえず見てみようかという気になります。
 ところが他に仕事をしながら軽い気持ちで見始めた「アンという名の少女」、これがなかなか面白くて、すっかり魅入ってしまったのです。

 おそらく原作の力だと思うのですが、夢見がちでおしゃべりで、不器量でやせっぽちの主人公、アン・シャーリーが本当に魅力的で、思わず引き込まれます。この子に引き込まれるのは本の読者やテレビの視聴者ばかりでなく、物語の最初で出会いやがて養い親になる(らしい)マシューとマイラのカスバート兄妹も同じです。もともとは男の子を希望したにもかかわらず誤って女の子のアンが来てしまい、一度は孤児院に戻そうとするのですが結局、家に連れ帰ってしまいます。そこまでが第一回でした。

 アンを演じる子役もいいのですが、無口で善良そうなマシューと、いつも不機嫌そうで口うるさい、しかしきっと良い人に違いないマイラ、この二人を演じる俳優さんも実にいい。
 来週以降、日曜日を迎える楽しみがまたひとつ増えました。


【書物には旬がある】
 「赤毛のアン」は昔からずっと気になっていた小説です。元々は子ども向けに書かれたものではないようですが、日本ではアニメになったり少年少女名作選みたいな全集には必ず入っていますから何となく少女向けの感じがあって、私はずっと手が出なかったのです。ほかに読みたい本はいくらでもあります。

 ただ機会がまったくなかったわけではなく、娘のシーナが小さなころは盛んに読み聞かせをしていましたから、うまくすればその中に入ってきたのかもしれません。偶然「赤毛のアン」に手が伸びなかったのか、シーナはかなり早い時期から本を読むのが好きでしたから私が「赤毛のアン」の読み聞かせをしようと思う頃には、もう自分でどんどん読んでいたからかもしれません(「赤毛のアン」を読んだかどうかは知りませんが)。

 シーナはそうでしたが弟のアキュラは違いました。本よりも棒をもって走り回っている方が好きな子でしたから読み聞かせの期間も長かったのです。読むのは好きではありませんでしたが、読んでもらうのは好きな子でした。

「宝島」「ロビンソ・クルーソー」「十五少年漂流記」「幸福な王子」「ピーターパン」「ガリバー旅行記」「トム・ソーヤ―の冒険」「ドリトル先生航海記」「三銃士」等々は、みんなそのころ読んだ本です。読みながら、私も自分自身の記憶をたどるつもりでした。

 ただ読み聞かせをしながら、アキュラが面白がるほどには、私は面白くなかったのです。児童書ですから大人には面白くないと言ってしまえばそれまでですが、「十五少年漂流記」や「宝島」は自分自身が子どものころ、本当に胸躍らせて読んだ記憶のある本です。アキュラに読んでやりながら自分もあのころの気持ちを取り戻そうと張り切っていたのに、まったくそんな感じがしてこない――。

 また、実は「ロビンソン・クルーソー」と「三銃士」について、おそらく私自身は子どものころに読んでいなくて、アキュラに読み聞かせたのが初めてだと思うのですが、二冊とも記憶の中に残っていないのです。60年前に読んだ「十五少年漂流記」や「宝島」は覚えていても、20年ほど前に読んだ「ロビンソン・クルーソー」や「三銃士」は記憶に残らない――。ここに子ども時代の読書の、重要な意味があります。

書物には旬があるのです。大人になってから読んだのでは遅いのです。
 

【孫には読んであげよう】
 「赤毛のアン」は児童書ではないそうですから、今この歳で読んでも心動かされる作品なのかもしれません。しかし無理をすることもないでしょう。おそらく子ども時代に読んでおくべきもので、もう70歳に手が届こうという私が、11歳の女の子に自分を託すのは難しそうです。

 幸いNHKで放送される「アンという名の少女」はテレビドラマとしても優れたものです。老人はそれで満足しましょう。その上で、機会があったら孫のハーブやイーツには読んであげたいものです。もし今後、女の子の孫ができるようなら真っ先に「赤毛のアン」を持って駆けつけようと思います。





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2019/12/17

「都会で育つこと、都会で子育てできることが、今更ながら羨ましい」〜ゴッホを見てきた  芸術・音楽


 ひょんなことから上野の森美術館の「ゴッホ展」に行ってきた。
 ゴッホは何度も見てきたが、行けばやはりそれなりの学びはある。
 それにしても、都会の子の、都会で子育てができる親の
 なんと羨ましいことか。

という話。
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(上野の森美術館「ゴッホ展」)

【日本人はゴッホが大好き】
“新しく登録した買い物サイトの使い勝手を確認したい”という、芸術性も愛情も感じられない理由で妻が買ってくれた「ゴッホ展」のチケット。迷ったのはついでに行こう決めた東京都美術館の「コートールド美術館展 魅惑の印象派」とどちらを先にしようかということでした。

 1月13日まで開催している「ゴッホ展」よりも二日後に最終日になる「コート―ルド〜」の方が混むに決まっていますから(と思い込んでいた)、そこに何時に入るかが決め手です。経験上、開館時刻より前に行って並んでいるか、来場者が食事に行ってしまう12時15分〜30分ごろに入館するのが楽なのです。しかし展覧会が単独だとどうとでもなるものの、はしごとなると時間配置が難しい――。

 迷ったあげく「コートールド〜」を先にして時間前に並び、そちらは比較的楽に鑑賞できたのですが一部当ての外れたことがありました。あとから入った上野の森美術館が予想以上に混んでいたのです。

 ゴッホがとても珍しいというならまだしも、「ゴッホ展」と名の付く展覧会はしょっちゅうやっています。私が自分のブログで調べただけでも、この10年間に2回(2010年と2017年)も行っていて、今回で3回目。さらにその間、「印象派展」や「浮世絵展」、あるいは「コートールド〜」でもゴッホが展示されていましたから、もしかしたら2年に1回くらいはゴッホの実物に会っているのかもしれません。

 日本人のゴッホ好きは格別で時間に関係なく混むということなのかもしれません。入場が11時半と昼食時にはまだ間のあったせいもあるでしょうが、作品の前に4重5重くらいの人垣ができていてなかなか近寄ることができないのです。私は少し、来たことを後悔しました。
 妻にチケットをプレゼントされるという奇貨がなければ、パスしていた展覧会です。さほど執着はない。

 ただし行けばそれだけの価値はもちろんあります。


【上野の森美術館「ゴッホ展」の二つの発見】
 今回の展覧会についていえば、ゴッホに影響を与えた人々の作品がたくさん見られたこと。特に“オランダのバルビゾン派”というべきハーグ派(灰色を基調として自然の中で風景や農民の姿を描いた)の人々の作品に多く触れられたことは、「ゴッホはどこから来たのか」を考える上でとてもよい体験だったと思います。もっとも“ゴッホ”を見るつもり来た人には余計な作品が多すぎるといった感じはあったかもしれません。

 もうひとつは今回の目玉作品である「糸杉」の、画面で細かく反射する照明光です。厚塗りの絵の具の凸凹のあちこちに照明の光が当たってチカチカと反射して、どう体の位置をずらしても光の粒は避けられないのです。

 これまで額に嵌められたガラス板に照明が当たって見えにくいということはありましたが、作品自体に当たる光が邪魔くさいということは記憶にありません。
 油絵具は劣化が遅く、解き油との調合がうまくいっていると100年〜200年たっても制作当時の艶を失うことはありません。だから光が細かく反射するのは不思議ではないのですが、展覧会場で絵の見えずらさに苦しんだこともない――おそらくそこはプロの人たちが微妙に調整して、余計な光が入らないようにしているからでしょう。
 だとしたら今回の上野の森美術館は何かの計算違でそうなっているのでしょうか。そう言えば“特殊なLEDを使っています”みたいな掲示があったような気もします。


【「糸杉」の光】
 その邪魔な光は、しかし私にとって悪いものでもなかったのです。

クリックすると元のサイズで表示します 右の糸杉はネット上からお借りしてきたものですが、無駄な光の反射は一切ありません。プロの写真家が余計なものの一切映り込まないように技術を重ねた結果なのでしょう。その腕は確かですが、かえって本物とは違った感じです。油絵具のテカリが一切ない分、くすんだ印象になっているのです。本物はもっと光り輝いている。

 書店で手に入る画集は、どんなに素晴らしいものであっても本物の大きさと作品の周辺の不純物、余計な光や宙に浮くほこり、鑑賞者の息遣いや幽かに立てる物音を写し込むことはできません。
 それを手に入れることのできるのは、腹の足しにもならない芸術にいくばくかの金とエネルギーを注ぎ込んだ者の特権です。
 それが本物を観に行くべき重要な理由のひとつです。


【都会を羨む】
「ゴッホ展」ではないのですがその前に観た「コートールド美術館展」の会場には中学生とおぼしき制服姿の女の子たちが何人もいました。
 同じ制服の男子の姿はありませんでしたから私立の女子校なのでしょう。全部合わせても一クラス分いるかどうかという微妙な人数でしたから、希望鑑賞だったのかもしれませんし、混雑を避けて複数の美術館・博物館に分散して巡回しているのかもしれません。

 安易に声をかけて問題となってもいけませんので聞きもしませんでしたが、それが修学旅行のような旅行行事の一部だとしたら計画に美術鑑賞を組み込んだ先生たちのセンスに頭が下がりますし、都内の学校の子たちだったらほんとうに羨ましいことです。いつでもこんな高級な展覧会を見に来ることができるのですから。

 テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」の中島誠之助さんが言っていましたが、鑑定眼というものは“良い作品だけを見て養うもの”だそうです。一流のものばかりを見てきた眼に、まがい物、ダメなものはすぐにピンとくるのだと言います。

 私は子どものころから悪いものをたくさん見てきてしまいました。親としても子に美しいものだけを見せてきたわけではありません。

 若いころ暮らした東京には未練はまったくないのですが、いまでも都会の子どもたちや都会の親たち・先生たちが羨ましいと思うのはこういうときです。
 一流のものにいつでも触れることができる。

(付録)
 せっかく東京まで来たので娘の家に寄ったら、
 5月に生まれた二人目の孫のイーツの頭が
 “ゴッホ”だった。

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2019/12/16

「マネ『フォリー・ベルジェールのバー』の不快と愉しみ」  芸術・音楽


 東京都美術館にマネを観に行ってきた。
 以前から気になっていた「フォリー・ベルジェールのバー」に会うためだ。
 今はデジタル画像がいくらでも手に入る時代だが、
 実物を観て初めて分かることも多い。

という話。
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(マネ「フォリー・ベルジェールのバー」)

【コートールド美術館展】
 新しく登録した買い物サイトの使い勝手を確認したいということで、妻が上野の森美術館の「ゴッホ展」のチケットを買ってくれました。で、せっかく東京まで行くのだからとあちこちの美術館を調べていたら、ふと目についたのが上の絵、「フォリー・ベルジェールのバー」でした。東京都美術館「コートールド美術館展 魅惑の印象派」に展示されている一枚です。

 コート―ルドというのはイギリスの実業家で、人絹(人造絹糸=レーヨン)で財を成した人物です。そのコート―ルドが独自の審美眼で買い集めた作品を中心に設立されたのが、現在はロンドン大学の付属施設になっているコート―ルド美術館。正式にはコートールド美術研究所というのだそうです。

 私は絵の分からない人間なので、偉大な収集家の集めたコレクション展だとか〇〇美術館展とかが苦手です。一人の画家の成長だとか、○○派といった美術的傾向の発生と変化だとかいったまとまったテーマがないと、作品単独では価値が見えてこないのです。
2019/9/19「『芸術の価値の分からない人間』の芸術的価値について」 

 ですからだいぶ前からこの展覧会のことは承知していたのに、「コート―ルド美術館展」というタイトルだけでパスしてしまって、中身についてはまったく気に留めていませんでした。
 ところが今回、ここに「フォリー・ベルジェールのバー」が展示されていることを知って、“この一枚を観るだけでもいいな”という気持ちで出かけることにしました。
「フォリー・ベルジェールのバー」は昔からそれくらい気になっていた一枚だったのです。


【「フォリー・ベルジェールのバー」】
「フォリー・ベルジェールのバー」はフランス印象派のマネの油絵で、1882年にサロン・ド・パリに出品された作品です。

 画題のフォリー・ベルジェールはパリのミュージックホールで、現在も営業されているそうですが全盛期は19世紀末から20世紀初頭にかけて、いわゆる世紀末文化の匂いのプンプンする時代です。
 フォリー・ベルジェールのバーは劇場の一角にあったアルコールを提供するカウンターで、中に立つバーメイドは高級娼婦の一面もあったと言われています。

 私がこの絵に魅かれる一番の理由は、中央に描かれたバーメードの物憂げな美しさのせいですが、同時にこの絵の持つ不可解な居心地の悪さ、なんとも言えない不快感のためです。
 とにかく右奥の二人の人物が気に入らない。描き方が雑で立ち位置も定まらない。
 二人の人物のすぐ下のオレンジや花を挿したグラス、ビール瓶などの緻密さと比べると、雑さはいっそう際立ちます。

 私はのちに、中央の女性が大きな鏡(手首のあたりに金色の縁がある)を背に立っていて、右に描かれている後ろ姿の女性の方はその鏡像だと知るに至るのですが、そうなると不快感はさらに増します。実像と鏡像の位置関係が狂っている――。


【どこまで行っても不快】
 その点についてWikipediaは、
「この絵は、発表直後から、多くの批評家を困惑させた。鏡の位置の不確かさ、バーメイドの後姿が右へずれていること、バーメイドが応対している紳士が手前には存在しないこと、カウンターに置かれたビンの位置と数に相違がある、等である。だが、2000年に復元された劇場で撮影された写真により、この絵の不自然ではないことが判明している。バーメイドは紳士とは向き合っておらず、紳士は画面の左側にいるために描かれていない。鑑賞者はバーメイドの正面ではなく、すこし離れた右側に立っている。したがって、バーメイドは少し左を向いている」
と書いていますが、本物を見ればWikiの説明がまったく通用しないことはすぐにわかります。

 バーメードは多少左に体をねじりながらも正面を向いており、後ろ姿の女性は男性と数十cmの近さで向き合っています。その間にカウンターのテーブルがあることを忘れさせてしまうほどの近さです。

クリックすると元のサイズで表示します  カウンターテーブルといえば左の方を見るとWikipedia の指摘のごとく酒瓶の種類や本数があっていないばかりか、位置関係も変です。
 テーブル上に置かれた品々から考えると、画家はバーメードの正面で、ほぼ彼女と同じ目の高さから鏡の風景を見ているはずですが、その位置から見たテーブルも酒瓶も、あんなに高い位置にくるはずがありません。
 そしてなにより、背後の小さな人物たちが二階バルコニー席の観客だとすると、カウンターテーブル自体が一階観客席の頭上に浮いているとしか思えない位置にあるのです。客たちも宙に浮かばない限り、飲み物を買うことはできません。
 右の男の居場所の定まらなさも、それに由来することもわかってきます。

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 そのほか、バーメイドを挟んでバルコニー席の左と右の人物の描き方に差があって、右は左半分の鏡像ではないかと疑われる点、つまり右半分は鏡の中に描かれた別の鏡に映った像ではないかということ。
 実像を思わせる左半分の観客は明らかに画面の左の方に目を向けていて、そちら側にステージがあること窺わせるのに、左上には空中ブランコに乗る芸人の足が見え、舞台の位置が分からなくなること。再び右を見ると鏡像を思わせる右半分の観客はやはり右方向に顔を向けているように思えてくること。だからやはり右半分は鏡の中に映った別の鏡の像なのかもしれない等々。この絵はだまし絵のように謎だらけです。

 そしてここまできてようやく、私は私なりの結論に達します。


【実物は語る】
 思うにマネは意図的に視点を外して鑑賞者を弄んでいるのです。中央のバーメードとテーブルの品々を極端に写実的に描いて私たちの目をくぎ付けにしておいて、背後で好き勝手を行う。画面のあちこちに不調和や不鮮明を置いてあの“いやあな感じ”つくりだし、私たちをとらえて離さない。
「フォリー・ベルジェールのバー」の妖しい魅力はそこにあるのです。

 絵は大きさ92cm × 130cm。なかなかの大きさです。
 油絵具は劣化が遅いので手前の品々などはつい最近描かれたように美しく光って、その精密なタッチを浮き上がらせています。
 花瓶代わりのグラスの、写真のように鮮やかな写実性など、やはり実物を観ないと分からないことはたくさんあります。ぜひ本物を見てもらいたいところです。

 ただし東京都美術館「コートールド美術館展 魅惑の印象派」は昨日が最終日で、これから行こうと思っておられた方には申し訳ない話です。
 


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