2021/5/19

「My favorite song is “My Favorite Things”」〜私の好きな曲は「私のお気に入り」  芸術・音楽


 ふとしたことから、むかし好きだったジャズの名曲を思い出した。
 ジョン・コルトレーンの“My Favorite Things”だ。
 それとともにいくつかの別の“My Favorite Things”にも出会った。
 今日はその総ざらい――
という話。

(ジョン・コルトレーン“My Favorite Things”)

【ジョン・コルトレーン“My Favorite Things”】

 昨日は絵画の話でしたが今日は音楽です。というのはつい最近、古くからの友人がSNS上にジョン・コルトレーンの“My Favorite Things”について触れていたからです。
 彼とこの曲について話した記憶はないのですが、1960年に発売されたアルバムに収められていたこの曲は、息の長い人気を誇り、私たちが大学生だった1970年代でも、あちこちで繰り返し出会うことができたのです。彼と一緒ではないにしろ、同時代を生きた者として、どこかで親しんでいたのでしょう。

 私は特別なジャズファンでもありませんし知っている曲もわずかです。しかしジャズには屈折した思いがあって、それは、
「ジャズは知的で高級な人間だけが理解でき耽溺するものであって、しかし自分には分からない」
というものでした。私の劣等感を強く刺激するもので、憧れと卑屈を交互に押し付けてくるのがジャズです。
 そんな私にとって、コルトレーンの“My Favorite Things”はようやく差し出された希望の綱でした。これによってわずかに高級な世界と繋がれたからです。
 演奏者は偉大なコルトレーン、けれど原曲は映画「サウンド・オブ・ミュージック」の「私のお気に入り」ですから分からないわけがない。そしてコルトレーンの“My Favorite 〜”のおかげで、逆にミュージカル映画の「私のお気に入り」も見直したのです。

(私のお気に入り 《My Favorite Things》 - サウンド・オブ・ミュージック 《日本語字幕》 Youtubeで視聴します)


【もうひとつの“My Favorite 〜”】

 しばらくして、私はもうひとつの素晴らしい“My Favorite 〜”に出会います。ダイアナ・ロス&シュープリームスです。
 どこで出会ったかというと、覚えていないのですがおそらくラジオで、それも聞いたのは一回だけ。今とは違って曲名と歌手も分かっているからまたすぐに聞くことができるという時代ではありませんでした。 
 レコードはとても高価でおいそれとは購入できませんでしたし、ラジオにリクエストしてもかかる可能性は極めて低かったからです。
 やがて私はダイアナ・ロス&シュープリームスの“My Favorite 〜”を忘れ、再び会うこともありませんでした。つい最近までは――。
 それが数十年ぶりに出会うことになったのは、アリアナ・グランデのおかげです。

【アリアナの仲介】
 私は家の中にいる間はたいてい、Amazon Primeで何かしらの音楽をかけています。いろんな曲を聴きますが昨年の前半にハマっていたのは、アメリカのリズム&ブルースで、中でも気に入ったのはアリアナ・グランデ。今でも毎日、どこかで彼女の声を聴くようにしています。そのきっかけとなったのが一昨年のヒット曲「7rings(セブン・リングス)」でした。

 聞けばすぐに分かる通り、これは“My Favorite 〜”をアレンジしたものなのです。

(Ariana Grande - 7 rings (Live From The Billboard Music Awards / 2019))

 原曲とまるで違う歌詞もなかなか良くて、大金持ちのクソ生意気な女の子が「欲しいものは何でも手に入れる」「あれもこれもみんな手に入れた」と歌えば歌うほど空しい気持ちになっていく感じがいいのです。

 そして“7rings”を聞くうちに数十年前のダイアナ・ロスを思い出し、Youtubeで調べるとさすが現代です、すぐに見つかって聞くことができました。

(The Supremes - My Favorite Things (Video) Motown Records 1966)


【その他の“My Favorite 〜”】
“My Favorite 〜”はもしかしたら世界で最もカバーされた曲なのかもしれません。コルトレーンと並んで有名なのはビル・エバンスの“My Favorite 〜”()。レディー・ガガが歌っている“My Favorite 〜”などといったものもあります。中でも私の好きなのはペンタトニックスとゴンチチです。
 よかったら聞いてみてください。

([OFFICIAL VIDEO] My Favorite Things - Pentatonix)


(GONTITI My Favorite Things)



(Bill Evans - My Favorite Things /Easy to Love /Baubles, Bangles, & Beads)


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2021/5/18

「マネ以前の裸の女性は皆、女神」〜人生にもっと勉強しておくことがたくさんあった  芸術・音楽


 長く美術館巡りをしてきて、さまざまに調べてきたこともあったのに、
 たったひとつの知識がなかったばかり、行き届いていないことがあった。
 今からでも遅くはないが、
 人生に、もっと勉強しておくべきことがたくさんあった。

という話。
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(エドゥアール・マネ「草上の昼食」1862年〜1863年)

【私の絵画鑑賞】
 新型コロナ禍のためにもう一年以上も行っていませんが、ここ10年余りは毎年東京の美術館に行って大型の美術展を観るようにしてきました。
 基本的にジャンルは問いませんが、日本人は印象派が好きですから自然と印象派展を観る機会が多くなっています。美術館に通い始めるきっかけが1982年のモネ展(国立西洋美術館)でしたから,、私自身も嫌いなわけではありません。

 絵画の中には描かれた中身に知識がないと分からないものもあって、例えばボッティチェリの「春(プリマヴェーラ)」に描かれた6人の男女にはきちんとした名前があり、それぞれの仕草や表情には特別な意味があります。もちろん知らなくても鑑賞はできますし、真に鑑賞力のある人にはむしろ邪魔なものかもしれませんが、金銭に意地汚く、入場料の元だけは取ろうといった卑しい性根の人間(例えば私)にとっては、知識はなくてはならないものです。
 またそれとは別にパッと見で良さがさっぱりわからない絵(私にとっては例えば「モナ・リザ」)についても、やはり情報がないと何の感動も感慨もなく帰ってくることになりかねません。クリックすると元のサイズで表示します
(ボッティチェリ「春《プリメーラ》」1477年〜1478年頃)

 そこでたいていの場合、500円ほどの追加料金を払って解説の音声ガイドを借り、ヘッドフォンを頭に乗せながらの鑑賞ということになるのですが、印象派の場合は知識がないと決定的に困るということはありません。ただ鑑賞すればいい、説明されなければだめなようでは印象派ではない、といった感じがあります。

 ところが稀に、何が描かれているのか知る必要があり、解説を聞いてもさっぱりわからないことがあります。聞かなければむしろサラッと通り過ぎることができたのに、中途半端な説明を聞いたばかりに身動きが取れなくなる絵――その代表的なのが冒頭に掲げたマネの「草上の昼食」です。


【何を今さら不道徳】
 とりあえずピクニックの最中に、三人の男女のうちの女性だけが裸になっている――という絵柄が理解できません。しかも昼食時です。少し後ろにいる女性も半裸なのですが、手前の男性二人がそこそこの厚着で、真夏というわけでもなさそうなのになぜ裸なのか? 
 そのうえ解説で、
「1863年のサロン(官展)に出品したが、『現実の裸体の女性』を描いたことが『不道徳』とされ落選。その後、同サロンに落選した作品を集めた落選展にも展示されたが、同様の理由で批評家たちに批判されるなどスキャンダルを巻き起こした」
と聞かされると頭の中が「?マーク」で埋まってしまいます。今さら何の不道徳でしょう?

 西洋絵画に見られる裸の女性なんて小学校高学年のころ、図書館の美術全集で胸をときめかせて以来、ずっと見続けてきたものです。今さら不道徳と言われても、ずっとそんな不道徳な気持ちのまま鑑賞してきた私には、さっぱり理解できないのです。

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 確かにボッティチェリの「春(プリメーラ)」も「ビーナスの誕生」も描かれている女性は全員女神で「現実の裸体の女性」ではありませんが、モネが「草上の昼食」で下敷きにしたというティツィアーノ(ジョルジョーネ)の『田園の合奏』(右)だって、着衣の男性の傍らに二人の裸の女性がいる。
 同じくマネの代表作「オランピア」は、これも下敷きにしたティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』と何が違うのか――。


【マネはサロン(官展)に裸を投げつけた】
 ところが最近知ったのですが、Wikipedeiaでティツィアーノの『田園の合奏』を調べると、
 2人の女性は、男性たちの幻想と霊感から具現化した理想美の化身である。おそらく、ガラスの水差しを手にした女性は悲劇的な詩歌の女神であり、フルートを手にした女性はのどかな田園を詠った詩歌の女神である。
とあるのです。
 さらに先ほどの「ウルビーノのヴィーナス」と「オランピア」ですが、「ウルビーノ〜」が女神なのは当然として、それにそっくりの「オランピア」が「現実の女性」かと言えば、サンダルを履いて首にリボンを巻くという姿が女神にありまじきものであるばかりでなく、そもそも「オランピア」という題名自体が当時のパリにおける娼婦の通称だったというのですから間違いなく「現実の女性」です。
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(左:「ウルビーノのビーナス」、右「オランピア」)

 最初に戻って「草上の昼食」では、左手前のバスケットの横に脱いだ服が置かれていることから、女性が女神ではないとされます。

 なるほど、マネは暗示的ではなく、あからさまに当時のサロン(官展)に反抗し、作品を投げつけていたわけです。


【人生にもっと勉強しておくことがたくさんあった】
 マネ以降、現代に至るまで、人間の裸は美術の重要なテーマです。描かれるのは女神ばかりではありません。しかしそうなるとマネ以前の絵画に現れる裸の女性はみんな女神か、ということになりますが、それで唐突に思い出したのが「民衆を導く自由の女神」です。
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(ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」1830年)

 フランス七月革命の民衆を描いたドラクロワの傑作ですが、私はずっと昔から、なぜこの女性が胸をはだけているのかわからなかったのです。騒乱の中で肩ひもが落ちてしまったということもないわけではなさそうですが、絵画なのだからムリに出すこともないだろうに、と思ったのです。しかし今、分かりました。

 これは象徴的に「自由の女神」と呼ばれる実在の(あるいは実在のように描かれた)女性ではなく、本物の女神なのですね。「民衆を導く自由の女神」は目に見えない本物の女神、「現実の裸の女性」ではないから裸を描いてもマネのようには問題にならなかったのです。逆に言えば裸で描くことで、女神だと示したわけです

 そんなことを今ごろ知っても意味がないとは言いませんが、20年、いや10年前でもいい、そのころから知っていればもっと違った目で見られる絵もたくさんあったはず。
 なかなか残念な人生です。

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2020/10/28

「70年代――オイルショック後の世界の、宇宙とオカルトと古代文明」〜私のアリアナ体験B  芸術・音楽


 私が青春を送った1970年代、
 高度成長の終わった73年以降は曖昧で不安で先の見えない暗黒の時代だった。
 そんな中で私たちは宇宙やオカルトや古代文明に逃げていたのかもしれない、特に私は。
 それを思い出させたのが、アリアナ・グランデの「God is a Woman」だった。

という話。
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(写真:フォトAC)

【私がそこそこ心病んでいたころ】
 タイムマシンで半世紀前に戻ったら私がまず最初にやるのは、高校生の自分を探してぶん殴ることです。
「なにをオマエやってるんだ! 世の中けっこう甘いぞ! ウジウジしていないで、自分のやりたいようにやれ!」
ということです。さように私は臆病で、ウジウジした少年でした。

 そのころ私が好きだったものは、「My favorite things」風に言えば、
 キリコとダリの不安な絵画
 タンジェリン・ドリームやヴァンゲリスのシンセサイザー音楽
 誰もいない夕暮れ時の体育館の、つめたく冷えた空気
 足の折れた木製の椅子
 天井で揺れる裸電球


――いやはや本当に心病んでいたものです。

 化学の時間に原子の雲の話なんかを聞いていると、
「ああオレって雲の集積なのか?」
とボンヤリ考え、地学の時間に宇宙の話になって、
「宇宙は閉じているとしたら馬の鞍の形をしていて、開かれているとしたら球の形をとる」
などと言われると、
「アレ? オレって外側からも固められないのか?」
と絶望的な気持ちになってボーっと生きていました。
 絶望「的」というのは「絶望していたわけでない」という意味で、チコちゃんに叱られる程度だったとも言えます。


【70年代――オイルショック後の世界の、宇宙とオカルトと古代文明】
 私が青春を生きた1970年代は始まりこそ高度成長の爛熟期で未来は光り輝いていましたが、大学に入学した73年にオイルショックが起こり、あとはバブル経済の始まる1986年まで、ほぼ10年以上続く暗黒時代でした。

「良い高校から良い大学、そして良い企業へ」と言えば今では嘲笑されますが、高度成長期は親と同等かそれ以上の生活をしようとしたら親より高い学歴は必須で、しかも良い高校や良い大学に進めば必ず高収入に結び付く保証があった――少なくともそう信じられた時代でした。
 それがオイルショックとともに完全に消えてしまい、その後どういう生き方をしたらよいのかという生涯モデルも作れない、不安な時代でもあります。

 1999年の7の月に人類が滅びるとする「ノストラダムスの大予言」や日本だけが海の藻屑と消えるSF小説「日本沈没」が大ヒットしたのが73年というのは、もちろん偶然ではありません。

 この時期は第一次オカルトブームとも言われる時代で、ホラー映画「エクソシスト」(1973)がヒットするとともにネッシーだのツチノコなどが本気で追いかけられ、ユリ・ゲラーがスプーンを曲げたり甲府で小学生が宇宙人と遭遇したり、街を口裂け女が疾走し、人間とチンパンジーの間に生まれた(らしい)オリバー君がVIP扱いで来日し――。
 そんな中でジョージ・ルーカスは映画「スターウォーズ」(1977)の第一作で、宇宙とバトルシップと古代ギリシャ風の服装を融合させ、富田勲はアルバム「バミューダ・トライアングル」(1978)で“バミューダの海底に沈む巨大なピラミッドの古代人たち”と宇宙人の交信といったテーマを扱いました。
 宇宙やオカルトや古代文明が結びつきやすかったのです。

 そして1980年、日本のイラストレーター生頼範義が「スターウォーズ」の第2弾「帝国の逆襲」の国際版ポスターを手掛けるのです。


【生頼範義とアリアナ・グランデ】
 「スターウォーズ/帝国の逆襲」が上演された1980年、私はすでに20代の後半に差し掛かっていましたが、相変わらず生活は曖昧なままでした。
 自分の足元や現実を見て生きるのは辛く、どこか遠いところばかり見ていたように思います。そんな私に、宇宙だとか古代ギリシャだとか、あるいはバトルシップだとかいった荒唐無稽は、むしろしっくりくるのです。
「スターウォーズ」は物語が子どもじみていて好きになれませんでしたが、そこに描かれる風景は好きでした。そして生頼範義のイラストは、そんな私の気持ちにさらにぴったり合うものだったのです。

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 生頼範義については2年前に詳しく書いた(*)のでこれ以上触れませんが、例えば上のイラスト「へロディア」では、実の娘のサロメが舞踏のほうびとして所望した預言者ヨハネ(イエス・キリストの出現を預言した)の生首が、銀盆に乗せられてロボットアームで運ばれてきます。
 一片の現実性もありませんが、それでいて違和感のない、完結した世界が描かれています。
 私はこういう世界が好きでした。そしておそらく、今も好きなのです。
2018/1/23「生頼範義という生き方」〜展覧会場で思い出したこと

 30代になって結婚して二人の子どもが生まれ、仕事の方も軌道に乗って面白くなって以後、現実の世界で足元ばかりを見て生きてきました。
 しかし今もなお、気を許せばふっと現実感を失い、あらぬ方向を見ながらさまよい出しかねない部分があるのかもしれません。
 アリアナ・グランデの「God is a Woman」のライブ映像を見て、思い出したのはそういうことでした。



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2020/10/27

「歌詞も世界も全く違っている」〜私のアリアナ体験A  芸術・音楽


 何という気もなしに聞き始めたアリアナ・グランデの「7rings」
 見始めたライブ映像。
 しかしじっくり向き合ったら、
 とてつもなく深い才能が、複雑に絡み合っていることが分かった。
 アメリカ恐るべし。

という話。
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(写真:フォトAC)

【7rings(七つの指輪)とMy favorite things(私の好きなもの)】
 アリアナ・グランデの「7rings」は、聞けばすぐにわかりますが、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の挿入歌「私の好きなもの(My favorite things)」のアレンジ曲です。「My favorite things」はおそらく世界で最も多くアレンジされカヴァーされた曲のひとつで、ダイアナロスとシュープリームスの版もすてきですが、私は若いころからジョン・コルトレーンの「My favorite things」が好きで、機会があるたびに聞いていました。
 その名曲を、現在世界最高の歌姫、アリアナ・グランデが歌うのですから悪かろうはずがありません。



【アリアナ・グランデ】
 アリアナ・グランデを知ったのは、しかし彼女の歌からではなく、三年前にイギリスのマンチェスター・アリーナでのコンサートで起こった自爆テロのためです。
 犯人は会場内でテロを決行しようとしたらしいのですが中に入れず、コンサート終了後にロビーで手製爆弾を爆発させ、本人を含む死者23名、負傷者59名という大惨事を起こしたのです。翌日IS(イスラム・ステート)が犯行声明を出しましたが、詳細はいまだに分かっていません。

 次にアリアナの名前を聞いたのは昨年、「7rings」を含むアルバム「thank u, next」を発売したとき、「七つの指輪」にちなんで手のひらに「七輪」とタトゥーを入れて日本人ファンの失笑をかったときです。もちろん心ある失笑です。
 アリアナは日本びいきを公言しており、右腕に「千と千尋の神隠し」の千尋のイラストを、左肘の内側に「うたいましょう」とひらがなで、そしてさらにその上にポケモンのイーブイのイラストを彫っているといいます。
 ちなみに「7rings」のプロモーション・ビデオの最初の場面は品川ナンバーの中古車でした。

「アメリカの超人気歌手が日本びいきなんて、悪くないな」
とも思ったのですが、それでもこの時期、アリアナの曲を聴いてみようという気にはまったくなっていません。
 しかし他人が良いというものには何かしら良いところがあるものです。極端にマニアックなものだと好き嫌いが生れますが、特に人気の高く、広範なものにはたいていどこかに接点が見出せるはずです。
 時間があるならいちおう顔出ししておくべきでしょう。
 私はしませんでしたが。


【歌詞も世界も全く違っている】
 さて「7rings」の原曲が私の好きな「My favorite things」だと知ってからは、AmazonMusicのプレイ・リスト「R&B」のその部分に来るとちょっと耳をそばだてる気分で聴くようになったのですが、そのうち妙なことに気づいたのです。

 私は高校生のころ「My favorite things」を英語で歌えるようになりたくて練習したことがあります。結局、早口言葉のような歌の速さについて行けず泣く泣くあきらめたのですが、そのとき覚えた歌詞がまったく出てこないのです。
 一生懸命聞いても聞き取れたのは「My favorite things」の3語だけ。いかに英語が苦手とはいえ、覚えている歌詞と一か所しか符合しないなどということはありえません。
 そこで調べてみると、「7rings」は原曲と全くことなる歌詞だったのです。

 原曲の方は、
 バラを伝う雨だれ
 子猫のひげ
 輝く銅のやかんや
 温かいウールのミトン(ふたまたの手袋)
 紐で結ばれた茶色い小包

といったふうに子どもらしい他愛のないものを延々と並べ、最後のところで、
 犬に噛まれたとき
 蜂に刺されたとき
 悲しい気分のとき
 私の好きなものを浮かべるだけで、
 それほど悪い気分じゃなくなる。

と落とす子どもの歌です。

 ところがアリアナの「私の好きなもの」は、
 ティファニーでの朝食、シャンパン
 問題を起こすことが大好きなタトゥーを入れた女の子たち
 つけまつ毛にダイヤモンド そしてATMマシーン

です。
 お金だけでなくATMマシーン丸ごと欲しいとなると穏やかではありません。
 しかもそれらを、
 全部自分で買う
と言うのです。

「7rings」の主人公はかつて不幸な時期があったようで、警察のお世話になったり手首を傷つけることもあったらしいのですが、今は強くなり、とんでもなく豊かな生活ができるようになったみたいです。
 クローゼットにするために家を購入したりジェット機を買ったり――。

 歌の途中に入るラップ調の部分は、
 欲しいと思って、それを手に入れた
 欲しいと思って、手に入れた

の繰り返しです。


【生意気で、傲慢で、我儘な、寂しい娘】
 ネット上の感想を読むと、「7rings」は“ついに成功を勝ち取ったアリアナ・グランデの誇らしい雄叫びだ”といった読み解きをする人が多いようです。イタリア系アメリカ人の感性としは、その方が可能性が高いのかもしれません。

 しかし最後までこの調子でやられると、私としては、
「この娘、嘘ついているんじゃないか?」
という気がしてきます。
 ほんとうはそんな豊かな生活をしているわけではない。爆発的に豊かな生活を夢見て、けれど全然そんなふうにはなっておらず、表面的にはそれっぽく見せているけれど実はあまりにもかけ離れた生活をしている。それでいながら見栄を張るのもやめられない――そんな女の子の虚しい虚言の歌のような気もしてくるのです。

 あるいは、ほんとうに大金持ちになって欲しいものはすべて手に入れ、友だちすらも金で買って(6人の友だちにダイヤモンドの指輪を買って、自分の分と合わせて7個の指輪で結ばれた親友グループをつくった)なに不自由ない。しかし全く幸せではない、満たされない、虚しさが延々と続く、そんな女の子の歌にも思えるのです。
 深読みに過ぎるでしょうか?


【アメリカ恐るべし】
「7rings」の歌詞はそんなふうに様々なことを考えさせる複雑なものです。
 巧みな曲づくり、ライブ映像から見て取れるステージバックの面白さ、洗練された振り付け、ダンサーたちの実力、そういうものも全部含めて、アメリカ音楽界の懐の深さに改めて驚かされた体験でした。
 アメリカ恐るべし。

 そしてアリアナ・グランデをさらに聴いていくと、私が子どものころからずっとこだわってきたあるものの存在に気づかされるのです。

(この稿、続く)

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