2020/9/15

「アンという名の少女に、子どものころに会っておきたかった」〜幼い時期に読書することの意味  芸術


 「赤毛のアン」を原作とする海外ドラマが始まった。
 これまで知らなかったが、ほんとうに魅力のある主人公だ。
 もっと子どものころに、本の中でこの子に出会っておきたかった。
 今からでは遅い面がある。

という話。
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(写真:フォトAC

【「赤毛のアン」が始まる】
クリックすると元のサイズで表示します NHKで海外ドラマ「アンという名の少女」が始まりました。原作はモンゴメリの「赤毛のアン」です。第一回は今週の日曜日の、夜11時からでした。
*見逃した方はコチラから→NHK+(プラス)見逃し配信「アンという名の少女」(2020.09.20 PM11:47まで)

 放送されること自体を知らなかったのですがブルーレイ・プレーヤーに自動録画が残っていて、昨日、見るともなく見始めたのです。
 この時間枠では3月に「レ・ミゼラブル」をやっていて、あんなクソ長い小説をよくもまあ8回にまとめたものだと感心しましたが、今回の「アンという名の少女」も全8回、このくらいだととりあえず見てみようかという気になります。
 ところが他に仕事をしながら軽い気持ちで見始めた「アンという名の少女」、これがなかなか面白くて、すっかり魅入ってしまったのです。

 おそらく原作の力だと思うのですが、夢見がちでおしゃべりで、不器量でやせっぽちの主人公、アン・シャーリーが本当に魅力的で、思わず引き込まれます。この子に引き込まれるのは本の読者やテレビの視聴者ばかりでなく、物語の最初で出会いやがて養い親になる(らしい)マシューとマイラのカスバート兄妹も同じです。もともとは男の子を希望したにもかかわらず誤って女の子のアンが来てしまい、一度は孤児院に戻そうとするのですが結局、家に連れ帰ってしまいます。そこまでが第一回でした。

 アンを演じる子役もいいのですが、無口で善良そうなマシューと、いつも不機嫌そうで口うるさい、しかしきっと良い人に違いないマイラ、この二人を演じる俳優さんも実にいい。
 来週以降、日曜日を迎える楽しみがまたひとつ増えました。


【書物には旬がある】
 「赤毛のアン」は昔からずっと気になっていた小説です。元々は子ども向けに書かれたものではないようですが、日本ではアニメになったり少年少女名作選みたいな全集には必ず入っていますから何となく少女向けの感じがあって、私はずっと手が出なかったのです。ほかに読みたい本はいくらでもあります。

 ただ機会がまったくなかったわけではなく、娘のシーナが小さなころは盛んに読み聞かせをしていましたから、うまくすればその中に入ってきたのかもしれません。偶然「赤毛のアン」に手が伸びなかったのか、シーナはかなり早い時期から本を読むのが好きでしたから私が「赤毛のアン」の読み聞かせをしようと思う頃には、もう自分でどんどん読んでいたからかもしれません(「赤毛のアン」を読んだかどうかは知りませんが)。

 シーナはそうでしたが弟のアキュラは違いました。本よりも棒をもって走り回っている方が好きな子でしたから読み聞かせの期間も長かったのです。読むのは好きではありませんでしたが、読んでもらうのは好きな子でした。

「宝島」「ロビンソ・クルーソー」「十五少年漂流記」「幸福な王子」「ピーターパン」「ガリバー旅行記」「トム・ソーヤ―の冒険」「ドリトル先生航海記」「三銃士」等々は、みんなそのころ読んだ本です。読みながら、私も自分自身の記憶をたどるつもりでした。

 ただ読み聞かせをしながら、アキュラが面白がるほどには、私は面白くなかったのです。児童書ですから大人には面白くないと言ってしまえばそれまでですが、「十五少年漂流記」や「宝島」は自分自身が子どものころ、本当に胸躍らせて読んだ記憶のある本です。アキュラに読んでやりながら自分もあのころの気持ちを取り戻そうと張り切っていたのに、まったくそんな感じがしてこない――。

 また、実は「ロビンソン・クルーソー」と「三銃士」について、おそらく私自身は子どものころに読んでいなくて、アキュラに読み聞かせたのが初めてだと思うのですが、二冊とも記憶の中に残っていないのです。60年前に読んだ「十五少年漂流記」や「宝島」は覚えていても、20年ほど前に読んだ「ロビンソン・クルーソー」や「三銃士」は記憶に残らない――。ここに子ども時代の読書の、重要な意味があります。

書物には旬があるのです。大人になってから読んだのでは遅いのです。
 

【孫には読んであげよう】
 「赤毛のアン」は児童書ではないそうですから、今この歳で読んでも心動かされる作品なのかもしれません。しかし無理をすることもないでしょう。おそらく子ども時代に読んでおくべきもので、もう70歳に手が届こうという私が、11歳の女の子に自分を託すのは難しそうです。

 幸いNHKで放送される「アンという名の少女」はテレビドラマとしても優れたものです。老人はそれで満足しましょう。その上で、機会があったら孫のハーブやイーツには読んであげたいものです。もし今後、女の子の孫ができるようなら真っ先に「赤毛のアン」を持って駆けつけようと思います。





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2019/12/17

「都会で育つこと、都会で子育てできることが、今更ながら羨ましい」〜ゴッホを見てきた  芸術


 ひょんなことから上野の森美術館の「ゴッホ展」に行ってきた。
 ゴッホは何度も見てきたが、行けばやはりそれなりの学びはある。
 それにしても、都会の子の、都会で子育てができる親の
 なんと羨ましいことか。

という話。
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(上野の森美術館「ゴッホ展」)

【日本人はゴッホが大好き】
“新しく登録した買い物サイトの使い勝手を確認したい”という、芸術性も愛情も感じられない理由で妻が買ってくれた「ゴッホ展」のチケット。迷ったのはついでに行こう決めた東京都美術館の「コートールド美術館展 魅惑の印象派」とどちらを先にしようかということでした。

 1月13日まで開催している「ゴッホ展」よりも二日後に最終日になる「コート―ルド〜」の方が混むに決まっていますから(と思い込んでいた)、そこに何時に入るかが決め手です。経験上、開館時刻より前に行って並んでいるか、来場者が食事に行ってしまう12時15分〜30分ごろに入館するのが楽なのです。しかし展覧会が単独だとどうとでもなるものの、はしごとなると時間配置が難しい――。

 迷ったあげく「コートールド〜」を先にして時間前に並び、そちらは比較的楽に鑑賞できたのですが一部当ての外れたことがありました。あとから入った上野の森美術館が予想以上に混んでいたのです。

 ゴッホがとても珍しいというならまだしも、「ゴッホ展」と名の付く展覧会はしょっちゅうやっています。私が自分のブログで調べただけでも、この10年間に2回(2010年と2017年)も行っていて、今回で3回目。さらにその間、「印象派展」や「浮世絵展」、あるいは「コートールド〜」でもゴッホが展示されていましたから、もしかしたら2年に1回くらいはゴッホの実物に会っているのかもしれません。

 日本人のゴッホ好きは格別で時間に関係なく混むということなのかもしれません。入場が11時半と昼食時にはまだ間のあったせいもあるでしょうが、作品の前に4重5重くらいの人垣ができていてなかなか近寄ることができないのです。私は少し、来たことを後悔しました。
 妻にチケットをプレゼントされるという奇貨がなければ、パスしていた展覧会です。さほど執着はない。

 ただし行けばそれだけの価値はもちろんあります。


【上野の森美術館「ゴッホ展」の二つの発見】
 今回の展覧会についていえば、ゴッホに影響を与えた人々の作品がたくさん見られたこと。特に“オランダのバルビゾン派”というべきハーグ派(灰色を基調として自然の中で風景や農民の姿を描いた)の人々の作品に多く触れられたことは、「ゴッホはどこから来たのか」を考える上でとてもよい体験だったと思います。もっとも“ゴッホ”を見るつもり来た人には余計な作品が多すぎるといった感じはあったかもしれません。

 もうひとつは今回の目玉作品である「糸杉」の、画面で細かく反射する照明光です。厚塗りの絵の具の凸凹のあちこちに照明の光が当たってチカチカと反射して、どう体の位置をずらしても光の粒は避けられないのです。

 これまで額に嵌められたガラス板に照明が当たって見えにくいということはありましたが、作品自体に当たる光が邪魔くさいということは記憶にありません。
 油絵具は劣化が遅く、解き油との調合がうまくいっていると100年〜200年たっても制作当時の艶を失うことはありません。だから光が細かく反射するのは不思議ではないのですが、展覧会場で絵の見えずらさに苦しんだこともない――おそらくそこはプロの人たちが微妙に調整して、余計な光が入らないようにしているからでしょう。
 だとしたら今回の上野の森美術館は何かの計算違でそうなっているのでしょうか。そう言えば“特殊なLEDを使っています”みたいな掲示があったような気もします。


【「糸杉」の光】
 その邪魔な光は、しかし私にとって悪いものでもなかったのです。

クリックすると元のサイズで表示します 右の糸杉はネット上からお借りしてきたものですが、無駄な光の反射は一切ありません。プロの写真家が余計なものの一切映り込まないように技術を重ねた結果なのでしょう。その腕は確かですが、かえって本物とは違った感じです。油絵具のテカリが一切ない分、くすんだ印象になっているのです。本物はもっと光り輝いている。

 書店で手に入る画集は、どんなに素晴らしいものであっても本物の大きさと作品の周辺の不純物、余計な光や宙に浮くほこり、鑑賞者の息遣いや幽かに立てる物音を写し込むことはできません。
 それを手に入れることのできるのは、腹の足しにもならない芸術にいくばくかの金とエネルギーを注ぎ込んだ者の特権です。
 それが本物を観に行くべき重要な理由のひとつです。


【都会を羨む】
「ゴッホ展」ではないのですがその前に観た「コートールド美術館展」の会場には中学生とおぼしき制服姿の女の子たちが何人もいました。
 同じ制服の男子の姿はありませんでしたから私立の女子校なのでしょう。全部合わせても一クラス分いるかどうかという微妙な人数でしたから、希望鑑賞だったのかもしれませんし、混雑を避けて複数の美術館・博物館に分散して巡回しているのかもしれません。

 安易に声をかけて問題となってもいけませんので聞きもしませんでしたが、それが修学旅行のような旅行行事の一部だとしたら計画に美術鑑賞を組み込んだ先生たちのセンスに頭が下がりますし、都内の学校の子たちだったらほんとうに羨ましいことです。いつでもこんな高級な展覧会を見に来ることができるのですから。

 テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」の中島誠之助さんが言っていましたが、鑑定眼というものは“良い作品だけを見て養うもの”だそうです。一流のものばかりを見てきた眼に、まがい物、ダメなものはすぐにピンとくるのだと言います。

 私は子どものころから悪いものをたくさん見てきてしまいました。親としても子に美しいものだけを見せてきたわけではありません。

 若いころ暮らした東京には未練はまったくないのですが、いまでも都会の子どもたちや都会の親たち・先生たちが羨ましいと思うのはこういうときです。
 一流のものにいつでも触れることができる。

(付録)
 せっかく東京まで来たので娘の家に寄ったら、
 5月に生まれた二人目の孫のイーツの頭が
 “ゴッホ”だった。

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2019/12/16

「マネ『フォリー・ベルジェールのバー』の不快と愉しみ」  芸術


 東京都美術館にマネを観に行ってきた。
 以前から気になっていた「フォリー・ベルジェールのバー」に会うためだ。
 今はデジタル画像がいくらでも手に入る時代だが、
 実物を観て初めて分かることも多い。

という話。
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(マネ「フォリー・ベルジェールのバー」)

【コートールド美術館展】
 新しく登録した買い物サイトの使い勝手を確認したいということで、妻が上野の森美術館の「ゴッホ展」のチケットを買ってくれました。で、せっかく東京まで行くのだからとあちこちの美術館を調べていたら、ふと目についたのが上の絵、「フォリー・ベルジェールのバー」でした。東京都美術館「コートールド美術館展 魅惑の印象派」に展示されている一枚です。

 コート―ルドというのはイギリスの実業家で、人絹(人造絹糸=レーヨン)で財を成した人物です。そのコート―ルドが独自の審美眼で買い集めた作品を中心に設立されたのが、現在はロンドン大学の付属施設になっているコート―ルド美術館。正式にはコートールド美術研究所というのだそうです。

 私は絵の分からない人間なので、偉大な収集家の集めたコレクション展だとか〇〇美術館展とかが苦手です。一人の画家の成長だとか、○○派といった美術的傾向の発生と変化だとかいったまとまったテーマがないと、作品単独では価値が見えてこないのです。
2019/9/19「『芸術の価値の分からない人間』の芸術的価値について」 

 ですからだいぶ前からこの展覧会のことは承知していたのに、「コート―ルド美術館展」というタイトルだけでパスしてしまって、中身についてはまったく気に留めていませんでした。
 ところが今回、ここに「フォリー・ベルジェールのバー」が展示されていることを知って、“この一枚を観るだけでもいいな”という気持ちで出かけることにしました。
「フォリー・ベルジェールのバー」は昔からそれくらい気になっていた一枚だったのです。


【「フォリー・ベルジェールのバー」】
「フォリー・ベルジェールのバー」はフランス印象派のマネの油絵で、1882年にサロン・ド・パリに出品された作品です。

 画題のフォリー・ベルジェールはパリのミュージックホールで、現在も営業されているそうですが全盛期は19世紀末から20世紀初頭にかけて、いわゆる世紀末文化の匂いのプンプンする時代です。
 フォリー・ベルジェールのバーは劇場の一角にあったアルコールを提供するカウンターで、中に立つバーメイドは高級娼婦の一面もあったと言われています。

 私がこの絵に魅かれる一番の理由は、中央に描かれたバーメードの物憂げな美しさのせいですが、同時にこの絵の持つ不可解な居心地の悪さ、なんとも言えない不快感のためです。
 とにかく右奥の二人の人物が気に入らない。描き方が雑で立ち位置も定まらない。
 二人の人物のすぐ下のオレンジや花を挿したグラス、ビール瓶などの緻密さと比べると、雑さはいっそう際立ちます。

 私はのちに、中央の女性が大きな鏡(手首のあたりに金色の縁がある)を背に立っていて、右に描かれている後ろ姿の女性の方はその鏡像だと知るに至るのですが、そうなると不快感はさらに増します。実像と鏡像の位置関係が狂っている――。


【どこまで行っても不快】
 その点についてWikipediaは、
「この絵は、発表直後から、多くの批評家を困惑させた。鏡の位置の不確かさ、バーメイドの後姿が右へずれていること、バーメイドが応対している紳士が手前には存在しないこと、カウンターに置かれたビンの位置と数に相違がある、等である。だが、2000年に復元された劇場で撮影された写真により、この絵の不自然ではないことが判明している。バーメイドは紳士とは向き合っておらず、紳士は画面の左側にいるために描かれていない。鑑賞者はバーメイドの正面ではなく、すこし離れた右側に立っている。したがって、バーメイドは少し左を向いている」
と書いていますが、本物を見ればWikiの説明がまったく通用しないことはすぐにわかります。

 バーメードは多少左に体をねじりながらも正面を向いており、後ろ姿の女性は男性と数十cmの近さで向き合っています。その間にカウンターのテーブルがあることを忘れさせてしまうほどの近さです。

クリックすると元のサイズで表示します  カウンターテーブルといえば左の方を見るとWikipedia の指摘のごとく酒瓶の種類や本数があっていないばかりか、位置関係も変です。
 テーブル上に置かれた品々から考えると、画家はバーメードの正面で、ほぼ彼女と同じ目の高さから鏡の風景を見ているはずですが、その位置から見たテーブルも酒瓶も、あんなに高い位置にくるはずがありません。
 そしてなにより、背後の小さな人物たちが二階バルコニー席の観客だとすると、カウンターテーブル自体が一階観客席の頭上に浮いているとしか思えない位置にあるのです。客たちも宙に浮かばない限り、飲み物を買うことはできません。
 右の男の居場所の定まらなさも、それに由来することもわかってきます。

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 そのほか、バーメイドを挟んでバルコニー席の左と右の人物の描き方に差があって、右は左半分の鏡像ではないかと疑われる点、つまり右半分は鏡の中に描かれた別の鏡に映った像ではないかということ。
 実像を思わせる左半分の観客は明らかに画面の左の方に目を向けていて、そちら側にステージがあること窺わせるのに、左上には空中ブランコに乗る芸人の足が見え、舞台の位置が分からなくなること。再び右を見ると鏡像を思わせる右半分の観客はやはり右方向に顔を向けているように思えてくること。だからやはり右半分は鏡の中に映った別の鏡の像なのかもしれない等々。この絵はだまし絵のように謎だらけです。

 そしてここまできてようやく、私は私なりの結論に達します。


【実物は語る】
 思うにマネは意図的に視点を外して鑑賞者を弄んでいるのです。中央のバーメードとテーブルの品々を極端に写実的に描いて私たちの目をくぎ付けにしておいて、背後で好き勝手を行う。画面のあちこちに不調和や不鮮明を置いてあの“いやあな感じ”つくりだし、私たちをとらえて離さない。
「フォリー・ベルジェールのバー」の妖しい魅力はそこにあるのです。

 絵は大きさ92cm × 130cm。なかなかの大きさです。
 油絵具は劣化が遅いので手前の品々などはつい最近描かれたように美しく光って、その精密なタッチを浮き上がらせています。
 花瓶代わりのグラスの、写真のように鮮やかな写実性など、やはり実物を観ないと分からないことはたくさんあります。ぜひ本物を見てもらいたいところです。

 ただし東京都美術館「コートールド美術館展 魅惑の印象派」は昨日が最終日で、これから行こうと思っておられた方には申し訳ない話です。
 


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2019/9/27

「『永訣の朝』と宮沢賢治三昧」〜記念館と童話村  芸術


 宮沢賢治と聞くと まず胸が苦しくなる
 「決別の朝」に関する苦い思い出があるからだ
 そのことを思い出しながら
 「宮沢賢治記念館」と「宮沢賢治童話村」を回った

というお話。
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(「宮沢賢治記念館」玄関にて)

【「永訣の朝」のこと】
 宮沢賢治については手痛い思い出があります。
 恐らく高校生のときだと思うのですが、国語の教科書に賢治の詩「永訣の朝」が載っており、その4行目「(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)」で笑ってしまい、あとで意味を説明されて地の底まで落ち込む感じを受けたのです。

 持ち上げられて落とされるようなものです。
「卑怯じゃないか」
と、そんなふうに思ったのかもしれません。

 「永訣の朝」は賢治の最愛の妹が25歳で死んでいくときのことを書いた詩です。
 今日の記事の最後に全文を引用しておきますが、中で「とし子」と書かれている妹の臨終の言葉は三つ、それぞれカッコのついているものですが、東北弁のため若干の解説が必要です。

「(あめゆじゅとてちてけんじゃ)」は「雨雪(窓の外に降っているみぞれ)を取って来てください」という意味。
「(Ora Orade Shitori egumo)」は、「私は私で、ひとりで逝きます」の意。
「(うまれで くるたて こんどは こたに わりやの ごとばかりで くるしまなあよに うまれてくる)」は、「再び生まれてくるなら、今度はこんなふうに自分のことばかりで苦しまないように(誰かの役に立つように)生まれてくるね」という意味だと解釈されます。
 
 病床に寄り添って何もできない賢治に「みぞれを食べたい」と言ってせがむ姿は、マリー・ローランの詩の「馬」にも通じるものがあり、それだけでも胸を締め付けられます。看取る者には仕事が必要なのです。
(参考)2019/1/15「マリーの馬」〜詩を書くときの心得

 妹のためにしてあげることのできた賢治は、それこそ鉄砲玉のようにみぞれを取りに病院の外に出て、鉛色の空を見上げるのです。

 なんど読んでも嗚咽が漏れそうになる詩です。


【宮沢賢治記念館】
 宮沢賢治については不勉強で知るところは多くありません。読んだものと言えば今の「永訣の朝」、有名な「雨ニモ負マケズ」、「注文の多い料理店」「セロ弾きのゴーシュ」「よだかの星」「やまなし」「銀河鉄道の夜」くらいなもの。しかも「注文の多い料理店」と「銀河鉄道の夜」以外はすべて教科書で習ったか教えたものです。

 ただ「永訣の朝」と「雨ニモ負マケズ」は一時期そらんじるほど読み込みましたし、「銀河鉄道の夜」は夢中になって読んだ上に(よせばいいのに)クラスの子に読み聞かせなどしてしまい、5時間余りの授業を潰してしまったことがあります(さすがに子どもたちはゲンナリしていました)。
また「やまなし」は今でも最も好きな物語で、情景描写のお手本のように考えています。

「雨ニモ負ケズ」と「やまなし」についてはこのブログでも何回か扱っています。
2007/5/30 水族館にて

2011/4/15 雨ニモ負ケズ 

2017/7/19「あなたのように」〜私はかくありたい

2007/8/22 このごろ巷(ちまた)に流行るもの 

 ただこの程度の知識では「宮沢賢治記念館」を十分楽しむことはできません。

 1982年(昭和57年)に開設され最近大改修されたばかりという記念館は、広い展示室の壁面に詩、童話、教育、農業、科学の5分野に分類した資料がびっしり展示され、中央ではスクリーン映像やさまざまな工夫でイーハトーブの世界を表現しようとしています。

 賢治の傾倒した仏教関係の資料や鉱物の話、農業の話、さらには本人が書いたとされる楽譜など、そもそもそんなものがあることすら知らない私には、新鮮であると同時に酷くガッカリさせられるものでした。もっとしっかり勉強して来れば夢中になって巡ることのできる空間だと思ったからです。
 事実、つい最近ここを訪れた知り合いの元教師は「3時間いてもきっと飽きないよ」とか言っていました(私はもちません)。
 中学生くらいの子に、死ぬほど勉強させて連れて来れば、きっと涙を流して見学するだろう――そんなことも考えながら小一時間、読み易いものを選んで、丁寧に見ながら回りました。

 なかなかいいものです

次は「宮沢賢治童話村」


【宮沢賢治童話村】
 花巻市の観光案内には
 宮沢賢治童話村は、今にもジョバンニや又三郎、山猫がでてきそうな賢治童話の世界で楽しく遊ぶ「楽習」施設。
 童話村は、「銀河ステーション」、「銀河ステーション広場」、「妖精の小径」、「天空の広場」、「山野草園」、そしてメインの「賢治の学校」があり、賢治の学校の中は「ファンタジックホール」、「宇宙」、「天空」、「大地」、「水」の5つのゾーンに分かれています。
 また、ログハウス展示施設「賢治の教室」も見どころ満載です。

とありました。

「賢治の学校」は五つのゾーンに分かれた大きな建物。中は15分程度で回れます。「賢治の教室」は七つのログハウスからなりそれぞれ「動物の教室」「植物の教室」「星の教室」などと名付けられ、宮沢賢治の世界の簡単な学習ができるようになっています。

 わざわざ遠くから来て訊ねるほどの施設ではありませんが、「宮沢賢治記念館」を見学したあとだと非常に気楽に楽しめます。入場料も2館共通券で550円、安いものです。
 私はとても良かった。
 
 詳しく説明するほどのものでもありませんので、付録として「永訣の朝」の下に写真だけ張っておきます。
                       (この稿、続く)


(付録1)

永訣の朝
                 宮沢賢治

けふのうちに
とほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよ
みぞれがふって おもては へんに あかるいのだ
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

うすあかく いっさう 陰惨(いんざん)な 雲から
みぞれは びちょびちょ ふってくる
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

青い蓴菜(じゅんさい)の もやうのついた
これら ふたつの かけた 陶椀に
おまへが たべる あめゆきを とらうとして
わたくしは まがった てっぽうだまのやうに
この くらい みぞれのなかに 飛びだした
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

蒼鉛(そうえん)いろの 暗い雲から
みぞれは びちょびちょ 沈んでくる
ああ とし子
死ぬといふ いまごろになって
わたくしを いっしゃう あかるく するために
こんな さっぱりした 雪のひとわんを
おまへは わたくしに たのんだのだ
ありがたう わたくしの けなげな いもうとよ
わたくしも まっすぐに すすんでいくから
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

はげしい はげしい 熱や あえぎの あひだから
おまへは わたくしに たのんだのだ

銀河や 太陽、気圏(きけん)などと よばれたせかいの
そらから おちた 雪の さいごの ひとわんを……

…ふたきれの みかげせきざいに
みぞれは さびしく たまってゐる

わたくしは そのうへに あぶなくたち
雪と 水との まっしろな 二相系をたもち
すきとほる つめたい雫に みちた
このつややかな 松のえだから
わたくしの やさしい いもうとの
さいごの たべものを もらっていかう

わたしたちが いっしょに そだってきた あひだ
みなれた ちやわんの この 藍のもやうにも
もう けふ おまへは わかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうに けふ おまへは わかれてしまふ

ああ あの とざされた 病室の
くらい びゃうぶや かやの なかに
やさしく あをじろく 燃えてゐる
わたくしの けなげな いもうとよ

この雪は どこを えらばうにも
あんまり どこも まっしろなのだ
あんな おそろしい みだれた そらから
この うつくしい 雪が きたのだ

(うまれで くるたて
  こんどは こたに わりやの ごとばかりで
   くるしまなあよに うまれてくる)

おまへが たべる この ふたわんの ゆきに
わたくしは いま こころから いのる
どうか これが兜率(とそつ)の 天の食(じき)に 変わって
やがては おまへとみんなとに 聖い資糧を もたらすことを
わたくしの すべての さいはひを かけて ねがふ


(付録2)
《入場口「銀河ステーション」》
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《妖精の小径》
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《賢治の学校(外観)》
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《賢治の学校(内部)》
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《賢治の教室(内部)》
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《タクシー乗り場付近》
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2019/9/19

「『芸術の価値の分からない人間』の芸術的価値について」  芸術


 国立西洋美術館に「松方コレクション展」を観に行ってきた
 そこで自分がいかに芸術の分からない人間か痛感してきた
 しかしそんな私でも
 役立っていることがあるに違いない

というお話。
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【国立西洋美術館「松方コレクション展」に滑り込む】
 国立西洋美術館に「開館60周年記念松方コレクション展」を観に行ってきました。
 今週末が最終というギリギリのタイミングです。

 夏休みに息子のアキュラが行ってきて、「けっこうよかったよ」と報告があったのでその気はあったのですが、なかなか機会に恵まれず、今日まで引っ張ってきてしまいました。今回、たまたま娘のシーナからヘルプコールがあったので、そのついでに上野まで足を運ぶことにしたのです。

 ただ、この展覧会、行って少しがっかりするところがありました。展示内容が悪かったというのではありません。以前からうすうす感じていたのですが、私に芸術がわからないということが、今回、本当にあからさまになったような気がしたからです。


【松方コレクション】
 松方コレクションというのは、総理大臣も勤めた松方正義の息子で明治の資産家、神戸の川崎造船所(現・川崎重工業株式会社)を率いた松方幸次郎(1866−1950)が、莫大な資産に任せて集めた、モネやゴーガン、ゴッホからロダン、近代イギリス絵画、中世の板絵、タペストリーにいたる大量の西洋美術品、さらには日本のために買い戻した浮世絵約8000点を含む全1万点以上の収集品のことをいいます。

 この1万点は単純に日本にもたらされたものではなく、多くはフランスで保管されたまま長く海を渡れず、現地で換金されたものもあればフランス政府に接収されたもの、あるいは火災によって消失するものも多数ありました。また運良く日本にたどり着いた作品の中にも、川崎造船の破綻によって売却、散逸したものもすくなくありません(その一部は倉敷の大原美術館にある)。

 しかし戦後、日本政府の熱心な働きかけによってフランスは一部の重要な作品を除く370点を、美術館を建てることを条件に返還します。そしてつくられたのが現在の国立西洋美術館なのです。

 したがって今回の展示作品の中には、西洋美術館の常設展でしょっちゅう観ている作品がかなり多く含まれていました。それもがっかりした点のひとつです。しかしもっと大きな問題は個人の所蔵展にはテーマがない、この人が収集したという以外の何の共通性もない、したがってどう観たらいいのか分からないということです。


【美術館展、収集家展の難しさ】
 これまで私は、最低でも年1回は東京に来て、大きな美術展を鑑賞するようにしてきました。たいていは「ゴッホ展」「ピカソ展」といった個人を扱った展覧会、あるいは5月に新美術館でやっていたような「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」のような強いテーマ性をもった美術展です。「エルミタージュ美術館展」みたいな美術館展や個人の所蔵展はまず行きません。

 個人展の場合は、その画家がどのように育ってきたか、どういう必然性でそうした作風になったのか、同時代の中でどういう位置を占めるのか、そして後代にどんな影響を与えたのか、そうしたことが観点になります。時代を追って観ていくととてもよく分かるのです。

 「ウィーン・モダン 世紀末への道」のような展覧会は、もうこれは主催者が明確な観点を示してグイグイ押してきますからそれに乗っていればいいだけです。

 ところが美術館展や個人の所蔵展だと、どう観たらいいのか分からない。
 今回の松方コレクション展にしても、ルネッサンス以前絵画がポンと1枚出て、その良さを感じ取れなくてはならいない。その横に藤田嗣治があってもルノワールがあっても、それぞれ何かを感じ取れなくてはならない――私の場合、そこがまったくダメなのです。「全体」とか「流れ」とかいった“枠”がないと、作品の良さが分からないのです。


【芸術の価値のわからない人間の価値】
 今回の「松方コレクション」にはフランスが返してくれなかったゴッホの「アルルの寝室」(オルセー美術館)が出展されていました。
 この作品には逸話が残っていて、Wikipediaによると、
 矢代(美術評論家矢代幸雄)の伝えるところによれば、画商ポール・ローザンベールのところで見かけたゴッホの『ファンゴッホの寝室』とルノワールの『アルジェリア風のパリの女たち』の2作は希代の傑作なので、ぜひ購入するよう、矢代は松方に熱心に勧めたという。矢代があまりしつこく勧めるので、松方は買わずに店を出てしまった。「あの傑作の価値がわからないのか」と憤っていた矢代が、しばらくしてから松方の所を訪れると、『ファンゴッホの寝室』『アルジェリア風のパリの女たち』の2作とも買ってあったという。これは、画商に手の内をみせて、絵の値段を吊り上げられないようにという、松方の計算もあったのではないかと言われている。
ということです。つまり八代幸雄は『ファンゴッホの寝室(アルルの寝室)』の価値を一発で見抜いたわけで、美術評論家だから当然とはいえ、そんな鑑識眼を持った人は世の中にゴマンといるわけです。
 しかし私には全く分からない。ゴッホという文脈の中ではかろうじて分かりますが、単独で出されると分からない。だからモナリザも分からない、ミロのビーナスも理解できない。もっと勉強すればいいだけのことでしょうが、もしかしたら本質的な感性の問題かもしれません。

 実は松方コレクションの松方幸次郎も「私には芸術が分からない」と言っていたようです。しかし西洋の一流品を集めて美術館をつくることには高い価値があると信じて買い続けたのです。
 同じように、もしかしたら本当は芸術なんか分からない私のような人間が足しげく通うことで、美術館は生き残り、レベルの高い美術展も繰り返しやってくるのかもしれません。
 それを頼りに、また足を運んでみることにしましょう。



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2019/6/24

「今日はドレミの誕生日」〜ドラミちゃんの話じゃないよ  芸術


 今日は音階「ドレミ」の誕生日
 そこでドレミのウンチクと
 その周辺について語ろう

というお話。
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(ローレンス・アルマ=タデマ 「サッポーとアルカイオス」)

【ドレミの誕生日】
 今日、6月23日は「ドレミの誕生日」だそうです。
「今日は何の日?? カレンダー」によると、
 イタリアの僧侶ギドーがドレミの音階を定める(1024)
とあります。
 
 ドレミについては30年近く前に「どういう意味か」と生徒に聞かれ、それなりに一生懸命調べたのですが手がかりさえ見つかりませんでした。
 書店に行っても図書館を訪ねても、音楽のコーナーは極端に狭く、「ドレミの意味は?」みたいな基本的なのに特殊な質問に、答えてくれる書物に出会えなかったのです。音楽の先生に訊いても、
「そんなの・・・意味あるの?」

 しかしネット時代はあっという間です。「ドレミの意味」で検索すると即座にとんでもない量のページがヒットします。
 私がネットで初めて「ドレミの意味」を調べたのはだいぶ前のことですが、昨年4月にNHKの「チコちゃんに叱られる」で扱われてからはかなり数のページが追加されたみたいで、さらに検索しやすくなっています。
 それらによると、


【ドレミの成り立ち】
 11世紀にいたるまで、西洋音楽は主として耳で覚え、次から次へと伝承するものであって楽譜に書かれることはなかったようです。長年、不便を感じる人も多かったのですが、誰も解決策を見つけることができませんでした。
 ところが1024年、イタリア人の僧侶グイード(ギドー)・ダレッツィオは200年以上歌い継がれてきた「聖ヨハネ賛歌」の中に、素晴らしい秘密を発見するのです。

 それは曲の各小節の最初の音が、今で言う「ドレミファソラ」に一致して一段ずつ高くなっているという事実です。
 その「聖ヨハネ賛歌」の歌詞は以下の通り(別に読めなくてけっこうです)。

Ut queant laxis 
Resonare fibris
Mira gestorum
Famuli tuorum
Solve polluti
Labii reatum
Sancte Johannes

 そこでグイードはそれぞれの小節の最初の音「Ut」「Re」「Mi」「Fa」「So」「La」で音階を表す方法にたどり着くのです。6音しかありませんが、当時は基本的に6音階の中で曲がまとめられていたので7番目の「シ」は必要なかったのです。実際「聖ヨハネ賛歌」の7行目「Sancte Johannes」は「シ」ではなく「ファ」の位置から始まっています。

 「シ」は16世紀になって音楽の幅が広がってから必要に迫られて作成されました。その際「聖ヨハネ賛歌」の7行目の「Sancte Johannes(サンクト・ヨハネ)」の頭文字「Sj」の異体字「Si」をあてて「シ」と発音させるようにしたと言います。
 またイタリア人には発音しにくい「Ut」に替えて、「主」を表す「Dominus」の最初の音「Do」をあてるようにしたともいいます。


【音名ハニホとツェー・デー・エー】
 私たちはまた、階名の「ドレミ」以外に、「ハニホヘトイロ」で表す“音名”についても勉強させられました。「ハ長調」とか「ト短調」とかいうアレです。
 「イロハ」が使われているところから明らかなように日本独自の表現ですが、では諸外国はどうしているのかというとアルファベットで表しているのです。

 高校生のころ、女子にモテたい軽薄な男の子たち(もちろん私を含む)はみんなギターに手を出し、「C(シー)で始めようか?」とか「E(イー)マイナーの曲っていいよね」とか言っていましたが、クラシックの素養があってバイオリンの弾ける子などは「ツェー」だとか「ハー」だとか訳の分からない音名を使って私たちを混乱させていました。しかしこれは彼らの方が正しい。

 日本の「ハニホヘトイロ」にあたる「CDEFGAB」は「ドイツ音名」と呼ばれるようにドイツが発祥の地で、したがってドイツ語で読まれるのが正しく、(たぶん)そちらの方がカッコウ良かった。ドイツ語では「C(ツェー)」「D(デー)」「E(エー)」「F(エフ)」「G(ゲー)」「A(アー)」「H(ハー)」となります。
 そういえば有名なバッハの「G線上のアリア」は「ゲーせんじょうのアリア」と発音するのが正しいようで、NHK・FMなどでそう発音しているのを聞いたことがあります。

 だからこう私たちはこう言うべきでした。
「C(ツェー)で始めようか?」「E(エー)モルの曲っていいよね」
 たぶん知っていてもやらなかったと思いますが。


【ドの音はどの音?】
 そうなると次に出てくる疑問は「なんで階名と音名のふたつが必要なの?」ということになりますが、これは「階名は可変」「音名は不変」で説明します。

 例えば、
「C(日本音名では『ハ』)の音を出してください」
と言われれば世界中の音楽家が一斉に「ハ長調のド」にあたる音を鳴らします(不変)。
 しかし「ドの音を出してください」と言われたら、それぞれが好き勝手な「ド」を出してくるかもしれません。

 たった今「ハ長調のド」と言ったように、「ト短調のド」とか「ヘ長調のド」とかは全部音が違うのです(可変)。つまり「ドの音を出してください」と言われると音楽家は「どの音?」と迷うことになるのです。

 もともとが歌詞の最初の音ですので「ドレミファ」階名は口で歌うのに便利、しかし音名の普遍性も捨てがたい――そこで両方が同時に使われるようになった、ということなのかもしれません。


【さらに深まる謎】
 ここまでくると次に出てくるのは当然、
「子どものころ『シャープもフラットもつかないのはハ長調とイ短調』って教えられてこれが基本だと思うんだけど、どうして基本のハ長調やニ短調の『ドレミ』は『ハ(C)』から始まるの? 『イ(A)』から始まらないのはなぜ?」
という疑問ですが、これについてはさらに話が複雑になるので機会があれば改めて考えたいと思います。

 

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