2020/10/15

「在宅勤務、あの妻(夫)と24時間」〜ノスタル爺の不安と郷愁A  政治・社会・文化


 新型コロナ事態が終わっても、
 可能な限り、仕事はリモートワークでという流れは変わらないだろう。
 しかしそれが向く人、向かない人、そして向きすぎて心配な人もいる。
 ある意味、在宅勤務は家庭にこそ課題がある。

という話。
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(写真:ファトAC)


【ポスト・コロナに残るもの】
 新型コロナ禍という緊急事態で、変えざるを得なかったこと、変えなくてはならないと身にしみてわかったこと、やっと変えることができたこと、さまざまにあります。
 リモートワーク、オンライン会議、印鑑をなくすこと、学校の児童生徒ひとり一台分のコンピュータを用意すること、マイナンバーを作っておくこと、やっぱり感染予防にマスクは役立つという認識、グローバリゼーションの限界、ペーパーレスの推進、キャッシュレスの推進等々。

 そのうちのいくつかは新型コロナ禍が終わるとともに元に戻り、いくつかは戻らない――と書くつもりで数え始めたのですが、こうやってみるとほとんどが元に戻らない、大きく動いて世界は変わる、という気がしてきます。

 もちろんコロナ禍だといっても魚の取り方だの農業の仕方などほとんど影響を受けなかったものもあれば、学校のように長い休業はあったものの、結局リモートワーク(学習)は緊急避難的に行われただけで、校舎や校庭をなくしてしまうほど大胆な変化は起こらない分野もあります。
 一方、富士通が社員の8割を自宅勤務に切り替えてしまったように、コロナを奇貨として大胆な改革をして元に戻さない企業もあります。

 私などは「学校は個人営業主の集合体、だからいくらでも残業や持ち帰り仕事ができる。しかし企業はチーム・ワークが原則だから、基本的には全員で残業をするかしないかの二者択一。持ち帰り仕事はない」などと教えられてきましたが、オンライン会議で段取りをつけてしまえばあとは一人でできる仕事が山ほどある――そういうことに気づいた企業が数多くあったのです。
 そうなると企業倫理として、通勤手当や単身赴任手当、引っ越しの手当てなどはまったく馬鹿らしくなります。
 したがってオンラインによる在宅勤務は、これからもどんどん進んでいくはずです。


【それでも私には向いていない】
 しかしそれでいいのかとも、ノスタル爺は考えます。
 基本的に年配者は見通しのつかない新しいことを嫌います。何十年もかけて身に着けた技能がまったく通用しない世の中を喜ぶ人はいません。したがってそういう自分自身の本能的な怖れも差し引いて考えなくてはならないのですが、20代、30代、40代のころを思いだして私にできるかというと、どうもできそうな気がしてこないのです。

 20代で独身の私には、ある意味でリモートワークは向いていました。新しい人間関係をうまく切り盛りできずいつも苦労していましたから、モニターの中でだけ、人と付き合っていればいい生活は性に合っていたはずです。恐ろしく合います。
 仕事の質にもよりますが、そこでおそらく私は誰よりもよく働きます。8時間とは言わず、10時間でも15時間でも、仕事さえもらえればいくらでも働き続けます。仕事をしている限りは、外に出ずにいられるからです。
 けれど毎日宅配で三食を済ませ一歩も外に出ない生活がいいはずはありません。20代の私にはリモートワークは合いすぎるからダメなのです。

 30代の私はまだしも、40代の私は公私ともにとても充実していました。仕事上の大部分のことに怯えることなく対処できるようになっていました。20代のころの反動みたいに人間が面白く、あちこち駆け回って問題解決にあたっているという感じで、家でじっとしているなんて真っ平でした。どこかに私を必要としてくれる人が絶対いてくれるはずだと単純に思えた時期、リモート・ワークで縛られるなんてまったくかないません。

 50代は若い同僚を見守る時期です。目の隅でなんとなく追って行って、助けたり口出ししたり、相談に乗ってやったりするのが中心の仕事となります。オンラインでそれが可能かどうかわかりませんが、いま突然やるとなったら同僚の小さな信号を見落としそうでほんとうに不安です。
 リモートワークはおそらく私には向いていません。しかしもちろん一般化できることでもありません。

 ところで、ここまでは社会人としてのリモートワークについて考えましたが、家庭人としてはどうでしょう。


【リモート・ワークはむしろ家庭に問題】
 ずっと共稼ぎで家事も半分以上やってきましたから、夫婦共稼ぎのリモートワークでもその点ではうまくやって行けるでしょう。しかし同じ妻(と言うのも変ですが)と24時間一緒にいる生活を延々と続けていけるのか――、それは疑問です。

 もちろん農家を始め個人商店や町工場には24時間夫婦がいくらでもいますから、初めからやっていればどうということはないと思うのですが、今からだとどうでしょう。私の妻などは、
「タンスにゴン! 亭主、元気で留守がいい」
などと20年も前のギャグを平気で口にする人です。その人と生活をすり合わせて、お互いにやっていけるのか――。

 これからはサラリーマンと結婚するにしても、勤務形態を確認してからでないとさまざまに目算が狂う時代なのかもしれません。家を購入するにしても子ども部屋と同時に、夫や妻の仕事部屋も確保しておかなければならない。子どもにも気を遣わせることになります。

 そうした意味で、リモート・ワークはむしろ家庭を整えることの方がよほど大変な問題なのかもしれません。

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2020/10/6

「複合的で個性的な各国のファクターX」〜大統領と日本のファクターXA  政治・社会・文化


 トランプ大統領、病院内でもやはりひとの言うことをきかないらしい。
 ものの考え方の一部がチコちゃんと同じ5歳児で、
 思ったことはすぐに口にし、行動に移さないと気が済まない。
 しかしそれがアメリカで、感染が収まらない理由もそこにあるのだろう。
 もちろんそれだけではない。
 日本も同様で、感染の広がらないファクターXはひとつではないはずだ。

という話。
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(写真:フォトAC)

【軽薄な大統領の周辺の、これまた軽薄な人々】
 昨日の朝はいきなり「トランプ大統領が今、病院から出てきました」でびっくりさせられました。ご存知のように専用車で病院の周辺をぐるっと回っただけのことですが、“ああやっぱりこの人はタダものではない”と思わせるに十分なものでした。そして今朝のニュースだと、早くも退院してくるとか。

 アメリカのメディアの中には「軽率だ」といった指摘もあるようですが、軽率や軽薄はそもそもがアメリカの文化。アナキン・スカイウォーカーも熟慮実行型ならダース・ベーダーにならなかったろうし、スパイダーマンも家族を失うことはありませんでした。そしてコロナウイルスもあんなに広がらなかったはずです。
 国土面積は日本の25倍、人口は2・5倍。それなのに感染者は日本の86・4倍、死亡者は実に131・1倍なのです。

 トランプ大統領がいつ感染したのかという点についてはさまざまに憶測がありますが、今いちばん有力だと考えられているのは、9月26日にホワイトハウスの前庭で開いた連邦最高裁判所の新判事の候補(エイミー・バレット連邦高裁判事)の紹介行事です。テレビでは同じ場面が繰り返し放送されていますが、行事が終わったあと、政府高官や関係者たちはマスクもせずにグータッチをしたりハグしたりお互い至近距離で話したりと、密閉ではないものの密集・密接で、今となればあの時うつしあったに違いないと思わせるに十分な状況でした。
 そのあとも屋内イベントがあったと言いますから、ここでクラスターが発生した可能性は十分に高いと言えます。


【日本人――1m未満は異空間】
 しかしそれにしても、なぜ欧米人はああもくっついたり抱き合ったり、キスしたりし合うのでしょう?
 相手が他人の奥さんであろうが若い娘であろうと、ところかまわず抱き寄せたり頬を合わせたりする――そんな様子を見ると“昭和”な私などは鬱陶しくもあり、羨ましくもあったりします。

 しかも考えると、ハグだのキスだの以前にそもそも対面する相手との距離が決定的に近い、私には耐えがたい至近距離――。

 ちなみに試しに妻を立たせ、正面から向かい合ったらなんと1mの距離でも圧迫感を感じてそれ以上近づけませんでした。背後から近づいてこられたら50pでもゴルゴ13のごとく感知して避けてしまう。つまり家庭内で自然とソーシャルディスタンスが取れているのです。

 これが他人の奥さんだったら、正面で1mは痺れるほど“ヤバイ状況”でしょう。若い娘だったら1mに近づくはるか以前に、向こうの方が走って逃げだすかもしれません。少なくともその前に十分な距離をとってくれるはずです。

 そう言えば日本に限らず、アジアには総じてベタベタとくっつく文化がない。中国人も韓国人も、手をつないだり腕を組んだりして歩くのは若いカップルが中心で、それもかなり少ない気がします。
 良く知りませんが、アフリカで黒人同士が抱き合っているという光景もしっくりしませんから、抱き合う文化はおそらくアフリカにもないのでしょう。

 アラブ諸国は男同士、女同士の近接関係は分かりませんが、男女は厳しく分けられますから接触機会は他の世界の三分の二ほどになるはずです。ただし1日5回もモスクでお祈りをすることを考えると、欧米とは違った意味で人と人の距離は近いのかもしれません。
 実際にイラン・イラクでは10万人当たりの感染者が非常に多く、エジプトやアルジェリアでは極端に少なくなっていますから、宗教よりは中東か北アフリカかといった位置的な要素の方が強いのかもしれません。
 中央アメリカや南アメリカはどうか? まず思い浮かぶのがカーニバルや闘牛祭りなので、近い印象しかないのですが――。


【各国のファクターXは、複合的で個性的(なのかもしれない)】
 昨日は、
「『日本ではなぜ新型コロナによる10万人あたりの死亡者が少ないのか』の答えは、『そもそも10万人あたりの感染者が少ない』からだ」
と書きましたが、そこで次に問題となるのが、
「なぜ日本ではコロナ感染は少ないのか」
です。2月〜3月と同じの設問で、半年かかって元の場所です。

 おそらく要因(ファクターX)は複合的にあるのです。これが単純な理由――例えばBCGだとか特定の薬に対する感受性だとかいったことなら簡単です。もう10カ月近くもつき合ってきたのですから、そろそろ完全な答えが出ていてもおかしくありません。

 いまだに答えが見つからないのは、
1. アフリカやアジア全体に共通する「距離を置いた人間関係」という習慣が日本にはあること。
2. あるいは台湾・ニュージーランド・オーストラリアなどと共通する「陸で外国と繋がっていない国土」の形(したがって水際作戦が取り易い)。
3. 独自の特徴としての100年近い歴史を持つ「マスクの文化」。
4. 政府の指示に主体的に従う能力(これをガバナビリティという)の高さ。
5. 自粛警察も生み出す相互監視・相互批正の傾向。
6. 高温多湿で病原菌の発生しやすい環境にあったため、昔から定着していた手洗いやうがい、清潔を重視する生活習慣。
 それらが複合的に重なって、感染の少ない社会をつくっているのではないかと思うのです。

 もちろん同じく感染者の少ない国でも要素がまったく異なる場合もあります。ファクターXが異なる場合です。
 しかしそれも複合的な、それぞれの国の事情によって達成できているにすぎません。例えば中国には2・3・5・6の条件がありません。しかしそれを補って余りある優秀な感染者追跡システムがある、というふうにです。


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2020/10/5

「心配するな、大統領は還ってくる」〜大統領と日本のファクターX@  政治・社会・文化


 トランプ大統領とその夫人が新型コロナに感染したという。
 超大国の大統領の入院に世界は戦々恐々としているが、
 大丈夫。大統領は還ってくる。
 ただし還ってからは、どうか日本基準に近づいて、
 安心・安全の選挙戦を戦ってほしいものだ。

という話。
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(写真:フォトAC)

【大統領は甦る】
〜ドナルド・トランプも還ってくるに違いない

 先週金曜日にドナルド・トランプ米大統領と夫人が新型コロナに感染したという情報が入り、ざまあ見ろとも思いませんが、ちょっと喉のつかえがとれる感じがしました。
 私のように感染者ゼロみたいな田舎県に住みながら、ちょっとした買い物にもマスクを忘れていないか気を遣い、消毒用アルコールのある店では入店の際に消毒し(お店のため)、店を出るときはまた消毒し(自分のため)といった生活を送っていると、いかに遠い異国の話とは言え、大規模選挙集会でマスクもつけずに大声を出し、ハグやらキスやらをしている姿を見せられるとイライラするのです。
 コロナウイルスを舐めてかかっていた大統領が感染したことで、アメリカ国民、特に共和党員が少し反省して、日本基準に近づいてくれるといいのですか――と思ったりしています。

 もっとも今日までコロナを舐めてコロナに感染した国家指導者もそこそこいました。しかし英国のジョンソン首相は重症になりながらも復活し、ブラジルのボルソナロ大統領は軽症のまま復活してしまいました。(「してしまいました」という言い方もないけど・・・)
 両方とも破格に感染者と死亡者を出している国です。国民は大量に死んで指導者は復活する――割り切れないような気もしますが、これらの国の指導者はそのくらいの魔力がなければ勤まらないのかもしれません。
 そうなるとロナルド・トランプ氏などは絶対に復活してくるわけで、是非とも早い復帰を祈りたいと思います。
(戻ってから白い目で見られるのは怖いですから、おもねっておきます)

 もっともジョンソン首相にしてもボルソナロ大統領にしても、そしておそらくトランプ大統領も、もともと確率としては復活する可能性の方がはるかに高かったと言えます。

 先日、「コロナウイルスは不公平だ、若者が走り回って感染を広げ、年寄りばかりが死んでいる」といったことを書きました。
2020/10/1「ダンスを踊る人、ハンマーで叩かれる人」〜それぞれのコロナA

 そこで紹介した死亡率は70代で7・5%、80代以上では17・4%です。裏を返せば70代の92・5%、80代は82.6%が新型コロナで死なないのです。80代など普通の風邪でも亡くなる時は亡くなってしまうのに。

 ジョンソン首相は56歳、ボルソナロ大統領は65歳ですからそう簡単には死なない。トランプ大統領は77歳でそれよりは危険ですが、9割がた元気で戻ってくるものと考えて差し支えないでしょう。それでも、
「コロナを克服した強い男だ」
などといってほしくはありません。回復するのが普通なのです。


【ファクターX:日本人の10万人あたりの死亡者はなぜ少ないのか】
「日本人の10万人あたりの死亡者はなぜ少ないのか」という設問があります。 その要因を中山伸弥先生が「ファクターX」と呼んでいます。

 ほんとうに日本ではコロナ死は少ないのかというと、グラフにすれば一目瞭然、10万人あたりの死亡者は1・26人ですから国際的にはかなり少ないことが分かります。
 それにもかかわらず数値だけを見て、「日本は新型コロナ防疫失敗国だ。韓国(0・81)や中国(0・33)、台湾(0.03)などアジア諸国は軒並み低い」という人もいたりしますが、世界的に見れば日本と韓国の差はほとんど誤差の範囲くらいで無視できるものです。
 日本・韓国・台湾・ベトナム・シンガポール、アフリカに行ってアルジェリア・エチオピア、オセアニアではニュージーランド・オーストラリアなどは、極めてコロナ死の少ない国と言ってかまわないでしょう。
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(グラフの左端が日本)

 ところで「日本人の10万人あたりの死亡者はなぜ少ないのか」は、2〜3月ごろは「なぜ日本人は新型コロナに感染しないのか」というものでした。中国やヨーロッパ、アメリカ、そしてお隣の韓国で感染爆発が起こっているというのに、日本ではほとんど感染者が出なかったからです。
 ところが3月末からの第一波があり、「日本人ではPCR検査が極端に抑えられているから感染者数が少ないのだ」という話もあって、以来、「(感染しにくいのではなく)感染しても死なないのだ」という方向に変わってきました。感染者数はかなり隠されていると皆が思っていたのです。

 しかし状況はずいぶん変わってきています。今でも日本の感染者数は不当に低く抑えられたままなのでしょうか?


【ファクターXのしっぽを捕まえた】
 そうではありません。日本の検査体制は以前に比べるとはるかに充実してきました。
 東京の感染者数が毎日100だの200だのというと焦りますが、検査体制の拡充のために3月時点では掘り出せなかったものまでが数えられるようになったのは間違いありません。以前とは異なり、おそらく無症状も含めて、ほとんどの感染者が補足されるようになってきたのでしょう。というのは感染者に対する死亡者の割合が、このところ1・9で落ち着いているからです。

 死亡率が一番高かったのは6月6日ごろの5・4で、なぜ高かったのかというと検査数が不十分で分母(感染者数)が不当に低かったからです。別に大勢が亡くなっていたからではありません。
 そののち検査数が大幅に増え、特に無症状の感染者がどんどん拾われるにしたがって感染者数は増加し、数字上の死亡率は減ってきたのです。

 この1・9という数字はかなり信頼できるものだと私は思っています。
 新型コロナに関しておそらく一番正確な数値を持っているのは韓国で、個人情報の徹底的な収集とPCR検査の実施で、ほぼ完全に割り出した感染者数に対する死亡者の割合が1・7です。
 また、完全な閉鎖空間で細大漏らさず調査することのできたダイヤモンド・プリンセスでの死亡率が1・8でしたから、乗客に高齢者が多かったことを考慮すると韓国の1・7が正確だという私の想像はかなり的を得たものでしょう。
 その韓国の1・7にかなり近い1・9を出している現在の日本は、いまや感染者の大多数を補足できるようになた国だと考えられます。

 で私は何を言いたいのか?
 簡単なことです。
「『日本ではなぜ新型コロナによる10万人あたりの死亡者が少ないのか』の答えは、『そもそも10万人あたりの感染者が少ない』からだ」
ということです。
 感染者数がほぼ正確に補足できるようになったところで、改めて10万人あたりの感染者数を比べてみると、やはり日本はかなり少ない。
 こんなふうです。
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(この稿、続く)
 
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2020/10/2

「東京は差別されている」〜それぞれのコロナB  政治・社会・文化


 新型コロナ感染に関して、すでに国内の分断が始まっているのかもしれない。
 東京をはじめとする都会は、いつまでたっても感染者をゼロにできないのに、
 いたって呑気に見えるからだ。
 そのことに田舎びとは苛立っている。
 しかし都会と田舎、それぞれに理由があるのだ。

という話。
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(川瀬巴水「東京二十景 平河門」)

【第一波を振り返る】
 昨日、田舎の田舎に住んでいる年金生活者にとっては、緊急事態宣言ですらどうということはなかったという話をしました。
 しかしあの時期の、東京に住んでいる人たちの緊張は尋常ではなかったでしょう。新宿や渋谷駅の周辺が、怪獣映画でしか見たことのないような閑散とした状況で、浅草の仲見世通りなどはほとんどCGでした。
 たくさんの人たちが遊びに出かけるのではないかと心配されたゴールデン・ウィーク、人々は観光地どころか職場にすら行かなかったのですから。
 しかし都会は緊張しきっていた時期、田舎はそれほどでもなかった、こうした風景の違いは人々の意識も変えて行ったに違いありません。

 全国的にはまだ感染者ゼロの県がいくつもあった4月中旬、首都圏や阪神では毎日大変な数の感染者が炙り出され、死亡者数もうなぎ昇りに昇って人々を震え上がらせました――と書いて確認すると、ちょっとした意識の混乱が起きます。
 というのは第一波おける東京都の感染者数は、せいぜいが150〜200人なのです。最高到達点は4月17日の201人でした。

 しかし昨日(10月1日)の東京都の感染者数は235人、それを私たちは「ちょっと多かったかなあ」くらいの気持ちで見られるのです。4月の201人に怯えていた私たちは何だったのでしょう。

 もっとも死者数についてみると第一波の際の最高到達点は5月2日の15人。全国的に見てもこの日がピークで36人の方が亡くなっています。第二波のピークは今のところ東京で9月8日と9月28日の6人、全国的には8月28日の20人です。当時の現在進行形で言えば36人が翌日40人にもなるようにも感じられたはずですから、怯えるに十分な数字だったとも言えます。

 しかしいずれにしろ、コロナに対する恐れは田舎と都会とではだいぶ違ったものになっていきました。


【東京人の東京コロナ
 東京に住む娘のシーナの話によると、緊急事態宣言の自粛のあいだ、確かに東京都民は怯えて家から一歩も出ないような生活を続けていました。しかし実感としてのコロナ感染はまったくやって来なかったようなのです。

 シーナの夫の勤める学校でも児童・保護者、あるいは同居する祖父母たちが感染したといった情報はまったく出てこず、シーナが保育園に子どもを迎えに行ったついでに保育士さんや保護者の話を聞いても、感染の噂はまったくないのです。不安ばかりが大きくて実態はまるで見えてこない――そんな状況のままやがて緊急事態宣言は解除されてしまいます。まるで拍子抜けみたいな感じだったようです。

 それはそうでしょう。
 東京における第一波のピーク――4月1日を挟んだ前後合わせて一週間の感染者数は1026人。ただしこれを東京都の人口で割って10万人あたりで出すとわずか7・48人なのです。割合にすると0・0078%。これでは噂として聞くことも難しいのは当たり前です。
 ちなみに昨日(10月1日)までの直近1週間の、東京都の感染者数はそれより多くて9・65人。割合にして0・0096%です。東京都民が実感としてコロナを感じるのはやはり難しいままです。

 3月ごろのニューヨークのように大型冷凍車が病院に横付けされて次々と遺体が運び出されるとか、インドの町はずれの広場にいくつもの穴が掘られて遺体の到着を待っているといった風景でもあれば別ですが、目に見えなかったり耳に聞こえてこなかったりする危機は、実感として捉えるのは難しいのです。
 ただし同じ東京の状況を、田舎から見るとずいぶん雰囲気は違ってきます。


【田舎びとにとっての東京コロナ】〜東京は差別されている
 さきほど「昨日(10月1日)東京都の感染者数235人」と書きましたが、今日まで9カ月余りの全部の感染者が235人よりも少ない自治体が、日本全国に15もあります(山口・山梨・新潟・大分・岡山・徳島・島根・高知・愛媛・香川・山形・秋田・青森・鳥取・岩手)。
 中でも岩手県は現在に至るまでわずか23人ですから、岩手の9か月分のさらに10倍が、昨日の東京では1日でドサッと降っている計算になるわけです。人口が110倍以上といったことは問題になりません。

 感染者数の中央値は鹿児島県の417人、そう考えると東京都の1日235人がいかに巨大な数字か分かろうというものです。
 それが地方人の持つ東京都のイメージなのです。

 家族が東京へ行って来ると介護サービスが一斉に止まる、教職・介護職・医療の関係者の家族が東京に行ったり東京から帰省した場合、本人は2週間の出勤停止といった極端な対応は、そこから生まれます。
 田舎の人間は都会の人たちがいつまでたっても感染者をゼロにできないことに苛立っています。田舎でせっかくゼロにしても、都会がゼロにできないからまたいつの間にか繁殖して、田舎が侵されてしまうからです。

 あちこちの自治体のホームページを見ていると、東京に関してのこんな記述に出会ったりします。
 特別の注意を払わなければならない段階に入っていると考えられ、東京都へお出かけの際には最大限警戒して、自分の健康状態はもとより利用する施設の感染防止対策を確認し、その必要性を判断し、 「三つの密(密閉、密集、密接)」を避ける、人と人との 感染防止距離(概ね2m)を取る、距離が取れない場合の マスクの着用や 手洗いなど、他の地域へ行く時よりもさらに 感染予防に万全の注意を払っていただきますよう強くお願いします。
例えば、お知り合い等との会食であっても飛沫感染した例も多発しており、特定の地域へ行かなければよい、ということでは十分な対策とは言えないことにご留意ください。
(2020.10.01更新)
 これではとてもではありませんが気楽に「東京へ行ってきた」などとは言えません。家族を帰省させるのも困難でしょう(観光客には来てもらいたいけど)。

 同じ県のホームページの別のページには、
 新型コロナウイルスに関する誹謗中傷、不当な差別的言動はやめましょう(条例でも禁止しています)
とありますから、事態はさらに厄介です。


【みんな迷っている】
 「安心と安全は違う」とはよく言われることです。
 東京都民に会うとして、その人が感染者である確率は0・0096%。仮に感染者であったとしても他人にうつす確率はその5分の1以下――だからむやみに恐れる必要はない、それが科学的判断で、そこから導き出せるのが「安全」です。しかし必ずしも「安心」に繋がるものではありません。
 県民の「安全」を守るとともに「安心」を得るには、東京をはじめとする“危険地帯”との往来を遮断するしかない、そういう思いが上のホームページのような記述になるのでしょう。
 しかし東京には行くなと言いながら「GoToトラベルでも本県には来ないで下さい」とはとてもではありませんが言えません。そこに迷いがあります。

 私も、迷っています。
 東京都が感染状況を4段階あるうち厳しい方から二番目の「感染の再拡大に警戒が必要であると思われる」に設定しているとはいえ、娘の家に行って帰ってくるだけのことにどれほどの感染リスクがあるのでしょう。おそらく限りなくゼロに近い。

 しかし万が一のさらに万が一、つまり1憶分の1の確率であっても、私から母を通してデイサービスへ、妻を通して学校へ、感染を広げるようなことになったら世間に顔向けできません。
 一方、5歳の孫のハーヴはまだしも、1歳になったばかりのイーツなどは、半年会わなかったら別の生き物になっています。
 ハイハイの時期を見逃してしまいました。初めてのパチパチ(手を合わせて叩く)も見ていません。
 返す返すも厄介で寂しい話です。

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2020/10/1

「ダンスを踊る人、ハンマーで叩かれる人」〜それぞれのコロナA  政治・社会・文化


 病気は誰にも同じように訪れる――わけではない。
 新型コロナウイルス感染は実に不平等だ。
 一方にダンスを踊る人がありながら、
 他方にハンマーで叩かれっぱなしの人がいる。

という話。
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(ヘンリク・シェミラツキ「剣舞」)

【不公平なウイルス】
 新型コロナというのはどこまで不公平なウイルスなのかと、イラつくことがあります。
 
 第一に、このウイルスで重症化したり死んだりするのは、基本的に老人か基礎疾患のある人だけ、という点です。昨日までの死者1574名中(私の数え方に間違いがければ)30代の死者は6名、20代に至っては2名しかいません。10代はゼロです。

 感染者自体は20代30代が圧倒的多く、70代以上は12%程度しかいないのに、亡くなった人は全死亡者の8割にも及ぶのです。致死率(感染者の中で亡くなった人の割合)は70代で7・5%、80代以上では17・4%もあります。元気な若者が無症状のままあちこち走り回って老人が死ぬという構図です。

 第二に、新型コロナによる社会的被害が、業種によってひどく異なるという点です。
 いうまでもなく飲食・観光業などのサービス業は被害が大きく、農業や製造業は比較的緩やか。逆に通販や運送関係では収益を上げているところもあります。
 規模が小さいのでニュースの扱いも小さいのですが、昨日も話した通り、芸能や芸術関係には壊滅的な被害を受けている人たちもいます。

 第三に、感染者の多い都会と田舎の差も見過ごせません。
 私は田舎の田舎、田園地帯に住んでいる年金生活者ですので、緊急事態宣言が出ようが出まいが日常生活に何の支障もありませんでした。日中ひと仕事しようと外に出ても、畑では密になる相手がいないのです。また、一緒に暮らす子どもがいないと買い物すら、週にいっぺんも行かなかったりします。外食もしません。
 
 しかし都会ではそうはいかないでしょう。とりあえず外に出れば人がいる。畑などという贅沢なものを持っている人は少ないでしょうから、年金生活者が行くとしたら碁会所か雀荘、カラオケ、フィットネスジム、飲み屋・・・どこに行っても人から逃れることができません。

 そう考えるとまだ60代で、無職で、田舎暮らしの私なんかまったく気楽という気もするのですが、それでも難しい事情がないわけではありません。なぜなら私は93歳の母と半同居していて、妻が現職の教員だからです。


【ダンスを踊る人、ハンマーで叩かれる人】
 しばらく前のニュースで見たのですが、東北地方で一人暮らしをさせている高齢の親を心配して、東京から娘が様子を見に来たところ、とんでもないことが起こったという話がありました。娘が来た瞬間からいっさいの介護サービスが停止してしまったのです。訪問介護もなければデイサービスにも行けない、買い物等の支援にも来てもらえない――ほんの二日ほどのつもりで帰省した娘はほんとうに困ってしまいました。

 何が起こったのかというと、それが介護サービスにおけるコロナ対策なのです。
 新型コロナ危険地帯の東京から娘が来た以上、感染していないことが証明されるまでの2週間、介護関係者は一切近づけないということがきまっていたのです。もちろん説明はプリント等で出されていたはずですが、東京に住む娘の知る由もありません。

 同じことが私にも言えます。例えば私自身が東京へ行った場合はもちろん、妻が一人で行ってきても、あるいは娘の家族が帰省しても、私が実家にひとたび足を運んだ時点で、母はデイサービスに2週間の出入り禁止になってしまうのです。週に2回の運動の時間ですが、筋肉の衰えた母には重い2週間です。そんな目にあわせるわけにはいきません。

 妻が教員だということも問題です。
 介護サービスと同じように本人はもちろん、家族が危険地帯に行ってきたりsると、妻は2週間の出勤停止となってしまいます。担任が2週間も休むなど、本人の緊急入院とか逮捕とかでない限りありえないことです。したがって家族は、誰も都会と一部地域に、行き来することができないのです。

 おそらく介護職はもちろん、医療関係者の家庭も同じ状況にあるのでしょう。
 一方で「Go To トラベル」「GoToイート」と(小池都知事の表現を借りれば)ダンスを踊るように誘導されている人がいるのに、他方でずっとハンマーでたたかれ続ける人たちもいるのです。叩かれる人々の多くは、まさに新型コロナ事態で最も苦労されている人たち(医療関係者)なのです。

 私たちは、いつまでこの状況に耐えなくてはいけないのでしょう?

(この稿、続く)



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2020/9/16

「ドコモ、かしこも、詐欺メール」〜ドコモ口座と詐欺メールに関する考察  政治・社会・文化


 ドコモ口座事件では、ドコモ携帯もドコモ口座も持たない人でも、
 知らないうちに被害に遭っているという。
 それで震え上がった。
 それにしても、たぶん詐欺らしいというメール、
 私のところにもよく来る。

という話。
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(写真:フォトAC

【ドコモ口座詐欺がやってきた】
 先週の木曜日、普段はLINEのやりとりをしている娘のシーナから珍しく電話がかかってきて、何かと思ったらドコモ口座の件で、
「みんな勘違いしてるんだけど、ドコモ口座事件って、ドコモの携帯を持っていないくても、ドコモ口座を持っていなくてもお金抜き取られる事件だからね、必ず銀行口座を確認して。今すぐ」
という話でした。

 すぐに確認して「大丈夫だった」と伝えると、今度はLINEに資料が何枚も送られてきて、それで事情は分かったのですが仕組みが分からない。
 仕組みなんかわからなくても実際にドコモと契約せずドコモ口座も持っていないのに被害に遭った人がいるのですから警戒するに越したことはありませんが、それにしても口座を確認することくらいしかできないのは気味が悪いし、ネット上で多くの人々が理解できる“仕組み”を私だけがわからないのは腹立たしい――。

 そこで二日間、あちこち検索しながら一生懸命考えたのですがどうしてもわからない。特に銀行のIDもパスワードも分からないままネット上の口座に紐づけできるというところがわからない。
 あれ? ネットでは「4ケタの暗証番号なんて1万通りしかないからすぐに解ける」とか言ってたけど、インターネットバンキングで4ケタの暗証番号を使うことって、あったっけ?
といった調子です。
*追記:今朝(2020.09.16)のニュースに「4ケタの暗証番号を迷わず入力していたところから、犯人は番号を知っていたのではないか」というのがありました。

 結局分からずじまいで今日まで来たのですが、最近、「今年の春にフィッシング詐欺のサイトが相当たくさん立ち上がっていて、そこでIDや暗証番号を盗んだ可能性がある」といった記事が出てきました。それだと分かります。
 要するに情報をごっそり持って行ったわけです。
 ただ、IDやパスワードを盗んで口座にアクセスできるようにはなったはいいが、金の移動が難しい。まさか自分の銀行口座に送金させるわけにもいかないし、プロの詐欺師のように足のつかない銀行口座を持っているわけでもない、そこでドコモ口座を利用した、ドコモ口座だとフリーアドレスと名前だけ開設ができるから、というわけです。
 それが今のところ私が理解できる唯一の“仕組み”ですが、これが間違っていて正しい答えをお持ちの方がおられたら、ぜひお教えください。正直言って、まだピンときていないのです。


【詐欺メールの怪しい顔つき】
 オンラインの世界では、いつだって詐欺に引っかかる可能性があります。私のところにも、怪しいメールが一通も来ない日がありません。

 例えばこんなのはどうでしょう。
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 一行目の「毎回必ずロト6で3等以上を当選する」、これだけで詐欺と分かります。普通、そんなおいしい話があったら他の人には教えないでしょう? バカな話だなあと嘲笑いながら次の行に進んだら、コケました。
「つふへおひけを」
――って何なんだ?

 詐欺と思われるメール(以下、「たぶん詐欺メール」と呼びます)にはこうした文字化けらしい言葉がときどき入ります。
 次の文もそうです。
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「きよむつおへえとら」・・・?
 何のおまじないでしょう?

 文字化けが変なところに入るものもあります。
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「マイストア?」「タイムセール?」と訊かれても、私には答えようがありません。

 文全体が普通は使わない字体で送られてくることもあります。
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 見るからに怪しいメールですが、怪しいのは見かけだけで内容や文章に不備はないように思われます。でも「たぶん詐欺メール」でしょう。


【文章がおかしい】
 こちらはどうでしょう?
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 私がまず引っかかるのは、
「あるいは正しくないです」
です。
 文法的にうまく説明できるかどうかは分からないのですが、普通、ここは「あるいは正しくないものでした」もしくは「あるいは正しくありませんでした」でしょう。もっとも「正しくないです」のあとが句点ではなく読点あるというだけでもアウトです。Appleほどの企業がこんなミスを犯すはずがありません。

 さらに読み進んで、
「なぜこのメールを受け取ったのだろうか?」
まで行くと、大真面目で文章を読み込んだ自分がアホに思えます。この言い方はどこかの国では一般的なものでしょうが、日本では使いません。

 表現がおかしいと言えば、次のようなものもありました。
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「オマエは昭和か?」
と言いたくなるような文です。令和のいまは、「御座います」「宜しく」「致します」も全部ひらがなです。昭和ドップリの私だって使いません。


【名前を呼べよ!】
 次の3枚の画像の黒塗りの部分はすべて私のメールアドレスです。
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 アドレスが詐欺犯の手元にあることを恐れる必要はありません。いろいろな理由でアドレスは世間に出回っているものです。そしてEメールを盛んに利用するような人は、楽天やアマゾンにアカウントを持っている可能性が非常に高い――そこで当てずっぽうに寄こしているだけなのです。

 ちなみに私も楽天やアマゾンにアカウントを持っていますが、正規のメールの一行目は必ず私の本名です。メールアドレスや「Amazonお客様」のような変な言い方で呼びかけられたことは一度もありません。
「たぶん詐欺メール」の送り主は、私の名前を知らないのです。


【それでも引っかかりそうになる】
 日ごろは怪しいメールには触れず、ときどき面白がって「たぶん詐欺メール」の文章をいじってあそんでいる私ですが、それでも引っかかりそうになることがあります。例えばつぎのようなメールが届いたときです。
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 よくできたメールです。しかし私が引っかかりそうになったのはメールのできがよかったからではありません。
 ボクシングに例えれば、まず「Apple MacBook Pro」でフックを受け、「176,280円」でアッパーカットを食らってフラフラにさせられてしまったのです。

 私のコンピュータは誰でも触れますし、時には妻が自分のコンピュータから私のアカウントで買い物をしたりすることもあります。ですから家族の誰かが勝手に注文して私に伝え忘れているという可能性がないわけでもありません。

 しかし後で返してくれるにしても18万円近い買い物を黙ってするとか、MacBookという私も考えたことのない高級品を何の相談もなく買おうとしているとか――、私は一瞬気が遠くなりかけて、それから腹を立て、頭にきて、そして注文の詳細を調べようと「注文履歴」をクリックしそうになって・・・、
 思いとどまりました。

「東京都調布市小島町」という何の縁もゆかりもない住所と、聞いたこともないマンション名に気づいたからです。私の家族がそんな場所にコンピュータを送るはずがありません。

 もちろん「注文履歴」を押したところですぐに詐欺被害にあうということもないと思いますが、クワバラ、クワバラ・・・。

 怒りは正常な判断を狂わせるものです。やはり落ち着いて生活をしなくてはなりませんね。

 基本はどんな場合にも、メールに貼られたリンクからはサイトに行ってはいけないということです。確認したいことがあったら別に改めてブラウザを立ち上げて、自ら確実な方法でサイトにアクセスするようにすればいいだけのことです。

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