2022/4/11

「令和がどんな時代になるのか見えてきた」〜平成の終わりから、世界のあり方が変わってきて  政治・社会・文化


 日本の元号が変わると、もしかしたら世界全体も変わってしまうのかもしれない。
 その予兆は改元の数年前から現れている、
 明治も、大正も、昭和・平成もそうだったように。
 そして令和は新型コロナとウクライナ侵略が象徴することになるに違いない。

という話。
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(写真:フォトAC)

【改元は世界を動かすのかもしれない】
 元号というのは現在では日本独自の文化で、日本国内にとっては意味あるものの、世界的に見ればそれが変わったからと言って何かが変化するわけではなく、世界時計は元号とかかわりなく動き続けます――そのはずです。
 しかし、おそらく偶然なのでしょうが、歴史年表の字面を見ていると、何となく改元が世界史に影響を与えているのではないかと思えてくることがあります。

 例えば、日本で江戸幕府滅亡という大転換が起こった年(1867年)、ドイツではカール・マルクスが「資本論」の第一巻を刊行しています。日本の大変革と、のちに世界に大変革を起こす書物の出版が同じ年なのです。

 その1867年に始まった明治という時代は、一面で日本にとってとても分かりやすい時代でした。国家目標が実に明快、「欧米に追い付け、追い越せ」ただそれだけ。しかも「追いついく」の意味は具体的に見えていました。不平等条約の改正、これ一本です。
 日米修好通商条約は日本が「遅れた国」と認定されたから不平等になったわけで、欧米に追い付けば当然改正されるべきものです。それが1911年(明治44)に達成されると、明治天皇はまるで「明治はもう終わってもいい」と思い定めたように崩御され、大正時代に移ります。

 次の15年間は「自由と民主主義の時代」でした。
 大正とともに第一次護憲運動(大正2)が始まり、普通選挙法(大正14)の成立とともに終わったのです。もしかしたら高天原で歴史の脚本を書いている神々が実在するのではないかと疑いたくなるくらいです。
 普通選挙法の成立した大正14年は、悪名高き治安維持法のできた年でもありました。始まる前から。昭和の匂いも漂っていました。

 大正天皇は15年(1926年)の12月25日に崩御され、その日から新元号が始まりましたから昭和元年はわずか7日間だけです(ちなみに最後の年である昭和64年もちょうど一週間だけでした)。昭和は実質的に2年から始まったようなものですが、その年に金融恐慌が起こり、暗黒の昭和史前期三分の一が始まったのです。
 ついでに言えば昭和2年はリンドバーグが大西洋を横断した年で、アメリカが第一次世界大戦の戦後バブルの最高点に達した年でもあります。世界恐慌の1929年(昭和4)は目前です。

 昭和20年の敗戦を経て、日本は再び「欧米に追い付け追い越せ」を始め、昭和60年を過ぎてついに世界の頂点に立ちます。バブル経済です。昭和天皇も時代の目標を達したと見越したかのように64年に亡くなり、平成が始まります。そして平成の2年目にバブル崩壊が始まり、時代の色合いがはっきりと見えてきます。「失われた10年(20年)」と言われる長い不況への突入です。
 ちなみに平成元年は西暦で1989年。ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終わった年です。世界史も大きな変化を遂げ始めたのです。ソビエト連邦の崩壊は1991年、平成3年のことでした。


【令和はどんな時代になると予告されたか】
 令和の始まりはそれまでの改元と異なり、平成天皇の退位に伴い、予め予告されたものでした。日本もようやく長期不況から脱却して、改めに落ち着いた歩みを始めていました。
 しかしそれで平和が訪れたわけではありません。私は令和の始まる前年(平成30年)の最後のブログで、こんなふうに書きました。

 つい数年前まで、世界は緩やかな安定に向かい、私の子や孫や教え子たちの生きる21世紀中後半は、派手さも華やかさもないものの、落ち着いた静かな、平和に満ちた時代になるだろうと安心しきっていたのです。
 それがロシアのクリミア侵攻や中国の南シナ海進出によって、まるで19世紀のような領土・領海獲得競争が始まり、トランプ大統領の出現によってアメリカまでもが野心満々の独裁国家の様相を呈してきたのです。
 中東情勢は泥沼で、EUは崩壊に向かい始めます。

 ただしアジアに限って言えば悪くない話もあって、東アジアの喉にひかかったトゲである北朝鮮はそろそろじり貧で、2018年度中には金王朝も滅び、多少の混乱はあるものの全体としては、世界がアジア中心の時代に入ると思われたのです。
 まさかドナルド・トランプが中途半端に金正恩と手を結び、王朝の延命に手を貸すとは思いもよりませんでした。
 韓国に文在寅政権が生まれてそうとう北寄りになるだろうとは思ったもののここまですり寄ることは考えもせず、今や私は韓国が本気で「中ロを後ろ盾とした、金正恩の統べる統一核保有国」を目指しているのではないかと疑い始めています。
 米韓関係、日韓関係がここまで悪くなるとは全く想像していなかったのです。

 ヨーロッパではメルケルもマクロンもメイも、自国に山積する問題で手いっぱいで、世界に関与する余裕など微塵もありません。
 米中貿易戦争は地球全体に重苦しい網をかけています。
(中略)
 もちろん年号が変わると同時に一気に何もかも変わるというのではなく、その2〜3年前から予兆があり、新時代になっても2〜3年の間は旧時代を引きずる面があります。昭和の匂いのする治安維持法が大正時代につくられ、バブル経済が昭和と平成をまたいだように、新時代の訪れる前にその香りは漂ってくるのです。

 つまり、今起こっていること――大国が領土的野心をむき出しにしてお互いに争い、EUやTPPのように統合を目指したものが音を立てて崩れ、逆に一緒になってはならない者たちが集まり始める、それが来年から始まる“新時代”の基本的潮流なのかもしれないのです。
 皆様、心して子を育てましょう。

2018/12/26「今年の振り返り、来年への怖れ」〜二学期ご苦労様でした

 さらに遡って前年の2017年12月の最後の記載はこんなふうでした。
 今回は初のケースですが「平成」が31年で終了することが決まっています。つまり今年は「平成最後の3年間」の始まりの年だということになります。
 今年から再来年にかけてのできごとは、平成を終了するものと同時に新時代の方向性を示すものなのかもしれません。

 そう考えると、例えば先ごろ決定したイージス・アショアの導入――。設置完了まで5年ほどかかるそうですが何か嫌な感じはしません?
 もっとも第2回東京オリンピックは新しい年号の2年目ですから、新時代は平和で調和の取れた明るい時代になるという可能性もないわけではありません。

2017/12/22「ご苦労様でした」〜終業式、2017年のまとめと”時代の終わり”が始まる予感

 やはり1年遡ると予測の精度は落ちるものです。ご承知の通りイージス・アショアの導入は見送られ、平成2年の7月に東京オリンピックは行われませんでした。もっとも東京オリンピックが遅れて開催されたように、高級な迎撃ミサイルの導入はこれから改めてのことなのかもしれませんが。


【まとめ:令和はこうなる】
 さて、令和の行く末を占う平成の最後の数年と令和の最初の数年が過ぎました。この6〜7年の世界のあり方が令和時代のあり方そのものだと考えると、令和はグローバリズムが終わって世界がさまざまに分断され、大国が欲望をむき出しにして争う時代だということになります。
 コロナ禍の2年を通して、私たちは国と国とが縮こまった形で生きていくことに慣れてしまいました。多少のリスクはあっても可能性を信じ果敢に外国に入り込んでいく時代は終わって、それでも何とかやっていけると思い始めています。
 多くの企業がロシアから手を引いたように、これから新型コロナの猛威に曝される中国からも、企業や人が一斉に引き上げてくるといったこともあり得ないわけではありません。北朝鮮もそろそろ焦れてくる時期です。バカでかい北朝鮮のようになってしまうロシアは、これからの時代をどう生きていくのでしょう。
 そして私は、今や自分の子や孫のことを本気で心配し始めています。世界や日本のことを考えるより自分の家族――これもひとつの変化です。
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2022/4/7

「『他人事ではない』ということの意味」〜戦争は始まったらおしまいだA  政治・社会・文化


 日本の西には核兵器をもった権威主義の国が三つもある。
 分かっていたことだが改めて見ると慄然とさせられる。
 それがロシアのウクライナ侵略がもたらした新たな視点だ。
 これからの私たちは、何を考えて生きて行ったらいいのか。

という話。
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(写真:NHK+)

【東アジアの構図が違って見える】
 今週月曜日のニュースウォッチ9で、「日本をめぐる安全保障環境、大変厳しい状況に置かれていますよね」といって紹介されたのが上の画面です。

「ウクライナへの侵略を続ける中、今月も北方領土で軍事演習を行ったロシア。ミサイル発射を繰り返し、核・ミサイル開発を加速させる北朝鮮。そして軍事力を高め、海洋進出を強める中国。このように日本の周辺にはさまざまな脅威があり、今、見直しが迫られています」

 そんなことは十分わかっていましたが、ロシアのウクライナ侵略を念頭に改めて見ると、同じ構図がまったく違った意味をもってそこにあることに驚かされます。

 ウクライナの隣にある核保有国はロシアだけですが、日本の隣には三つもあって、そのいずれもが権威主義の国なのです。これまでロシアが北海道に攻めてくるとか、北朝鮮が日本国内のアメリカ軍基地に核ミサイルを撃ち込むとか、あるいは中国が尖閣諸島から与那国島を占拠し、そのまま琉球諸島を駆け上がって九州に迫ってくるとか、そういうことはほとんどありえない小さな可能性だったのですが、突然、現実味を帯びてきたのです。
 もちろん今日明日の話ではありません。しかし5年ないし10年かければ、それらは事実となる可能性があるのです。


【世界も自分も信じられなくなってくる】
 今回のウクライナ侵略に関して世界中がロシア軍の蛮行を非難しているにも関わらず、ロシア国内でのプーチン支持率は80%を越えたと言います。大統領はクリミア併合以前から、「ウクライナはナチス的民族主義者に乗っ取られつつあり、ロシア系はもちろん、ウクライナ人でさえ弾圧され、民族浄化の危機にさらされている」と宣伝してきました、実に巧妙に丁寧に。そして10年同じことを聞かされれば、ひとは信じるようになるのです。

 現在のロシア国民の大きな関心事の一つは、南から戻ってくるカモたちにどう対処するのかだそうです。国営テレビのニュースによれば、カモの体内に欧米の開発した“ロシア人の遺伝子を持つ者だけに感染する病原性ウィルス”が仕込まれている危険性があるからです。
 それを国営放送のニュース番組が真剣に紹介する。マインド・コントロールはこんな荒唐無稽が信じられるほどに進んでいるのです。

 私たちは今回の経験から、権威主義はマスメディアはもちろん、インターネットも遮断して情報を統制できることを知りました。一人ひとりは善良な人々でも、集団として情報操作をされればひとたまりもありません。
 こうした情報操作から自由でいるためには、複数の情報源に当たることが大事だと教えられてきましたが、合衆国の例を見ればそう単純な話ではありません。情報量が多すぎると、今度は私たちは、自分の好みに合う情報だけを選択的に信じるようになるからです。


【「他人事ではない」ということの意味】
 ロシアや北朝鮮・中国だけが危ういというのではなく、この自由な日本でさえも好戦的な国民を半数以上に引き上げることは、そう難しいことではないのかもしれない、10年ないしは20年かければ、それも可能になる、そう考えるとこの国の将来も見えにくくなってきます。「戦争は始まったらおしまいだ」と私は書きましたが、戦争が始まる時点ですべては終わっているのかもしれません。

 今回のロシアによるウクライナ侵略が「平和ボケした日本人の目を覚させる歴史的事件」となるのか、それとも「日本人に無用な猜疑心を植え付け、極端な防衛本能と攻撃性を生み出すもの」になるのか、それすらも分からなくなってきました。

(この稿、続く)
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2022/4/6

「ロシア兵の気持ちも分かる」〜戦争は始まったらおしまいだ@  政治・社会・文化


 ウクライナの首都キーウ周辺で、大勢の民間人の遺体が見つかった。
 拷問され、あるいは焼かれた遺体も少なくないという。
 世界はロシア軍の戦争犯罪を厳しく糾弾している。
 しかし、戦争とはそういうものなのだ。

という話。
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(写真:フォトAC)

【ロシア兵の気持ちも分かる】
 ロシア軍の去ったキーウ近郊の村々に多くの住民の虐殺遺体が残されており、世界の非難を浴びています。これでロシアは半世紀以上も世界ののけ者にされざるを得ないでしょう。
 ウクライナ政府は戦争犯罪に関わった可能性のある1600名もの兵士の名簿を公開したそうですが、これからのロシアは国家としても個人としても、責任を追及され続けることになります。当然の報いと言えばそれまでですが、善良なロシア人も騙されたままのロシア人もいます。その人たちには気の毒な結果でもありましょう。行く末を見て行きます。

 もちろん私はロシアの肩を持ったりロシア兵に同情したりする者ではありませんが、それでいてロシア兵の気持ちも分からないのではないのです。

 歓迎されると聞いていたウクライナに一歩足を踏み入れると住民の大半は抗議の声を上げ、「ファシスト」と罵ったりします。航空機の十分な支援のない中を進む戦車隊はしばしばウクライナ軍の格好の餌食となり、対戦車ミサイルに次々と破壊され、仲間が死んでいきます。
 一日の行軍はいつ殺されるか分からない凄まじいストレス続きで、しかも食料や弾薬・燃料といった基本的物資が不足し、銃後に強力な支援があるとはとても思えない――そんな状況をもう一カ月以上も続けているのです。いやベラルーシとの共同訓練に出発した日から数えると数カ月にも及びます。


【親友が無残に殺されても平気でいられるか】

 私は子どものころから心身軟弱な博愛主義者で、とてもではありませんが戦場で働けるような人間ではないと思っていました。前線に出されて敵と向かい合っても銃など絶対に撃てない。うっかり撃ってこちらの居所がバレ、反撃されるのが怖いから引き金を引くこともできない。おそらく私は戦争に行っても役立たずで、結局なにもできずに帰ってくるだろう――戦争が起こるなどまるで考えられない時代を生きてきましたから、気楽さもあってそんなふうに考えてきたのです。
 ところがある時期から考えを改めました。こんな私でも敵をしっかり憎み、何の躊躇もなく相手を殺せる日が来るかもしれない、そう思い始めたのです。

 戦場で同じ釜の飯を食った仲間が殺されたら、きっと私は敵を殺そうと思うに違いない。つい昨日まで仲の良かった戦友の頭が、スイカのように弾かれるのを見ても、なお博愛主義者でいられるとしたら私は人間ですらない、そんなふうに思うようになったのです。
 たとえ相手が民間人であっても女性であっても、彼らは敵の仲間なのです。さすがに子どもまでは撃てないにしても、怒りと恐怖と興奮に煽られたら動くものはすべて撃ち、情報を取るために拷問し、犯す、そういうこともできるかもしれません。
 兵隊たちは戦場に向かう前に、何十時間も戦場を映した映画を見せられると聞いたことがあります。血しぶきが飛び、肉片がちぎられる風景に慣れさせるためです。私もきっと戦場に向かうころには慣れ切っているはずです。
 そんな兵士に鍛え上げられた私は、復讐心に燃えて限りなく残虐になれるに違いありません。


【戦争は暴れ馬】
 そうした荒れ狂う兵士の心を抑え、民間人の虐殺などの戦争犯罪を防ぐ方法がないわけではありません。軍の統率です。
 軍の犯罪行為が明らかになれば、その後の戦略にも戦後の外交にも重大な支障をきたします。ですからいきり立つ兵士を制御するのは上層部の重大な責務となります。
 今回のロシア軍は統率の面でも最初から問題があり、指示が通らないために将校が前面に出ざるを得ず、そのためにたくさんの将校が戦死したと言われています。
 虐殺の事実が明らかになれば国際政治上のとんでもない大問題となるのは分かっているのに、それでも抑えることができなかったのは、兵士がまったく制御できていなかったことの証なのかもしれません。

 もちろん、だからロシア兵の暴挙もやむを得なかったというのではありません。
 戦争は始まってしまうとほとんど制御できない暴れ馬のようなものです。だから始めてはいけない、そういうものなのです。
(この稿、続く)

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2022/3/28

「戦争に負けるということの意味」〜ウクライナは簡単に白旗を挙げない  政治・社会・文化


 日露戦争でも太平洋戦争でも、
 おそらく日本は敵国の首都まで占領するつもりはなかった。
 しかしナポレオンはモスクワに入り、ヒトラーはパリを陥落させた。
 戦争に勝つということ、負けることの意味が違うのだ。

という話。
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(写真:フォトAC)

【第二のシベリア抑留が始まったのかもしれない】
 先週土曜日(3月25日)の読売新聞に「ロシアに1万5千人の住民が強制連行され、極東送りの情報も…ウクライナ側が非難」という記事がありました。


 それによると、
「ウクライナに侵攻しているロシア軍が、包囲と攻撃を続ける南東部マリウポリの住民を強制連行しているとウクライナ側が非難している。マリウポリ市議会は約1万5000人が連行されたと説明している。最終的に露極東サハリンなどに送られ、ロシアからの出国を2年間禁じられるという」
とのことです。事実としたら由々しきことです。「極東サハリン移送」などと聞くと、私たち日本人は第二次世界大戦後のシベリア抑留を思い出さざるを得ないからです。

 1945年8月、日本がポツダム宣言を受諾して無条件降伏すると、東アジアから東南アジアにかけての占領地域で日本軍の武装解除が行われました。そのとき米軍の下に投降した日本兵のほとんどが、その後内地に移送されたのに対して、旧ソ連軍の下で武装解除された兵と民間人の多くは旧ソ連シベリア地方に送られ、強制労働に従事させられたのです。その数57万5千人と言われています。
 環境や労働は過酷を極め、およそ1割に当たる5万8千人が現地で死亡し、多くは5年以内に帰還できましたが11年もの長きにわたって抑留生活をせざるを得ない人もいたのです。1950年代の中ごろに流行した「岸壁の母」という歌謡曲は、シベリア抑留から帰還するかもしれない息子を舞鶴の港で待ち続けた母親の物語です。

 今日マリウポリから極東に移された人たちはパスポートも没収されたといいます。ここまで街に残った人たちですから陰に陽に都市防衛に尽くした人たちでしょう。極東で何をさせられるのか、いつウクライナに帰れるのか、分かったものではありません。


【ホロドモール〜戦争に負けるということ@】
 ここ数日は状況がずいぶん変わってきましたが、ほんの一週間ほど前まで、キエフの市民を犠牲にしないためウクライナ政府は敗北を認め、一刻も早く講和に持ち込むべきだという考えが橋下元大阪府知事やテリー伊藤氏らによって盛んに提唱されました。しかし私はシベリア抑留に見るように、ロシアに対する敗北は甘いものには思えないのです。太平洋戦争後に日本を占領した合衆国とは違うのです。

 1930年代前半、世界の国々が大恐慌の影響に苦しんでいる中、当時のソビエト連邦は比較的豊かな生活を謳歌していました。その理由が分からずにモスクワまで乗り込んだアメリカ人ジャーナリストは、「だったらウクライナに行け」というアドバイスに従って、1920年前後の独立戦争に負けてソビエト連邦に編入されていたウクライナに入ってみました。するとそこには地獄の風景があったのです。
 ソ連政府はウクライナの富農を追放して農地の国有化を進めるという名目のもと、豊かな穀倉地帯からありとあらゆる穀物と種子を収奪してモスクワに送り込んでいたのです。国内には餓えて苦しむ国民が多数いるというのに、その間ずっとウクライナは世界有数の食糧輸出国だったのです。1932年〜1933年の間に飢餓によって亡くなったウクライナ人は330万人〜数百万人とも言われ、このできごとは「ホロドモール(原意は「飢えと疫病」の合成語)」という名でウクライナ人の記憶に留められています。


【カティンの森事件〜戦争に負けるということA】
 1943年4月、ポーランドに侵入したナチスドイツは「カティンの森」と呼ばれる場所でポーランド将校4443人の埋められた遺体を発見し、これをソビエト連邦の仕業だと発表しました。ソ連政府は激しく反発し、ナチスドイツの自作自演だと主張しましたが、戦後の調査で1940年ごろにソ連軍が起こしたものだと明らかになりました。現在では殺されて埋められたのは将校だけでなく、国境警備隊員、警官、一般官吏、聖職者など全部で2万2千名あまりだと判明しています。ソ連は第二次大戦後のポーランドが二度と歯向かうことがないよう、軍の中枢を根こそぎ潰そうとしたのです。
 現在プーチン大統領がウクライナに要求している「非武装・中立」が、単に武器をもたないというだけのことなのか、それとも武器が使える軍人や警備隊員・警察官までも抹殺してしまうということなのか、武装解除に応じる前にしっかりと考えておかなくてはならないことでしょう。


【国、破れて山河もない〜戦争に負けるということB】
 東ヨーロッパの人々が「敗戦」というと思い浮かべるのはそういう心象なのです。支配されるということ、政府を奪われるということは、数万人〜数百万人、場合によっては数千万人が命を奪われ、あるいは国土を棄てさせられて、世界に散逸するということです。決して日本のように豊かで寛容な民主主義国に占領されて新たに生まれ変わり、豊かな国になりました、という話にはならない。アメリカだって自国の利益優先、やり方が違うだけだという言い方もありますが、少なくともソ連(ロシア)のように粗野で残酷ではないように思います。

 キエフの数十万人の命はもちろん大切ですが、押し返す可能性を棄ててロシア軍を迎え入れても、死傷者がずっと少なくなるという保証はまったくないのです。現代に生きるプーチンは100年近く昔のスターリンよりも寛容で優しいと考える根拠はどこにもありません。
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