2019/7/12

「コリジョンコースにまんまと嵌る」〜交通事故を起こした話2  


 五分五分よりはよかったものの 
 車一台を失ったことには変わりない。
 事故はだれも幸せにしない
 しかしあんな畑のど真ん中 暗闇の中を
 ヘッドライトをつけた二台が
 どうしてぶつかることができたのか――

というお話。
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(「早朝のサロベツ原野を駆ける」phtoAC

 停止線のない農道を時速50km/hほどで走っていたら、横から軽ワゴンが飛び出してきてぶつかってしまった。
 責任割合10対0くらいのつもりでいたら警察官に「五分五分」だと言われてショックを受けた、というところまでお話しました。
 相手方の道路には停止線があったのですが、警察官に言わせると、
「こんな停止線、誰が描いたのかもわからないしねぇ」


【事故の結末】
 結論から言いますと、保険会社同士の話し合いの結果、事故の責任割合は4対6で私の方が軽いということになりました。
 担当者の説明だと、相手方に「止まれ」の標識があった場合でさえ、割合は2対8だそうです。とにかくこちらが動いている限りはゼロではないと言われました。まあそんなものでしょう。しかし4対6は厳しい。

 私の有利だった点は、
1 相手方に停止線があってこちらになかったこと。
2 こちらの道路が相手方より1・5倍ほど幅が広かったこと(これが2倍以上だとさらに有利だった)。
3 日常的に優先道路として機能している道だったこと。
などです。
 逆に不利だったのは、
1 なんといっても動いていたこと。
2 相手の車に気づかなかったこと(気づいてさえいれば防ぎ得た)。
3 回避行動が間に合わなかったこと。
 そのあたりではないでしょうか。

 責任割合はこちらに有利でしたが、被害の大きさは逆でした。
 私の方は250万円ほどで購入した3年間目の普通車でしたが査定額は130万円。フロント部分がメチャクチャに壊れて全損ですので廃車となりました。
 相手の軽ワゴンは横腹をへこまされた上に転倒ですのであちこち細かく傷んでいました。しかし自動車としての機能は損傷していないので安上がりの30万円。修理可能です。

 しばらく後に相手の保険会社から80万円ほどが振り込まれましたが、とても新車の買える金額ではありません。気分的には泣き寝入りです。
 また、廃車となったのは妻の車でしたのでずいぶん恨まれてました。その慰謝料も欲しいくらいです。
 事故は誰も幸せにしません。


【あとで怒りに震えたこと】
 すべて保険会社とカーディーラー任せて自分ですることはほとんどなかったのですが、さまざまな意思確認や問い合わせ、経過報告などがあって気分的にはいつまでも嫌な思いを引きずりました。さらにその間、たった一度だけですが、ほんとうに体が震えるほど苛立って、電話口で声を荒げるということもありました。それは相手方の青年が、私の車は無灯火だったと主張して引かない、という話のあった時です。
 そういえば事故直後も、「オタク、無灯火でしたよね」とか言っていました。あまりにも突飛な話なのでそのまま無視したのですが、尾を引いていたわけです。

 保険会社の担当者の話だと、
「あちらはTさん(私のこと)のすぐ後ろの車のライトは確認していると言っています。それで十分余裕があったので交差点に進入したらぶつかったと。だから――」
「冗談じゃアない!」
と私は声を荒げます。

 自宅から事故現場まで、すでに最低でも5分以上走っているのです。真冬の8時半過ぎの、街灯一本ない暗い農道をです。無灯火で走れるはずがない。
 のちに実験してみましたが、時速30km/h以下だったら車幅灯だけでもなんとか走れます。しかしそれ以上の速度だったら、あるいは30q/以下でも完全な無灯火だったら、たとえ直線であることが分かっていても、車道を踏み外しそうでとてもではありませんが走れるものではありません。
 仮にふざけてそんな冒険をしていたとしたら、逆に細心の注意で自分の位置を測っていますから近づいてくる車を見落としたりはしないのです。

 私のすぐ後ろにいたという車も(記憶にないのですが)、5m〜10mの近さにいたわけではないでしょう。そんなに近かったら私が無灯火でも車はライトに照らされて見えていたはずですし、本当にそんな近くにいたのならむしろ彼も交差点に入ることはなかったでしょう。

 もちろん嘘をついているというのではありません。私の後ろにはライトをつけた車が実際にいたのでしょう。
 しかしそれはおそらく交差点から100m以上も離れたところで、だから彼はブレーキも踏まず交差点に入ったのです。

 遠くの車には気づいたのにすぐ近くまで来ていた私の車は完全に見落としていた――それ真相です。自信をもって言えます。
 なぜなら私自身も、すぐ近くまで来ていた彼の車に気がつかなかったからです。売り言葉に買い言葉で言っていいなら、こうなります。
「オマエこそ汚ねぇじゃねえか!! 交差点のど真ん中にどっかからワープしてきただろう!」
――そのくらい見えないのです。


【コリジョンコース現象】
 私がこの事故に傷ついて半年も寝かせたのは、自家用車一台を失ったからでも自信を失たからでもありません。
 だだっ広い田園地帯の交差点で二台が何の躊躇もなく直角にぶつかる事故を、警察官は「北海道型衝突事故」と言いましたが、私は「コリジョンコース現象」という名で知っていました。
 2010年にこのブログで記事にし、2017年に立て続けに事故を目撃してまた記事にし、同じ2017年にこんどは自分がやらかしそうになってまた記事にしてと、3回も書いて十二分に理解し、注意していたことなのです。
 「皆様ご注意ください」とそのつど書いたはずなのに、今度は自分が本格的にやってしまった――そのことに傷ついていたのです。
(参考)
2010/8/30 コリジョンコース現象
2017/3/14「激突!!」 
2017/5/25「車が突然、目の前に降ってきた」


【夜の畑道は安全という神話】
 これほど熟知して経験もあったのになず防げなかったのか。
 ひとつにはもちろん「コリジョンコース現象」の生み出す錯覚が強かったからですが、もうひとつ、私には別な思い込みがありました。それは「夜の田舎道はむしろ安全」というものです。

 街場とは違って信号機なんてめったにない田舎道、どちらが優先とも分からない交差点がいくらでもあります(というよりそんなのばっかり)。にもかかわらずトウモロコシなどは人の身長よりはるかに高いわけですから、かなり大きな車でもすっぽり隠れてしまい、日中は場所によってすべての交差点でいちいち減速しなければ走れない場合があります。

 それが夜だと、ライトに照らされてむしろ余裕で走れる――それが私の思い込みでした。夏はそうなのですが、冬はまったくダメなのです。
 ライトは何かに当たって周辺全体を明るくするから目立つのです。作物の全くない冬の畑で、光はまっすく正面に抜けて驚くほど見えません。

 また、事故に遭ってからようやく気づいたのですが、自家用車というのは横から見ると驚くほど暗い。特にワゴン車はヘッドランプもテールランプも横から見るととても薄く、意識しないとかなり見にくいのです。
 それが互いを「無灯火」「ワープ」と思い込んだ私たちの置かれていた状況でした。

 以後、少なくとも私は、夜の暗い畑の中を、キョロキョロしながら走っています。何か変ですが。





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2019/7/11

「事故の顛末」〜交通事故を起こした話1  


 交通事故を起こした
 乗用車1台の全損事故
 エアバッグの火薬の匂いは芳しく
 口惜しさの味は苦い
というお話。
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【事故の顛末】
 事故を起こして自家用車一台を廃車にしてしまいました。
 昨日今日の話ではありません。もう半年以上も前のことで、気持ちの整理がつくのを待っていたのです。

 状況をざっとお話しすると、時期は真冬、時刻は午後8時40分ごろ、場所は田園地帯のど真ん中、事故の形態は「交差点での出会いがしらの衝突」です。私の普通車と進行方向右側から出てきた軽ワゴンがぶつかってしまったのです。かたちとしては交差点に後から入った私の車が相手の横腹に突っ込んだことになります。

 もう少し詳しく言うと、
 いつもの通り母の家で過ごすため8時半ごろ自宅を出発。、街灯ひとつない農道をしばらく走って、右折してさらに300mほどの直線を半分くらい走ったとき、いきなり右から黒い軽ワゴンが飛び出してきて私の正面に立ちはだかったのです。すぐにブレーキを踏みながらハンドルを右に切って軽ワゴンの背後に回り込もうと思ったのですが間に合わず、ぶつかってしまいました。
 直前のイメージではギリギリ交わせるはずでしたが、実際にぶつかったのは相手の真横ですから感覚なんてあてになりません。

 時速50km/hほど走っていたのですが直前にかなり減速できていたようで、エアバッグは開いたものの顔を打ち付けることもなく、眼鏡も外れたりしませんでした。車は車道上に残って横転することもなく、体はどこも痛みません。
 私はそれで済んだのですが、横からぶつけられた軽ワゴンの方はひとたまりもありません。どういう飛ばされ方をしたのかはわからないのですが、左横8mほどの田んぼの中に、上下反転して横たわっています。よく見ると運転席がこちらを向いていますから前後も反転したことになります。

 急いで降りて駆け寄ると、他に二人が走ってきてドライバーに声をかけます。後で知ったのですが軽ワゴンの後ろを友人の車が走っていて、そこから2人が降りてきたのです。
 運転席に声を掛けると意識はあるようで、三人で車を起こし、若い男性を引き出します。少しふらふらしているようにも見えました。


【私は怒っていた】
「救急車を呼んだ方がいいみたいですね」
 私はそう言って119番に電話し、何しろ広い田園のど真ん中でかえって場所を説明するのが難しいのをなんとか伝えて、続いて警察にも電話。2回目ですので今度は要領よく場所を説明し、救急車の来るまでに時間を互いに免許証を交換しあってスマホで写真を撮ったり、自賠責の保険屋さんに電話したりして過ごしました。
 
 私は落ち着いていました。
 よく、事故直後は足がガタガタ震えて・・といった話を聞きますが、私の場合はまったくそういうことはありませんでした。なぜか――。

 年齢が相手より二倍以上うえだったということもありますが、もっと大きかったのは私が怒っていたからです。もう当たった瞬間からカンカンで、心の中では、
「さあ、よしきた! 10対0だ。こんなところにいきなり出て来て、どういうつもりだ! 全額弁償させて新車に乗り換えだ!」
くらいのつもりで悪態をついていたのです。
 自分が絶対に正しいのですから別に怯える必要もありません。


【悪いのはお前だ】
クリックすると元のサイズで表示します 私が走っていたのは農道とはいえ幹線と幹線をつなぐ重要な短絡路で、朝晩は通勤の車でそこそこの交通量のある通りです。交差する道路にはいちいち停止線があり、そちらから見ると停止線の先にももう一本点線が引かれていて、二重に向こう(つまり私の通っていた道)が優先道路であることを示しています。

 交差点の真ん中にはスイスの国旗みたいな表示があって、交差点であることを見過ごすはずはありません。それを一旦停止もせずに入って、私の前に立ちはだかったわけですから、向こうが悪いに決まっています。
 私の落ち着いた気持ちの裏には、そうした優位性がありました。

 やがて救急車が来て相手の男性は乗せられてれていきます。万が一ということはありますが、重大なケガはないみたいでした。あとには友だちが残ってくれて、やがて来た警察官との対応も彼らがしてくれました。
 私は保険屋さんに言われた通りに動き、警察にきちんと話をし、レッカー車の来るのを待ちます。用が済むと“お友だち”は帰ってしまいましたが、時間にも気持ちにも余裕があったので、私は警察官と雑談めいた話をしながら実況見分の様子を見ます。

 すると作業をしながら警察官が、ぼそっと呟きます。
「まあ、これは五分五分といったところでしょうね」
 私はびっくりして聞き返します。
「え? だって向こうには停止線があるじゃないですか」
 すると警察官はこちらも見ずに、
「こんな停止線、誰が描いたのかもわからないしねぇ」
「え? マジ、・・・ですか?」

                  (この稿、続く)





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2019/4/2

「年度末休業」  



クリックすると元のサイズで表示します 学校の日課に合わせて活動するこの「アフター・フェア」。いつもの通り年度末休業に入っています。
 平成31年度は4月8日(月) 4月3日(水)から正式に始めるつもりですが、必要があればそのつど記事を上げていきたいと思います。よろしくお願いします


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2018/12/17

「それも違うでしょ、先生」〜哀しいほど不器用なお医者さんの話  


 今ごろになってインフルエンザの予防接種に行ってきました。
 そこで対応していただいた不器用なお医者さんの話。


クリックすると元のサイズで表示します
 
 いよいよ流行り始めたというので、インフルエンザの予防接種に行ってきました。
 流行り始めてから行くようでは遅いことは知っていたのですが、26年前に妻からうつされて以来四半世紀の間、学校というハイリスクな場にいながら一度も罹らずに来たという自信と、値段の高いことと、今年は高齢者として市から補助券をいただいているという損得の狭間で、ぐずぐずと悩んでいたらこの時期まで来てしまったのです。

 もっとも、考えたら千円少々を惜しんで罹ったらバカですから、もっと早く行くべきでした。


【思わぬ悪評】
 目と鼻の先の開業医なのですが、それでも行く前に、いきなり行って打ってもらえるものなのか聞いてみようと思って、ネットで電話番号を調べることにしました。

 都市名と病院名を入力すると、病院検索のサイトがいくつも出てきます。そのトップをクリックして電話番号を確認したら、その下に「口コミ評価」の欄あって、なんとそれが五段階中「1」なのです(口コミ件数1)。

 書き込みを読むと、
「看護師さんは雑談ばかりで問診票も渡してくれず、診察室に入るとコンピュータとお話しするお医者さんが対応してくれました。私の話はさっぱり聞かず、喉をみることすらしてもらえません。
 『はい、それではお薬を出しておきましょう』と言われたが、診察もしないで渡されたお薬は怖くて飲めません。速攻、次の病院にハシゴしました。二度と行きません」

とケチョンケチョンな話。

 けれど誹謗でも中傷でもないから“削除”というわけにはいかないのかもしれんなあ、と内心、切なく思いました。
 というのは、看護師さんの雑談はともかく、「コンピュータとお話しするお医者さん」というのは言いえて妙で、実際その通りであることを良く知っていたからです。


【不器用なお医者さん】
 目と鼻の先にありながら、めったにそのお医者さんにかからないのは、長くお世話になっている主治医が別にいるからで、他意はないのですが数回行ってみた時の感じは確かによくありません。

 尊大だとか横柄だとかではなく、話し方は丁寧だけどとにかく誠意が感じられない、こちらの話を聞いていない、最後に送り出すとき以外顔も見ない、一方的に話して終わりにしてしまう、そんな感じなのです。
 これではお年寄りなど寄り付かないだろう、そんな気がしました。あちこち調子が悪すぎてうまく説明しきれないお年寄りは、まず話を聞いてもらうことが大切です。一度来たらコリゴリという人はたくさんいたはずです。

 実際、20台も置ける駐車場は埋まるどころか常に9割以上空いていて、待合室に入っても待たされるということがありません。時期遅れで出かけてもワクチンが足りなくなっている気がしない、だから予防接種はここがいい、という病院です。よく潰れないものです。

 思えばこういった人――べらぼうに頭が良くて勉強ができて、けれどコミュニケーション能力がさっぱりで、不器用で、いつも苦労している人は、学校勤めをしていると何年かにいっぺん、児童生徒として出会うタイプです。
 大変ですよね。

 ネットの評価はケチョンケチョンですが予防接種だけですし、お医者さんのそうした性向を良く知っていますから、電話をかけてOKが出ると、私は気にもせずに出かけました。とにかく打ってもらえばいいのです。
 ところが――。


【それも違うでしょ、先生・・・】
 もしかしたら私が見たサイトの「口コミ」を、先生もご覧になって反省したのかもしれません。
 久しぶりのお会いすると妙にハイテンションで、まるで別人のようーー。

「今年はですね、もう(予防接種は)終わりにしようと思っていたんですよ。でもちょうど少し(薬が)余っていたんですよね。良かったですね。
 お風呂は今日、入ってくださっても結構です。お注射の跡に絆創膏をプチっと張りますが、2時間ほどしたら取っても構いません。利き腕とは反対側の腕を出してください、
 そう、肩までまくり上げてぇ・・・」

等々、早口で陽気にまくし立てたあと、やおら席を立つと片手を腰に当て、
「はい、こんなふうに腕を曲げて、さあ、打ちますよ〜」
 なにかテレビショッピングの芸人に煽られているような感じで、私も力が入って「フン!」と腕を構えます。

 子どもじゃありませんから、そんなふうに仕草までして見せる必要はなかったのです。それに予防接種はノリや勢いやリズムでするものでもないでしょう。乗せられた私も私ですが。

誰かがそんなふうに患者対応を教え、彼なりにアレンジしたのかもしれませんが、
「それも違うでしょ、センセ」
と私は心の中でつぶやきます。

 明るく楽しければ患者が喜ぶというものではありません。
 滑稽で、しかも哀しい気持ちになりました。

 先生、頑張ってくださいね。




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2018/6/29

こんなことが・・・  


 ワールドカップであろうと何であろうと、頑固に自分の生活習慣を変えない。
 そう思って10時半に床につき、何の問題もなく眠りについたのに、目が覚めたのが45分後。意地でも起きないぞと思ったのですが、私の生活習慣の中には「一度起きてしまったらもう寝られない」というのもあって、しかたなく起きて最後まで試合を見てしまいました。

 やっぱり柴崎―香川―大迫―乾だったかな?
 何とも不完全燃焼ですが頑張ってもらいたいですね。

 さてまもなく1時半。これからどうしよう。(^o^;


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2018/4/6

「It’s 翔 time!!、ネオ・スーパースター、大相撲から女性は出ていけ!」〜今週のスポーツ  


 さて、ようやく金曜日です。
 今年度4月の第一週は1日が日曜日でしたから2日の初出勤から丸々5日間、連続勤務だったことになります。
 先生方、そして新入社員の皆様、今日一日働けば明日から休みです。なんとか夕方まで頑張りましょう。

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(写真はPotoACより)

 ところで、皆様が死ぬ思いで働いていたこの一週間はスポーツ界で様々な出来事のあった週でした。
 言うまでもなく2日に初勝利を挙げたエンゼルスの大谷翔平が、一昨日昨日と二日連続でホームランを打ち、ベーブ・ルースの再来かと騒がれているのが話題の筆頭、その他、春の選抜高校野球では壮絶な準決勝2試合を経て決勝戦が行われ、大阪桐蔭が智辯和歌山を厳しく退けて連覇を果たしたこと、競泳の日本選手権では高校3年の池江璃花子が2日連続の日本新記録を出したことなどがあります。


【It’s 翔 time!!】
 大谷翔平のすごさについては、どこのテレビ放送・新聞・ネットニュースを見ても洪水のごとく書かれているので改めて言及しませんが、私にはとにかく彼の素直さ、明るさ、そして周囲に惑わされない独自性が眩しく感じられます。

 初ホームランを打って帰ったとき、無視(サイレント・トリートメントというらしい)を決め込むチームメイトに対して行った「ねえ、ねえ、ボクだよ、ボクが打ってきたんだよ」といったしぐさは、普通の23歳にできることではありません。少なくとも同い年くらいのころの私は、相当にひねくれていて懐疑的でした。どうして翔平くんはあそこまで無邪気になれるのか――。

 成績が振るわなかったオープン戦でもまったくめげる様子のなかったこと、シーズンに入って勝利投手になってもホームランを打っても、平然としていられる穏やかな精神。
 いやそもそもメジャーに行く際、とんでもない高額で売れる時期にさえも金銭には目もくれず、ひたすら投打両方での起用を約束してくれる球団を探し続けたこと、ヤンキースでさえ蹴ってしまったこと、そうした潔さ、真っ直ぐさに魅かれます。

 おそらくこの子は野球がしたくて仕方がないのだ。富も名声もどうでもよくて(とはいえ、もう十分に手に入れているけど)、とにかく好きなピッチングとバッティングの両方をやり続けたい、両方で自分の力を試してみたい、そう思っているに違いないのです。

 私も、規模は超ミニマムでも、そんな生き方がしたかったですね。


【ネオ(新)・スーパースター】
 智辯和歌山は大阪桐蔭を倒すだけのために甲子園にやってきました。決勝まで勝ち進まないと大阪桐蔭とは戦えないから、そのために決勝まで気合で勝ち抜いてきた。そしてその智辯和歌山を容赦なく返討にしてしまうのですから恐ろしいチームです。ある意味、腹が立つくらいなんでも持っている――。

 その大阪桐蔭の決勝勝利投手根尾昴くん。
 小学生時代にすでに球速128qを投げ、陸上競技のソフトボール投げでは89mの小学生記録、100m走は全国で5位だったそうです。
 中学生でピッチャーとして投げた球は146q。冬はアルペンスキーの選手として男子回転で 全国の頂点に立ち、世界大会にも出場。
 高校に入ってからは甲子園の優勝投手です。

 凡人であり、凡人の父親でもある私は、もうこのあたりでイライラしてくるのですが、この昴くん、中学校時代の学業成績はオール5で、偏差値も70を超えるのだそうです。
 両親は開業医で兄も医者――。
 せめて性格くらいは悪いといいのですが、聞いているとそうでもなさそうです。

 神様、これはあまりにも不公平です!! 


【羨ましくはない】
 そう考えると競泳の池江璃花子さんも怪しいもので、連日自分の日本記録を塗り替えるこのスーパーアスリートは困ったことに「美人」です。怖いのでしませんが、詳しく調べれば何が出てくるかわかりません(どうか1歳6か月で逆上がりができたとか、記憶力が抜群だとかいったことになりませんように・・・)。

 ただし私が昴くんや璃花子さんの親だったら幸せかというと、それは少し違うような気もします。
 昴くんも優勝したからいいようなもので、ひとつの失投で逆転サヨナラなどといったことになっていたら、親としても立つ瀬がありません。親類・縁者・近隣・友人、ものすごい数の人たちが自腹を切って何回も甲子園に足を運んでくれたのです。親として居ても立ってもいられないでしょう。実際、昨年の夏の甲子園では、チームメイトがベースを踏みそこなったところからサヨナラ負けを喫しています。また同じことが起こったらどうしたらいいのか・・・。

 息子が優秀で活躍し続ける限り、そうした不安から解放されることはありません。周囲の期待が大きければ大きいほど親もプレッシャーを感じてストレスをためていく――そうした生活に私は容易に耐えることができません。ですから今のままでけっこうです。

 そうした話をすると妻は「嫉妬して僻んでいるみたいだから外では言わないでよ」とか言いますが、ここまで違うと嫉妬の対象にもならないでしょう。


【大相撲から女性は出ていけ!】
 大相撲の舞鶴巡業で市長が突然倒れ、救命措置に向かった女性に対して場内アナウンスが「女性の方は土俵から降りてください」と再三呼びかけた件、非難が集中しています。
 聞けばその直前にアナウンス係の若い行事に向かって、観客の一部が「女を土俵に上げていいのか」と怒鳴ったとかで、それで慌ててあのような放送になったみたいです。若いから仕方ないという面もありますが、そもそも女人禁制に問題があったのではないか――そういうことが話題となっています。

 ところでここのところの大相撲問題では、相撲は神事かスポーツか、興行か国技かといったことが再三話題となっています。しかし私に言わせれば相撲協会はその四つを都合よく使い分けていて時々噛み合わなくなるから問題が発生するのです。

 今回の件では「そろそろ古い女人禁制などということはやめたらどうか」という話が出ていますが、解決策はそれだけではありません。そもそも会場に女性がいなかったら今回のようなことはなかったからです。

 大昔は千秋楽以外は、観客席にも女性はいなかった――それが本来の女人禁制なのです。神事というのはそれくらい厳しいものがなくてはいけません。
 それが――神事だから女人禁制、しかし興行だから女性にも来てもらいたい、国技だから外国籍のままでは親方にはできない、でも興行だから強い外国人力士にもいてほしい、スポーツだから勝つことが絶対、しかし神事だから美しくなくてはいけない・・・てなことをやっているからややこしくなる。

 神事、スポーツ、国技、興行――この中で捨てやすいのは「スポーツ」と「興行」です。なんといっても代わりはいくらでもありますし、「興行」は、つまるところ金儲けで、「神事」の崇高さと相いれるところではないからです。

 そこで提案。
 大相撲は神事・国技に特化して外国出身力士を排除し、女性も一切会場に入れない。現代はテレビやインターネットもあるのですから、千秋楽だけ特別扱いして女性を入れえる必要もありません。
 そうなると当然規模はグンと縮小して収入もダダ減りですが、そこは神事なのですから我慢しなくてはなりません。世の中のほとんどの神主さんは貧乏です。

 神事をあつかっているという誇りを胸に、堂々と生きて行ったらいかがでしょう。
 私はもうウンザリです。





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