2020/9/24

「カラスの不吉な滑り台」〜カラスとネズミに悩まされる@  


 姿も悪い、声も悪い。
 傍若無人で人間を恐れず、平気で死肉も食らう――。
 カラスは古来、不吉な鳥とされてきた。
 同情する気がないでもないが、でもやっぱりなあ・・・

という話。
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(写真:フォトAC

【ほぼ一日おきのジョギング】
 ほぼ一日おきに30分のジョギングに出ています。
 毎日でないのは、
「骨は折れた部分が治ったときに太くなっている。筋肉も同じで激しい運動で細胞を破壊して、それが回復することで太くなる。だから毎日やるのではなく、回復期を置いて再生させなければならない」
という説を信じているからです。

 しかし一方、私は運動なんか大嫌いで、嫌いなことには忘れやすいという性質があります。一週間に二回といった頻度では結局いい加減になって続かないに決まっています。そこで一日おきなら何とかなるだろうと思ったのですが、困ったことに一週間は7日間。月・水・金・日とやると翌週は火・木・土なのでこれも覚えられない。
 そこで結局、火・木・土・日と週4日間することに決めました。「ほぼ一日おき」と書いた「ほぼ」はそういう意味です。土・日は妻の目もありますので、見栄っ張りな私としてはこれも歯止めになります。

 「最低30分は必要」と言われたので、時間は素直に従うことにしました。しかし、(繰り返しますが)運動なんて大嫌いですから10秒だって余計にやりたくない、歩くのも嫌だ――と、そうなるとジョギングコースや速度はかなり厳密なものになってきます。
(最初の5分で郵便局まで走って、次の5分で神社の杉の木の前を通って・・・)

 走りながら何度も時計に目をやってペースを確認する姿は我ながらすばらしいアスリートなのですが、フォームはめちゃくちゃ息も絶え絶えですから傍目にはすぐにばれてしまうでしょう。
 それでも元来が頑固で融通の利かない性質ですから、かれこれ一年半も続けてこられています。


【嫌なカラスと出会う道】
 このみっともないジョギングについては人様に話すつもりもなかったのですが、これからお話しする「嫌なカラスと出会う道」について、当然あるだろう「だったら別の道を通ればいいじゃないか」という疑問に前もって答えておこうと思ったからです。

 あれこれ試したのですが、家の玄関をスタートしてきっかり30分で帰ってくるには、あちこちに適当な目標のあるその道をどうしても通らなくてはならないのです。

 それは3回目の5分間(つまり走り出して15分後)を示す角を左に曲がった先の、畑の中にあります。高さ2mほどの農業用の資材棒が4〜5本立っていて、その先端から逆さづりにしたカラスが、紐でぶら下げられて風に揺れているのです。
 もちろんつくり物ですが恐ろしくリアル(*1)で、怖くて直視できません。
*1
どのくらい“リアル”かというと――気持ちが悪いのでリンクはつけませんが、怖いもの見たさで調べてみようという人は「カラス除け_人形」か何かで検索してみてください。すぐに出てきます。1体3000円以上のものが効果があるみたいです。


 同じ畑では数年前、本物のカラスがものの見事に十字架に磔(はりつけ)になっていたことがありましたから、畑の耕作者の怒りのほどがわかろうというものです。もしかしたら今ある4〜5羽のつくり物カラスの中には、ひとつくらい本物も混ざっているのかもしれません。


【「カラスの葬式」を逆手に取る】
 なぜそこまでリアルなカラスを置かなければならないかというと、それはひとえにも二重にもカラスが頭が良いからです。生半可な置きものだと、すぐに見分けてしまいます。

 また、俗に「カラスの葬式」と言われるように、カラスは仲間が死ぬとその場所に一斉に集まってくることがあります。別れを惜しんでのことではありません。そこが危険個所だと、みんなで教え確認し合っているのです。

 本物の死体を磔にしたりリアルなカラス逆さづりにしたりするのは、そうした学習能力を逆手にとってのことなのかもしれません。
 しかし無関係な私には、ただ、ただ気味が悪いだけです。


【不吉な滑り台】
 カラスといえば奇妙な思い出があります。
クリックすると元のサイズで表示します もう40年近くも前のことですが、市の教育会館が新築移転となって廃屋である旧会館が長く放置されていたことがあります。当時の勤務校のすぐ近くで、屋上に望遠鏡を格納する銀のドーム(右の写真のようなもの*2)のついた立派な建物した。
*2
 これついて子どもから問われ、「あれはウルトラセブンのヘルメットのケースだ」と答えたら本気にされそうになって慌てたことがあります。


 そのドームの縁を3羽ほどのカラスが歩いているのが見えたのですが、ふと気づくと1羽がてっぺんに登っていって、そこから滑り台の要領で滑り降りてきたのです。するとそれを見ていた他の2羽も、同じように登っては滑り始めます。
 下まで降りるとまた順番にひょこひょこと登って行って(なぜ飛んでいこうとしないのだろう?)、何度でも繰り返し滑り降ります。要するに遊んでいるのです。

 犬や猫は賢い動物ですのでそのくらいはするのかもしれませんが、カラスの脳みそなんておそらくクルミの大きさほどもありません。そんな小さな頭脳のどの部分で、人間の子どものような遊びを思いついたのでしょう。
 すごく不思議でした。

 ただそれから数年して教育会館の本格的解体が始まったら、中で古い自殺体が発見されたという新聞記事が出て、ぞっとしました。
 カラスはやはりカラスです。
 
 しかしそれにしても、今日のジョギング、やはり気が重いよなあ。




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2020/4/5

「いちおう・・・」  

春季休業に入っているつもりです(4月5日まで)。けっこう更新していますが・・・。
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2020/2/25

「ドックに行ってきた」〜毎年行っているのにいつも新鮮!  


 人間ドックに行ってきた。
 毎年やっているのに必ず新たな発見がある。
 面白いこともいいことも。
 ただし歳が歳なので、新しく、面白くないことも確実にある。

という話。
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(「医療イメージ―聴診器とカルテ」フォトAC より)

【人間ドックはこんなところ】

 先週のことですが、人間ドックに行ってきました。50歳を過ぎてから毎年1月末か2月の初めに行っています。学校が一番落ち着いている時期だからです。今の私には関係ありませんが。

 若い人は人間ドックなんてそもそも何をするところか分からないかもしれませんので簡単に紹介すると、
@ 身体測定(身長・体重・体脂肪率・腹囲・血圧・心拍数・肺活量) 
A 血液検査 
B 視力・聴力検査
C レントゲン撮影
D 超音波検査(内臓検査)
E 心電図検査
F 眼底・眼圧検査
G 胃検診(胃カメラあるいはバリウム検査)
H 尿検査
I 大腸検査(検便)
J 問診・内科検診
 それらを一日でやろうというものです。これが最低基準で、料金を出して二日検診にすると糖負荷試験だとか消化器がん検診などが入ってきます。さらにオプションで脳ドックとかPET検診なども選択できます。私はいつも最低の1日ドックです。

 今回、行ってまず気がついたのは“いつも通り、マスクをしている担当者が少ない”ということです。一週間前のことで参考にならないと思いますが、それで私は“ああ、新型コロナに関する情報は今はないんだな”と思ったりしました。もちろん今日行けば事態は変わっているかもしれませんが。


【コードブルー】
 いつもながら手際よくやっていただいているのは確かですが、それにしてもゆっくりと進む健診は待ち時間の方が長く退屈です。そこであちこちフラフラしたりキョロキョロしたりしているうちに、看護師の案内席の後ろに、小さい三色旗のようなステッカーがあることに気づいたのです。
 左から青・白・ピンク、そこには大きく「コードブルー」「コードホワイト」「コードピンク」と書いてあります。
 コードブルーは確か木村拓哉さんの出ていたドラマの題名でもあります。

 下の説明が小さくて見にくかったので近づいて読むと、「コードブルー」には「心肺蘇生の必要な患者がいる」とあります。
「コードブルー」がそれならと興味津々で「ホワイト」を読むと、「院内に暴言・暴力を行う人物がいる」。ナルホド、ナルホド・・・。
 では可愛い「コードピンク」は何かと思ったら、「明らかに犯罪が疑われる子どもの行方不明」とあります。子どもなんてすぐにどこかへ行ってしまいますから、それが「心肺蘇生の必要」「暴漢がばれている」と同じレベルというのは、ちょっと状況の読めない話です。
 あとで調べたら、実は三番目の「コードピンク」は「赤ん坊の連れ去り」を念頭に置いたものでした。それなら分かります。

 こうした「コード〇〇〇」のことをスタッドコールというのだそうです。
 病院内の全館放送で「コードブルー東棟2階」と流れたら、近隣の医師・看護師は器具をもって急行しなくてはなりません。一般の来院者にとっては関係ないことですし、「コードホワイト」の場合などで、普通に「中央棟1階で暴漢が暴れています」と言ったのでは、逃げる人と見に行く人とで大混乱になってしまいそうです。
「コードピンク、北棟2階」と放送があれば、犯人に気づかれることなく、あちこちの出入り口も抑えられるかもしれません。

 掲示が3つだけ、というのも気が利いていて、3つだけならいつも気にしていられます。これがイエローだのパープルだのと山ほどあったら、私などは覚えきれません。
 ただし、家に帰って調べたら、実はけっこうたくさんあって、
「コードレッド」――火災発生。
「コードイエロー」――緊急事態発生・手の空いた医師への応援要請。
「コードグリーン」――救急室に重症の外傷患者が多数搬送されてくる。
「コードゴールド」――脳死ドナー(臓器提供者)の発生。
などだそうです。
 しかし実際問題として、常に覚えていられるのはせいぜいが三つ程度でしょう。私の行った病院の見識です。


【うれしいけど、それでいいんか?】
 前にも書いたかもしれませんが、私は食道の下、胃の入り口あたりにちょっとした変形(ヘルニア)があって、ゲップを我慢できない体質です。
 胃カメラではときどき空気を大量に入れて胃袋を広げ、ひだとひだの間の異常を探すのですが、ゲップを我慢できない私の胃はここぞというときに派手な音を立てて空気を押し出してしまい、そのたびに再度、再々度、空気の大量注入を行わなくてはならなくなります。

 しかし胃に注入される空気は、全部がゲップになって口から出てくるわけではありません。一部は下に進んで腸をパンパンにします。それがいわゆる“おなら”となって胃検診のあとの私を悩ませるのですが、いつも不思議に思うのは、胃カメラの終了したその時点で腹囲(腹周り)の計測が行われるのです。一番お腹の膨れているときにです。身長や体重と一緒でもよさそうなものではありませんか。

 今年は特に腹囲を気にして臨んだドックだったので、担当看護師にひところブー垂れてから計測を始めました。
「ワタシね、毎年思うんですけど、これって卑怯じゃありませんか? 今の私のお腹、釣り上げられたフグとか、怒っているときのカエルと同じパンパン状態なんですよ」
 そう言ったら看護師が、
「不思議ですけど、このタイミングでやるように決まっているんです」
そう言って笑いながら専用のメジャーを腹に回し、キュッと絞って、
「はい、83.5cm。メタボにならないようにしておきました」
「・・・」
 をい、うれしいけど、そんなに締めて計っていいんか?


【死に方の予定変更】
 15年ほど前に最初に心電図の異常を指摘されたとき、医師に、
「心電図を読んでくれた専門医がね、『この異常を発見して指摘できるのは日本でもオレだけだ』って自慢していましたよ」
と言われましたが、やがて誰でも指摘できる異常レベルになって、昨年は「要再検査」の一歩手前でした。

 けれど「要再検査」ではないのであまり気にしていなかったのですが、今年は検査の最中に看護師だか検査技師だかの女性が途中で検査室に戻ってきて、器具を調べなおしたうえで「肩の力を抜いて」などと言って出て行き、けっこう長い時間をかけて終わったかと思ったら、「Tさん、今、胸が締め付けられるような感じとか痛いとかいうこと、ありません?」とか訊きます。
 そのときは気づかなかったのですが、あとで総合評価の医師から「改めて心臓の専門医に見てもらいますが、再検査になるかもしれませんね」と言われて、検査の時の女性の戸惑いを思い出しました。よほどの異常な波形だったでしょう。

 私は一度経験しているので自分はガンで死ぬものと思い込んでいました。余命を宣告されて死期を見据えながら、しっかりと準備をして死ぬつもりだったのです。だから少々慌てました。
「あ、う、(バタン)」
であっけなく死んでしまうとしたら、いまから準備をしておかなくてはなりません。家に帰ってから思わず部屋を見回してしまいました。


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2019/7/12

「コリジョンコースにまんまと嵌る」〜交通事故を起こした話2  


 五分五分よりはよかったものの 
 車一台を失ったことには変わりない。
 事故はだれも幸せにしない
 しかしあんな畑のど真ん中 暗闇の中を
 ヘッドライトをつけた二台が
 どうしてぶつかることができたのか――

というお話。
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(「早朝のサロベツ原野を駆ける」phtoAC

 停止線のない農道を時速50km/hほどで走っていたら、横から軽ワゴンが飛び出してきてぶつかってしまった。
 責任割合10対0くらいのつもりでいたら警察官に「五分五分」だと言われてショックを受けた、というところまでお話しました。
 相手方の道路には停止線があったのですが、警察官に言わせると、
「こんな停止線、誰が描いたのかもわからないしねぇ」


【事故の結末】
 結論から言いますと、保険会社同士の話し合いの結果、事故の責任割合は4対6で私の方が軽いということになりました。
 担当者の説明だと、相手方に「止まれ」の標識があった場合でさえ、割合は2対8だそうです。とにかくこちらが動いている限りはゼロではないと言われました。まあそんなものでしょう。しかし4対6は厳しい。

 私の有利だった点は、
1 相手方に停止線があってこちらになかったこと。
2 こちらの道路が相手方より1・5倍ほど幅が広かったこと(これが2倍以上だとさらに有利だった)。
3 日常的に優先道路として機能している道だったこと。
などです。
 逆に不利だったのは、
1 なんといっても動いていたこと。
2 相手の車に気づかなかったこと(気づいてさえいれば防ぎ得た)。
3 回避行動が間に合わなかったこと。
 そのあたりではないでしょうか。

 責任割合はこちらに有利でしたが、被害の大きさは逆でした。
 私の方は250万円ほどで購入した3年間目の普通車でしたが査定額は130万円。フロント部分がメチャクチャに壊れて全損ですので廃車となりました。
 相手の軽ワゴンは横腹をへこまされた上に転倒ですのであちこち細かく傷んでいました。しかし自動車としての機能は損傷していないので安上がりの30万円。修理可能です。

 しばらく後に相手の保険会社から80万円ほどが振り込まれましたが、とても新車の買える金額ではありません。気分的には泣き寝入りです。
 また、廃車となったのは妻の車でしたのでずいぶん恨まれてました。その慰謝料も欲しいくらいです。
 事故は誰も幸せにしません。


【あとで怒りに震えたこと】
 すべて保険会社とカーディーラー任せて自分ですることはほとんどなかったのですが、さまざまな意思確認や問い合わせ、経過報告などがあって気分的にはいつまでも嫌な思いを引きずりました。さらにその間、たった一度だけですが、ほんとうに体が震えるほど苛立って、電話口で声を荒げるということもありました。それは相手方の青年が、私の車は無灯火だったと主張して引かない、という話のあった時です。
 そういえば事故直後も、「オタク、無灯火でしたよね」とか言っていました。あまりにも突飛な話なのでそのまま無視したのですが、尾を引いていたわけです。

 保険会社の担当者の話だと、
「あちらはTさん(私のこと)のすぐ後ろの車のライトは確認していると言っています。それで十分余裕があったので交差点に進入したらぶつかったと。だから――」
「冗談じゃアない!」
と私は声を荒げます。

 自宅から事故現場まで、すでに最低でも5分以上走っているのです。真冬の8時半過ぎの、街灯一本ない暗い農道をです。無灯火で走れるはずがない。
 のちに実験してみましたが、時速30km/h以下だったら車幅灯だけでもなんとか走れます。しかしそれ以上の速度だったら、あるいは30q/以下でも完全な無灯火だったら、たとえ直線であることが分かっていても、車道を踏み外しそうでとてもではありませんが走れるものではありません。
 仮にふざけてそんな冒険をしていたとしたら、逆に細心の注意で自分の位置を測っていますから近づいてくる車を見落としたりはしないのです。

 私のすぐ後ろにいたという車も(記憶にないのですが)、5m〜10mの近さにいたわけではないでしょう。そんなに近かったら私が無灯火でも車はライトに照らされて見えていたはずですし、本当にそんな近くにいたのならむしろ彼も交差点に入ることはなかったでしょう。

 もちろん嘘をついているというのではありません。私の後ろにはライトをつけた車が実際にいたのでしょう。
 しかしそれはおそらく交差点から100m以上も離れたところで、だから彼はブレーキも踏まず交差点に入ったのです。

 遠くの車には気づいたのにすぐ近くまで来ていた私の車は完全に見落としていた――それ真相です。自信をもって言えます。
 なぜなら私自身も、すぐ近くまで来ていた彼の車に気がつかなかったからです。売り言葉に買い言葉で言っていいなら、こうなります。
「オマエこそ汚ねぇじゃねえか!! 交差点のど真ん中にどっかからワープしてきただろう!」
――そのくらい見えないのです。


【コリジョンコース現象】
 私がこの事故に傷ついて半年も寝かせたのは、自家用車一台を失ったからでも自信を失たからでもありません。
 だだっ広い田園地帯の交差点で二台が何の躊躇もなく直角にぶつかる事故を、警察官は「北海道型衝突事故」と言いましたが、私は「コリジョンコース現象」という名で知っていました。
 2010年にこのブログで記事にし、2017年に立て続けに事故を目撃してまた記事にし、同じ2017年にこんどは自分がやらかしそうになってまた記事にしてと、3回も書いて十二分に理解し、注意していたことなのです。
 「皆様ご注意ください」とそのつど書いたはずなのに、今度は自分が本格的にやってしまった――そのことに傷ついていたのです。
(参考)
2010/8/30 コリジョンコース現象
2017/3/14「激突!!」 
2017/5/25「車が突然、目の前に降ってきた」


【夜の畑道は安全という神話】
 これほど熟知して経験もあったのになず防げなかったのか。
 ひとつにはもちろん「コリジョンコース現象」の生み出す錯覚が強かったからですが、もうひとつ、私には別な思い込みがありました。それは「夜の田舎道はむしろ安全」というものです。

 街場とは違って信号機なんてめったにない田舎道、どちらが優先とも分からない交差点がいくらでもあります(というよりそんなのばっかり)。にもかかわらずトウモロコシなどは人の身長よりはるかに高いわけですから、かなり大きな車でもすっぽり隠れてしまい、日中は場所によってすべての交差点でいちいち減速しなければ走れない場合があります。

 それが夜だと、ライトに照らされてむしろ余裕で走れる――それが私の思い込みでした。夏はそうなのですが、冬はまったくダメなのです。
 ライトは何かに当たって周辺全体を明るくするから目立つのです。作物の全くない冬の畑で、光はまっすく正面に抜けて驚くほど見えません。

 また、事故に遭ってからようやく気づいたのですが、自家用車というのは横から見ると驚くほど暗い。特にワゴン車はヘッドランプもテールランプも横から見るととても薄く、意識しないとかなり見にくいのです。
 それが互いを「無灯火」「ワープ」と思い込んだ私たちの置かれていた状況でした。

 以後、少なくとも私は、夜の暗い畑の中を、キョロキョロしながら走っています。何か変ですが。





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2019/7/11

「事故の顛末」〜交通事故を起こした話1  


 交通事故を起こした
 乗用車1台の全損事故
 エアバッグの火薬の匂いは芳しく
 口惜しさの味は苦い
というお話。
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【事故の顛末】
 事故を起こして自家用車一台を廃車にしてしまいました。
 昨日今日の話ではありません。もう半年以上も前のことで、気持ちの整理がつくのを待っていたのです。

 状況をざっとお話しすると、時期は真冬、時刻は午後8時40分ごろ、場所は田園地帯のど真ん中、事故の形態は「交差点での出会いがしらの衝突」です。私の普通車と進行方向右側から出てきた軽ワゴンがぶつかってしまったのです。かたちとしては交差点に後から入った私の車が相手の横腹に突っ込んだことになります。

 もう少し詳しく言うと、
 いつもの通り母の家で過ごすため8時半ごろ自宅を出発。、街灯ひとつない農道をしばらく走って、右折してさらに300mほどの直線を半分くらい走ったとき、いきなり右から黒い軽ワゴンが飛び出してきて私の正面に立ちはだかったのです。すぐにブレーキを踏みながらハンドルを右に切って軽ワゴンの背後に回り込もうと思ったのですが間に合わず、ぶつかってしまいました。
 直前のイメージではギリギリ交わせるはずでしたが、実際にぶつかったのは相手の真横ですから感覚なんてあてになりません。

 時速50km/hほど走っていたのですが直前にかなり減速できていたようで、エアバッグは開いたものの顔を打ち付けることもなく、眼鏡も外れたりしませんでした。車は車道上に残って横転することもなく、体はどこも痛みません。
 私はそれで済んだのですが、横からぶつけられた軽ワゴンの方はひとたまりもありません。どういう飛ばされ方をしたのかはわからないのですが、左横8mほどの田んぼの中に、上下反転して横たわっています。よく見ると運転席がこちらを向いていますから前後も反転したことになります。

 急いで降りて駆け寄ると、他に二人が走ってきてドライバーに声をかけます。後で知ったのですが軽ワゴンの後ろを友人の車が走っていて、そこから2人が降りてきたのです。
 運転席に声を掛けると意識はあるようで、三人で車を起こし、若い男性を引き出します。少しふらふらしているようにも見えました。


【私は怒っていた】
「救急車を呼んだ方がいいみたいですね」
 私はそう言って119番に電話し、何しろ広い田園のど真ん中でかえって場所を説明するのが難しいのをなんとか伝えて、続いて警察にも電話。2回目ですので今度は要領よく場所を説明し、救急車の来るまでに時間を互いに免許証を交換しあってスマホで写真を撮ったり、自賠責の保険屋さんに電話したりして過ごしました。
 
 私は落ち着いていました。
 よく、事故直後は足がガタガタ震えて・・といった話を聞きますが、私の場合はまったくそういうことはありませんでした。なぜか――。

 年齢が相手より二倍以上うえだったということもありますが、もっと大きかったのは私が怒っていたからです。もう当たった瞬間からカンカンで、心の中では、
「さあ、よしきた! 10対0だ。こんなところにいきなり出て来て、どういうつもりだ! 全額弁償させて新車に乗り換えだ!」
くらいのつもりで悪態をついていたのです。
 自分が絶対に正しいのですから別に怯える必要もありません。


【悪いのはお前だ】
クリックすると元のサイズで表示します 私が走っていたのは農道とはいえ幹線と幹線をつなぐ重要な短絡路で、朝晩は通勤の車でそこそこの交通量のある通りです。交差する道路にはいちいち停止線があり、そちらから見ると停止線の先にももう一本点線が引かれていて、二重に向こう(つまり私の通っていた道)が優先道路であることを示しています。

 交差点の真ん中にはスイスの国旗みたいな表示があって、交差点であることを見過ごすはずはありません。それを一旦停止もせずに入って、私の前に立ちはだかったわけですから、向こうが悪いに決まっています。
 私の落ち着いた気持ちの裏には、そうした優位性がありました。

 やがて救急車が来て相手の男性は乗せられてれていきます。万が一ということはありますが、重大なケガはないみたいでした。あとには友だちが残ってくれて、やがて来た警察官との対応も彼らがしてくれました。
 私は保険屋さんに言われた通りに動き、警察にきちんと話をし、レッカー車の来るのを待ちます。用が済むと“お友だち”は帰ってしまいましたが、時間にも気持ちにも余裕があったので、私は警察官と雑談めいた話をしながら実況見分の様子を見ます。

 すると作業をしながら警察官が、ぼそっと呟きます。
「まあ、これは五分五分といったところでしょうね」
 私はびっくりして聞き返します。
「え? だって向こうには停止線があるじゃないですか」
 すると警察官はこちらも見ずに、
「こんな停止線、誰が描いたのかもわからないしねぇ」
「え? マジ、・・・ですか?」

                  (この稿、続く)





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2019/4/2

「年度末休業」  



クリックすると元のサイズで表示します 学校の日課に合わせて活動するこの「アフター・フェア」。いつもの通り年度末休業に入っています。
 平成31年度は4月8日(月) 4月3日(水)から正式に始めるつもりですが、必要があればそのつど記事を上げていきたいと思います。よろしくお願いします


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