2009/4/23

10年の後  教育・学校・教師

 同じく子どものことを第一に考えながら、こうも学校と親とがすれ違う理由のひとつは、明らかに視点が異なるからです。親は子どもとともに育ってきますから目の前の子どもに縛られますが、教育は10年後20年後に向けて行うものですから、私たちの目はずっと遠いところにあるのです。

 例えば、子どもがどうしても九九が覚えきれずに苦しんでいるから、もう暗記させるのはやめようという教師はいません。この子はマラソンが苦手でいつやってもドベだから容赦してやろうという人もいません。しかし九九やマラソンならまだしも、給食だの登校するだの、友だちや教師との関係だのとなると、微妙にずれ始めます。

 子どもがあんなに切ながっているのに、なぜ給食を食べきらなければならないのか、学校を休んではいけないのか、乱暴な友だちや教師の言動に耐えなければならないのか、分からない親がいるのです。最近しばしば聞かれる「無理はさせたくないのです」という言葉は、そうした親の感じ方を表しています。
 
 たいていの子どもは18歳を過ぎると親元を離れてしまいますから、親が子どもを教育できる期間はわずか18年です。6歳で小学校に上がったときにはその三分の一が終わっていて、小学校を卒業する12歳のときには三分の二が終わっていることになります。残る6年はあっという間に過ぎますし、そもそも最後の三分の一に親や教師の言うことをよく聞く子は稀です。

 その後の長い人生において、子どもは一応の大人として、世の中から乱暴に扱われ、放り出され、一人で対応をしなければならなくなります。

 そう考えると、今、多少苦しんだってどうってことはないと教師は考えがちです。けれど多くの親はそういった考え方をしません。そこが違いです。

 教師の側からその溝を埋めるためには、「10年20年後のその子」という視点を常に与え続けるとともに、目の前の我が子が可愛くてしかたがないという親の心情に寄り添うしかないのかも知れません。

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