2008/5/29



「今のままでいいんだよ」「そのままのキミで十分に愛されているんだよ」
そういうメッセージを子どもに与えなければならない。
不登校の研究の場でよく言われることです。
しかしそれが私には分からない。

学校に行かない、社会にも出ない、家の中でただ悶々と日を送っている、それで言い訳はないだろう、ということです。

不登校の場でなくても、小学校1年生や2年生が「そのままでいい」はずはなく、計算もできるようになってもらわなければならないし、本も読めるようになって欲しい。そもそも1年生がずっとそのままでいいなら教師などいらないわけで、「今のままでいいんだよ」は私たちにとって自己否定にもつながる言葉だと、そんなふうに思っていたのです。

しかしそんなことは言わなくていいのですね。言えば嘘になるし、嘘は長続きしません。バレれば人間関係が崩れます。だから「今のままでいいんだよ」と口に出さず、子どもの話をずっと聞いていればいい、飽くことなくいつまでも耳を傾けていればいい、昨日の講演会で学んだことはそういうことです。

子どもの話すことに興味を持ち、その話題に果てしなくつきあう、そういうことが「受けいれられている」ことであり「存在を許されている」ことになるのだな、そんなふうに思いました。

もちろん親としても教師としても私たちはいつも多忙です。しかし仕事をしながらも気持ちは一心に子どもに向けるとか、「ちょっと待って。今はダメだけど、この仕事が終わったら話そう」と言って約束を絶対に守るとか、何とか工夫はできるはずです。

学校で児童と「果てしなくつきあう」ことは不可能ですが、必要な子には少し余計に時間を割いてやるとかすれば、きっと相手はわかってくれると思います。


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