2018/11/22

「ゴーン・ウィズ・ザ・引導」〜必要のないものを日本は吐き出す  政治・社会


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 しかしそれにしても悪相だなあ。

【「起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半」】

 日産のカルロス・ゴーン会長が金融商品取引法違反の容疑で逮捕されました。5年間100億円もあった収入を50億円もごまかしてポケットに入れたとか。毎年10億でなぜ我慢できなかったのか――人間の欲望には限度がある(年間365着以上の服はいらない)とかいった話を聞いたことがありますが、そうではないみたいです。

 日産はもちろん日本経済全体にとって悪影響を及ぼす大事件かもしれませんが、私は密かに喜んでいます。

 数万人のリストラを何の躊躇もなく行える剛腕、公称でも10億円を超える高収入、そういった経営者モデルが日本に定着するのはいかがなものかと思っていたからです。

 経営難にもかかわらず社員を家族のように考え、大ナタを振るえないままじりじりと業績を悪化させる経営者は、欧米的には「バカ者」かもしれませんが、だからしぶとく生き残る会社もあるのです。また「家族」だから、社長といえど意味もない高収入を確保しようとしません。

 「起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半」
 ひとは程よく生きればいいのです。


【異端の登場】
 そうした感覚はおそらく今も日本中だいたい同じだと私は思うのです。成功者と言えどむやみに富を独占してはいけないという倫理、財をひけらかすのは恥だという美意識です。

 そこで思い出すのが“ホリエモン”こと堀江貴文と村上ファンドの村上世彰です。ふたりともそういう意味でおよそ日本的ではありませんでした。

 堀江貴文が一般に広く知られるようになったのは2004年のプロ野球再編問題のさなか、消滅しかかった近鉄バファローズを買い取り、独自の球団を立ち上げようとした時です。当時近鉄と同じく経営が苦しかったオリックス・ブルーウェーブを合併させ、さらにセリーグで1球団減らしたうえで2リーグ制を廃そうという話まで出ていたときなので、それこそ救世主のようなあつかいでした。

 しかもインターネットの世界で大成功したその青年は、GパンにTシャツという今までの社長にない出で立ちで、美女を引き連れて現れたので周囲は度肝を抜かれたのです。そして新時代の大企業家の登場を、一部は熱烈に歓迎し、別の一部(私のような古いタイプ)はすこし眉をしかめながらしぶしぶ受け入れたのです。

 ところがホリエモンのバッファローズの買収はうまく行かず、あとから名乗り出たこれもインターネット長者の三木谷浩史(楽天)の手に落ちてしまいます。
 何が違ったのか――。

 具体的で細かなことは分かりませんが、三木谷社長の出で立ちが私たちを安心させたことは間違いありません。
 三木谷もまたスティーブ・ジョブズ張りに髭を蓄えてラフな服装で企業経営をする人でした。しかし球団経営に名乗り出た時は自慢の髭をさっぱりと剃り、きちんとしたスーツ姿で現れたのです。それは日本社会に対する一種の恭順のように感じられました。


【三木谷浩史、織田信長】
 ホリエモンを支持する人々からは著しく不興でしたが、それだって目的達成のためのひとつの手段です。
 私はあのとき、織田信長が舅・斎藤道三と初めてまみえた日の逸話を思い出しました。

 信長と道三の初めての会見は尾張と美濃の境にある正徳寺で行われましたが、その直前、密かに信長のうつけ姿(髪を頭のてっぺんで結び、上着の袖をはずし、下はヒョウ皮・トラ皮の半袴、腰に巻いた荒縄に火薬やらヒョウタンやらを七つも八つもぶら下げている)を観察した道三は、恥をかかせてやろうと700〜800人の家来に正装をさせ待ち構えるのです。
 しかしそこに現れた信長は、どこで着替えたのか、これも完全な正装で堂々と入室し、周囲の度肝を抜きます。

 道三はそれを見て「わが家の子たちは、やがて信長の前に跪くことになるだろう」と漏らし、実際にその通りになります。

 社会に恭順を示した楽天の三木谷も、今やネットビジネスの古参として君臨するようになっています。一方、反骨の企業家ホリエモンや、「金儲けの何がいけないんですか」と叫んだ村上世彰は、世の支配階層から弾かれた形になっています。


【必要のないものを日本は吐き出す】
 日本のという国は伝統的にそいう力を持っているのです。

 私は二十歳くらいのころ、ある先輩からこんな話をされたことがあります。
「社会の壁なんて言葉があるけど、それはそんなに固いものじゃない。いわばゼリーのように柔らかく、弾力があって、思い切りぶつかると跳ね飛ばされるが、ゆっくりともたれかかるとじりじりと静かに取り込まれてしまう、そういうものだ。距離感が難しい」
 その助言は、大人になるにしたがって時間をかけて分かるようになってきました。

 1300年ほど前、律令制度の導入や平城京の建設など、ミニ中国の創設と言っていいほどの文化的影響を受けながら、この国は宦官のような不必要な、あるいは弊害のある制度は巧みに押し返しました。
 明治維新、鹿鳴館に代表される極端な欧化政策を取りながら、全面的なキリスト教の受容とか外国語の導入は避けた――それが日本的なやり方です。

 どんな外国文化も日本流に変更してしまう、ラーメンも、カレーライスも、とんかつも。そして変更しきれないものは吐き出す。

 そう考えるとカルロス・ゴーンのような経営者も、一度は受け入れたものの消化しきれず、だから吐き出した――そういう事件だったような気もするのです。
 大枠で見ると都合よく呼び寄せ、使って捨てた――多少、金はかかりましたが経費の範囲と言えます。


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