2018/1/25

「崖に追い詰められながら生きる人」〜ある二人の女性教諭の肖像 1  教育・学校・教師


 今日は私がシノマとセレナと呼ぶ、二人の女性教諭についてお話ししようと思います。二人とも三歳児を持つ母親教師ですが、それ以外は全く似ていません。

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 シノマはかつての私の教え子で二十代後半、優しい夫を持ち豊かな生活を送る才能あふれる女性です。それに対してセレナ女史はかつての同僚で、二年前に離婚して、シングルマザーとして教員生活を送る40代前半の女性です。

 セレナ女史については二か月ほど前に悩ましいことがあって気持ちの隅に引っかかりっぱなしだったのですが、今週はシノマに大きな事件が起きてここ四日ほど私は激しく動揺しています。
 もちろん色恋沙汰ではありません。一昨日・昨日と書いた『1/23 「生頼範義という生き方」〜展覧会場で思い出したこと』『1/24 「虎にならずに教師になった」〜教師の本懐』にかかわる問題です。
 さてどちらの話を先にしたものか・・・。


【教職に向かない人々】
 私は昨日、
 教職は職人芸の世界です。よほど適性に欠ける人でない限り、まじめに、誠実に努力していればいつかは最低限のことのできる一人前になっていきます。
と書きました。私の信念でしかも拠り所です。
 しかし言うまでもなく「普通は」という条件付きの話で、「よほど適性にかける」に該当する人はどの世界にも必ずいるはずです。

 集中力のまるでない時計職人、先端恐怖症の刃物師、血を見るだけで気絶してしまう看護師、動物アレルギーのトリマー、もちろん100%ダメだというわけではありませんが本来はやめた方がいい組み合わせでしょう。
 教員について言うと、子どものこころの読めない人や、視野が狭く同時に複数の仕事をこなせないひとは避けた方がいい職業かと、そんなふうに思うのです。

 私はかつて発問が全く通っていかない授業というのを見たことがあります。教師が何度聞き返しても子どもたちは意味を解さず、答えが返ってこないのです。無理もありません、私だって分からないのですから。
 こうした場合、教師は児童の分からなさをあれこれと推測して、言い方を変えたりヒントを加えたり、あるいは直前までの授業を復習したりと、あの手この手で質問の意図を伝えようとするのですが、その担任は声の抑揚や強さを変えるだけで、おなじ言い方の質問を執拗に繰り返したのです、いつまでも、いつまでも。

 子どもの分からなさが分からない、こちらの聞き方が悪いから答えが出ないということに思いが至らない、教師の責任ですが子どもと担任、両者にとってほんとうに不幸な時間でした。

 セレナ女史は、そこまではいきません。しかしやはり他人の心の読み取りが弱い人なのかもしれなと最近思うようになっています。
 しかしそれよりも問題なのは同時に多くの仕事を処理ができない――妙なところにこだわりがあってそれを完璧にしないと次の仕事に移れない、そのためにあの仕事もこの仕事も遅れがちになる、そこに問題がありました。

 例えば学年会計の書式の改善にこだわって、そのために会計報告自体が完成しない、社会見学のバスの乗り継ぎ時間を限りなくゼロに近づけようと計画をいじり続け、結局間に合わない、そんなふうです。

 教師としての本筋以外のところで時間を食うので、そうこうするうちにクラスがガタガタし始めます。
 小学校低学年のクラスなんて落ち着かないもので、大枠として授業ができればそれでよしとすべきを、一から十までピシッとしていなければ気がすまない。だから子どもをむやみに追い詰めて、それでかえって子どもたちは言うことをきかなくなる、言うことをきかないからまた追い詰める、すると今度は保護者から不満や不安の声が出てくる――。

 あれもこれもうまく運ばなくなり、やがて彼女は心を病み、療休を取ってしばらく休んでから復職し、いくらもしないうちに他の学校に転任していきました。10年以上前、私と同じ学校に勤めていたころの話です。

 同じ学校の教員として、私はずいぶん彼女に肩入れをし、援助の手を差し伸べることを惜しみませんでした。昨日お話ししたように私自身が若いころ、大勢の先生方に支えられて教師としての最初の数年を過ごしたからです。
 その中で次第に職人芸を磨いて、やがて生き生きと毎日を過ごせるようになった――セレナ女史にもそうなってほしかったし、そうなるよう支援するのが私自身の先輩に対する恩返しのだと思ったのです。


【10年目にいただいた、長い長い、長い手紙】
 同僚としてのセレナ女史との付き合いは2年足らずでしたが、私の気持ちは十分伝わったと思います。その後年賀状のやり取りの他、しばしば長い手紙で相談を受けることもありました。
 しかしその内容は楽しいものではなく、2度目の療休とその後結婚してすぐに生まれた子どものための産育休も含めて、すべての時期、すべての時間でずっと苦しい生活を送っていたようです。

 昨年11月末に届いた手紙はその集大成みたいな長文で、A4コピー用紙に42×40文字、10枚という大部、どこにも救いのない結婚生活やその間につくった300万円ほどの借金。3歳になった息子の心配、仕事に対する不満と不安、それらが綿々と綴られていたのです。

 学級担任の仕事が支えきれないため小学校に居場所がなく、中学校で国語の教師になったのですが、子どもがいますから部活顧問ができない。学級担任も部活顧問もできないとなると赴任先も限られ、職住近接というわけにはいかなくなる。するとその分通勤距離も時間も長くなり、生活や心身に負担がかかるようになる。
 子どもを保育園に預けていますから勤務時間も制限され、独身時代は21時〜22時といった超過労働で凌いでいた仕事も滞り始めます。
 校務はできるだけ楽なものを集中させてもらっていますが、なにしろ学年会計の書式にこだわるような人ですから、楽になった分を自分で難しくし、首を絞めていきます。

 そうこうしているうちに自分が難病を患うようになり、にっちもさっちも行かなくなった。もう明日には心筋梗塞か脳溢血で死んでしまうかもしれない、交通事故も怖い――。

 私もたくさんの「母子家庭のお母ちゃん先生」を見てきましたが、みな実家で両親の援助を受けながらやっていました。セレナ女史のようにアパートで二人暮らしという例は聞いたことがありません。
 それでも本人が楽しく、生きがいを持って働いているなら励まし甲斐もありますが、まるでうまくいっていない、10年たってもたくさんの先生方の支援を受けてようやく立っている――。

 これまで何度も励まし元気づけてきましたが、もう限界だと思いました。いやそもそも彼女自身が限界だと叫んでいます。そこで――。


【返事を書いた(要約)】
 20年やってきて一貫して苦しかったなら、次の20年が楽になるとはとても思えません。何かが起こって劇的にすべてが変わるということもなさそうです。
 
 もしかしたら結婚に活路を見出そうとしたのかもしれませんが、その結婚が次の苦労の種になる。結婚をしないで借金もつくらず子どももできなかったら、少なくとも時間的、金銭的には今よりずっと楽だったことは明らかですよね。それは子どもを得た幸せとは別の問題です。

 人生には先のことを考えず、とにかく目の前の困難を次々と処理しなければ土俵を割ってしまう、負けてしまう、そういう時があります。しかしそんな時でも、土俵を割らないようにぐるぐると回りながら、勝機を伺い、次の危機に備えなくてはなりません。危険なことはないか、後顧の憂いはないか、先行きを心配しなければならないことはないか――。

 当面心配なのはお子さんです。いまは問題なさそうですが、うまくいっている時こそ問題の種を播いていないか気にしなくてはなりません。
 毎日にこやかに、落ち着いて接していますか?
 いまの苦しい生活を続けることで、お子さんの中に好ましくないものが育つ危険性はありませんか?
 そういうことを恐れなくてはならないのです。子育てというのは、そういうものだと私は思っています。

 もういいでしょう。
 セレナ先生は十分に戦いました。これ以上の戦いは戦死か戦病死を招くだけです。ご自身の健康とお子さんの将来も考えると、もう戦いの矛を収める時です。

 その年齢で退職すれば退職金は微々たるものですが、それでも借金の返済に充てることはできるでしょう。借金がなくなれば、給与が半分近くに減っても生活はしていけるはずです。足りなければ公的支援を受けます。
 世の中の母子家庭のお母さんたちは、セレナ先生よりずっと少ない収入で、しかし先生よりずっと穏やかな日々を送っているはずです。

 教職がすべてではありません。教職にしがみつかず、本質に立ち返り、ほんとうに教員でなければならないのか、ほんとうにこの先20年もやっていけるのか、お子さんにとって、ご自身の健康にとって、この先どうやって行くのが正しいのか、今一度考えなおしてみたらいかがでしょう。


 私の手紙への返事は、速攻、翌々日にはとどきました。
 酷いものでした。

 先生は私がどれほど苦労して正規になったか知らない、どんな思いでこの仕事をしてきたか知らない、お金のない苦しさも知らない、
 次の仕事も決めずにいま退職するなど絶対に考えられない、それをやれというのはあまりにも冷たすぎる――。

 そういった内容です。


【熟し柿は落ちる】
 逆切れされて腹を立てるほど私は若くありませんから、そのまま放置してあります。
「私がどれほど苦労して正規になったか」という点については配慮が足りませんでした。

 どんな場合も“忠告”は、相手に受け入れる状況があって初めて意味が出てくるものです。

 かつて『だから、あなたも生きぬいて』というベストセラーで一躍有名になった大平光代弁護士は、16歳で背中に“観音様に蛇”という大きな入れ墨を入れ、ヤクザの組長夫人になって子を産み、21歳で離婚してクラブホステスをしていたときに父親の友人から説教をされて改心、そこから猛勉強して当時最難関だった司法試験に合格した人です。

 その父親の友人(のちに養子縁組をして養父となる)がどれほど素晴らしい説教をしたかというと、これが案外とつまらないのです。おそらく似たような説教は学校の先生をはじめ、様々な人からされていたはずです。それがホステスをしていた21歳のときに限って効いたというのは、そのとき弁護士の方に準備があったからなのでしょう。
 「熟し柿は、落ちる」のです。

 だからセレナ女史が反発したことは苦になりませんし、私が誠実に考えて一生懸命書いた手紙は、もしかしたら時期が来れば有効性を発揮するのかもしれません。
 それはそれでいいのです。

 ただ困苦に困苦を重ねて教職の崖っぷちを歩く彼女の姿は痛ましくも気の毒です。
 彼女はあまりにも多くの人々に支えられて生きていますが、そのことの重みを理解していません。感謝の言葉は幾度となく書き連ねてありますが、それを誰かに返す日は来ないということの重みが分かっていないのです。
 原稿用紙で40枚にも及ぶ手紙をいきなり送ってくるような人です。頭では分かっていても気持ちを読み取るところまでできないのでしょう。

 結論のない話です。放置してあります。
 けれど私は気になっています。


                       (この稿、続く)




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