2016/12/22

「戦場〜子どもに何を伝えるか」  教育・学校・教師


【アレッポを忘れるな】
 19日、トルコの首都アンカラで、ロシアの駐トルコ大使が暗殺されました。犯人は22歳の警察官でその場で射殺されたそうですが、彼の「アレッポを忘れるな」「シリアを忘れるな」という叫びには心動かされるものがあります。
 もちろんテロは称賛されるべきものではありませんし、今回のロシア大使はシリアの反体制派や一般市民をいかにアレッポから平和裏に脱出させるかを話しに来た特使です、その人を殺されて怒ったプーチンは攻撃をさらに強めるしかないと言っていますから、市民の安全を考えるとかえって逆効果だったのかもしれません。
 22歳の青年の浅知恵と言えば全くその通りです(もしかしたら事態を複雑にしたい人々にそそのかされただけなのかもしれませんが)。しかしその心情には心惹かれる――。

 振り返ってみればロシアの本格介入は対ISということで国際社会が認めたものです。にもかかわらず攻撃を仕掛けた相手はアサド政権を足元で揺るがしている反政府グループの方。
 忘れがちですがその反政府グループは、“アラブの春”の中ではシリアの民主派と目されていた人々です。私たちはかつて本気で彼らを応援しました。
 その反政府組織がいま窮地に立たされているというのに国際社会は何もせず、独裁政権だったはずの政府側が勢力を取り戻すのをただ見ているだけなのです。


【ロシアは誤爆をしない】
 対IS作戦の中で、アメリカはしばしば病院などを誤爆して問題となりました。しかしロシア軍が誤爆したという話はまったく伝わってきません。
 ロシア空軍は誤爆をしないからです。

 聞くところによるとアメリカ空軍のピンポイント攻撃というのはとんでもなくすごいもので、「あの建物のあの窓から」というと本当にその窓の中に爆弾を投げ込むような落とし方ができるのだそうです。それでも誤爆をするのは、実は攻撃対象の情報が違っていて(ニセで)、敵の作戦本部と信じて攻撃した場所が病院だったりしたということなのです。爆弾の落とす場所を間違えたのではなく、落としてはいけないところに正確に落としてしまうわけです。
 またピンポイント攻撃というのは正確になればなるほど効果が上がらないという問題も出て来ます。それだけ正確だと攻撃を受けた側は、「あの建物が狙われている」と知った瞬間に100m離れるだけで被害を免れることができます。正確な攻撃のおかげで身の安全が保てるわけです。
 アメリカがISに対して長らく空爆をしながらなかなかことが進まなかった背景には、そうした事情があるのかもしれません。

 ところがロシア軍にはピンポイント攻撃がない。それを行う技術もなければ行おうとする意志もない、もしかしたらそもそもピンポイント攻撃の概念もない。目標があれば「その辺り」に爆弾を落とせばいいのですから非常に簡単です。
 しかし受ける方はたまったものではありません。アメリカの空爆と違ってどこへ逃げても爆弾が落ちて来る、民間人に紛れ込んでも落ちて来る、安全と言える場所はどこにもない――。

 そしてその状況は民間人も同じなのです。どこにいても爆撃される。


【子どもたちに何を伝えればいいのか】javascript:void(0);
 今、アレッポで起きていることはそういうことです。たくさんの子どもや女性が命の危機にさらされています。それなのに国際社会は何もしようとしない、心を動かそうともしない。
 アレッポ市民はアサド政権と国際社会によって、二重に孤立させられているのです。

 そうした状況に対して私はどうか、何を考え、どうしようとするのか――。
 結論は明らかです。私は何もしない。今までもこうした状況でただ指を咥えて見ていましたから今回もそするはずです。
 先月、シリアに防寒着を送る活動というのがあることを知って、家にある冬物を整理してきれいなものを送ろうと思い――思っただけで忘れてしまいました。
 私にとってその程度のことだったと言うのも、私がその程度の人間だというのもどちらも正しい言い方です。

 教職の現場にいるとき、私はしばしば授業を端折ってその時々の社会状況だとか世界情勢だとかについて話しました。社会科を過去の物語や遠い世界の話にしたくなかったからです。
 しかしそうして話している最中も、私は実は、自分がどういう願いをもって子どもたちに語り掛けているのかよくわからなかったのです。
 もちろん事件が単なる絵空事として通り過ぎていくのは困る、しかしだからと言って生徒が報道カメラマンとして戦地を飛び回るようになったらそれでうれしいかと言うとそうではない。アレッポは女性戦場カメラマンの山本美香さんに亡くなった街です。教え子がそうなることは望みません。
 あるいは駆け付け警護ができるようになった自衛隊に入って、紛争地で直接現地の人々を助ける仕事についてくれたら喜ぶかと言うとそれも違います。
 自分の子ならまだしも、人様の子どもが危険な場所に向かうことを教師は積極的に望んではいけないという気持ちがあります。

 だとしたら何を望むのか――そう心に問いかけて、いまだに答えが見つからず今日にいたっているのです。

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