2006/2/22

「不登校を捕まえた」A  教育・学校・教師


 いわゆる「良い子の息切れ型」不登校というのは次のように説明されます。
「親や教師の期待に精一杯応えようとしてきた『良い子』が疲れきってしまい、しばらく休ませてほしい、エネルギーの溜まるのを待ってほしいという訴え、表現する不登校」。

 しかし私はこうしたエネルギー説に賛成できません。たしかに「エネルギー枯れ」といういうのは一部の不登校の子の様子を表現するのはぴったりですが、もう一度元に戻って考えると、そもそも人間がロボットのようにエネルギーで動き、それがしばしば満タンになったりエンプティ表示が出て止まるといった見方は,それ自体が不健康です。
 またエネルギーの充填は休むことによって行われ、充填完了後は自動的にスイッチが入るというのも解せません。人間はそのように単純なものではないはずです。

 私は最近、あるメールマガジンの中に次のような表現を見つけました。
「友達って結局うわべだけじゃん。自分のことなんて誰も相手にしてくれない。もう人と付き合いたくない。」
 それはつい最近、別のところで聞いた言葉とそっくりなものでした。しかし、私はその子の周辺の子たちが「自分のことなんて誰も相手にしてくれない」といったタイプではないことを十分に知っていたのです。本人だって、もともとそういうことを言うような子ではありません。

 鏡に映った美しい風景が、鏡を破壊されることによって一瞬のうちに全面ひび割れ、醜く変化する、そういう言い方で分かるでしょうか? しかし実際の風景が変化したわけではないのです。

 本来は人間関係に苦労のないはずの「良い子」たちが突然不登校に陥っていく原因は、こうした集団に対する全面的な誤解(一部の人たちに対するものではなく、クラスとか学校とかを丸ごと対象とする誤解)があるのではないか。私が最近思ったことはそういうことです。しかも誤解は、その子に何らかの苦難があったとき、一瞬のうちに起きます。

 なぜそのような誤解が起こるのかは分かりませんが、誤解である以上、それは解くだけで問題解決につながります。もちろん説得ではなく、経験的に解いていかなければなりません。例えば、クラスで協力してなにかを行う活動とか楽しくおしゃべりするチャンスとかが,それにあたります。いずれにしろ、もっとも教室内に置いておきたい子どもたちです。
 

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